117 発端(エドワード視点)
エドワードはこのアルズベリー王国の第一王子として生まれた。
両親はこの国を治める者として忙しい日々を過ごしていたので、エドワードの世話はもっぱら乳母が担っていた。
両親とは赤ん坊の頃は一日に短時間、顔を合わせる程度だった。
二歳を過ぎた辺りから食事を一緒に摂るようになり、会話も交わすようになった。
その中でエドワードは両親は決して仲が良いとは言えない事に気付いた。
うわべだけの仮面夫婦。
その事は周りの誰もが気付いているようにも見えた。
それでも、二人が自分に向ける愛情だけは本物であると信じて疑わなかった。
年齢を重ねていき、この国や周辺の諸外国の歴史を学んでいくにつれて、貴族にはそんな仮面夫婦が大勢いる事に気付かされた。
(…これが当たり前なんだな)
中には恋愛結婚だったり、結婚後に恋愛関係に発展したりする夫婦もいるようだが、それは殆ど稀であるらしい。
貴族にとって重要なのは血筋を絶やさない事、これに尽きるようだ。
仮面夫婦であってもエドワードが生まれたのだから、当然その後も子供が生まれてしかるべきだった。
だが、エドワードが生まれて以降、母親である王妃が妊娠する事はなかった。
時折、王妃に連れられて参加したお茶会では、エドワードと同じくらいの子供を連れている貴族女性がいた。
その中には大きなお腹を抱えて参加している女性もいた。
エドワードはその女性を見ながら、いつか自分の母親もそんな姿になるのではと期待していた。
だが、そんな日はいつまで経っても来なかった。
そのうちにエドワードは父親に愛人がいる事に気付いた。
国王付きの侍女長であるサラがその相手である事はすぐにわかった。
歴史を紐解いても国王に愛人や側妃がいるのは当たり前だ。
そのうち、サラに異母弟か異母妹が生まれるかと期待していたが、その気配すらまったくなかった。
どうやら後継者争いが勃発するのを避けるために、エドワード以外の子供を持つ事はしないようだった。
(そんな気遣いなんて欲しくないのに…)
子供同士の交流の場に参加するようになると、余計に兄弟のいる子供が羨ましかった。
自分に弟妹は望めないと分かっているだけに余計に欲しくなる。
そんな思いを抱きながら、エドワードは十歳を迎えて学院に入学した、
クラスは上位貴族と下位貴族に分かれていたが、それでも新たなクラスメイトと接するのは新鮮だった。
そんなある日。
同じクラスのクリフトンがこんな爆弾発言を投げかけてきた。
「エドワード王子。あなたには実は双子の弟がいる、と言うのは本当ですか? 二百年前の騒動が起こらないように国王陛下が何処かに捨てさせたという噂もあるのですが、いかがでしょうか?」
「何だって!?」
エドワードにとっては初めて耳にする事柄だった。
自分に双子の弟がいて、尚且つ父親がその弟を何処かに捨てた…。
にわかには信じ難い話だったし、尚且つ容認出来ない話だった。
「父上が双子の弟を捨てさせただと! 私の父上はそのような非道な事をする人ではない!」
「そうですよ、クリフトン! その発言は国王陛下に対して不敬です。今すぐに撤回してください」
エドワードの従兄弟であり幼馴染でもあるブライアンがクリフトンに発言の撤回を求めた。
だが。クリフトンはそれに応じるどころかエドワードに反旗を翻した。
おまけにクラスメイトの中にはクリフトンに同調する者まで現れてクラスが二分してしまった。
この話はすぐに王宮や貴族達に知れ渡るだろうと危惧しながら王宮に戻ったが、誰もそのような話題は口にしなかった。
夕食の席でも両親である国王と王妃は何も言わなかった。
エドワード自身もその話題を口にするのは躊躇われた。
そして翌日学院に行くと、険悪だった昨日とは打って変わって、いつも通りのクラスの雰囲気にエドワードは戸惑った。
「エドワード王子、おはようございます。…おや? どうかされましたか?」
ブライアンが不思議そうに首を傾げる。
「昨日、ちょっと険悪なムードになったじゃないか。それなのにどうして何事もなかったかのように話しているんだ?」
昨日、睨み合っていた二人が何事もなかったかのようにおしゃべりをしているのを指さすとブライアンが「は?」と声を上げた。
「険悪なムード? そんな事ありましたっけ?」
目をパチクリとさせるブライアンはどう見てもエドワードをからかっているようには見えなかった。
おまけにエドワードに反旗を翻したはずのクリフトンも普通にエドワードに挨拶をしてきた。
(何だ? 何が起こっている?)
エドワードはクラス内を観察したが誰も昨日の騒動を覚えているような人物は見あたらなかった。
(私に双子の弟がいるという噂と何か関係があるのだろうか?)
エドワードは一人でそれを探る決意を固めた。




