2.弔い花。
黄昏の国の姫は、茨の国へと目指す。
照りつける陽は、熱く、身体の水分を取り上げた。
「あっつぃ……」
私のぼやきに、私に代わりに騎獣、狼を操る護衛の男は言う。
「大丈夫ですか?少し休みましょうか?」
姫たる者、ここは一国の姫らしく。
いいえ、わたくしに構わず急ぎましょう。先は長いのです…。
とか言ってさ。
カッコよく言うんだけど。
「よしゃああ!休めるぅふっ!」
素直に言っちゃうなんだよね…。
そんな姫を周りの殿方は言う。
「こんな姫で大丈夫か…」
「うちの国、この姫のせいで滅びそうだな…」
なんて言う。
失敬な!
こう見えて、姉たちよりはマシな性格だぞ!
ちょっとマイペースな部分がデカいだけだ。
そうぶつくさと思っていると騎獣に載せいている荷物にごそごそと音が鳴った。
「ぶはあ~!」
ばふっ!と出て来たのは、オレンジ色の体毛を持つペルシャ猫だ。
「あっつうぅう……」
猫は陽を浴びると唐突に自分の頭を抱えながら、荷物の中に引っ込んだ。
「なんだよ~~まだ着かねぇの~~?」
猫の愚痴のような言葉に、私はイラっとした。
「そんな一日二日で着くような距離じゃないでしょ!!」
「ぅあ~~!!」
熱さに心底うんざりしている猫は、テル。
私の従者兼ペット。
魔獣で、千年生きると言われている黄金種の猫だ。
そんなこんなで、暑さでやられていると護衛をしている男から声が掛かった。
「姫、ここで一旦休みましょう。姫の傷の具合を診ます」
「やっほう!休めるぅうふ~~!」
その後、私達は巨大な岩陰に隠れながら、休むことにした。
先ほどの黒蟲の群に襲われた後だ。
騎獣から降りると身体が重く感じられた。
緊張の糸が切れたせいだろう。
それに、消耗品を幾つか無くしている。
それを含んだ話し合いと休憩をこれからするのだ。
私は護衛から治療を受けていた。
適当に巻いた包帯を一度、解いていは、然る処置をした。
治療する護衛の視線が呆れまぎれなのは仕方ない。
姫たる私が、己を傷をつける行為はご法度だ。
いくら理由があれど、よくはない。
しかも、これから嫁ぐというのに、身体を傷ものにするのはかなりまずいことだ。
……。
だが、生きるための行為。
仕方ないことだ。
それに、こんな傷なんて唾をつければすぐ治る。
…………。
それにしても、護衛の視線が痛いぞ。
わかったって!
ごめんってば!
もうしないってば!
護衛の治療が終わると、護衛隊長からあることが話された。
茨の国のことだ。
茨の国は、文字通り茨でできた国だそうだ。
無数の棘に囲まれた武装要塞国家。
茨。
死骸蟲が棲みつくこの世界で、武装国家は少ない。
蟲と共に生きる国と違って、蟲を徹底的に駆逐する国。
住む人もまた、武装している人達。
吸血鬼。
又の名は、ヴァンパイア。
人の生き血を啜る魔人。
彼らは、常人域を超えた超能力(魔力)で蟲を駆逐するそうだ。
そして、そのヴァンパイアの頂点。
薔薇の王様に私は嫁ぐのだ。
茨の国に辿り着く為には、この荒れた土地。
つまり、死骸蟲が跋扈する危険地帯を通らなければならない。
黄昏の国を出てから、3か月は経つ。
危険地帯のでの旅は困難を極めた。
旅立った日と比べて、護衛の数もだいぶ減った。
30人いた護衛が既に少数となっていた。
それでも、めげずに旅を続ける。
私は多大の犠牲を払ってまでも、茨の国へたどり着かないといけない。
私の国、黄昏の国の為に。
そんな状況で、護衛隊長は重く語った。
水や食料が足りないことと、茨の国が見当たらないことだった。
死は、祖国を出た時から覚悟は出来ていた。
泣きながらだったけど…。
護衛隊長の言葉で、一層、覚悟が深まった。
水や食料なんて、蟲に襲われる前から知っていたことだ。
護衛のみんなは隠しているようだったけど、もうバレバレ。
それに、ここまで来たら危険地帯から出られる保証もない。付け加えて、茨の国が見つからないと来たもんだ。
私はくすりと笑い、仁王立ちした。
