105 アーサーの危機
戦々恐々としながら学院に通っていたが、特に何事も起こらずに日々は過ぎて行く。
ジェイミーは相変わらず僕達には目もくれずに授業を受けている。
僕の身体もあれ以降、激痛を覚える事もなく過ごしている。
だけど、よくよく考えてみると身体を何処かにぶつけたり、誰かに叩かれたりしていない事に気付いた。
あの日以来、アーサーも僕の身体を軽く叩いたりする事も無くなっていた。
アーサーに変に気を遣わせてしまっているようで申し訳なく思う。
だけど、あの時は本当に痛かったのだから仕方がない。
人の手のひらの大きさのハンマーで殴られたような衝撃があったのだ。
今だにあの時の痛みを思い出す事が出来るくらいの衝撃だった。
その時もジェイミーがこちらを見ていたような記憶があるが定かではない。
証拠もないのに人を疑うなんてしたくはないけれど、どうしてもジェイミーに関連付けてしまう。
そんなモヤモヤを抱えながらも今日も授業を受けていた。
終業のチャイムが鳴り、次の剣術の授業のため皆が更衣室に向かおうとしている時だった。
「おーい、エド。早く行こうよ」
アーサーが自分の席を立って僕の所に向かっている時だった。
机の脚に引っ掛けたのか、慌てたせいで躓いたのかはわからないが、アーサーの身体がつんのめったようになり、傍にあった机に身体をぶつけた。
咄嗟に机に手をついたものの勢いがついていたのか机の角が運悪く鳩尾に食い込んだ。
「うわぁ! 痛いっ!」
はたから見れば軽く机に当たったくらいにしか見えなかったのに、アーサーは大声を上げてお腹を押さえてその場にうずくまった。
「アーサー?」
僕は驚いてアーサーに駆け寄った。
周りの生徒達もアーサーの異変に驚いたように立ち尽くしている。
けれど…。
僕がアーサーに駆け寄った途端、アーサーのうめき声も周りの喧騒も掻き消えた。
え?
まさか、…また?
アーサーを含め僕の周りの人間がマネキンのように固まったまま動かなくなった。
そこへ前回と同じようにオーウェンとヴィンセントが音もなく現れた。
「やれやれ。やっと術を使ってくれましたか。おかげでようやくシッポを掴む事が出来ましたよ」
オーウェンが長い銀髪をハラリと払い除ける。
確かに美形なのは認めるけれど、そうやっていちいち無駄なポーズを取るのは止めてほしい。
「マーリン先生、ヴィクター先生」
僕が二人の名前を呼ぶとオーウェンは面白く無さそうな顔をした。
「エドアルド君。この姿の時はその名前で呼ぶのは止めてもらえませんか? ヴィーにしたってエルフになる前はエドアルド君の祖先なんですから、ちゃんと名前で呼んであげてください」
うわぁ!
マジでめんどくさいな。
だけど、どうやらこの一連の騒動を収めに来てくれたようだからここはちゃんと言う事を聞いておこう。
「すみません、オーウェンさん」
オーウェンの名前に『さん』を付けて呼んだのだが、オーウェンは僕をチラリと見ただけで返事をしない。
「『さん』付けは要らないよ。私もオーウェンも呼び捨てで構わない」
ヴィンセントがオーウェンの代わりに口を開いた。
「でも、ヴィンセント王…」
僕が呼びかけるとヴィンセントは軽く頭を振った。
「王だったのは遥か昔だ。今はこうしてエルフとして生きているんだ。エドアルドとは対等の立場だよ」
対等かどうかはさておいて、二人とも呼び捨てで構わないらしい。
だけど、今はそんな事よりもアーサーの事が心配だった。
軽くぶつけただけのはずなのにあんなに大声で悲鳴をあげるなんて、先日の僕と同じような事がアーサーの身に起こったのだろうか?
そう言えば先ほどもオーウェンは『やっと術を使ってくれた』と言っていたが、それは一体誰の事なんだろう?
もしかして…。
そう考えているとオーウェンはパチンと指を鳴らした。
すると…。
僕の目の前にジェイミーが姿を現した。