かの狼に牙は無く
――帝都ハーディールの繁華街は、夜にこそ輝く。
その言葉を体現する様が、そこにはある。
月明かりの夜空が霞むほどに煌々と照らされた一角。飲めや歌えやの声が響き渡り、人がまだまだ多く行き交っている。娼館や見世物の客引きが、店の案内をしている様子も見える。
そんな一角から離れるように、裏路地を歩く男が一人。不機嫌な顔つきで歩を進める男の名はベリウス。悪い意味で有名な博徒の一人である。
自分が遊ぶ金のためなら、他者を騙すことも厭わない。今手で弄んでいる悪銭も、そうやって手に入れたものだ。
その金で、今日こそは一番人気の子に入ろうと意気込んで娼館へ向かったが、あいにく目当ての嬢は出勤がなかった。カジノも今日は店休日だ。仕方がないので、悪友であるケイと酒でも飲もうと誘うため、こうして家に向かっているのだった。
表と違い、人も明かりもない暗がりの道。月明かりと記憶を頼りに足を踏み出し、目的の場所に辿り着く。
と、家の前に誰かが立っているのに気付き、足を止める。相手もこちらに気付いたようで、声をかけてきた。
「あ、この家の主にご用で? 残念、どうやら留守のようだ」
「ああ? なんだアンタは?」
「俺はウォルズ。質に入れてたものを返してもらおうと思って来たんだが」
そうのたまう青年は、騎士が着ているような鎧下に見える格好である。一瞬身構えたが、よく見れば鎧も剣もない。暗がりで分かりづらいが、似たように見えるだけかもしれない。
であれば、ただの哀れな子羊か。
鼻で笑い、背を向ける。
「ハッ、そりゃ残念だったな。アイツのことだからとっくに売り払ってるだろうさ。まぁ、運が悪かったと諦めることだな……しっかし、今日はツイてねぇな。目当ての人間にさっぱり会えやしねぇ」
溜息をつき、来た道を戻ろうかと動きかけた、その時。
「――いやぁ、逆だな。運がつきすぎて会えないだけだよ」
「あぁ? 何を訳分からんことを――」
振り返ろうとしたベリウスの首が、ありえない方向に捻じ曲がる。頭頂と顎で押さえていた手が離されると、ベリウスの体はその場に崩れ落ちた。
骸を冷ややかに見下ろすのは、ウォルズ。
「尽きすぎたよ、命運が」
ベリウスが持っていた金の袋を拾い上げると、ウォルズは一人静かに闇の中へと消えていった。