110 黒い影
ブライアンから遠ざかり、自分の教室の近くまで来た所手間ようやく僕は歩を緩めた。
流石に追ってきたりはしていないだろう。
そう思い、ゆっくりと振り返ったが、ブライアンの姿はなかった。
ホッとして歩き出した矢先に誰かの視線を感じて振り返った。
けれど、後ろには誰の姿もない。
「おかしいな? 気の所為だったかな?」
そう呟いて歩きだしたものの、やはり誰かに見られているような気がする。
そのまま気付かないフリをして数歩歩いた所でパッと振り返ってみた。
誰かが後をつけていたのなら油断させておいて、その姿を捉えてやろうと思ったのだ。
しかし、先ほどと同じようにそこには誰の姿もなかった。
…僕の勘違いだったのだろうか?
首を捻りながらもどうしても誰かに見られているという気配がする。
何度か振り返りながらようやく僕は教室へと戻った。
エドアルドの姿が教室に入るのを見届けると、黒い影は「フフフ」と不気味に笑った。
「案外と勘のいい奴だな。だが、流石にこの姿は見つけられなかったようだ。それにしても捨てられた王子だとは…。エドワード王子は自分に双子の兄弟がいるとは知らないみたいだな。…さて、これからどうしようか…」
影はユラユラとその場で揺らめいていた。
影の元の名前はジェイコブ・バークス。
二百年前の騒動の時はバークス侯爵家の当主として弟王子を支援していた。
兄王子と弟王子。
どちらが王位を継ぐかで揉めている時、ジェイコブは禁止されていた処方で毒を作り、兄王子に飲ませて殺害した。
全ては弟王子のため、ひいてはバークス侯爵家が宰相として弟王子に仕えるためだった。
だが、気付けばジェイコブは捕らえられ、兄王子を支援していた貴族の当主達と共に処刑された。
処刑される前、万が一に備えて施していた秘術で魂を一冊の本に封じ込める事に成功した。
だが、その封印が解かれるまでに二百年もかかるとはジェイコブにとっては計算外だった。
「弟王子を王位につかせた功労者なのに降爵させられた挙げ句に処刑されるとは…。今の王がその地位にいられるのは誰のおかげだと思っているのか…。こうなればあのエドアルドを使って今の王とエドワード王子を失脚させてやるか」
ジェイコブは密かにそんな目論見を立てた。
「だが、それにはエドアルドが王子だと知らしめる事が必要だな。エドアルド自体は王位に興味がないようだが、そんな事は関係ない。まずはエドアルドの側近になり得る人物を探すとしよう」
そうしてジェイコブは学院内をくまなく探し回った。
最初にジェイコブを封印から解いてくれたジェイミーは、あれ以来すっかり毒気が無くなってしまっていた。
「忌々しい。おそらくあのエルフの仕業に違いない。あのエルフには気付かれないように上手く立ち回らないとな」
エドワードの側近であるブライアンは既に公爵という身分に満足しているようで野心がない。
「絶対に何処かにいるはずだ。私と同じ波長を持っている人物が…。そいつに乗り移ってエドアルドを王子だと広めてやるぞ。そこでエドアルドにエドワードを消させれば、必然的にエドアルドが次期王になる。そして私も今度こそ宰相としてこの国を牛耳ってやるんだ」
ジェイコブはそう決意するとまたフラフラと何処かへ消えて行くのだった。