“日常”にノイズが入るとき
【7月14日/風祭 圭一】
歯を磨き、口をゆすいでいると、背後から声をかけられた。
「圭一。今日も出かけるの?」
「……そうだけど。なんか嬉しそうだね、母さん」
「休日はいつも家にいるじゃない。だから、珍しいなって」
散らばったガラス片の処分や各設備の修繕などで、学校はもうしばらく、ひらかないらしい。
夏休み前には登校できるようになるだろうけど、とりあえずは休みという扱いだ。
「それで、どんなとこ行ってるの?」
「別にどこでもいいだろ」
「もしかして、女の子とお出かけとか? お母さん気になるな」
「はいはい。じゃあ行ってくるから」
「夕飯までには帰るのよ〜」
女の子と出かける、というのも、あながち間違いではないが……。
足もとに置いていた鞄を屈んで手にとり、廊下を歩いて玄関へ。
その道すがら、リビングからラジオの音声が聞こえてくる。
桜野市のローカルFMだ。というか、これしか繋がらない。
「地震による犠牲者は五名。犠牲者は五名。いやあ、恐ろしいですねえ」
いつものパーソナリティの、間延びした声。
テレビは映らず、ネットも使えない状況で、いまやこの放送局がニュース代わりである。
なおも続く音を背景に、腰をおろして靴をはき。
ドアをひらいて、アイツを待つ。
「ねっ、寝坊した〜! ちょっとストップ!」
「分かってるって。ゆっくりなお目覚めだな、双葉」
「同じ部屋で寝てるんだから、はぁっ、起こしてくれてもいいじゃない」
急いで階段を駆けおりてきたらしく、息が乱れまくりだ。
なお、これだけまくし立てているのに、双葉の声は誰にも届いていない。
現に、母さんは気付かずに家事の続きをしている。
「あれだけ気持ちよさそうに寝てる人間を、どうして起こせようものか」
双葉が先に出たのを確認してから、僕も外へ。
扉を閉じ、すこし辺りを見渡す。
「っていうか双葉、すごい寝相だよな。眠ってる間に90°回転してる人間、お前以外に見たことないよ」
「うぐぐ……」
最初の夜こそ同じベッドを共有していたが、のちに冷静になったため、以降はベッドとソファを一日ごとに交代することにした。
現状の双葉は、物質への干渉能力が低い。布団のような軽いものであれば、被ったりすることはできる(傍から見ると、人がくるまっているようなふくらみに映るだろう)。
しかし、自発的に動かすことはできない。僕が手伝わないかぎり、ベッドから出られないのである。
いろいろな不都合が生じるため、布団はしまうことにした。暑さで寝苦しい時期になってきたし、ちょうどいいだろうと。
そうして、双葉が自由に寝返りをうてるようになった結果、あまりにもエキセントリックな寝相が披露されてしまったというわけだ。
明後日の朝には180°回転しているかもしれない。枕返しかな。
「あの子も待ってるだろうし、そろそろ行こうか」
「今日は変電所だったかしら? 道案内は任せなさい!」
「必要ないって」
「ふふん。普通の道より早く着ける隠しルートを知ってるのよ。これで寝坊を挽回するわ」
なんだか、不安になるが……。
「まぁ、それなら頼むか」
「決まりね。それじゃ出発よ」
◇ ◆ ◇
「待ってました。今日もよろしくお願いします、せん……ぱ、い?」
先に待ち合わせ場所にいた四谷が、みるみるうちに怪訝そうな顔になってゆく。
無理もないだろうな。たぶん、客観的に見た僕は相当ぼろぼろになっているだろう。
「ああ、今日もよろしく」
「えっと、なんかあったんですか。病院とかいかなくても……」
「大丈夫。問題ないよ」
まさか「透明な幼なじみの指示通り歩いてきたら、すさまじい獣道を進まされることになった」なんて言えまい。
身体の代わりに脳を診察することを勧められるのがオチだ。
「ところで、どうしてこんなところに集合するのでしたっけ?」
「例のオカルト案件が、電気に関連することだからな。一応調べにきたってところだ」
「あぁ、そうでしたね。ここで連中の計画の尻尾を捕らえて、真相を明らかにしてみせます」
「……だから、秘密組織なんていないって。僕が調査してるのも、あくまで否定するためだ」
しかし、この少女もまた癖が強い。
高校生にもなって秘匿結社だのを信じるなんて、夢見がちなのか、はたまた。
それとも、強い心当たりがあったり?
「そうと決まれば、さっそく行きましょう。先輩はそっちの奥のほうをお願いします」
「はいはい」
言われたとおりに金網をまわって、陽の射さない暗いほうへ。
住宅街から離れ、ちょっとした山の中間部に位置する変電所。
木々に覆われ、どこかうっそうとした雰囲気である。
子どもの頃は遊びにきたりしていたが、いまでは寄る用事のない場所だ。
「といっても、こんなところに何かあるとも思えないけどな。なぁ双葉……って、どうかしたのか?」
「しっ。いま、物音が聞こえなかった?」
「物音か。風で葉っぱが揺れたとか、そういうのだろ」
「うぅん……。そうかな、そうかも。でも、さっきから人の気配を感じるのよね」
人の気配?
四谷とはもう離れているし、こんなところに僕たち以外、誰も来るはずが……。
「ッ!」
「どうしたの、けーちゃん? まさか」
「あぁ、確かにいま誰かいた。追いかけるぞ」
木々の向こう、誰かの視線がこちらに注がれていた。
そう離れてはいないだろう。
未知の人影をめがけて、駆けだした。
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