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物語の裏事情

白雪姫の裏事情

作者: 夕鈴

母親は大きくなった娘に昔話を始めた。


昔々、白い雪が降る日にお姫様が生まれました。

そのお姫様はね、

今では多くの人が知る物語の一つ。

美しい姫が悪い魔女から王国を取り戻す物語。

ただ、その女性にとっての物語の概要は違っていた。









美しい王妃を迎え数年、国王夫妻は世継ぎに恵まれなかった。

王妃は世継ぎを生むことを諦め、離縁を望んだが王は認めなかった。

しばらくして小さな命を授かり、国王夫妻の離婚の危機は逃れた。


「よくやった。お前は役目を果たした。もう離縁など言わないでくれ」


王は少しずつ大きくなっていく王妃の腹を優しく撫でながら労わる。王妃を愛する王は、妃の前では為政者ではなく愛に生きる一人のただの男だった。





国中に雪が降り積もり、冬将軍が訪れた日小さな光が生まれた。

国中の者が待ちわび、とうとう生まれた跡取りは王ではなく美しい王妃に似た女の子だった。

赤子の美しさを讃えながら心の中で落胆する家臣達。

誰よりも落胆したのは王妃だった。

王は妻の肩を抱きながら、優しく労わる。


「よくやった。相応しい伴侶を選び、育てればいい。血を残すという私達の使命は果たされた」


美しく育つだろう乳母に抱かれた我が子を眺め、王は微笑みながら王妃を慰める。

王妃を寵愛する王と立場を大事にする王妃。

そんな両親のもと昼間は部屋に籠って勉強、夜は婚約者選びの晩餐会。

太陽の光を浴びることのない環境で真っ白な肌を持つ美しい姫は育て上げられた。

晩餐会やパーティーでは美しく微笑みながら華麗にダンスを踊る。

どんな貴公子の褒め言葉も照れる様子もなく、美しく微笑みながらお礼を述べる。

王妃が亡くなった報せを受け、姫を慰めるために囲んでいた貴公子に姫は美しく微笑んだ。


「お母様に私は会ったことがありません。お母様の望みは立派な為政者になることと乳母に伺っております」


もともと体が弱かった王妃は姫を産んでから床に臥すようになった。王は王妃を安心させるために跡取りとして姫を厳しく教育した。弱っていく妻とは正反対に美しく健やかに育つ娘が妻の生気を奪っているように感じ、二人を会わせることはなかった。妻の限られた時間は全て自分のものであって欲しかった。

王妃も夫の弱さに気付いていたため乳母に娘を預け、最期の時は自分を亡くし誰よりも悲しむであろう弱く愛しい人に捧げることにした。これから険しい道を歩まねばならない娘に別れの悲しい記憶を与えたくないという親心もあった。


「どうか生きてくれ。私には君が必要だ」

「私は貴方が新しい妻を迎えても許します。貴方が私を一生愛し続けてくれることはわかっております。私は貴方に誰よりも愛される女として眠りにつきます。どうかお心を強くお持ちください。国とあの子をお願いします」


