071話 危険!テイマー部には近づくな!(03)
「だからダメだって言ったのに……」
ユキメは自分の無力感に苛まれ、両手を地面について打ちひしがれた。
その間にもネフェルは一心不乱に子犬のお腹をワシャワシャと掻きむしり「いや~ん」だの「きゃわわ~」だの声をあげて悦に入った。
どれくらいネフェルが子犬と戯れた後だっただろうか───。
ネフェルはハッと我に返った。
「あっ……。わ、私、ここで何を……?」
「ネフェルちゃん、気が付いた? あなたはテイマー部の策略にまんまとハマってしまったの。この「モフモフふれあいコーナー」は魔性の出しモノなの。毎年、何百人もの生徒がこのコーナーの虜になり、時を忘れてただただモフモフをワシャワシャと撫でまわしてしまったことか……」
そうユキメが説明する間も、子犬はお腹を出して身をくねらせ「撫でて、撫でて~」とアピールを続けた。
「もう、ウィンリル君、ダメよ。 めっ、よ。 めっ。 もう元の姿に戻ってちょうだい」
ユキメにそう言われると、子犬はピタリと動きを止めた。
「え? ウィンリル様? え? この子犬が?」
そうネフェルが驚いた瞬間だった。
子犬が「ボンッ!」という音とともに煙に包まれたかと思うと、中からウィンリルがあらわれた。
「────っ……!!」
ネフェルは息を飲んだ。
「ユキメ先輩、よくボクだってわかりましたね」
ウィンリルは後ろ頭を掻いて「あちゃー、バレたか」といった様子だった。
「バレるわよ。毎年の事ですもの。テイマー部はその年の新入生を「真の姿」にして「モフモフふれあいコーナー」で見世物にするのは恒例よ」
その説明にネフェルは「え? そうなんですか?」と驚いた。
「そうよ、ネフェルちゃん。あの柵の中にいるモフモフたちはね、みんな今年入部した一年生たちの真の姿なのよ」
それは驚きの説明だったが、しかし確かにそれならみんな、まだ幼い子犬や子猫のようになる説明に納得ができた。
「すっかりやられて時間を奪われてしまいました……。ユキメお姉さん、ごめんなさい。せっかく危険だと教えてくださったのに……」
ネフェルは自己嫌悪した。
「ええ~? そんな、危険だなんてひどいよ~」
そう言ってウィンリルは真の姿になると、またお腹を出して「撫でて、撫でて~」とアピールをした。
その姿にネフェルはまた引き寄せられそうになった。
「もう。ウィンリル君っ。ダメだってばっ。元の姿に戻ってっ」
そう云われてウィンリルはしぶしぶといった様子で元の姿に戻った。
「ネフェルも僕を撫でまわして至福の時間を過ごせたでしょ? 危険だなんて、そんなことぜんぜんないよ」
ウィンリルはそう言ったが、たくさんの時間を奪われてしまった今、ネフェルは確かにこれは危険だ……いや危険すぎると痛感した。
***
心優「お母様はこの時にウィンリルさんの洗礼を受けていたんですね」
ネフ「そうじゃ。まったくひどい目にあったものじゃ。おかげで闘技場に着くのが遅れてしまい、多くの試合を見逃してしまったのじゃ」
心優「ユキメお姉さんが必死にお止めしようとした理由もわかりました。確かにこの「モフモフふれあいコーナー」に抗うことはできませんね」
ネフ「しかもウィンリルはこれで味をしめよってな。自分の意見が通らぬと、事あるごとに子犬の姿で妾に訴えるようになった。何度その策略にやられ、ヤツの言う事をきいてしまったことか……」
心優「確かに、この姿でおねだりされたら抵抗は難しいですね」
ネフ「そうじゃ。じゃから今一度、念を押すために申すぞ。四人兄弟の中でヤツが最も厄介だ。決してヤツの機嫌を損ねるでないぞ」
ウィンリルさんの恐ろしさを再確認した私はしっかりと頷き、この事をゆめゆめ忘れないように誓いました。