5.聖剣
私が王都に戻ったのは、結婚式の前日でした。
結婚式を控えた王宮は、華やかな装飾と準備に追われる使用人たちで溢れていました。
王宮に戻った私は、結婚式の準備が慌ただしく進む中、エドヴァン殿下に呼ばれます。
「リュミエール、どこに行っていたんだ? 心配したんだぞ」
殿下の声には安堵と少しの苛立ちが混ざっていました。
「申し訳ありません殿下。王妃になるので、結婚前に王国を見て回ろうと思いまして地方を訪問していました」
私は深く頭を下げました。
「君はそんなことをしなくてもいいんだ。王妃になる君は、王宮で私を支えるだけで十分だ」
殿下の言葉は穏やかでしたが、どこか突き放すようにも聞こえました。
「ですが、地方の村々では、貧困が蔓延し、人々は飢えと絶望に苦しんでいます。徴兵で家族を失った人々、干ばつで作物を失った人々がたくさん……」
私は胸の奥に抱えた思いを懸命に伝えようとしました。
しかし――。
「リュミエール、そんなことは分かっている」殿下は私の言葉を遮りました。「だからこそ、魔王討伐の準備を急いでいるんだ」
その瞬間、私は魔王から預かっていた聖剣を殿下に見せました。
光に輝く刃を持つその剣は、かつて魔王が携えていたもの――魔王自らが私に託した宝剣でした。
「これは……?」
殿下の目が驚きに見開かれる。
「魔王ニルナ様から預かった聖剣です」
私は力を込めて言葉を続けた。
「魔王は、侵略の意志を持っていません。この剣がその証です。殿下、無意味な徴兵や税の引き上げをやめ、人々を救うべきです」
「馬鹿な!」
殿下は剣を見つめながら一歩後ずさった。
「魔王が侵略を諦めただと? そんな戯言を信じると思うのか?」
「戯言ではありません。私はこの目で見てきました。ニルナ様の婿であるフィルクさんは、村々に食料や雨をもたらし、人々を救おうとしていました」
殿下は激しく首を振った。
「リュミエール、君は騙されているのだ! 魔王の狡猾さを忘れてはいけない」
「では、この剣の意味は何なのでしょう? なぜ敵であるはずの私に、魔王がこれを託したのか、考えてください!」
私の声は震えた。
だが、殿下は私の訴えを拒むように背を向けた。
「そんなことよりも、明日の式に集中してくれ。私たちの結婚こそが、この国の未来を照らすのだ」
「明日の式に、ニルナ様が私たちの結婚式をお祝いしにきてくださいます。聖剣はその証とのことでした」
「魔王が?」
「この剣を返却することで、魔王国サンヴァ―ラと国交を結ぶことが出来ます」
フィルクさんは、ボランティアのように村を救ってくれてはいましたが、しっかり国交を結ぶことができれば、援助を正式にお願いすることもできるかもしれません。
「ああ、そういうことか」
「はい。なので、式を訪れた魔王に必ず、聖剣をお渡しください。そうすれば、魔王の国サンヴァ―ラと国交を結ぶことが出来ます」
殿下は一瞬黙り込み、やがて肩をすくめました。
「分かった、リュミエール。その剣の意味を信じよう。明日の式で魔王が訪れるなら、その場で全てを明らかにする。国交を結ぶ話も含めてな」
私は殿下の言葉に胸を撫で下ろしました。
「ありがとうございます、殿下。それが私の望みです」
剣を殿下に預けると、彼は静かにそれを受け取りました。だが、その目が暗い影を宿していることに、私は気付きませんでした。