あの夜とは、違う距離で
消灯し、月の明かりだけが注ぐ部屋。
非常に落ちつかない思いのまま、布団のなかで身動ぎもできずにいる。
理由は明快。一人用を想定して作られたベッドのうえでは、すこし寝返りをうつだけで、隣の双葉へ触れてしまうから。
「……なあ。僕が悪かったから、いまからでも考え直さないか?」
「別にあたしは気にしてないし。なにも問題ないでしょ」
声が返ってくるあたり、眠れずにいるのは僕だけではないらしい。
そのことに仄かな安堵を覚えつつ、少しだけ体を横に倒して、幼なじみに背を向ける。
初夏のぬるい空気と、わずかに聞こえる息遣い。
夜は湿り気をまとって、輪郭だけが落ちてくる。
「寝苦しかったら、布団をどけてもいいぞ」
「大丈夫。というか、あたしじゃ動かせないみたい」
「ふぅん……。そういうものか」
また、会話が止んで。
なんとなく、言葉を発せない。
ベッドの縁もぎりぎりに、どことなく不安定な気持ちになって、長い一秒をまた刻む。
かちかち、かちかち。しじまの部屋に、時計の音だけが響いた。
「アンタとこうして一緒に寝るのは、小学生以来ね」
今度は、双葉のほうからおずおずと。
「ああ。うちで恐い話の特番を見て、一人で眠れないって急遽泊まりが決まってな」
「余計なこと、思いださなくていいから」
「あのときのお前、震えながら腰にしがみついてきたりしてたよな」
もう、あのときに交わした言葉も、わずかに伝わった体温も記憶にない。
しかし、夜の暗さだけは覚えている。
(変わらないとばかり思っていたけれど、やっぱり人間って変わるものなんだよな)
双葉が人前で僕を「けーちゃん」と呼ぶのにためらい始めたのは、いつからだったっけ。
人一倍に怖がりだった幼なじみも、いまではすっかり、自分の足だけで立っている。
それでいいのだろう。それが自然なのだろう。僕だって、昔のままではない。
いくつもの小さな淘汰と進化があって、誰もが不可逆のなかを歩いていって。
どこまでも近いはずだった距離が、遠く感じる。それに一抹の寂しさを感じるのは、きっと幼さなんだろうな。
「けーちゃんの背中、あのときよりも大きいね」
「当たり前だろ。何年経ったと思ってるんだ」
「……そっか。うん、そうだね」
感傷的な気持ちは、すべて疲れのせいだろう。
「数年もあれば、人は変わる。そういうものだろ」
元の体勢に戻そうとして、双葉と目が合った。
ルビーの瞳は、薄く波立って寄せては返す。
記憶の底にしまいこんだ、あの日と同じように。
(……あぁ)
なにを勘違いしてたのだろう。
変わったとか、遠くなったとか。
いま隣にいるのは、去りし夜の臆病な幼なじみ。
気丈に振る舞っていても、不安げな目は同じだ。
彼女は、僕の背中を見てなにを思ったのだろう。
「だけど、心配することなんてない。だって、僕は僕だし、双葉は双葉。だろ?」
すこし照れくさいが、目を見たまま、できるだけ変わらない声音で。
この言葉が、恐怖と奇妙のただなかにいる少女への気休めになればと願いながら。
「……うん。そうだね」
暗さに慣れた視界のなかで、ふわりと双葉の顔がほころぶ。
それだけのことで報われたような気持ちになるのだから、僕もまだまだ甘い。
「さあ、明日も早いし寝るか」
「ふふっ。おやすみ、けーちゃん」
「おやすみ、双葉」
仰向けに姿勢を正して、まぶたを閉じる。
微睡みの帳がおり、ゆっくりと、夢へと体が引っ張られていって。
……ぱちり。
ベッドの内側に放った手のひらが、わずかに電気を帯びたような気がしたけれど。
その理由にたどり着くこともなく、意識は深くへと落ちていった。
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ここまで書いて思ったのですが、きょうびチェーンメールをネタにしても伝わるものなのかしら?
まぁいっか。それでは、次回もお楽しみに〜!
※この後書きはフィクションです。