116 疑惑
クリフトンは走り去るエドアルドの後ろ姿を見送りながら、今見た顔を思い返していた。
「…あの顔は、エドワード王子にそっくりだったな」
最初にエドアルドの顔を見た時は、あの特徴的な黒縁眼鏡に目がいって顔の印象は残っていない。
だが、先ほど勢いよく頭を下げたせいか眼鏡がずり落ち、隠されていた目と鼻筋が露わになった。
その顔は毎日目にしているエドワード王子に瓜二つだった。
「エドワード王子に瓜二つって…。…まさか、双子?」
そんな事を考えたがすぐに「バカな…」と鼻で笑った。
その途端、ズキリと頭に痛みが走り、エドワード王子とブライアンが何か言っている場面が頭に浮かんだ。
「…この記憶は何だ?」
必死に記憶を辿るが、どうしても思い出せない。
だが、エドワード王子がクリフトンに対して何か反論しているのはその表情から伺える。
エドワード王子の横にいるブライアンもクリフトンに難色を示すような顔をしている。
「…そういえば、昨日…」
何かの話で二人と口論になったような情景が記憶の奥底にはびこっている。
「…双子? …そんな話を何処かで…」
クリフトンは必死に自分の記憶を探った。
幼い頃はよく母親に連れられてお茶会に出席していた。
大人の女性達に囲まれて退屈以外の何物でもなかったが、その中で交わされる噂話には興味をそそられるものもあった。
その中に『王妃様は妊娠中、随分とお腹が大きかった』という話題が上がっていた。
『もしかしたら双子かしら、なんて思っていましたが結局生まれたのはエドワード様だけでしたわね』
『あれだけ大きなお腹をしてらしたのに、出産後はすっかり元の体型に戻られて羨ましい限りですわ』
そんな会話が繰り広げられていたような記憶が微かに残っている。
「エドアルド・エルガーについて少し調べてみる必要がありそうだ」
クリフトンはそう決意しながら教室へと戻って行った。
クリフトンが去った後、オーウェンとヴィンセントがその姿を現した。
「おい! 一体どういう事だ。記憶を消したんじゃなかったのか?」
ヴィンセントに問い詰められてオーウェンは苦い顔をする。
「そのはずなんですけれどね…」
オーウェンはギリッと唇を噛み締める。
完璧に記憶を消し去ったはずなのに断片的とはいえ、記憶が残っているなど今までにはなかった事だった。
この異変は思い返せば十年前、エドアルドが生まれた事から起因しているようだ。
「そもそも、二百年ぶりに双子が生まれたという事自体がおかしいのです。私の術は完璧です。その証拠に二百年もの間、双子は生まれなかったんですからね」
王家に男の子が複数生まれた場合、大概は長男が王位を継いで、その他の男兄弟はその補佐にまわる事で秩序を保ってきた。
だが、双子の場合は違う。
ほんの数分から数時間の差しかないため、どちらが王位を継ぐかで揉める事が多い。
話し合いで解決出来ればそれで良かったが、二百年前の時は片方の支援者が暴走し最悪の事態を招いてしまった。
そのため、負けた方の支援者までも排除せざるを得なかった。
そんな不幸を繰り返さない為に、オーウェンがわざわざ手を貸したのだ。
「どうやら私の知らない所で何かの力が働いているようですね」
珍しく落ち込んでいるようなオーウェンを不憫に思い、ヴィンセントがその肩をそっと抱いた。
オーウェンはヴィンセントの身体にそっと寄り添う。
エドアルドが見ていたらすぐに目を逸らしたくなるような光景だ。
「ヴィー、ありがとうございます。どんな力が働いているのかわかりませんが、しばらくは傍観する事にしましょう」
オーウェンはそう告げるとヴィンセントと共に姿を消した。