泣きながら王妃の手を握る王に王妃はいつも美しく微笑んだ。そして眠るように亡くなった。

死を受け入れ安らかな顔で旅立った王妃。

正反対に王は悲痛な顔で嘆き、王妃の遺体を抱いたまま部屋から動かない王。妻を失い悲しむ王に声を掛けるものは誰もいなかった。

姫は母が亡くなったと知らず不在の父に変わり公務に励んでいた。

しばらくして王が落ち着き、葬儀の手配を始めた。

姫が母の死を知ったのは葬儀の準備の報せを伝えられた時。


「姫様、どうか心を強くお持ちください」


嘆きながら姫を慰めようとする乳母に姫は戸惑う。姫は母の死を聞いても何も感じなかった。

ただ父の用意している豪華な葬儀のために必要な増税の手配に頭を悩ませたくらいである。

幼いのに涙を見せず、淡々と責務を果たす姫は弱っている父親の代わりに無理をしていると家臣達に誤解されていることに気付くことはなかった。


「豪華な服に食事、贅沢な生活の代償は…」


姫は厳しい教育のなかで民に望まれる王族像は理解していた。ただ母から遠ざけられ、父に憎まれ人の情を知らずに育つ姫には貴公子から向けられる恋慕も同情も理解できない。


母が亡くなっても姫の生活は変わらない。

姫の生活に変化が生まれたのは父が母の面影を持つ新しい妃を迎えてからだった。

姫は仲睦まじい新しい継母と王の様子をぼんやりと眺めていた。

継母が姫を見つめる瞳は冷たい。

その冷たい眼差しに王は気づいても何も言わない。

姫はたった一人の跡継ぎとして国を統治することを求められていたため継母からの冷たい眼差しも厭う姿勢も気にしない。


「妃殿下は不器用なだけで姫様を嫌っているわけではありません」


妃が連れてきた専属の護衛騎士は優しく微笑みながら姫に敬愛する主のことを語った。

姫は初めて、恋い焦がれる男の瞳が綺麗なことを知った。

欲に染まらず、恋い焦がれる女の幸せだけを想う護衛騎士は姫にとって初めて知る綺麗な存在だった。


***


時が経ち、目に映る世界が広がっても姫にとって綺麗なものは継母の護衛騎士だけだった。

美しく成長をしている姫にはさらに求婚者が増えた。跡取りになれない王子や貴族子息にとって姫は理想の塊だった。小さな国であっても王位と美しい妻が手に入る。


「なんと美しい――――」


姫は美しい王子に口説かれても、淑やかに微笑むだけ。

求婚者を丁重にかつ対等に扱い、決して特別な者を作ることはなかった。

美しい王子も勇敢な勇者も豪胆な騎士も博識な学者も陽気な大商人も姫にとっては変わらない。

国に必要な取引相手として大事にするだけ。

たくさんの贈り物の山を前にした姫は無関心に見つめるだけ。


「預かってしまったものは返せません。私には必要ないから好きになさい」


煌びやかな贈り物も甘い言葉も姫の心には響かない。

姫への求婚者達と比べると全てが平凡で劣る評価を受ける護衛騎士の存在だけが姫が関心を向けるものだった。

気性の激しい王妃は姫に暴力はふらない。だが家臣には違った。

殴られても罵られても護衛騎士が王妃に向ける恋慕の瞳は変わらない。


「今に満足しておられますか?」


姫が頬に打たれたあとの残る護衛騎士に問いかけても不満をこぼすことはない。

誰にでも平等な姫がたった一人の騎士を気にかけていることは姫しか知らない。

騎士はもちろん両親も気づかない。



しばらくして王が姫の婚約者を選んだ。

姫の婚約者は他国の第三王子。


「おやめください。あの方でなくても、」


王妃は好青年で正義感の強い物語に登場してもおかしくない非の打ち所のない王子との婚約を反対した。

かつて王妃は姫の婚約者の兄に恋をした。でも王妃の恋は蕾になることもなく散った。

初恋の王子が選んだのは隣国の美しい姫。

必死にアピールしても王妃は見向きもされず、気づくと大分年上の王に嫁ぐしか道は残されていなかった。

選ばれた理由は王の愛する王妃と顔立ちが似ていて、遠縁とはいえ血の繋がりがあるから。

初恋の人の面影を持つ第三王子にも、初恋の人にも今の自分を見られたくない。

王の寵愛を受けるために見下していた弱弱しい女を演じる姿、王子達と比べれば比べるほど醜い男にしなだれかかっている姿も。

贅沢三昧な生活を送る王妃が実は不満ばかりの生活を送っているなど家族である王も姫も気づいていなかった。



王は国政に関しては新しく迎えた妃の頼みを聞くことはなかった。

姫に情はなくても、かつて愛した妻は国の安寧を願っていた。

姫は優秀に育っているが玉座に座るには姫を愛し支える存在が必要なことを王はよくわかっていた。

姫は王の選んだ他国の王子を婚約者として受け入れた。

姫は王子と二人で過ごす時間をとるようになってから時々悪寒に襲われた。

しばらくして悪寒の原因は王妃の憎しみの籠った視線と気づく。

王妃を悲しそうな顔で見ている護衛騎士の顔を見て姫は理解した。


「王妃は王の心に寄り添い、王の慰めになるものということは守られてますか。幸せなのはお父様だけだったのでしょうね」

「姫?」

「思い出しましたの。かねてからの殿下のお言葉への答えを」


姫は婚約が決まってから頻繁に城に足を運ぶようになった王子に微笑みかけた。

姫のつぶやきを聞いても王子は姫が望まない限り深入りはしない。

互いに国のために必要な距離感を崩すことはないと姫は考えていた。

だから姫は婚約祝いをはじめ、素直に甘えて欲しいという王子の言葉に頷くことは一度もなかった。

でも姫は欲しいものができてしまった。

王子の反応を探りながら、期待を宿した瞳で見つめ合った。


「殿下、欲しいものがありますの」

「君が望むならどんなものでも用意するよ」

「二人の秘密にしてくださいませ」


美しい姫に夢中の王子は初めてのおねだりに心を躍らせ笑顔で了承した。


「一つは殿下がお持ちください。この鍵を使う時は運命を味方につけた二人が結ばれる時。姿形が変わろうとも対の鍵の形は変わりません。運命の鍵なんて素敵ではありませんか?」


