113 危機
僕はクリフトンの全身をじっと見つめた。
よく見ると彼の身体を黒いモヤのようなものが薄っすらと取り巻いているように見える。
「あなたがジェイコブだと言うのなら本当のクリフトンはどうしたんですか? まさか、殺して彼の身体を奪ったんじゃないでしょうね?」
僕が問い詰めるとクリフトンは軽く口の端を上げる。
「おや、会ったばかりのこの身体の持ち主を心配していらっしゃるんですか? お優しい事ですね。心配なさらなくてもこの身体の片隅で眠っていますよ。それにしても、魂だけの存在になったものの死体には憑依出来ないなんて案外と使えない術でしたね」
死体には憑依出来ない?
そう言っているところをみると実際に試してみたんだろうか?
「死体には憑依出来ないって、もしかして試してみたんですか?」
「勿論ですよ。ジェイミーの身体を出た後、エドアルド王子の情報を探しつつ、器になる身体を探していました。死んだばかりの遺体を見つけたので入ろうとしたのですがどうにも上手くいきません。そこでまたこの学院に戻り、ジェイミーと同じように野心を持つ人物を探したら、運良くこのクリフトンに行き当たったというわけです」
またしてもクリフトンの口から気になる言葉が出て来た。
「ジェイミーの身体って…。まさか、ジェイミーにも憑依していたんですか!?」
「ええ。ジェイミーには感謝していますよ。私を封印から解き放ってくれた上に身体まで提供してくれたんですからね。あのまま子孫であるジェイミーの身体にいたかったのですが、とんだ邪魔が入りました」
「邪魔?」
それって、もしや?
アーサーが転んだ時の事を思い出すと、クリフトンはコクリと頷いた。
「そう、忌々しいあのエルフ達のせいですよ。時間が止まった瞬間にジェイミーの身体から弾かれました。おまけに記憶を改ざんされたせいですっかり毒気を抜かれてしまったようで、再びジェイミーの身体に入ろうとしたんですが拒絶されました。でもその反面、良い事もありましたよ。こうしてエドアルド王子と出会えたんですからね」
クリフトンは一歩足を進めて僕の方に近寄って来た。
クリフトンに近寄られ、僕は一歩後ろへ後ずさる。
「二百年前、私は支援するブライアン王子の為にブランドン王子の食事に毒を混入させました。苦しみながら死んでゆくブランドン王子を見ながら、これでブライアン王子が王位に就き、私が宰相としてブライアン王をお支えして行くのだと喜びに打ち震えたのに…。あろうことか、ブライアン王子は私を捕らえた挙げ句、ブランドン王子の支援者達と共に私を処刑したのです」
当時の事を思い出したのか、クリフトンの顔に怒りの表情が見える。
ブライアン王子にしてみれば、簡単に他人を毒殺するような家臣を傍に置いておくのは危険だと判断したのだろう。
いつ、自分の寝首を掻かれるかもわからないからね。
それにしても、処刑されたのにどうして魂がこの世に残っていたのだろうか?
そういえば、ジェイミーが封印を解いたと言っていたな。
「ジェイミーが封印を解いたと言っていましたね。あなたが誘導したのですか?」
「まあ、ある意味そうですね。バークス家には代々当主に伝わる地下書庫があります。私はそこに私の魂を封じ込めた本を置いておきました。私が死んだらその本に私の魂が封印されるように術を施しておいたのです。私と同じような野心を持った子孫が訪れる日を待っていたのです。流石に二百年もかかるとは思っていませんでしたがね」
そう言うと再びクリフトンは僕に近づいてきた。
僕もクリフトンの前進に合わせて後ろへと下がる。
だが、いつの間にか後ろには校舎の壁があり、僕は追い詰められてしまう。
「エドアルド王子が王位に就きたくないと仰るのであれば仕方がありません。未完成ではありますが、傀儡術を使うとしましょうか…」
クリフトンはそう言いながら黒い笑みを浮かべる。
「まだ未完成ですからね。何が起こるかはわかりません。覚悟していただきましょうか」
僕は背中を校舎にピタリと付けたまま身動きも出来ず、クリフトンが近付いてくるのを見ているだけだった。