第六話「最悪の第一印象」
フェブラリーS外れたぜ!
あの騒動から数ヵ月が経ち、僕の生活はガラリと変わった。
クスクスとした笑い声はめっきりなくなり、絡んでくる奴らもいなくなった。
ちなみに風の噂で聞いたが、僕と戦ったあいつ……えっと名前なんだっけ。確か、ア……マ……マグロ君だっけ。推定マグロ君は一応まだこの道場のリーダー的存在らしい。
あんな事ばっかしてた癖に、と正直思わずにはいられない。
まぁ、それでも関わってこないならそれでいいかと思って居た今日この頃だったのだが。
ある日、そんな状況が一変する出来事が起こる。
◇◆◇
その日は突然やってきた。
急に師匠が集会だと言い、僕たちは大広間に集められた。
僕らが大広間に集まると、みんながざわざわしている。
聞こえてくる内容でも、みんなどうして集められたのか分からないようだ。
「一体何なんだろうな……なぁ、キャミュなんか知ってる?」
「いや、僕もちょっと……」
「全員、静粛に!」
師匠の一喝で、騒がしかった大広間がしんと静かになる。
やがて完全な静けさが場を支配した時、大広間の扉が勢いよく開かれた。
そして入ってきたのは、一人の少女。
オニキスのような透き通った黒髪。
少し大人びていながらあどけなさの残った可愛らしい顔立ち。
正に美少女と言っても差し支えない少女であった。まぁ、僕の姉には負けるが。
しかし、ほとんどが男で構成されているこの道場で美少女なんてものは砂漠の中のオアシス、天から与えられた祝福そのもの。
当然と言うべきか、小さかったざわつきは徐々に大きくなってきて、今にも爆発寸前だ。
「えー、では紹介する。このお方はカラユーイ・グランデ・ヤミュエル様。この王国を統べるヤミュエル王家の第二王女だ。最近魔法の才能が開花したそうで、この道場にやってこられた。
これからはみんなと共に修行する事になるので――」
そこが臨界点だった。
大広間は爆発的な歓声に包まれた。
「……俗物どもめ」
――不意に、ひどく険の籠った声音で彼女は呟いた。
その一言で、先ほどまでの歓声は何処へやら水を打ったように大広間は静まりかえる。
「皆さん、おはようございます。今日よりこの道場で魔法を教授してもらう事になりました、カラユーイ・グランデ・ヤミュエルと申します。
はっきりと言わせていただきますと、今後あなた方と馴れ合うつもりは微塵もございません。
英雄の弟子たちと聞いていましたが、もう少し高尚な人達かと思っていました。ですが、それはどうやら私の思い違いだったようですね。私の浅慮でしたわ。
ですがまぁ、魔法などは参考になるかもしれませんし、精々評価を覆してくださいね?」
誰もが絶句した。
まさかここまで言われるとは誰も思っていなかっただろう。
特にテンションの上がっていなかった僕だって、ここまで辛辣な言葉を浴びせられるなどとは思いもしなかった。あのいつだって冷静沈着な師匠ですら苦い顔をしている。
溜息を吐き、師匠は口を開いた。
「……集会は終わりだ。各自予定通りに修行に励んでくれたまえ。私は、カラユーイ様を案内する用意をしてくる」
その一言を皮切りに、師匠は広間から出て言った。それに合わせて全員大広間から出て行き始める。その誰もが彼女について話していた。
「姫様かぁ……可愛いけどすげぇきつい口調だったよな」
「だよなぁ。可愛いけど、そこが残念だよな」
「ブヒヒッ、あっしは、あれはあれでいいと思いますがねぇ……」
と、皆が出て行く中、予定通りに動かない奴らがいた。
……って、ああ誰かと思えば、例のあいつらじゃないか。えっとそう、マグロ君とその一味だ。
づかづかと、カラユーイさんに近づいたかと思えば、ドスの効いた声を放つ。
「おい、さっきの言葉もう一回言ってみろよ」
「あら、これは不思議ですわね。何故同じ事を二度も言わねばならぬのでしょう? 一回言われただけでは理解出来ないなんて、そこらの犬未満ですわね」
「あんだと、コラァ!」
尋常じゃなくキレッキレな煽りをかます姫様に、ブチ切れるマグロ君。
まぁ、あれは僕だって流石に切れているだろう。
「……いい度胸だな、てめぇ。姫だかなんだか知らねぇが、ここで丸焦げにされてぇのか!?」
いや、それは死刑台まったなしだよマグロ君。多分隣のキャミュも同じように思っただろう。
ちなみに僕らが動いていないのは、あいつらが無茶しないか心配だからだ。
お姫様相手に騒ぎを起こしたらこの道場がどうなるか知れた事じゃない。
あいつらは……まぁ、別にどうでもいいか。ともかく問題を起こさないで欲しいのだが――。
「畜生以下がよく吠えますわね。そんなことは叶いませんわよ。だって、貴方より私の方が強いですもの」
その瞬間、ブチっと何かが切れる音がした。
それはきっと堪忍袋の切れる音だったのだろう。
カラユーイさんにブチ切れたマグロ君は、目にも止まらぬ速さで魔法を行使した。
思わず目が醒めるような魔法の構築速度。
前に僕と戦ったときとは比較にならないほどに速い――!