王子が用意した二つの同じ鍵。

王子は美しく微笑む姫がこれ以上は話す意図がないと察して姫が願うならと頷いた。

姫が王妃が綴りはじめた脚本で踊るための準備をはじめているのは姫だけの秘密である。


***


姫の婚約者の王子が姫の隣に座り会議に参加する光景が見慣れたものになった頃、物語の進みがはやくなる。


美しい姫と王子が談笑する姿は絵になり国民に受け入れられた。

国民達は公な場に足を運ばない国王夫妻より頻繁に視察し民の声に耳を傾ける美しい姫達の描く明るい未来に夢を抱く。

冬の寒さを乗り越えれば暖かい風とともに実りの春がやってくる。

政治や貴族への不満は冬のように冷たい印象の国王夫妻に向けられた。

かつて民や王の目を虜にした美しい王妃を称える声はない。

王の目を虜にしても王妃は満足できない。

姫の婚約者の王子は成長とともに兄王子の持つ威厳を身にまとえるようになった。

かつて王妃が夢中になった王子の。

二人の婚儀の日が決まった日に王妃は忠実な護衛騎士に密命を下した。

戸惑う騎士に王妃は艶やかに微笑んだ。


「必要なことなの。ようやく巡ってきたのよ。神は私を見捨てなかった。神のお導きよ」

「本当にそのようにお考えですか」

「もちろん」


護衛騎士と王妃は幼馴染だった。

贅沢三昧な王妃が一度も欲しいものを手に入れられたことがないと知るのは護衛騎士だけ。

愛しい女の欲しいものを何一つ用意できない男は歩む道に付き従うくらいしかできない。

恋焦がれる女に願われて断れない男は頷いた。





密命を受けた護衛騎士は人払いして星を見上げる姫を見つけた。


「護衛しますので散歩に行かれますか?」

「お忍びですか?」

「お忍びです」

「ありがとうございます。美しい月明かりの下を歩けるなんて夢のようですわ。特別な道を教えてさしあげますわ」


姫は王族しか知らない抜け道を使い、護衛騎士と一緒に城から森に向かった。

歩きながら心の中で父に別れを告げる。

執務を共にした王子も鍛えぬいた大臣もいるので姫がいなくても国政に支障はでない。

護衛騎士と馬を相乗りしてうっとりとしながらこの時間がずっと続けばいいと思うが、すぐに終わりがくると知っている。


「申し訳ありません」

「いいえ。民のために命を捧げる覚悟はとうにできております」


殺すように密命を受けたが、月明かりのもと慈愛に溢れた笑みを浮かべる少女を殺すのは気が引けた。

主の真の願いは姫が消えること。

剣に手をかけたまま、鞘から抜けない護衛騎士の手に姫は優しく触れる。


「ひとつだけお願いがあります。これをさしあげますわ」


姫は悩んでいる護衛騎士の手を剣から解き、王子から贈られた鍵を握らせる。


「運命の鍵です。貴方も私の愛する民の一人。幸せを掴めますように」


騎士の手を両手で包み目を閉じて願う少女。

国民に愛される美しい姫。

親以外で姫を疎む者はいなかった。

騎士の世界で一番誇り高く王族らしい幼い姫。

慈悲を捧げるだけで見返りを望むことは決してない。


「城には決して戻ってはいけません。では」


護衛騎士は姫を殺すことはできなかった。

獣が住む森に置き去りにして、生き残るなら神の意志。

姫は騎士の予想通りの選択に落胆した。


「私は騎士様に全てを奪われるなら本望でしたのに」


姫の呟きは風の音に消され騎士には届かない。

馬に乗り颯爽と去っていく騎士の背中が見えなくなると姫は大きなため息をこぼした。


「残念ですが、私の台本通り。月夜のデートができたのはありがたいこと。お母様と呼ばれるのを嫌がっていた義母様の脚本にはいくつか抜けがありますのよ。騎士道精神の塊のようなあの方は罪なき姫を殺せません。悪役は似合いませんのよ。それに義母様がお慕いする殿下は王子様ではありません。配役を間違えれば脚本は違うものになってしまいます。お姫様になりたい義母様のお手並み拝見かしらね…」


