幽霊に青空は似合わない
波乱のホームルームを経て、放課後。
今日はやたらと時間の進みが早かった。
結局のところ、あれから大きな動きはなく。僕も彼女のことを思いだすわけでもなくて。
クラスメイトに「双葉という正妻がいながら……」「このラノベ主人公!」などといわれのない謗り(?)を受け、やたらと虚脱感に包まれている。
今日はさっさと帰ろう。そう思って下駄箱までやって来たら、双葉がすごい形相で待ち構えていたってわけ。
「よう。お前、部活じゃなかったっけ?」
「今日は早抜け。ほら、帰るわよ」
目だけで「どういうことか詳しく話しなさい」という意思が伝わってくる。
こうなってしまっては、どう断ってもついてくるだろう。諦めてスニーカーを手に取った。
じめっとした空気と、汗がにじんでくる感覚。
ぬるい風じゃ、温度はさして和らがない。
下校路の景色はいつもと変わらず。
並ぶ家々と、はしゃぎ駆ける子ら。遠くに広がる青々とした田んぼ。
「久しぶりね。こうして一緒に帰るのも」
「そうだな。お前はオカ研の部長で、忙しくしてるみたいだし」
「けーちゃんも入ればいいじゃない? 好きでしょ、オカルト」
じじっ、蝉が鳴く。
「いつの話してるんだよ」
「アンタの影響でこうなったんだから。まったく」
「彼氏の趣味に合わせる彼女みたいだな」
「かれっ……!? なに言ってんのよ!」
「そんなに顔を赤くして騒ぐな。余計にしんどくなる」
二人きりのときの双葉は、やたらと距離が近い。
そのせいで、暑さも倍増だ。
「オカルトなんて、だいたいは否定されているだろ。秘密組織なんていないし、超常現象はプラズマだ。不思議なことなんて何もない」
なんとも言えない空気に耐えきれず、話題を戻す。
すこし態とらしかっただろうか。
「夢がないなぁ。昔のけーちゃんは『不思議な力を研究して、みんなを助けるんだ』なんて言ってたのにさ」
「やめろ、恥ずかしい」
子どもの頃の戯言を持ち出されると、ほんとに顔から火が出そうになる。
「はいはい、この話題は終わり! 別のことを喋ろう」
「うーん……。あっ、そういえば。アレってどういうことなのよ」
「転校生のことか。生憎だけど、僕もよく解らないんだよな」
しまったな。下手なことを思い出させてしまった。
もちろん、その返答で追及が止むはずもなく。
「そんなわけないでしょ。向こうはアンタのこと、よく知ってたみたいだけど?」
「ところが、びっくりするほど記憶にない。嘘じゃないよ」
「遊び? 一夜の過ち……? この、すけこまし!」
「なんか勘違いしてないか?」
すけこましって、きょうび聞かない言葉だな。
「もう、けーちゃんなんて知らない!」
「ちょっと待てよ、しっかりと誤解を解いてだな……」
制止むなしく、双葉は走り出してしまう。今朝の再現のようだ。
風になびく髪を追おうとした、そのとき。
地面が、激しく揺れた。
「きゃぁ!?」
「地震……っ? おい、大丈夫か!」
あまりにも振動が強すぎて、立っていることすらままならない。
がらがらと、硬質なものが崩れる音。その横をすり抜けて。
這う姿勢のまま、ゆっくりとアイツに近付いてゆく。
瓦や塀からは離れるようにして、なんとか安全を確保しないと。
「しっかりしろ。ほら、掴まれ!」
汗ばんだ右手を、差しだしてゆく。
指先がかすめた刹那のこと。ひときわ強い光が視界に満ちて、世界が真っ白になった。
そうして、目を閉じているうちに揺れも止み。おそるおそる、まぶたを開いてみる。
「収まった、か」
やはり塀の一部は崩れてる。アスファルトの地面もところどころ、ひびが入っているようだ。
双葉の姿はない。さっきまで目の前にいたのに。
どこだ? 不安にかられ、両手をついて身体を起こす。
そうして、視線を上げると。
「……は?」
意味がわからない。
さっきまで、なんでもない話をしていたじゃないか。
くだらないことに、笑い怒っていただろう。
それなのに、どうして。
見上げた先、電柱のなかほど。
赤いツインテールはゆるりとなびき、矮躯は吊るされ……。いや、融けて合わさってしまい。
胴から下は失われ、まるで上体だけが生えているようで。
磔にされたまま、見るも無惨に黒焦げと化している。
もう息をしていないのは明らかだった。
なぜ、こんなことになったのだろう。
ジリリ、どこかで蝉の鳴く。
「なに、これ」
僕の背後で、音がした。
聴き慣れた高い声に、思わず振り返る。
そこには、自らの死体を見上げる双葉がいた。
半透明の身体で、呆然と立つ姿。
真夏の幽霊を前にして、ぬるい風がぴたりと凪いだ。
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