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両思いの幼なじみが学校一のイケメンに公開告白されてるんだが、どうすればいい?

作者: 三位三体

静まり返った放課後の教室で、僕、山本大和(やまもとやまと)は丁寧に折りたたまれた便箋を震える手で開いた。


大和くんのことが、ずっと前から好きです。

長谷川吉野


十回ほど、文章を舐めるように脳内で反復する。ずっと前から好きです。好きです。です……。


下駄箱で手紙を見つけた今朝から、読もうと思い立っては断念すること約二十回。小花が散りばめられた柄の便箋は既に汗で不格好に波打っている。


長谷川吉野(はせがわよしの)。彼女は僕の幼なじみである。言葉も話さぬ歳に出会い、それから約十六年間ずっと、気弱な彼女の傍らに立ち続けてきた。


吉野が、僕のことを好きだと?ここには書いていないけれど、つまり僕と付き合いたいと?


その答えは、言葉にするよりも先に、僕の火照る頬が示している。どんくさい彼女が転ぶ度に真っ先に抱き起こしに行ったのも、泣き虫な彼女の涙をいつも拭ってやったのも、全部ちゃんと届いていたのか。


嬉しさよりも安心が上回って、気が抜ける。僕はふう、とため息をついて背もたれに体を預けた。さっきまでは耳に入らなかった部活中の生徒の喧騒も、急に耳につくようになる。


締め切ったドアから微かに漏れる、音階をなぞる管楽器の掠れた音をぼんやりと聴いていると、


「あれー?なんでまだヤマいるのー?」


「あばばぎゃ!?」


突然開け放たれたドアと、無遠慮な大声に思わず飛び上がった。慌てて持っていた手紙を机の中に押し込む僕を見て、声の主である黒崎(くろさき)さらは、ポニーテールを揺らして首を傾げた。


「えっ、なにか隠した?まさか……らぶれたーかにゃ?」


「ちっ、ちち、ちげーよ。てか、ノックぐらい、しろよなあ」


「なんで自分の教室入る時にノックすんだよ」


黒崎は教室の手前にある、彼女の机に背負っていたリュックを置くと、机の中をまさぐり始めた。教科書でも忘れたのだろうか。


「伝えたいことがあります、放課後屋上まで来てください、てかー?」


「いや、だからそういうんじゃ無いって」


実際そういうのなんだが。


そう心の中で呟きながら、ふと、疑問を覚える。普通こういうのって、黒崎が言うように呼び出すパターンが主流だよな……?手元のこの手紙には、そういった意図はない。好きです、とただそれだけ。付き合ってくださいとも書いていない。シャイな吉野らしいといっちゃそうだが、つまり、後日僕が改めて吉野を呼び出すべき……ってコト?


机の中から引っ張り出した英語の参考書をリュックに入れた黒崎が、窓際の僕の席に近づきカーテンをめくって外を眺める。制汗剤だろうか、シトラスの爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。


「ま、実際は屋上じゃなくて渡り廊下なんだけどねー。……そろそろかな?」


「……どういうことだ?」


カーテンが覆いかぶさって、黒崎の表情は見えない。窓の外になにかあるのかと、僕も黒崎に倣ってカーテンをめくり外に視線を向ける。


「え、ヤマ知らないの!?嘘!?」


「いや、だから何が、」


大袈裟な黒崎の反応にムッとして言い返そうとした言葉は、最後まで続かなかった。


四階であるこの教室からは、北館と南館を繋ぐ渡り廊下がよく見える。屋根もない、剥き出しの……さながら橋のような廊下には今、中央あたりに二人の生徒が立っていた。


一人は、隣のクラスの二階堂冬馬(にかいどうとうま)。イケメンと名高い彼を、校内で知らない奴はいない……。そして向かい合っている女子生徒は……吉野!?


一瞬見間違いかとも思ったが、肩で切りそろえた黒髪の、こけしみたいなシルエットは間違いなく吉野だ。


そして何より異様なのは、学校中の窓という窓から顔を出す膨大な数のオーディエンス。彼らは冬馬に向かって口々に頑張れー、なんて叫んでいて……。


「え!?ちょっ、え、な、何これ!?」


素っ頓狂な声を上げる僕に、黒崎が呆れた顔を向ける。


「まじで知らなかったのかよ……」


「え、こ、これって……公開告白!?」


冬馬が……吉野に!?


待て待て!僕、吉野に告白されてんだけど!?