****


姫が消えた翌朝国王が急死した。


「陛下が崩御!?姫様はどちらに」

「お姿がありません」


妃は泣き崩れ、臣下は混乱。

混乱を収めたのは王子だった。

王の葬儀の準備を整えたあと、王子は調査のために姫の部屋に入った。

王族の部屋とは思えないほど落ち着いた部屋。

棚に敷き詰められた題名のない本、鍵のかかった木箱、王子の贈った宝石は一つも見当たらない。


「運命の二人が結ばれるとき、か」

「弱小国など属国にするのはたやすい。こんな手段を選ばずとも」

「兄上と私は違います。私が望むのは王配の立ち位置。王家に我らの血が入れば次世代からは我らのもの。妃ではなく女王として輝いている姿を一番近くで眺めていたい」

「好いた女を掌で転がしたいか」

「はい。いつか姫が私を愛してくだされば…」

「王族には二通りいる。愛を知らぬ者と愛に溺れる者。姫は前者」

「私は後者。愛に溺れる者が愛を知らぬ者を溺れさる時ほど」

「悪趣味め」


王子は忍んで同行してきた王太子である兄の嫌味な笑いを受け流す。

王族は数多の仮面を持っている。兄は美しい顔の裏は欲深い貴族と比べられないほど野心の塊の独裁者。

仮面を被った探り合いを姫以上に王子達は渡り歩いてきた。

心のうちを見せない姫の心を勝ち取るために必要なことを王子は考える。

部屋を調べれば姫の心の中を知れるかもしれない。

姫がいないのに心を勝手に明かせば姫の心は遠くなる。

二人で時間を重ね、情を通わせ絆を築いていくのが最善と王子は考えていた。


「姫の部屋に調査は必要ない。いつ戻ってこられてもいいように掃除は怠らないように」

「殿下は姫様は生きておられると」

「事情があるのだろう。姫の亡骸を目にするまでは信じているよ」


王子の姫への愛情に侍女はうっとりとした。

従者に扮した王太子は外見を利用する弟を静かに見つめる。

今の王国には3人の監督が存在している。

誰が勝者になるか高みの見物をきめこむ他国の王太子。弟であろうと国益がなければ応援することはない冷静な統治者である。


****


王妃は隠し部屋で上機嫌にワインを飲んでいた。

部屋には姫が王子に贈られた宝石。

兄によく似た王子は国に必要な存在となっている。王妃はまだ子を授かれる体である。

姫のために用意された婚礼衣装を纏い王子の隣に立つ姿を想像しうっとりと微笑んだ。

誰にでも優しい王子が悲嘆に暮れる王妃に手を差し伸べないのは忙しいからと甘美な夢につかりながら現実から見て見ぬフリをする。

王妃は姫と同じ美しい黒髪も白い肌も持っている。

同じ系統の顔立ちで成長途中の姫にはない魅力的なプロポーションも。

王と姫という障害がなくなれば待っているのはハッピーエンドだけである。


「この国には殿下が必要です。陛下と姫が亡くなり、民の心は殿下にあります」

「私は姫は生きておられると信じています。姫が戻るまで託されたものを守れるように尽力します」


王子は王妃からの誘いを断り続ける。

夜会のエスコートも部屋への招待も。

王族に不敬とささやかれても王子の母国のほうが国力がある。この国で王子が裁くことを許すのは王子が心を手に入れたい姫だけである。


「娘の婚約者と未亡人となった王妃が結ばれるなんてありえない。汚らわしい」


王子は王妃が国王のために祈りを捧げて暮らすなら礼を尽くすつもりだった。

ただ王妃が持つのは王族としてふさわしくないものばかり。

わがままな王妃が不自由なく暮らせていたのは姫の献身のおかげとは微塵も気づかない。


「欲しい男がいるなら男の欲しいものを差し出さないと見向きもされないのに」

「殿下の初恋成就までの道も険しそうですが」

「王族らしく埋めているだろう?」


王子は姫の心を手に入れられなくても逃げられないように外堀を埋めることはできている。

武力に誇る王子の母国に睨まれることをおそれ、姫に恋焦がれてもアプローチする者はいない。

警戒心の強い姫は婚約者という肩書のない男は相手にしない。

姫の心を奪った男は姫に見向きもしない。

姫の心を奪った男に嫉妬しても王子の手で消すことはしない。

美しい姫を手に入れるためには男が数々の苦難を乗り越えるのは物語のおきまりである。


***


愛しい人の背中を見送りしばらくした姫はゆっくりと歩き出した。

しばらくすると真っ暗な森の中に小さな灯りを見つけた。灯りの目印は所々に隠されているが小柄な姫には見つけるのは簡単だった。

姫は目印を辿りながら黙々と進んでいくと小さな集落を見つけた。

夜遅くに現れた美しい少女を見つけた村人は驚く。


「お嬢ちゃんは迷ったのかい?」

「捨てられました。親もいません」

「こっちにおいで」


姫が訪り着いた場所は小さな集落だった。

集落の周囲には守りの呪いが施されており、村人の暮らしを脅かそうとする者には見つけられないと村人は信じている。

だから真夜中に現れた美しい少女を村人は怪しむことなく村長の家に案内した。