顕現した炎は、真っ直ぐにカラユーイさんに突っ込んで行く。
「ちょっ――」
慌てて駆け出そうとした、直後。
ドン、と鈍い音が響き渡ってこちらに何かが飛んできた。
「うおっ、何だ!?」
それをかわし、後ろに飛んでいったそれを確認する。
「な――」
そこに転がっていたのは、マグロ君だった。
どう、なっている。魔法を放ったのは、こいつの方が先だったはず。
恐る恐る、カラユーイさんの方を振り向く。
そこには、冷めた瞳で彼を見ているカラユーイさんの姿があった。
その眼を向けられている訳でもないのに、身が竦んだ。
と、気づく。
彼女の隣に、何かがふわふわと浮いていることに。
「……土の塊、か?」
おそらくあれは、初級クラスの地属性魔法〝弾岩〟。土塊を作り出し、打ち出すだけの魔法。
……つまり、事実はひどく単純なのだ。
単に、彼女はアグラ君よりも早く魔法を展開し攻撃した。
ただ、それだけ。それだけ、なのだ。
「いや、明らかに後手だったろあれ……!?」
異常なまでの魔法展開速度。
視認出来るようなレベルじゃない、異次元の領域だった。
そんなことを為した彼女は事もなげに、僕を通り過ぎてアグラ君の元へと向かい――たどり着くと、奴の胴体を踏みつけた。
「が、はぁっ……!?」
「いいですこと、これが才能の差、力の差。私が失望したのは、行儀だけの問題ではないのです。レベルが、あまりにも低すぎる。これが、こんな者共がかの英雄の弟子とは。全く嘆かわしい」
奴は顔を真っ赤にしながらカラユーイさんを睨んでいたが、受けたダメージは大きかったのかどうすることも出来ない様子だった。そんな奴にそれ以上の興味を失ったのか、無言で脇腹を蹴り飛ばすと、大広間の扉に向かって歩き始めた。
まるで眼中にないと言わんばかりに、僕らを一瞥すらしないまま。
「すご、かったね……」
「……ああ」
正直、すごかった。とんでもなく、あれはやばい。
語彙力が失われているのがわかる。それぐらいに、彼女の見せた技は凄まじかった。
あれが、才能の差……才能、か。
僕には、ないもの。
「くそっ、畜生……」
目の前で一味に肩を担がれて出て行く奴を見る。
目が、合って。バツが悪そうに視線を逸らされた。
――波乱が訪れる。そんな予感が、した。
◇◆◇
翌日、マグロ君がカラユーイさんに敗北したことが皆に知れ渡っていた。
が、皆喜んでいるようである。
アイツ、想像以上に嫌われてたんだな。
だが、それが新たなる絶望に染まって行くのに時間は掛からなかった。
何があったのか?
それは、嫌われていた奴を打ちのめした張本人、カラユーイさんだった。
彼女が片っ端から誰かに勝負を吹っ掛け、その度ボッコボコにするのだ。
もはやテロである。いつ自分が勝負を挑まれるのか、皆気が気でなかった。
僕だってそうだ。いくら身砕の魔術を学んだとはいえ、彼女に対抗出来るだなんて思わない。
しかし、不幸というものはきて欲しくない時に限ってやって来るらしい。
「貴方がルータ・ダレントですわね。サラネイの弟の。きっとさぞ強いんでしょうね。何でしたっけ、ここで一番強かったらしいアグロ何とかを打ち負かしたそうではないですか。明日の放課後、大広間で勝負いたしましょう。それでは」
勝手に言いたい事だけ言って彼女は去っていった。
その様はまるで、気まぐれな風のようだった。
はぁ、ここで逃げるって訳には……逃げたらどうなるか分からなくて怖い。
……でもどうせやるのなら。
「一泡吹かせてやりたいよな……」
その日、僕は明日の勝負のことに没頭するのだった――。
メイショウハリオはあの出遅れからの3着は強いと思う。