「吉野ちゃん、可哀想だよね」


「……え?」


やけに平坦な黒崎の声に、思わず聞き返す。


「だって冬馬、馬鹿だもん。こんなのさ、断れないよね」


もう一度渡り廊下に視線を戻し、ごくんと唾を飲む。


冬馬は胸に手を当て、わざとらしく深呼吸をしている。彼に向かい合った吉野は今どんな顔をしているのだろう。


「冬馬のこと狙ってる子多いもん。頑張れー、なんて、みんな思ってもないのにね」


向かい側の校舎の窓から顔を出す巻き髪の女子が、口に手を当ててしきりに頑張れー、と叫んでいる。しかし小動物を狙うようなギラギラとしたその目は、吉野に向いていて……。


準備運動のように肩をぐるぐる回しだす冬馬。早くしろー、なんて叫ぶ男子生徒。微動だにしない吉野。


僕は想像する。もし吉野が告白を受け入れたら?……それが本心では無いことは僕はわかっている。だって吉野は僕のことが好きなんだもの。しかも冬馬は学校中の人気者だ。冬馬に好意を抱いている女子は、大人しい吉野のことをどんな目で見る?……いや、でもそれは告白を断っても同じことだ。場をシラケさせ、さらに冬馬に恥をかかせた吉野に、良い印象は抱くまい……。


好きです、と書かれた手紙。僕を呼び出すこともなく、付き合ってください、とも書いていない。ただ好きです、と。


ああ、と合点が行く。分かったよ、吉野。


僕は教室を出て、走り出した。どうすればいいかなんて分からない。けれどとにかく吉野の元へ。


吉野が傷つかないように。吉野が泣かないように。吉野を守ることが僕の役目だと、そう思って生きてきた。きっと上手くは行かないけど、けれど少なくとも、吉野に降りかかる棘は、全て僕に。


野次馬を掻き分け押しのけ、僕は二人がいる渡り廊下へ飛び出す。その瞬間、


「吉野さんのことが好きです!俺と付き合ってくださーい!」


冬馬の声が響いた。


***


教室を出る大和を見送ってから、さらは盛大にため息をついた。


「やっと行ったよ……」


うーん、と伸びをしてから窓枠に肘を乗せて、オーディエンスのうちの一人のフリをする。……というか実際、傍観者でしかないよね、と自嘲するようにさらは笑った。


大和の机から若干はみ出た小花柄の便箋。何が書いてあるか、さらは知っている。


……だってあれ、あたしが書いたんだもの。


心の中でそう呟いて、さらはふん、と鼻を鳴らした。


吉野ちゃんは、ヤマのことが好き。ヤマも吉野ちゃんのことが好き。だから、上手くいって欲しい。間違っても、冬馬と吉野ちゃんが付き合うなんてこと、あっちゃいけないのよ……。


「吉野さんのことが好きです!俺と付き合ってくださーい!」


響いた声に、さらは自然と眉をひそめた。そんな自分にはっと気づき、努めて自然な、なんとも思っていないような顔を作る。誰も見ちゃ居ないのに。


さらは吉野に向かって手を差し出した、人気者の幼なじみのことを考える。


あいつは馬鹿なんだ。とにかく馬鹿。猛烈に馬鹿。公開告白ほど断りにくいものなんてないのに、そんなことも分からない馬鹿。ロマンチックだから、なんて理由で白昼堂々、公然の場で告白する馬鹿。……その馬鹿の矛先があたしに向いたなら、許してやれるのに。


気弱な吉野ちゃんはきっと断れない。吉野ちゃんのことが大好きなヤマは、きっと困っている吉野ちゃんを放って置かない。どんな形でもいい。冬馬と吉野ちゃんが付き合わなければそれでいい。吉野ちゃんの筆跡も上手く似せられたと思う。手紙の内容だって、嘘じゃないんだから……いい、でしょ?


***


冬馬の告白に、騒がしかった校舎が一瞬静まる。渡り廊下を囲む視線の全てが、吉野の小さな背中に集中していた。


皆、吉野の答えを待っている。ふいに、四階の端の教室から顔を出す、おさげの女子と目が合った。泣きそうな顔をしている。きっと彼女は冬馬のことが好きなのだろう……。


重い重い空気が、吉野を潰してしまいそうだった。僕は思わず、吉野に向かって走り出す。いきなり飛び出した僕に、オーディエンスから微かにどよめきが上がった。


何を言おうか。何を言うのが正解なのか。分からない。分からないけど、とりあえず何か叫べ、の精神で走りながら口を開く。


吉野……!


「ごめんなさい!」


細く、弱く、しかし不思議と鈴のようによく通る声だった。僕は思わず耳を疑う。目の前の吉野は、冬馬に向かって頭を下げていた。


「わたし、好きな人がいるんです。だから、あなたとは付き合えません」


惚れ惚れするほど、毅然とした態度だった。


僕は、自分の思い違いに気づいて、赤面する。自分が吉野を守らなきゃ、なんてとんだ思い上がりだ。ああ、目の前の小さな彼女は、いつもすぐ泣いていた吉野は、こんなにも強い女の子じゃないか……!