「訳ありだろう。村人を傷つけないならここにいてもいい。事情は話したいなら聞くが、無理に聞くつもりはないよ。まだ子供の君にはあそこがいいだろう」


姫は村長に孤児院に案内された。

村には家族という概念は存在しない。子供は孤児院に集められ集落の大人が交代で世話をしている。

姫は孤児院で生活を始めた。

孤児院には7人の姫よりも幼い子供達が住んでいた。

孤児院は自給自足がルールである。


「お姉ちゃんは何ができるの?」

「刃物は持ったことがありません。でも知識はありますよ」


姫は子供達の話を聞きながら自分にできることを探した。

力のない姫に子供達は力仕事を求めない。

姫は優しくたくましい子供達を慈しみ、森の外の世界で生きるために教育を始めた。


「お姉ちゃん、見て見て!!」


狩りから帰ってきた子供達が動物を捌く時は姫は体の構造を教える。

子供達にとって知識を惜しみなく与えてくれる存在は初めてだった。家事力や生活力は皆無でも応用力抜群の姫は子供達の好奇心や知識欲を満たしていく。

子供の頃から多忙だった姫は初めて穏やかな時間の流れを感じながら過ごしていく。

重たい義務も厳しい規則もない。ただ気が向くままにやりたいことだけすればいい。

とはいえ姫の生活はしっかり者の子供達によって管理されているが、その程度は姫にとって些細なことである。


「お姉ちゃんも森に行く?」


無邪気な子供の誘いに姫は首を横に振り採集してきてほしいものを頼む。

姫の頼みを聞くと子供は誇らしげに頷き出かけていく。

子供達にとって賢いのに力のない姫は初めてできた守るべき存在である。

姫は小さな騎士達を笑顔で見送る。

孤児院の様子を見張っている世話人の大人は森の奥に行ってはいけないという約束さえ守れば干渉しない。

姫からすれば世話人とは名ばかりの監視役である。

子供達を送り出した姫は世話人の青年と二人になったのでお茶を振舞った。


「生きるために手段を選ばないといけない時もあります。でも良心に従うのも時に大事だと思っています。命が惜しいなら私には手を出さないほうが得策とお伝えください」


うっとりするほど美しい少女の微笑みになぜか寒気を覚えた青年はお茶の一気に飲み干し出て行った。

姫にとって平穏な生活は期間限定である。


****


城では行方不明になった姫を探すべきだと大臣が女王に何度も話していた。


「この国の継承権は姫様のものです。姫様がいらっしゃらいならこの国は終わりでしょう」


姫が消えたのに王妃の思い通りには何一つならない。

愛しい王子はいまだに姫を想っている。

国民達は姫のことをいまだに世界一美しいと称えている。


「どうしてあの子がいいの?私のほうが美しく、愛しているのに、」


王妃はワインを飲みながら不満をこぼす。


「あんな小娘が世界で一番美しい?色気もない小娘が?いっそ無残な姿を見れば恋も冷めるかしら」


王妃は騎士を呼び出して姫の亡骸を探すように命じた。


「申し訳ありません。私には、」

「お前もあの小娘が私よりも美しいと!?」

「いいえ。美しいのは王妃様です」

「そうよ。私のほうが美しいのにこの国の者はおかしいのよ!!あんな小娘に」



王妃はどんなに煌びやかに着飾っても鏡に映る自分の美しさが永遠でないとわかっている。

子供の頃から変わらない騎士の王妃を褒め称える言葉は王妃にとって当然のもの。

王妃が羨ましくてたまらない姫は王子をはじめ数多の男に虜にした。

女性として美しく輝く時間を生きる姫が王妃が当然のものとして、歯牙にもかけない存在からの称賛を欲していたとは気付かない。

王妃を満足させる答えをくれる魔法の鏡になれる存在を見つけられるかは王妃次第とは気付かない。



****


王子はどんな場所でも人のために動いている姫の報告書を読みながら正反対の王妃の動向を聞いていた。


「年増に興味はないんだが」


王妃の醜さが姫の美しさを引き立てている。

王族らしく欲を見せない姫が欲に忠実になっても王子の恋心は変わらないだろう。欠点さえも魅力的に感じてしまうのが恋という病である。


「そろそろ頃合いだろうか」


王妃が見ればうっとりとする顔で微笑む王子に従者は寒気を感じていた。

(王妃)から逃れた草食動物()狩人(王子)に捕まる光景を愉快だと眺めていられる者は限られた(王太子)者だけである。


草食動物や花、か弱いものにたとえられがちな姫。

純粋無垢で清らかで美しい姫。

だが跡取り教育を受けた王族についてよく知っている王子は姫に幻想を抱いてはいなかった。

王子が恋い慕う姫は美しい星空の下子供達に語っていた。


「周囲にはあからさまでも当事者ゆえに気づいていないことがありますのよ。王族は臣下の過ちを許しません。臣下の罪を許すのはその者が必要だから。国として、自身が王族であるため、理由は様々ですが。情という一言で片づけられるほど人と人との関係は単純ではありません」


