四、メリケン製コンビーフ
四、メリケン製コンビーフ
「さあて、今夜のおかずは、何にしようかしら?」と、座来江は、献立を考えながら、通りを歩いて居た。毎日のそして、銭市場へ、差し掛かった。
そこへ、「いらっしゃいませぇ~」と、場長と副店長が、愛想笑いを浮かべながら、呼び込みをして居た。
その瞬間、「そうだわ! 今夜は、手を抜いちゃおうかしら」と、座来江は、閃いた。銭市場のメリケン製のコンビーフが、家族内で、好評だった事を思い出したからだ。そして、銭市場へ向いた。
その直後、「おい! お前の所で買ったコンビーフ! 違う肉が、入っていたぞ!」と、不自然な頭髪の痩せた男が、空き缶を右手に持ちながら、場長達へ食って掛かって居た。
「おにいさん。私は、ちゃんとしたお肉だったわよ」と、座来江が、宥めた。
痩せた男が、振り返り、「あんた、この街のメリケン製品は、何処から来ているか、知っているか?」と、つっけんどんに、問うた。
「メリケンから来ているんじゃないの?」と、座来江は、きょとんとなった。メリケン製品は、当然、メリケン本国から運ばれていると考えるのが、妥当だからだ。
「ちげぇよ」と、痩せた男が、頭を振った。そして、「団松山の施設で死んだ被爆者の肉を加工してるって噂だぜ」と、語った。
「奥さん、た、只の言いがかりです! 金銭目当てで、戯れ言を流して、強請りに来たんでしょう!」と、副店長が、見解を述べた。
「うちは、メリケンさんと仲良くしているので、優先的に、取り引きさせて貰っているんですよ」と、場長も、補足した。
「変な事を吹き込むな!」と、副店長も、怒鳴った。
「燃爆と関連付けてんじゃない!」と、場長も、語気を荒らげた。
「まあ、神隠しに遭った子供の肉が、入ってなきゃ良いけどな!」と、痩せた男が、吐き捨てるように言うと、立ち去った。
「何だか、気持ち悪くなっちゃったわね」と、座来江は、眉根を寄せた。真偽は、判らないが、今日のところは、コンビーフを食べる気にならないからだ。
「奥さん、うちは、正当な取り引きをしているんですよ。さっきの奴の言っている事は、全部、デタラメですよ」と、場長が、猫撫で声で、取り繕った。
「今日のところは、ごめん遊ばせ」と、座来江は、踵を返した。このご時世、偽装表示が、横行しているからだ。そして、銭市場を後にするのだった。