「上等!」
私の言葉に護衛のみんなは頷いた。
「姫、我らは姫と共に」
「ここまで来たら、最後までお供しますよ。……駄目姫ですけど…」
余計な付け加えをする護衛の男に私はくわっと目を見開いた。
「なんやて!」
すると、傍にいたテルは深く頷きながら答えた。
「うんうん、考える頭もないし、鍛える筋肉もない。ついでに胸も…ない!」
私はテルを持ち上げてはにっこりと笑い。
「みんなー喜びなさい!今夜のご飯が決まったわよー!にゃんバーガーよ!」
「ぎゃああーー!!」
叫ぶテルに私は容赦なく空の寸胴に入れた。
護衛隊長の掛け声で私達は再び、騎獣に乗った。
騎獣である狼に、私は言葉を掛ける。
「また一緒に頑張ろうね」
私の言葉に、狼はぷいとそっぽを向いた。
「あ、あれ…」
「うるせーってよ」
寸胴の中に入っているテルが答えた。
「あでぇ…?」
「ちんちくりんのくせに、デカくなってから話しかけろよ!ってさ」
「あ?」
じろりとテルを見る。
「俺じゃないってば!」
「反抗期?」
「のんのん。発情期」
あらま。
この旅は、狼の力がいる。
死骸蟲は、土の中や岩の隙間に潜むんで突如として襲ってくる。
そう言った蟲の動きに反射的に動ける獣が必要なのだ。
ある護衛の男は語った。
北の国では、狼の王様がいると聞いた。
狼の王様が治安する国は、蟲の脅威は無いに等しいらしい。
それはおとぎ話のような話だった。
この世界で蟲を永眠させる力なんて、願って叶ったりの話だ。
でも、昔、狼とヴァンパイアは争ったことがあるらしく、両者の仲は悪いらしい。
私達がこれから向かう場所は、ヴァンパイアの国だ。
そんなとこに、狼達を連れて行っていいのだろうか?
喰われるという事にならないかな…。
心配していると護衛の男は言った。
「人狼じゃないから、大丈夫だと思いますよ。この子等は魔獣の一種ですから、魔人ではないです。仲が悪いのは、人狼種の方ですから」
その言葉に私は安堵した。
「そうよかったわ!…このモフモフが失うとか、破滅よ!破滅!すご~~くもったいない!」
「あははっそうですね。さて、参りますよ。茨の国まで、最後までお供します」
「ええお願いするわ!私に格好いいとこ見せてよね!」
「はい、よろこんで!」
こうして、彼は格好よく旅立った。
私を庇って、逝ってしまった。
隠れていた死骸蟲に突然、襲われたのだ。
大して力が無い癖に、こうした姑息なことをする蟲。
私達は玉蜘蛛と呼ぶ。
玉蜘蛛の特徴は、昆虫の蜘蛛の容姿で、体長は1メートルで黄色い果実のような尻を持つ。
その黄色い果実は陽に照ると、周りの景色と違和感がなく、頭がぼんやりとする状態でいると発見が難しい。個体で動いており、群れで動く生き物を監視し、一人になった所を襲う蟲だ。
私が用を足す所を狙われたのだ。
素早い動きで、気配に気づいた護衛の首を噛み切った。
玉蜘蛛は瞬時に狼によって喰い殺したが、私は仲間をまた、一人失ってしまった。
私達は護衛の死骸を弔った。
「あなたに無限の黄昏があらんことを…」
護衛の死骸に花の模様を描き、そのまま埋葬する。
私の祖国から伝わる伝統的な弔い方だ。
死に化粧と呼べるその花模様の柄は、護衛の男が好きだという花と祖国の稲の柄を描く。
インクは、独特な匂いを放つ、血の色をした特別なものだ。
そして、この死骸を喰べる蟲は、必ず死が舞い降りる。
これが私達の弔い。
弔い花。
私はインクが入った小さな壺をきつく握った。
このインクは、弔いの他に別の使い道がある。
それは、追ってくる蟲達から逃れる為に使う。
言うなれば、誰かがこれを使って囮になると言う事。
インクが放つ独特の匂いに蟲達は引き寄せられるのだ。
これで、何人犠牲になったか。
私は護衛達からインクを取り上げた。
取り上げた護衛達の顔が、何とも言えない顔となっていたことを私はよく覚えている。
彼らから死を取り上げたこと。
私は深く深く、胸に刻み付けた。