謎は氷解しないまま
うっそうと茂る木々の道、邪魔な葉を押しのけ駆ける。
滴る汗や蜘蛛の巣が気持ち悪い。
が、走り続けなければ、前方の人影は離れていってしまうだろう。
かなりすばしっこいようだが、こっちだって日頃から体力をつけているのだ。こうなれば、我慢比べである。
……と思っていたのだが。夏朝のチェイスは唐突に終わりを迎える。
視界がひらけ、陽の光が射しこむ森のただなかで。
逃げきれないと悟ったのだろうか。足を止めた人物のシルエットには、よく心当たりがあって。
「えっと、三日月さんだよな。なんでこんなところに?」
さらりとした銀髪に、細く折れそうな体躯。
このような特徴的な少女を、僕はほかに知らない。
角度からして顔は見えないけど、おそらく間違いないだろう。
「……見つかっちゃった。予想外」
ふりかえった彼女と目があう。
新緑の瞳が、ちりと僕を焦がした。
「ちょっとだけ、圭一くんに用事があっただけ」
「僕に? ……いや、ちょうどいいか。君にも聞きたいことはあったから」
「そうなの? なら、答えられる範囲でなら」
無表情のまま、ふんすと鼻を鳴らす氷織。
気にかかっていることがあった。なにを差し置いても、まずはそれからだろう。
「前に会ったとき、言ってたよな。“今日の帰り道、気をつけて”って。そして、本当に地震が起きた。三日月さんはなにを知ってるんだ?」
「冗談とか、ミステリアスな転校生アピールだとは思わなかったんだね」
「アピールて。いやまぁ、確かに変な子だとは感じたけどさ。そうじゃなく、君の言葉には確信があるような気がしてね」
それこそ、地震が起きることを知っていたように。
ずっと胸のうちに引っかかっていたのだ。次に会ったら聞こうとしていたが、まさかその機会が早くも訪れるなんて。
問いに対し、暫定予言者少女はゆっくりと身体を左右に揺らしつつ。
そして、おもむろに口を開いた。
「ん〜、変な話をしてもいいかな?」
「なんだ?」
「実は私は未来から来て、滅びの運命を変えるために活動してます。圭一くんに話しかけたのもその一環で、本当はあなたを救うための行動でした。なんて言ったら、信じる?」
本当に変な話をされるとは。
だけど、しかし。
「信じるか信じないかと言われれば、まず信じないな。だけど、可能性はあるんじゃないかと思う」
「ほへぇ」
「現在においては、生身でのタイムトラベルは否定されている。が、ほかに手段があるかもしれない。例えば、意識だけの遡行とかね」
正直、これは夢想家の考えなのだろう。
愚かだと、一言で断じることこそが賢さなのかもしれない。
しかし、「実例がないから」「荒唐無稽だから」と可能性を否定することこそ、僕には愚かに映る。
「だから、躍起になって否定はしないよ。といっても、君が本当にタイムトラベラーだと訴えるなら驚くけど」
「安心して。さっきのはミステリアス転校生ジョークだから。……でも、やっぱり圭一くんは面白いね」
くるくるり。小気味よいステップを踏むかのように、彼女はその場でひとまわりして。
「じゃあ、教えちゃおっかな? あなただけ、特別に」
唇に指さきを添える氷織が、幼気ながら艶めいて見えて、すこし頬が熱くなった。
気取られないよう頷いて、続きをうながす。
「おっけい。それじゃ……」
“あの地震が、自然災害なんかじゃなく、人為的に起こされたものだとしたら?”
「なに?」
「言葉通りの意味だよ。そして、私はそれを知り得る立場にいた。だから、圭一くんに教えた」
「さっきの話くらい突拍子もないな。煙にまこうとしているなら、もっとうまくやってくれ」
「ふふっ。どう捉えるのもあなたの自由。これだって、小粋な冗談かもよ」
「とても小粋とは思えなかったけども」
人工災害。これまたオカルティックな言葉が出たものだ。
天候操作に津波の発生、そういった胡散くさい話題はけっこう事欠かない。
むろん、人為地震もよく語られるものだ。
とはいっても、それは「陰謀論」と呼ばれる類のものである。大真面目に告げるべき内容ではない。
やはり、氷織は誤魔化そうとしているのだろうか。
「はぁ、ふぅ。けーちゃんってば、置いてかないでよ」
と。ようやく双葉が追いついてきたらしい。
だいぶ疲れた様子で、肩で息をしている。とはいえ、汗は一滴もかいていないようだが。
「あれ? 転校生の三日月ちゃんじゃない。二人でなにを話していたの?」
「あぁ、それはな」
「……それで、圭一くん。次はなにを聞きたいの? スリーサイズとか、好みの結婚式スタイルとか? 私は洋風がいいな」
「三日月さん!? えっと、いきなりなにを」
「けーちゃん?」
氷織の爆弾発言に、双葉の瞳が急激に冷えこんでゆくのが見てとれる。
僕はなにも悪くない。助けてくれ。
「あとでしっかり、おはなししようね」
「ひっ」
すごい“““圧”””を感じる。とても直視できない。
僕の幼なじみが激おこなんだが。
「どうしたの、圭一くん。恨めしそうな目でこっちを見て」
「それに足るだけの発言をしてくれたからだよ。まったく、粋なことしてくれたな」
「……? いえーい」
妙に嬉しそうにダブルピースすな。別に褒めてない。皮肉だよ。
奇跡的なタイミングで鋭角のボケを入れてくれたおかげで、幽霊さんがたいへんな負のオーラを発している。針のむしろとはこのことか。
まぁ、見えない相手へと弁明してくれとは言えないので、泣き寝入りするしかないのだけど。
「というか、三日月さんのその距離感はどうなってるのさ。僕たち、会ったばかりだよね?」
「むっ。久しぶりって言ったじゃん」
「悪いけど、ぜんぜん覚えていなくてな。教えてくれないか」
「ダメです。自分で思いだしてください」
つれない話である。
本当に、まったく記憶にない。三日月ほどのインパクトがある人間なら、嫌でも忘れられないだろう。
それなのに、わからない。双葉だって知らない様子なのだから、顔なじみという気もしないし。
「いや、白旗だ」
「忘れちゃうなんて、失礼してしまいます。……とはいえ、これは流石にいじわるし過ぎちゃいましたか」
軽い足取りで近寄ってくる氷織。
耳もと、息のかかる距離で彼女の囁き声が注がれる。
「また、いつか。しかるべきときに、教えてあげます」
「……今度は、はぐらかさないでくれよ」
「ふふふっ。はーい」
するりと身体をおどらせて、少女は離れていき。
「それでは、また学校で」
手を振って、森の奥へと消える。
……さて。
「けーちゃん。どういうことか、説明してもらおうかな」
「裁判出頭、拒否していいか?」
「ダメに決まってるでしょ」
ですよね。
誤解をとくには、骨が折れそうだ。
というか、最近はなんだか災難ばかりでは?
オカルトに頼るのもあれだけど、一度お祓いとかしてもらうのがいいかもしれない。
とりあえず、四谷のところに戻るか。
憎々しいまでに青い空と、遠くに見える緑の霧。
奇妙なほうへと転がりだした僕の夏は、果たしてどこへと向かうのだろうか。
「大判焼き」美味しいですよね。
この季節になると食べたくなるのですよ、“大判焼き”。
変わり種もいいですが、やはり【大判焼き】の王道はあんこですよね。
っと。こんな話をしていると、《大判焼き》が食べたくなってきちゃいます。
買いにいきますか、†大判焼き†!!! ……んん? こんな夜更けに誰だろう?