姫が星空デートをした騎士と結ばれることはない。

姫にとって穏やかな生活は冬将軍を追いかける春の女神が訪れる頃には終わりを告げる。

他人のことはわかっていても姫は自分の未来に希望の光を見つけられない。

ただ生まれた時から与えられて脚本通りに踊るだけ。

私的な願いを持たず、民の平穏な生活を願う代償に国内で屈指の豊かな生活を送ってきた美しい姫。

初めて持った願いは国のためには許されないもの。

そして願いを叶えるチャンスを掴む努力を怠った姫に残されたのは王族としての道のみ。

他の可能性に目を向けようとしない姫は姫とは正反対の恵まれていない子供達に教える。

恵まれない環境でも運を味方にして生き続けるたくましい子供達に。


****


季節が一つ変わってからようやく王妃は極秘で姫の捜索を始めた。


「きちんと殺したの?」

「申し訳ありません。できませんでした」

「大事に大事に育てられたお姫様が森で生き抜けるわけないはずよ。調べてきなさい」


姫の生存報告に激怒されるだろうと身構えていた騎士に王妃は微笑んだ。


「そう。よかったわ。丁度試したいことがあったのよ。これを用意なさい」


その夜、王妃の部屋は白い煙で覆われた。


「眠りについて、体はどんどん衰え、醜くなり、最後はミイラのようになる。美しさが失われた貧相な姫を見れば」


怪しく笑う王妃は火にかけた鍋に材料をいれ、ゆっくりと混ぜていく。

毒々しい真っ赤な液体が出来上がる。王妃は鍋の中にリンゴを入れた。


「名前通り、白雪のように真っ白くなるのを手伝って、ふふふ」


王が亡くなり、姫がいなくなり王妃の我儘はさらに激しくなっていく。

王子は王妃の存在はなかったものの様に扱い、時間が空けば姫との婚儀の準備に費やす。

王子と優秀な大臣達のおかげで統治者不在でも大きな問題なく国は運営されている。



「零れ落ちたもの。もがけばもがくほど、手に入れることが遠くなることもある。義母様はご存じですか」


姫はぼんやりと朝日を眺める。

城にいた頃は朝日を眺めたことはなかった。自然の美しさを子供達との生活の中で知っていった。


「そろそろ」

「お姉ちゃん!!食事の時間だよ」


姫は呼びに来た子供にお礼を言って小屋に戻る。

食事を終えると姫は子供達一人一人に封筒を渡した。


「なーに?」

「もしも私がいない時に身なりの綺麗な人に出会ったらこれを見せて」

「いなくなっちゃうの?」

「さぁ。人生は何があるかわからないからお守りは便利よ。どんなことにも備えておくことも忘れずに」


姫は子供達のための推薦状と保護を命じる手紙を用意していた。

法を守る大人に手紙を渡せれば子供達は保護され、本人達が望む道への切符が用意される。


「行ってらっしゃい。そろそろ雪が降りそうだから気をつけて」


不安そうな子供達に姫は優しく微笑み、送り出す。

雪の匂いに姫は小屋から外に出た。


「水を分けてくれないか」


冷たい風が吹き荒れる森に薄いローブで顔を隠した女が水を求めるのは不自然だが姫は突っ込まずコップに水を入れて渡す。

ローブの女は木で作られたコップの中の水を見て、飲むフリをした。


「礼にこれをあげよう」


ローブ姿の女はバスケットの中のリンゴを姫に差し出した。


