106 地下書庫での出来事(ジェイミー視点)
(話は少し遡る)
地下書庫の鍵をもらってからというものの、ジェイミーは暇さえあればそこに入り浸っていた。
だが、最初の頃はもっぱら掃除に明け暮れるだけだった。
「まったく…。父上はどのくらい長い間ここを放置していたんだ? 何処もかしこも埃だらけじゃないか。…きっと掃除が面倒になったから早々にここの鍵を僕に押し付けたんだろうな。もっと真面目に我が家の陞爵に取り組んでくれれば良いのに…」
そんな事をブツブツと呟きながらもジェイミーは今日も地下書庫の掃除に追われていた。
地下に位置するため窓がないから余計に掃除に手間がかかる。
地下書庫というだけあって、入り口側以外の三方の壁には書棚が造り付けられていた。
このバークス家もアルズベリー国が始まった当初から続いている家だと聞いている。
このアルズベリー国が建国されてまもなく五百年が経つ。
それほど昔からの書物がここにはあるという事だろう。
それでも書物に劣化が見られないのは何かしらの魔法がかけられているのだろうか?
そんな事を考えながら今日もせっせと掃除に明け暮れている時だった。
「おや?」
ジェイミーの目の端に何かが光ったような気がして顔をそちらに向けた。
そこの本棚にもびっしりと本が詰まっているが、特に変わった所は見られない。
「…気の所為か」
そう思いまた元の作業に戻ろうとした瞬間、一冊の本が光った。
「何だ?」
引き寄せられるようにその本を手に取り開けた瞬間、ジェイミーはその場に倒れた。
しばらくして、ジェイミーはおもむろに立ち上がった。
「…久しぶりだな。生身の人間の身体は…。ようやく波長の合う子孫が現れてくれた…」
ジェイミーの中に入ったソレはジェイミーの記憶を探る。
「なんと! あれから二百年も経っているとは! このジェイミーという子も私と同じように野心に溢れているようだな。私を復活させてくれたお礼にこのジェイミーの障害になりそうな『エドアルド』という人間を排除してあげようか」
ジェイミーに成り代わったソレは足元に落ちた書物を拾い上げた。
二百年前、ソレが死ぬ瞬間、自らの魂をその本に封じ込めた物だ。
以来、じっとこの地下書庫で波長の合う子孫が訪れるのを待っていたのだ。
ソレは本を取り上げるとパラパラとページを捲った。
「さて、どれが良いかな? 私の中にいるジェイミーに満足してもらえるようなのはどれだろう? 簡単に排除するのもつまらないし…。ここはじわじわといたぶってあげようかな?」
ソレは自分の中にいるジェイミーに語りかけた。
本物のジェイミーの心は奥深くに封印され、自分の意志で身体を動かす事も喋る事も出来なくなっていた。
ただ、外の世界で起きている事だけが視界に入って来る。
そんな抜け殻のような状態になってもなお、エドアルドに一泡吹かせられるという事には喜びを感じていた。
ソレは宣言通り、エドアルドに何かを仕掛けたようだった。
アーサーに軽く叩かれただけなのに物凄く痛がっていた。
そして剣術の稽古の時間、模造剣が当たっただけなのに、まるで腕を斬られたかのように痛がる。
その姿を見られただけでもジェイミーは満足した。
だが、ジェイミーの前に立ちはだかるのはエドアルドだけではなかった。
エドアルドの友人であるアーサーまでもが計算のテストで満点を取ったのだ。
「あいつも目障りだな。エドアルドと一緒にいたぶってやるか」
ソレは今度はアーサーに狙いを定めた。
そして、今日。
アーサーは何かに躓いて机の角に鳩尾をぶつけた。
ほんの少しぶつけただけなのに、大げさに痛がりその場に崩れ落ちた。
その姿を見てほくそ笑んだまま、ジェイミーの姿をしたソレは固まったのだった。