なにも起こらないはずがなく
予想できていたが、やはりホームルーム後はすぐに下校となった。
地震による校舎への損傷は、思いのほか大きくないらしい。しかし、このぶんではしばらく休みとなるだろう。
「……それで、例の後輩の教室はどこなんだ? 双葉」
「1年2組。だから、ここを曲がって突き当たりの奥ね」
「助かる」
人の群れをかき分けて、足早に目的の場所へと。
あまりゆっくりしている時間はない。
……よし、着いた。あとは、このなかにいるといいのだが。
わずかに乱れた呼吸を整える。自分のクラス以外に入るのって、なんだか緊張するな。
満を持して扉をひらき、一歩踏みだして。
「……って、うお!?」
「きゃっ」
踏みだせなかった。タイミング悪く出てきた女子生徒とぶつかり、跳ね飛ばされて尻もちをつく。
半透明の双葉も、「女の子とぶつかって押し負けるとか……」と引き気味の表情。ほっといてくれ。
「あの、大丈夫ですか……?」
おずおずと手を差し出されるが、流石に恥ずかしすぎる。
自分で立ちあがって、なにもなかったが? と装っては。
「大丈夫だ、ありがとう。ところで、このクラスに四谷 鈴って子はいるかな?」
「えっと、私のこと……ですかね」
目隠れ、というのだろうか。左右非対称にぱっつんと切られている前髪からは、わずかに困惑に染まった右瞳だけが露出している。
黒いミディアムショートヘアで、背丈は僕より拳ふたつぶんくらい低い。女子のなかでは、けっこう高身長かも。
容姿からはあまり派手な印象を受けない。クラスに一人はいそうな子……という雰囲気だ。
ただ、声がとても特徴的である。なんと形容すればいいのかわからないが、音程は高くて通りやすく、絶妙なゆらぎを感じる……ような。安らぎを覚える、ずっと聞いていたい声質。
隣の双葉も、この子で間違いないとうなずいている。
「頼みごとがあって来たんだけど、いいかな」
「はぁ。それで、何をすればいいのでしょうか」
「オカ研のメンバーである君にしか頼めない。部室のほうに、立ち寄らせてくれないかな」
◇ ◆ ◇
訝しむ四谷との交渉は難航した(関係者でもない人間からの発言である。疑うのも当然だ)。
しかし、僕が部長の幼なじみであることを明かすと、それまでと打って変わって話がスムーズに進み。
そうして、いまに至る。
「助かるよ。部室の鍵、研究会の人じゃないと借りられないみたいだから」
「いえ。……どうぞ、お入りください」
「それでは。って、すごいことになってるな」
開かれた扉の先の、窓がなく暗い部屋のなか。
廊下からの光だけで、散らばった室内の一端がうかがえる。
足もとの本やファイルを踏まないように気をつけて進み。電気を点けることで、やっと周囲を満足に見渡せるようになる。
「地震の影響でめちゃくちゃだ。これは片付けが大変そう」
「そう、ですね。先輩の探しているものが、うまく見つかればいいのですけど」
「これを放っておくのもな。どうせ暇だし、整頓を手伝うよ」
「えっと、そこまでしてもらうわけには」
「いいっていいって」
見たところ、棚が倒れたり机が壊れたりはしていないようなので、その点は安心だ。
なにせ、力作業がいらない。まったくもって自慢ではないが、僕は同年代の男のなかでも下から数えたほうが早い非力さなのである。
「アンタ、いまどうしようもなく情けないこと考えてない?」
「なんで分かるんだよ、こわっ」
「先輩、いまなにか言いましたか?」
「ああいや、なんでもないよ」
双葉の声が誰にも届かないこと、うっかり忘れそうになるな。
「ひとまずファイルは集めたけど、どこにしまえばいい?」
「並びはあとで直しておきますので、ぜんぶそっちの棚に入れちゃっていただけると」
「了解」
言われたとおりに、七つ八つほどをごそっと手にとり、上下だけ揃えて突っ込んでゆく。
側面にテープを貼ってタイトルがわかるようにしてあるな。この几帳面な仕上げは、アイツによるものではないだろう。
ざっと目を通してみたが、ミステリースポット関連やオーパーツか。なるほど、確かにオカ研らしい。
「先輩は、部長の持ち物を回収しにきたのですよね?」
「ああ。アイツは行方不明ってことで、代わりに頼めないかと親御さんに頼まれてな」
これは嘘である。または方便。
表向き双葉が行方不明扱いというのは本当。正直、災害のタイミングで一緒にいた僕だからこそ、あの電柱の死体が双葉と結びつくのであって。
それ以外の人からすれば、とんとわからないだろう。
もっとも、あれがもし別人であるなら、どれだけいいかと思わずにいられないのだが……。
ええと。なんにせよ本当の目的は、ここの資料を漁ることである。
どうにも、調べておきたいことがあるのだ。
「そうやって頼まれるなんて、先輩はよほど部長と仲がいいんですね。ぶしつけに聞くのですが、どういった関係で?」
「どういった、って。さっきも言ったとおり、ただの幼なじみだよ」
「そうですか。そうですかね。私、あなたのことを部長からよく聞いてましたよ」
横目で双葉を見る。視線をそらされた。
「“アイツもオカ研に入ればいいのに”って言葉、両手の指では数えきれないくらい言ってました」
「足の指まで動員させたのか。アイツの代わりに謝罪しておくよ」
「耳にできたタコさんの切除手術は高かったですね。費用を請求します。……なんて冗談はさておき、本当に仲がよさそうで羨ましいかぎりですね」
カチャリ。
「別にそんなことは……って。いまの音はなんだ? 戸の鍵を締めたような感じだったけど」
「そうでしょうか。そうでした。はい、私が閉じましたよ」
「えっと、何のために?」
夏なのに、背筋に汗が伝う。
なんか、すごく嫌な予感がするんだが。
「先輩を閉じこめるためです」
密室。後輩と幽霊との三人きり。……なにも起こらないといいな。
そういえば言ってなかった気がするねえ!! 圭一たちは高校二年生です。「そろそろ進路を考えるか〜」みたいな顔してなにも考えてないくらいの時期(ソースは作者)。
このスペースに書くことなくなってきたけど、なにもないのは寂しいなって思ったので、これからは余談みたいなものを記していくかもしれません。聞きたいことなどあれば感想欄やツイートで教えていただきたいです。
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