114 浄化
クリフトンの視線に絡め取られたまま動けないでいると、不意にクリフトンの横に人影が現れた。
「おっと! それ以上は止めたほうがよろしいですよ」
オーウェンがクリフトンの腕を掴んでニッコリと微笑んでいる。
この緊迫した状況でそんな優雅な対応は止めて欲しいのだけれど、とりあえずは助かったようだ。
「お前は! くっ! その手を離せ!」
クリフトンが必死に抗おうとしているが、優男のはずのオーウェンは何処にそんな力があるのかびくともしない。
もしかしたら魔力を使っているのだろうか?
「残念ながらそのお願いは聞けませんね。それにしてもエドアルド君。面倒事は起こすなと言ったはずですけどね」
クリフトンの腕を掴んだまま、オーウェンが僕に向き直る。
「僕が起こしたわけじゃありません。不可抗力です」
僕としては静かに学院生活を送りたいのに、どうしてこんなに問題が起こるんだ?
僕の反論にオーウェンは「やれやれ」と肩を竦めている。
「どうやら無自覚のようですね。…まあ、いいでしょう」
ポツリと呟いた言葉が聞き取れなかったので、聞き返そうとするより先にオーウェンが僕に告げた。
「この男はこのまま私が押さえておきますから、中にいるジェイコブの魂を浄化させなさい。このままこの身体から追い出せば、また別の人物に憑依してしまいますよ」
「え? 僕が浄化?」
いきなり魂を浄化させろと言われても、今まで浄化魔法なんて使った事がないのでどうやって良いのがわからない。
「光魔法が使えるでしょう? あの時、全ての光を発していましたからね」
オーウェンに言われて僕は最初の授業の時の事を思い返していた。
それに魔力感知器でも全ての魔石を光らせた事もある。
「私が教える通りにやってみなさい。まず、この男の額に手を当てて中にいる魂を探ってごらんなさい」
先ほどとは逆で今はクリフトンの身体が硬直したように動けなくなっている。
僕はクリフトンの額に手を当てるとそこからクリフトンの体内に魔力を流した。
僕の魔力がクリフトンの体内を駆け巡り、やがて黒い塊を見つけた。
「見つけたようですね。その魂をあなたの魔力で包んで浄化させるのです」
オーウェンに誘導されるまま、僕は魔力でその黒い魂を包みこんだ。
「…浄化」
僕の魔力の中で黒い魂が藻掻いているが、それほどの抵抗は感じなかった。
もっと暴れられるかと思っていたのでちょっと拍子抜けだ。
オーウェンが何かしら手助けをしてくれていたのだろうか?
今のうちにさっさと片付けてしまおう。
魔力を流していくと黒い魂は徐々に色を失くしていき、やがて無数の透明な光の粒となり空へと昇って行った。
その途端、クリフトンの身体が糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。
「おっと。目が覚めるまでこのまま放置しておきましょうか」
オーウェンが掴んでいたクリフトンの腕から手を離す。
「初めてにしては上出来でしたね、エドアルド君」
オーウェンが労ってくれるけれど、慣れない魔法を使ったせいか、やけに疲れた。
そのまま後ろの壁に身体を預ける。
「さて、どうしましょうか? 学院では『双子の王子』が話題になっていますが、このまま放置しておきますか? それとも皆の記憶から消した方が良いですか?」
オーウェンが質問してくるが、そんなのは聞かれるまでもない。
「勿論、消してください!」
「おや、即答ですね。王位を継げるチャンスかもしれませんよ?」
「そんなのは僕が望んでいないと知っているはずですよね?」
ムッとして言い返すとオーウェンはおどけたように肩を竦めた。
「面白い展開になりそうなのに…。残念ですね」
オーウェンがパチンと指を鳴らした。
すると、地面に倒れているクリフトンが「うーん」とうめき声をあげた。
どうやら気が付いたようだ。
「それでは後は任せますよ」
そう言い残してオーウェンは姿を消した。
もうっ!
クリフトンになんて説明するんだよ!