ひねり足の行先
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
うほ〜、いってえ……足、ひさびさにひねったんじゃないかねえ。
お前は足をひねった時、重傷になりやすいか? 昔、おかんに聞いたところだと、足首とかの柔らかい人間は、重いねんざとかになりにくいんだと。
固いものより、柔らかいものの方が壊れやすいのは、物体に関しても似たような感じよな。
まともにすべての力を受け止めるには、相応の硬さでもって受けきるか。あるいは土台となる耐久プラス受ける力の量を小さくするか。後者の方が、受けるダメージも少なくでき、持ちこたえやすいといったところだろう。
しかし、一度ひねる経験をしてしまうと、しばらくの間、走ったりジャンプしたりに戸惑いがちになるんだよなあ、オレ。
身体的にどれだけクセになっちまうか分からないが、足に力がかかるたびに、またひねるんじゃないか、つう不安がよぎってしまうのよね。
そうなると手控えることを考え始めちまう。記録のかかる競技とかなら致命的なことだな。そのぶん、ケガからは遠ざかるだろうが。
だから、ケガをさせるには不意打ちが一番。もしクセになるケガに思うことがあったら、そいつは知らぬ間に、何かの標的にされてる恐れがあるかもな。
俺が友達から聞いた話なんだが、聞いてみないか?
話を持ってくるだけあって、友達もしばしば足をひねることがあったらしい。
その時も大学で選択した体育のサッカーのおり、ボールを追いかけていて、ひねった。そばで見ていたクラスメートからしても、絶対にやばい転び方だと思ったらしい。
けれども、友達からしてみれば、確かに急に体勢を崩しこそしたが、ケガをしたつもりはさらさらなかった。実際、靴下を脱いでひねったと思しき場所には、赤みもなければ痛みもない。
腫れや、指で触れてみての違和感もない。心配する友達に、そこらへんをじかに見せて説明するも、簡単には納得してもらえず。アイシングのためのスプレーなどをぶっかけられることしばしばだったとか。
友達のこのひねりぐせに関しては、昔ながらのものらしい。
幼稚園のころ、友達とのおふざけでステージから飛び降りた際に、右足をおおいにひねったときが、ことの始まりじゃないかとのことだった。
右足の外側から床へ着き、ぐにゃりと膝のあたりまでが骨の抜けたように曲がり、そこから床へ崩れ落ちたのだとか。
はじめての足のひねりに、怖ささえ覚える違和感がこみあげるも、話に聞いていたような痛みや、患部がマヒしてしまうような感触がない。傷ついたのは、驚きに満ちた心のスペースだけ。
はためには、やばい落ち方と転び方をしたようにしか思えず。当時の先生を含めた面々にえらい心配をされたんだとか。
やはり見た目には異状はないし、強がりではなく正直に痛みがないことも伝えたが、信用されなかったことも同じ。
それから大学生に至るまで、友達はいくら注意しようとも、足をひねるようにして転んだ。
何か月もご無沙汰することもあれば、三日にあげず足が転びたがることもある。
そう「たがる」だ。
友達がいくら足元の凹凸や落下物に気を配り、内また気味に体重をかけることを意識し続けても、その心がけを無にするかのごとく。
ふと別のことへ集中した拍子に足裏がひねられ、身体をのめらされて、無様をさらす羽目になる。
ケガがないとはいえ、いずれもが不意の一撃。恥をかかされたり、周囲の足を引っ張る結果になったりしてしまうのが、友達の自尊心をいちじるしく傷つけたという。
――こんな体質、もう勘弁したいな……。
学校から自室へ戻ってきても、まだ友達はもんもんしていた。結局、それからのサッカーも見学を強いられて、満足に運動できなかったんだ。
その日は特にこけさせられた。家に帰り着くまでの数時間で、両手の指に余るほどの回数。これまでにないほどだった。
公共の乗り物待ちの際に、こけなかったのはせめてもの救い。ヘタなタイミングで転んで、痛みはないが命の危機とかはシャレにならないからな。
早い時限に終わったから、外はまだ明るい。もう今日は外へ出たくないなと思いつつ、靴下を脱ぐ。
目が丸くなった。
靴下に隠されていた右足、ひねって地面へ真っ先に触れていた側面は、沈みゆく陽にも似た金色に染まっていたのだとか。
ひっついたものではなさそうだった。いくら爪を立てるようにしてこすっても、金色はかすかもこぼれない。それどころか、本来の皮膚通りの感触のまま、たわみ具合も変わらなかった。
友達のかける指先の圧を、あざ笑うように余裕で受け止めて、足をたわませていく。
足をひねるときと似た、異様な柔らかさをその金色は見せつけてきたんだとか。
不快ではあるが、刃物を突き立てて、はがしにかかるほどの覚悟はない。
あきらめて立ち上がる友達だったが、さっそく右足が機嫌を損ねる。
部屋の畳の上で、あっけなく倒れた。
掃除をしたのは三日前。それは友達にとって三カ月前と大差ない。つまり、あっという間にゴミ屋敷というわけだ。
主要住民、ペットボトル。大きさはまちまちだし、普通に考えればこいつらこそ転倒誘発要因だが、今日に限っては友達のボディプレスの掛けられ役。
いくつもの耳障りな悲鳴とともに、その身をへこませたが、よほど圧に耐えかねたのか。
倒れこまれたペットボトルのうち、友達の胴体をもろに受け止めたひとつ。大いにへこんだその脇腹すれすれのあたりがかすかに破れ、先端を服に突き付けている。
――あ、危な……!
