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身砕の魔術師  作者: たけのこ海の上
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第三話「絶望」

一月も後半、時が経つのは早いものですね。

 ――気付けば、僕は部屋を飛び出して走っていた。

 後方から、誰かが僕を呼ぶ声が聞こえた。

 無視をする。どうせ僕にとっては聞きたくもない事だ。

 無我夢中で寮へと向かった。途中で肩がぶつかるがどうでもいい。

 そんなことよりも、僕は、僕は――。


 乱暴に寮のドアを開け、自分のベッドに飛び込む様に転がった。

 荒い息遣い。ドクドク、ドクドクとけたたましく心臓が鳴り響いている。

 それが僕にとってはこの上ないほどに安らぎを与えた。

 これでいい。これがいいんだ。何も、考えなくて済む。

 僕に、魔法の才能がないということを、考えずに――。


「――っ!」


 直後、頭をよぎった考えを強く唇を噛んで遮断する。

 考えるな。それを受け入れてはいけない。いけないのだ。

 ルータ・ダレントが、あのサラネイ・ダレントの弟である自分によりにもよって魔法の才能がない、などど。

 そんなことは、ありえて、いいはずがない。


 なのに。どうして涙が、溢れてくる?

 どうして、この心はこんなにも絶望に包まれている――?


◇◆◇


 ――昔から、期待をされて生きてきた。

 世界最強と名高い魔法使い、生ける伝説、サラネイ・ダレント。

 そんな彼女の血の繋がった実の弟。

 期待されないはずがない。

 姉が天才なのだから、弟にもその才能が宿っている――そう考えるのは別におかしな話ではない。

 父が、母が、叔父が、叔母が、祖父が、祖母が、親戚が、小さい頃から遊んだ友達が。

 何より、姉さんが。

 期待している。期待してくれていたのだ。

 それを、僕は――。


 ◇◆◇

「……タ君。ルータ君。起きてよ……」


 ……声が聞こえて、意識は微睡の中から引き揚げられる。

 目を開けるとそこにはキャミュが不安そうに僕を見ていた。


「あ……えっと、その、おはよう。ルータ君、あの……ガリオンさん、呼んでたよ」


「……そっか」


 そう短く言葉を交わすと、僕はベッドから起き上がって、キャミュの横を通り過ぎていく。


「あ……」


 何か言いたげな目で僕を見るキャミュ。何が言いたいのか、僕には分かった。


「心配しなくてもいいよ。寝たからもうへっちゃらさ!」


「……本当に?」


「本当、本当! 気にしなくていいって!」


 ああ、キャミュ。やめてくれ、そんな目で見てくるのは。

 僕は、きっと耐えることができない。

 ――その憐れんだ様な顔に、僕は尋常じゃいられなくなる。



――どこから漏れたのか知らないが、僕に魔法の才能がないというのはこの道場ではもう知られている様子だった。


「なぁ、聞いたか? あの例の弟の噂」

「ああ、聞いた聞いた! 魔法の適性なかったんだっけか! かっわいそうになぁ、〝出来損ない〟でよぉ! もしかすると姉の方にぜーんぶ取られちゃったんじゃねぇ!?」


 聞くに耐えない様な、会話が耳に届く。

 ギャハハという下品な笑い声に反吐が出そうだ。

 それだけではない。

 視線。

 好奇、軽蔑、そういった類の気持ちの悪い視線の数々。

 それらに耐えながら、僕はガリオンさんの部屋に辿り着いた。

 ドアを叩くと、「入りたまえ」と優しげな声が聞こえた。ドアの取っ手に手を掛ける。

 いやにひどく重い取っ手に力を入れて、僕はドアを開けた。

 その先には、あの時とは違う性質の笑みを浮かべるガリアンさんの姿があった。

 その目が僕の姿を捉えると同時、彼は重苦しげに口を開いた。


「……今日のことに関してだが、とても残念だったな。水晶が何かしらの色にも、そもそも光すら発しなかったとしても――魔法が使えなくても私はここから出ていけとは言わんよ。魔法以外にもここでできることはたくさんある。だから、その、なんだ。……気をそう落とさないでくれ」


 目を伏せながら、彼はそう言った。

 その言葉はきっとガリオンさんなりの気遣いだったのだろう。

 ……本当に、ありがたいことだ。

 もう少しで、舌打ちをしてしまいそうになるくらい。

 ここで耐え切った僕を表彰して欲しいぐらいだ。

 分かっている、ガリオンさんになんの悪意もないことも。

 溢れ出るこの気持ちは自分のせいでしかことも。


 ――こんな惨めな気持ちになるのは、生まれて始めてのことだった。


◇◆◇


 それから僕は貪る様に魔法の教本を読み漁り、体を鍛え始めた。

 色んな魔法や魔術を学んだ。

 召喚術、錬金術…。結果は……どれも実ることは無かった。

 僕には魔法は使えず、無為な知識が積み上がっていくばかり。

 ならばと、剣の修行をした。

 存外剣は楽しく、ある程度までは僕も上達した。

 だがそこまでだ。剣の才能は僕には凡人程度しかなかったらしい。直ぐに壁にぶち当たり、中々剣の腕は伸びなくなった。隣でそんな僕を追い越す同世代の姿があった。

 

 そんな日々が続いていく。

 常にヒソヒソと僕を嘲笑う声が聞こえる。

 僕は〝世界最強の将来有望な弟〟から〝世界最強の名を汚す落ちこぼれ〟になっていた。

 

 ――そうして、一年の月日が流れた。

日経新春杯はヴェルトライゼンデが勝利!嬉しい。

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