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3.茨の国へ。


 茨の国が見当たらない。

この荒れた土地をどんなに彷徨さまよっても、茨の国を見つけられていない。

そもそも、この土地に茨の国はなかったのかもしれない。


そんな絶望が漂って来た時。

私が乗っていた騎獣きじゅうがけから足を踏み外した。


幸い、私達は生きていた。

崖底には落ちたものの、頭を強く打つことはなかったし、怪我をすることもなかった。

狼が私の下になって、クッションになってくれたのだ。

だが、護衛は片足を、狼は前足を怪我してしまった。

足が曲がってしまっているから、骨が折れてしまっていた。

これじゃあ、崖を上がることも、先を進むこともできない。

じゃあどうするか。


「待ってて、今、治療するから頑張って!」


私は護衛の男と狼にそう声を掛けた。


「すみません。姫様」

「困ったときはお互い様よ!」


私の言葉に男は安堵しているようだった。

狼もまた、きゅうんと小さく鳴いた。

私は狼の頭を撫でては笑う。


「大丈夫よ!」


崖の上にいる護衛隊長に、私達が生きていることを声を上げて知らせる。

すると、私を見つけた護衛隊長が安堵の様子でこちらを見下ろしていた。

みんなが崖底へと降りようとした時。

蟲の声が聞こえた。


「ガチガチガチ…ガチガチガチガチ」

「ガチガチガチガチ…」


私達の近くに蟲がいたのだ。

崖の影で眠っていた所を、私達の侵入で起こしてしまったらしい。


その蟲は、ダンゴムシのような容姿をしていて、家一つ分のほどの巨大な蟲だった。

折り重ねた頑丈な甲殻と無数の赤い目と脚。

甲羅蟲こうらむしと私達は呼んでいる。

その甲羅蟲がこちらへと向かって来ていた。

護衛隊長がそんな私達を助け出そうとするが、甲羅蟲は一個体だけじゃない。

崖の上にも、甲羅蟲は現れたのだ。

甲羅蟲は集団で行動する蟲だ。

一個体が食事を始めると全体で食事をするために動き出すのだ。


「……くっ…ここで終わってたまるか!姫様!お逃げ下さい!」

「でも!」


男は猟銃を取り出し、私を背にして甲羅蟲に向かって発砲する。

猟銃のたまは6発。

6発とも甲羅蟲の甲殻に当てても、何の意味がなかった。

本来ならば、相手にせず、狼の脚の速さだけで追跡を逃れる事が出来る。

だが、狼がこの状況。

絶対絶命。

男は次の弾を入れようしたが、焦ってなかなか入れることができなかった。


「くっ…姫様!早く!」

男の焦った声が響く。

すると、狼の荷からテルが出て来た。


「おい!これを使え!」


テルから転がされて渡された物は、赤いインクが入った小さなつぼだった。


「テル!どうゆうつもり!」


私はテルを叱りつけた。

それはつまり、誰かを身代わりすると言う事だ。


「テル!」

「じゃあなんだ…!言ってみろよ!…お前は何だ!誰だ!一国の姫だろうが!」

「テル…!」


誰を犠牲にするかは分かり切っていた。

こうしている間にも、私達を狙う甲羅蟲の集団が集まって来ていた。

私の後ろにいる狼が小さく鳴いた。


「………っ」


出来るわけが無い。

でも、そう悩んではいられない状況。

間近まで甲羅蟲の脅威が迫っていた。


「ガチガチガチガチ…ガチガチ」

「ガチガチガチガチガチガチ…ガチガチガチ」

「ガチガチ…ガチガチガチガチ…ガチガチガチガチガチ」

その甲羅蟲達の噛切り音は、肉をむさぼりたくてたまらない歌だ。


私は一国の姫。

誰かを犠牲にしてここまで来た。

彼らに託されたものを無駄にするわけにはいかない。


「でも!でもぉお…!失いたくないよぉお!」

たかが獣一匹だと、どんなに思っても人と変わらない情がある。

護衛の男性をただの名前の知らない男性だと思いたくないのだ。


もうたくさんだ!

もうたくさん犠牲にした!

みんなみんな私を大切にし過ぎだよ!


十分なほどの命を使って来たのだ。

それでも、現実は迫る。


テルは厳しく言葉を放つ。


「お前はそれで、何人何十体犠牲にした!」

「……っ!!」


私はどこかで甘い気持ちを抱き続けていた。

きっと終わると、どうにかなると、そう思い続けている。

今も…………。


「テル…私、誓うよ」

「なんだ!」

「必ず、茨の国に行く。必ず、薔薇の王と婚約する!そんでもって、黄昏の国を救う!」


覚悟は決めた。

死の?

違う、これからの未来へに向けての覚悟だ。

生きる為のもの。

流れるように起きたことをただの悲劇にしてきた私と決別するため。

これからをすることは、言い訳にしない。

決して。

いのちを背負う者になろう。


「私はそんな薔薇の花嫁になりたい」


かつて、母がそうであったように。


私は男と狼をぎゅっと抱き寄せては、ほほにキスを落とした。

その傍らで、テルが小さな壺を割った。


「…あなた方に無限の黄昏があらんことを!どこまでも愛しているわ!ずっと!」


そう言い残して、私とテルはその場から離れた。

狼のきゅんきゅんと鳴く声がどこまでも耳に響き。

男の笑った顔が焼き付いて離れない。


姫様とお幸せにと。

場に似つかわしくない言葉を心に受け止めながら、私とテルは走った。


人の叫び声と狼の声なき声を聴こえても、私達は立ち止らなかった。

無常過ぎる蟲達の咀嚼音そしゃくおんを走るばねにして、必死に走った。


だが、人が駆ける速度では、匂いに釣られなかった甲羅蟲の追跡は振り切れない。


「このままじゃあ!」


終わってしまう!


そんな、くちびるを噛み絞めていると。


突然、大地が鳴った。


「ひゃあああぁぁあああー!!!!」

「うわあああぁぁああーー!!!」


私とテルは地響きにおどろく。

それは、追って来ていた甲羅蟲も突然の地響きに怯んだようだった。



そして、その地響きの正体がわかった時には、一軒家ほどの重量と鋼鉄より硬い甲殻をいとも簡単につらぬかれた甲羅蟲がいた。


「ギイィイイイーーー!!!」


蟲達の絶叫が響く。


甲羅蟲を貫いたのは、黒く尖ったもの。

乾いた大地に、大樹ほどの太さがある鋭いとげえていた。

そして、その棘は一本の太い管によってつらなっていているようだった。

まるで、それは茨のような。


「い、ばら…?」

「おい!伏せとけって!来るぞ!」


私はテルの言葉に従った。

棘は、次々と地面から生えて来ては蟲達を貫く。

棘と連なっている管は、蛇のように動いては甲羅蟲を地面の中へと引きずり込んだ。


「………っ!?」

「……まじ、かよ…」


気づけば、おとぎ話の中にいるような光景が広がっていた。

眠れる森の美女。

そのおとぎ話は、茨でできた森が出て来る。

まさに、その森が乾いた大地に現れていた。


茨の国は、地中深く潜り移動する国だったのだ。

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