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4.人々の生活


「はぁ。はぁ、はぁ」


 私は前回と同じように、額の汗をぬぐいながら起き上がりました。

 

「どうして……私は生かされたのでしょう?」


 どう考えても、絶体絶命でした。

 魔王は記憶を保持できるばかりか、時の魔法を封じることもできるようです。

 魔法は発動せず、魔王は剣を一振りするだけで、私を亡き者にできたはずでした。


 なのに――しなかった。


 私は、魔王の言葉を一つ一つ思い出しながら考えました。

 

「私の罪は、知らない事……? 人々の生活を見てまわりなさい……?」 


 ただの脅しや揶揄ではありませんでした。あの瞳には、揺るぎない確信と、私に何かを託すような光が宿っていました。


 もうすぐエドヴァンが私の部屋にやってくるはずですが、エドヴァンに会うことよりもやるべきことがあります。


 迷いを振り払うように立ち上がり、部屋を飛び出しました。


「エルザ! エルザはいませんか?」


 廊下を駆け抜け、召使いの部屋の扉を叩きます。


「……リュミエール様? 一体、どうなさいましたか?」


 エルザが、眠そうな目を擦りながら現れました。


「馬車をすぐ用意してください。今すぐ国中を見て回ります」


「今から? 国中を……ですか!?」


 エルザは目を見開きましたが、私の真剣な表情を見て、すぐに頭を下げました。


「かしこまりました。ただ、道中の危険もございますので、衛兵を伴わせますね」


「いいえ、衛兵はいりません。必要なのは、真実を知ることです」


 エルザの顔に、さらに驚きが広がりました。


「わかりました。お忍びでということですね。誰も付けないわけにもいきませんので、適任者をさがしてまいります」


 エルザはそう言うと準備に取り掛かりました。


 胸の中で、魔王の最後の言葉が響き続けています。


『次が最後のチャンスです』


 その意味を確かめるため、私は一歩を踏み出しました。もはや過去の繰り返しをただ受け入れるつもりはありません。


「この目で見て、この耳で聞いて……私は、真実を知ります!」


◇ ◇ ◇


「いやぁ。さすがにお忍びとはいえ、エルザさん一人でリュミエール様を護衛させるわけにはいかないでしょう」


 エルザが連れてきたのは、神官のアウリスでした。背筋を正したその姿は穏やかですが、瞳にはどこか鋭い光が宿っています。


「私であれば、いくつか魔導具を使いこなせますので、お役に立てるかと存じます」


 彼は微笑みながら胸に手を当て、一礼しました。その仕草は礼儀正しく、安心感を与えるものでした。


 確かに、どの時の流れでもアウリスは、私のために行動してくれていました。

 

「エルザ、どうしてアウリスを選任したのですか?」


「それは、そのう」


 エルザが少し頬を赤らめ、視線をそらしました。


「そのう……アウリスさんは、優秀ですし……リュミエール様の旅を支えるには、これ以上の方はいないと思いまして」


 エルザはそう言いながら、ちらりとアウリスの方に目をやりました。その視線に気づいたアウリスは微笑みを浮かべていました。アウリスの方もまんざらではなさそうです。


「なるほど。確かに優秀ですね。でも……それだけ?」


 私は問いかけながら、エルザの表情をじっと観察しました。


「そ、それ以上何があるというんですか!」


 エルザは慌てて手を振りながら否定しましたが、その動きにはどこかぎこちなさがありました。


「ふふ、そうですね。それ以上のことは今は聞かないでおきます」


 私は小さく笑って話題を切り上げました。エルザの反応から、何か特別な感情があるようにも感じましたが、今は旅の目的を優先する時です。


「では、アウリス。今回の旅であなたの力を貸してください。道中で何が起きるかわかりませんから」


「承知しました、リュミエール様。全力でお守りいたします」


 アウリスの言葉は力強く、それだけで頼もしさが感じられます。


「エルザ、準備は整っていますか?」


「はい、馬車もすぐに出せます!」


「では行きましょう。まずは近隣の村から順に、人々の暮らしを見て回るところから始めます」


◇ ◇ ◇


 馬車を降りると、辺りを漂う土埃の匂いと、微かに腐敗した草の匂いが鼻をつきました。石畳の敷かれた道は、かつての賑わいを想像させるものでしたが、今はひび割れ雑草が伸び放題。通りを行き交う人影はまばらで、誰もが疲れ果てた顔をしています。


「ここが……村の様子なのですね」


 エルザが控えめに頷きました。


 家々は木材が朽ち果てていて、屋根の一部が崩れ落ちたものもあります。広場と思しき場所には、子どもたちの姿が見当たりません。村人たちは肩を落とし、わずかな作物を持ち寄って何かを分け合っているようでした。