「食べ物には困っていないので、お気持ちだけで」


断る姫の口にローブの女は無理矢理リンゴを押し当てた。

姫は役者に成りきれてない義母の様子に脚本通りにうまくいっていないことを察した。


「遠慮はいらない。しっかり食べなさい」


姫はリンゴを一口食べ、眠気に襲われるまま目を閉じた。

姫の体が地面に倒れる前にふわりと抱き上げられた。


「姫!!こんなところに、その者達を捕らえろ。子供は保護しろ」


王子が従者に命じてローブを着た王妃を捕縛した。


「お姉ちゃん!!」

「姫と二人にしてくれ。子供達は任せたよ」


王子は帰ってきた動揺する子供達の保護を姫に近付けないように家臣に命じる。


「眠っている姫に許しなく触れるなど」


姫に触れる権利は婚約者である王子のもの。

子供とはいえ許せるものではない。

王子は眠っている姫をベッドに寝かせた。

眠っている姫の寝顔を王子は眺めた。


「姫の寝顔を見る権利は私だけのもの。棺に入れて、飾るのもいいが、他の者の目に触れるのは許しがたい」


窓の外では雪が降っている。


「姫と一緒の時間は流れるのが速い。姫との一夜はきちんと準備したものでありたいから、仕方ないか。目覚めたら二人で旅もいいですねぇ」


王子は部屋に飾ってあった真っ赤な花を一輪手に取る。

王子は姫の顔の上で花を潰すと蜜が姫の唇に落ちた。


「ドラマチックに口づけをしてもいいでしょうか。おはようございます。お迎えにあがりました」


花の蜜に負けないくらい甘い王子の言葉に姫はゆっくりと目を開けた。

王子の花の蜜で汚れた手に姫は手を伸ばす。

繋がれた手に王子はうっとりと笑う。

姫のためにわざわざ手を汚した王子を見つめ姫は目を閉じた。

王子はゆっくりと顔を近付け、姫に口づけた。

王子は姫との思い出は共有したい。眠っている姫を好きにできることよりも手に入れたいものがあった。

姫は王子の手をとり、現実に戻ることにした。


****


王子は雪が降る日に姫を連れて、城に帰った。

姫の帰還に安堵し泣く者、喜ぶ者、叫ぶ者、反応は様々である。


「無事なお帰りを」

「姫を休ませたい。あのことは姫にはまだ話さなくていい」

「教えてください。今まで国を支えてくださったこと感謝しています」

「姫にはつらい話に」

「耳に痛いものでも逃げることは許されません」


姫は王子から妃の罪を静かに聞いた。

国王の殺害、姫の誘拐、殺害未遂。

王妃は行方不明になった娘を探さず、婚約者を誘惑し無礼を働いた。

王妃を抑圧していた王達の存在がいなくなったため我儘放題の王妃に家臣達の心は離れた。


「義母様がご迷惑をおかけして申し訳ありません。無礼をお許しください」

「姫が謝ることは何もない。頭を上げて」


ゆっくりと頭を上げた姫。

王子は姫を優しく見つめる。

姫は微笑み返し、手を差し出すとエスコートする王子に身を委ねる。

王妃の脚本は修復不可能なものになっていた。


「待つだけではうまくいかないものかしら?」

「姫?」

「真相を明らかにしてくださりありがとうございます。義母様を追い詰めたのは私。でも、処罰しないわけにもいきません。義母様に命じられ、罪を犯した者は私の即位に伴う恩赦で罪に問いません。義母様には責任をとっていただかないといけませんが」