友達がペット掃除に動き出したのは、無理からぬことだった。
が、それもまた、どんどん邪魔をされる。
ペット抱えて踏み出すたび、慎重に慎重に足をつけても、それがたとえすり足であったとしても。
瞬間に、骨が失せたかのように足がふやけ、腰より上の重さに耐えかね、身を転ばす。
とっさにペットを抱えながら胸に押し付けるも、何本かはこぼれてしまった。ほんの数メートルの道筋で、2回もだ。
ならばと、左足でけんけんしても、解決にはならない。
これまでなんともなかった左足が、右足と同じ「ふぬけ」に早変わりした。
床を跳んで、着地した瞬間にぐにゃりと行く。普通に歩くよりずっとまずい。ついた勢いのまま身体中をしたたかに打ちつけた。
足は痛みのないまま。それどころか、先ほどまでなんともなかった左足の外側も、いまのひねりから金色を放つようになってしまっている。
その異状さよりも、重なる転倒の痛みの方が友達の優先順位を決めた。
――コンロどころか、レンジさえままなんねえぞ、これ。運ぶときに惨事になるのが目に見える……冷蔵庫にあるもんで、なんとか。
みっともなく床を這いずるより、安全は確保できそうになかった。
なんとか冷蔵庫の戸を開けて、飲み物と昨日の残り物の皿は取る。そのままずるずると、自分の部屋まで着いた。
テーブルの上まで持ち上げるのも怖く、そのまま犬食いも辞さない心持の友達だったが、そうも言っていられない事態が。
尿意だ。
しかも、じわじわこみ上げるのではなく、突発的に出ようとするタイプの。
無理だ。トイレは冷蔵庫のさらに奥。
ここから引き返す方向で、這いずりながらじゃ間に合わない。確実にパンツとズボンが脅威にさらされる。
起き上がった。細心の注意を払い、両足で立つことに成功。そのまますり足でもってトイレに直行しようとして。
その真ん前で転んだ。
これをイナバウアーと呼んでいいのか。両足が同時にひねられ、つま先を大きく開きながら床へくっつける格好に。
前にのめることはできず、後ろへ倒れかけるところをありったけの腹筋でこらえた。
その友達の前で、両足からあの金のかけらたちがこぼれ出す。いくら力を込めようと、こそりともはがれようとしなかった、それらが。
ぽろり、ぽろりと床を転がる金の粒。
それらは無精な友達がほったらかしにしていた、床に横たわる大小の埃たちの中へ潜り込んでいった。
とたん、グレーを基調としがちな埃たちの体色が一変。侵入を許した粒たちの金色に、たちまち乗っ取られていく。
金色のわた埃たちは、粒たちがそうだったように、ひとりでに友達の身体を避け、玄関へと転がっていく。
足は力が入らず、腹筋を酷使する胴体は頻々と限界を訴えてきて、度重なる痛みと体重を受けた両腕はしびれたように動かない。
彼らがドアのすき間へ身をねじりこませ、外へ出きってしまうと、友達の足もとたんに骨を取り戻したように踏ん張れるようになる。
そこにはもう、金の粒はみじんもなく、元の肌が戻っていたのだとか。
以降、友達はそう頻繁に足をひねって転ぶことはなくなったらしい。
あくまで憶測ではあるが、あの金の粒を欲した何者かが友達の身体を借りて、足をひねる形で地面と接触。
長いこと刺激を与えたりこね回したりする要領で、精製したのではないかと思っているみたいだ。