「こんな状況でどうやって暮らしているの……?」


 この現実を目にしてしまえば、宮廷で見ていた『国の繁栄』がいかに偏ったものだったかを痛感せざるを得ません。


 村の中を進んでいくと、王都で見慣れた軍の服をきた衛兵がいました。


「何をしている。魔王に国を滅ぼされたらどうする。さあ、来るんだ。」


 どうやら、衛兵は若い男性を徴兵しているようでした。


「お前まで行ってしまったら……」


「おとう、おかあ、きっと戻ってくるから」


 息子は涙をこらえながら振り返ることもなく、王都の衛兵に連れていかれました。老いた両親は、震える手で固く握り合いながら、その背中を見送るしかありませんでした。


「アウリス……何か知っていますか?」


「私が衛兵に事情を聞いてみます。リュミエール様は村人から話を伺ってください」


 アウリスが行った後、私は息子を連れていかれた老夫婦に近づきました。


「あんたは?」


 老夫婦は、警戒しながらも私の話を聞いてくれました。


「私はリュミエール、エドヴァン殿下の婚約者で……」


「なら殿下に伝えてくれ。これ以上、税を増やすのと、徴兵するのをやめてほしいと」


 変ですね。私は、まだ魔王が侵略してくることをエドヴァン殿下に伝えていないのに。


「徴兵が始まったのは、つい最近ですか?」


「なにを言っているんだい? 増税と徴兵し始めたのは、魔王が復活してからすぐだろう!」


「それは……随分前なのでは?」


「だから、随分まえから、この村はこの状態だよ」


 私は、王宮に届けられる自分たちが食べきらないほどの、食料を思い返しました。

 それに、私が進言してから、魔王討伐に向かうまでの期間は数週間でした。

 それまでに、軍を編成したというのは、準備をしていたということです。


 それは、用意周到と言えるのかもしれません。

 しかし、こんなに国を疲弊させてしまっては、元も子もありません。


「私が必ず王に伝えます」


◇ ◇ ◇


 次に訪れた村はさらに酷い有様でした。

 乾ききった大地はひび割れ、所々で枯れ果てた作物の茎だけが風に揺れています。


「ここまで酷いなんて……」


 エルザも景色を見て呆然としています。


「シャルディアは、大陸の内部の国ですからね。雨が長い間降らないというのも珍しくありませんよ。それにしても、今回は川まで干からびてしまうとは、相当です」


 私達三人が呆然としていると、突如、乾ききった空気を切り裂くように、ぽつりと水滴が落ちてきました。それは次第に広がり、大地を湿らせていきます。


「これは、魔法?」


 雨雲は不自然に湧き上がっているようでした。


 その発生源では、銀髪の爽やかな青年が、魔法の杖を掲げて雨を降らせていました。

 雨の中に佇む青年は、銀髪が雨粒を弾き、どこか神秘的な雰囲気を纏っていました。その穏やかな微笑みは、荒れ果てた土地に一筋の光を差し込むようでした。


 私たちの存在に気づくと、青年は近づいてきました。


「遅かったですね」


 青年は、まるで私が来ることを知っていたように言いました。


「あなたは?」


「ああ、僕ですか? 僕は、フィルク。魔王ニルナ様の婿ですよ」


「魔王の婿? つまり、あなたも魔王?」


「婿は婿です。別に僕は、王族ではありませんし、平民です。ニルナ様から財務大臣などは任されていますがね」


 それだけいうと、青年はまた作業に戻りました。


魔杖変形「怒りを買いし海洋神(ポセイドントリアイナ)


 手に持つ魔法の杖は、大きな槍へと変わり、再び雨を発生させました。

 雨の中、村人たちがフィルクさんの傍に大きな壺を抱えてやってきました。


「フィルクさん、こちらの壺もお願いしてもよろしいでしょうか」


「ええ、もちろんです」


 フィルクさんは魔法の槍を掲げると、村人たちの壺に次々と水で満たしていきます。

 村人たちは壺を手にしながら、「ありがとうございます!」「これでしばらくは生きていけます」と涙ながらに感謝を述べていました。


 作業が終わった、フィルクさんは、私達に近づいてきて言いました。


「この土地はまだ大丈夫。日照り続きで作物は枯れてしまいましたが、僕の魔法で雨を降らせて、サンヴァーラから持ってきた早く育つ作物を植えました」


「それなら、人々は飢えずにすむのですね!?」


「ただ早く育つと言っても、実るまで数ヶ月はかかります」


「それでは、人々は死んでしまうではないですか」


「その間、王都に溜め込んだ食料を開放すれば大丈夫だと思いますよ」


「毎日毎日、貴族には食べきれないほどの食事が提供されていました。必ずそうするように旦那様に伝えます」


「そうしてください。中央集権がダメなわけではありません。普通の人々は、目の前のことしか頑張れません。少しずつ徴収しいざという時に備えるために、政府はあります」


「はい。私もその通りだと思います」


「やはりあなたは、ニルナ様の言う通り善良な方ですね」


 フィルクさんは微笑みながら、最後に私に一つの物を渡しました。

 それは、見る者を圧倒する荘厳な宝剣でした。柄に刻まれた複雑な紋様と、刃に宿る微かな輝きは、この剣がただの武器ではないことを物語っていました。


「ニルナ様は、あなたの結婚式のお祝いに行くので、必ず返して欲しいと言っていましたよ」


「わかりました。必ずエドヴァンにそう伝えます」


「後悔ない選択をしてください。何度繰り返せたとしても、その時の流れは一度きりなのですから」


 魔王の婿であるフィルクさんは、全てを知っているようかのように私に言いました。


「あなたの未来に幸あらんことを」



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