悲しそうに話す姫を王子は優しく慰め、全てを受け入れた。

姫は王子の手を取り、王妃から王国を奪い返した。

姫は正統な後継者を廃し、私利私欲で国を牛耳った王妃に火で炙った鉄の靴を履かせた。

そして王妃が恋い焦がれた、姫に惚れ込む王子にしなだれかかる。


「死刑にすればいいものを」

「お父様が愛した方ですもの。無罪放免にするのは民に顔向けができませんので」

「わざわざ君が見届けなくてもいい。部屋に送るよ」

「いいえ、最後まで見届けます。決めたのは私ですから」


震える姫の手を王子が包み込んだ。

鉄の熱で皮膚が焼け、痛みで叫ぶ王妃の姿に笑う観衆。

姫は扇で口元を隠し、静かに見つめる。

王妃の足は鉄の靴に固定されている。

鍵がなければ、一生鉄の靴を脱ぐことはできない。

姫は玉座から立ち上がり、王妃と付き添う騎士の前に立った。


「義母様の罪には罰を与えました。これ以上の殺生は望みません。私と貴方の縁もここまで。身分を剥奪された今、どう歩むかは貴方次第」

「姫の目の前に現れることは許さない。この意味をたがえるな。私に愛しい姫の願いを絶つようなことはさせるなよ。行こうか」


騎士を見つめて優しく微笑む姫の言葉に王子が続けた。

罪を犯した罪人は王族位も貴族位も返上しないといけない。

恩赦されても王妃に従い姫の暗殺に関与したものが王国にいるのは許されない。

姫の台本もここから先は用意していない。

鉄の靴に皮膚が溶けないように靴に細工はして作ってある。

姫が騎士に渡した鍵か王子が持っていた鍵を王妃に渡したなら鉄の靴は脱ぐことはできる。

傷ものになった罪人が誰と心を通わせ生きていくのか。

最愛の人がどんな姿になっても愛を見失わないのか。

姫が用意した最愛の人が最愛を手に入れる舞台は整えた。

姫から最愛の人への最後のプレゼント。

世間に語られる姫と王子のハッピーエンドは見せかけである。





「めでたし、めでたしのハッピーエンド」


母と娘の語らいに男が混ざった。


「愛に忠実だった者が幸せを掴むんだよ。だから姫が生まれた」

「お父様?」

「このお話の主人公はお姫様ではなく王子様だと思うんだ。ヒーローは手の内を全て明かすなんてことはしない。敵に策を読まれたら困るからね」

「姫にはまだ早いでしょう。私の初恋のお話は美しいでしょう?」

「君が無償の愛を欲していたなんて、あの頃は気付かなかった。相手が平凡な騎士だったとも」


王子は妻になった姫の頬に口づける。

結婚したため王子は姫に自由に触れる権利を手に入れた。


「母国のことを忘れ、私だけに溺れてくださる方が欲しいんです」

「故郷を忘れるなんて残酷だ」

「お兄様に逆らえないでしょう?」

「君が私だけに夢中になってくれたらできるかもしれない」

「ないものねだり。私達は運命ではありませんので、来世に期待致しましょう」

「私は君を愛しているし、運命だと確信しているよ」


甘い雰囲気を出す父の服を娘が掴んだ。


「お父様の鍵はどうなったの?」

「溶かしてペアリングにしたよ。妻が私に望んだ初めての贈り物だから有意義な使い方をしたかったんだ」

「有意義って」


呆れる娘に姫は笑う。


「物語の真相は気に入ったかしら?」


「吟遊詩人が語る可哀想なお姫様が悪い魔女を倒して王子様と結ばれた物語の裏には、初恋の人の恋を叶えるために娘に弄ばれた継母と恋を叶えるために外堀を埋めまくった王子様の物語が隠れているなんて誰も知らないね。全然ロマンティックじゃない」


嘆く娘の頭を王子は優しく撫でる。


「欲しい物があるならきちんと考えて行動するんだよ。欲しい物ほど献上されないから。世の中を甘くするか厳しくするかは自分次第だから」


恋心に忠実でも、願う未来は成就が正解かはわからない。

恋した人のためだけに生きる者。

恋した人を手に入れるために動く者。

色んな恋の形があり、恋を成就させ作られた家族は世界に溢れている。

恋の愛への変え方は人それぞれである。

選んだ先に幸せがあると信じて恋に踊らされ生きているのかもしれない。

読んでいただきありがとうございました。

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