局所的喧騒注意報
【7月10日/風祭 圭一】
教室の扉の前で立ち止まる。
なんとなく入る気が起きない。
クラスの中がいつにもまして騒がしいのがひとつ。普段から僕が浮いているのは……。いまは理由に加えない。
一番は、現実に向き合いたくないから。
彼女は、ここにいるのだろう。
がらり。たてつけの良くない戸を左にずらすと、幾人かと視線があった。
顔色をうかがうような、不安げな目。
しかし、それらはバツが悪そうに逸らされる。
なるべく平静を装い、自分の席へ。
鞄をおろしながら、周囲をうかがう。
やはり、全体的に暗い雰囲気だ。
話題も「スマホの電波が通じない」「家族が行方不明」など、どう考えても昨日の地震のことが中心である。
朝のホームルームまで、時間はあまり残っていない。それなのに人数が足りていないように見えるのは、気のせいではないだろう。
転校生の姿も確認できなかった。
──今日の帰り道、気をつけてね。
あの子はたしかに言っていた。まるで、災害を見越していたかのように。
そのことについて聞きたかったが、今日は無理そうだ。
「……!」
ふと、人混みから離れた隅のほうに視線をやると。
やはりいた。
双葉。
アイツも俺に気付いたようで、それまでの体育座りから立ち上がっていく様子がうかがえる。
遠目にもわかるくらい、顔が青い。
喧騒のなかで喋るのは気が乗らないので、指先で「廊下で話そう」とうながす。
◇ ◆ ◇
「……昨日はあのあと、どうしたんだ?」
電柱の死体を目撃してからのこと。
呼び止める間もなく、双葉は走り去ってしまった。
無理もないだろう。あまりにも衝撃が大きすぎる出来事だ。
僕ですら、いまだに気持ちが追いついていない。
まして当事者は、どれほど心労を抱えていることか。
そんな幼なじみは、半透明の身体を震わせて。いつもの活発な雰囲気を潜めさせながら、おずおずと口をひらいた。
「いちど家に帰って、ママやパパが来るまで待ってたんだ。でもね。声をかけても、ぜんぜん気付いてくれなくて」
「……おい、それって」
「ねぇ、けーちゃん。けーちゃんには見えてるんだよね? あたしのことが」
赤い瞳は、いつになく気弱に揺れている。
双葉のこんな姿を見るのは、いつ以来だろうか。
「あたし、死んじゃったのかな? クラスのみんなも、あたしのことが見えないみたい。話しかけても通じなくてさ、なんか辛くなってきちゃった」
「なんだよ、お前らしくもない」
一回り以上も小さな身体で、深い孤独を抱えている。
その吐露に、胸が痛んだ。
「少なくとも、僕には見えてる。言っておくが、僕には霊感なんてないよ」
「……知ってる。昔からそうだったよね」
「むしろ霊感があるのは双葉のほうだろ。小学生のころ、林間学校の肝試しで『ガイコツに追いかけ回された』って泣きじゃくって、先生を困らせてたろ」
「そう、だね。あのときのけーちゃん、ぜんぜん頼りにならなかった」
「うるさい。……ともかくだ。幽霊なんて非科学的でナンセンス。そんなのあるわけがない」
心配にさせないよう、あえて強い口調で言い切ってみせる。
そうして。ふふっ、と双葉が笑った。
「やっぱり、けーちゃんって変な安心感があるよね」
「急になんだよ」
「ううん。……ほんと、そういうとこなんだから」
どういうことだろうか。
なんにせよ、元気が出たのならそれでいいだろう。
(……現状についても、調べておかないとな)
とにもかくにも、分からないことが多すぎる。
双葉の状態も、一連の災害についても、暴かなければ安心できない。
もっとも危険なものは、未知だ。
時間のあるときに、調査を進めていこう。
手始めに、あそこを訪れるのも手か……。
「あっ、そうそう。これからはアンタにずっとついてくから、よろしくね」
「はいはい。……ん? いまなんて言った?」
「だから、けーちゃんについてくって」
……マジで?
考えごとに気を取られて、うっかり流すところだった。
えっと。高校生男子のプライバシーとか、お気になさらないんですか?
「だって、現状であたしが見えるのはアンタだけだもん。それなら、見える人についていったほうがいいかなって」
「それは正しい。正しいが、なんかこう……もっと、こう」
「なにを言いたいかわかんないわ。とりあえず、これは決定事項ね」
幼なじみの押しが強すぎる。
前々から思っていたのだが、双葉は距離感が近すぎやしないか。僕じゃなかったら勘違いしてもおかしくないぞ。
一度考えを決めたこいつは、決して曲がったりしない。折衷案なんて通らない。そんなこと、昔から知っている。
僕にできるのは、白旗をあげることくらいだ。
……やれやれ、これから騒がしくなりそうである。
「この髪型がいいね」と思ったから十月十四日はツインテール記念日!!!!!!!
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ということで、四話をお待ちください。再見!