きっぱりと言いきって冬馬に背を向けた吉野と、ぱちりと目が合う。吉野は、背後に僕がいることに気づいていなかったようだ。リスのような丸い目を見開いて驚いた顔で僕を見る。


「あ……、えっと、」


たどたどしく言葉を探す僕と、頭から湯気でも出そうなほど顔を紅潮させる吉野。


「や、大和くん!」


吉野は震える声でそう叫ぶと、強引に僕の手を引いて廊下の方へと駆け出した。


「吉野!?」


思っていたよりずっと強い吉野の腕力に驚きながら、そして今にもすっ転びそうに足を縺れさせながら、僕は吉野の引く方へ、無我夢中でついて行く。


渡り廊下の扉の向こう、ザワついた人混みの中に飛び込む瞬間、軽やかに跳ねるポニーテールが視界を掠めた、ような気がした。ついさっき嗅いだような、シトラスの香りが鼻腔をすっと通り抜けた。


***


「……嘘」


ごめんなさい、と頭を下げた吉野にさらは思わず声を漏らした。


うそ。まさか。


てっきりヤマが飛び込んで行って、公開告白をネタに変えたりして……とにかく、全部有耶無耶になると思っていたのに。


さらは震える唇を噛む。


大勢の人に囲まれてたじろぐことも無い吉野は、目を背けたくなるほど強くて、凛々しくて……自分が情けなくなる。


さらは窓枠に置いた腕に顔を埋めた。


冬馬は振られた。冬馬と吉野ちゃんは付き合うこともない。あたしが望んでいた結果。予想していたものとは違うけど、でもこれが本望。……本望?


本当にそうだろうか、とさらは自分に問う。


あたしは、ほんとにこんなことがしたかったの。吉野ちゃんを騙って手紙なんて書いて。ヤマを吉野ちゃんの元へ誘導して。


でも、冬馬と吉野ちゃんが付き合っているところなんて、本当に見たくなかった。もし手なんて繋いで歩いているところに遭遇したら、あたしきっと生きてけない。


冬馬があたしのこと見てないのは分かってる。幼なじみなんて称号に縋っているのはあたしだけで、きっとあたしは冬馬に黄色い歓声を上げているそこらの女子と同類でしかなくて。


傷つきたくない。……でも、そんなあたしは。


「わたし、好きな人がいるんです」


真っ直ぐとした吉野の声が、ざわめきを抜けてさらの耳へ。


情けない。情けない。情けない!


さらは滲んだ涙を拭い、勢いよく床を蹴って走り出した。


自己嫌悪がエンジンとなって、もう足は止まらない。脇目も振らず、さらは野次馬を押しのけて渡り廊下へ向かった。


冬馬の元へ飛び出した瞬間、大和の手を引く吉野の姿が、ちらりと見えた気がした。


「……冬馬」


肩で息をするさらを、冬馬は戸惑いに満ちた表情で見つめている。


「……吉野ちゃんのこと、好きだったの」


「……ああ」


冬馬は困惑したまま、しかしはっきりと頷く。


そこにはただ、好きな人に振られたという、悲しみの色しか見えなかった。


馬鹿だもんこいつ、とさらは思う。


自分なら成功するだろう、なんて驕りもない。振った相手を憎むこともない。……馬鹿だ。


涙と一緒に、言葉は勝手にポロリと出た。


「ねえ、あたし、」


冬馬のことが、好きなの。


***


「よ、吉野。ちょっと待って……」


校舎裏まで走って、吉野はようやく足を止めた。


「ご、ごめん、大和くん。つい……」


「ああ、いや、大丈夫。その、それより、」


「大和くん!」


「はい!」


突然の大声に背筋が伸びる。


ここまで走ってきたせいなのか、吉野は頬を赤らめて僕の方をじい、と見ている。


「もう、分かってるかもだけど……。わたし、大和くんのことが好きなの!」


「え、あ、ああ、うん。て、手紙、貰ったしね」


「……手紙?」


「え?ほら、今朝僕の下駄箱に……」


「……え?」


「僕のことが好きですって、書いてあって……」


「……ごめん、それ知らないよ」


「……は?」


「わたし、そんな事しないよ。大和くんに好きだって、絶対直接言うよ」


「……まじ?いや、僕も吉野に直接好きだって言いたいけど……」


「え?大和くん、わたしの事好き?」


「ああ、もちろん」


「……やったぁ、と言いたいところだけど……」


僕は、吉野と顔を見合わせる。


「まじであの手紙、なんだったんだろう……」


ちょうどその時だ。僕たちが居た校舎裏でも、渡り廊下から漏れた、歓声とも落胆ともつかないどよめきが微かに聞こえていた。

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