3話 救世主はかっこよく
なんとドラゴンの口から放射されたビーム攻撃が、桃色髪の少女に向かっていったのだ!
「“ルビー”!!」
水色髪の少女が叫んだ。
俺は回復した体力で走り出す。そして、桃色髪の少女にタックルして、間一髪でその子を助けたのだ。もちろん、少女の頭もしっかり守って。
どうだ! 伊達に毎晩、可愛い女性が車に引かれそうになっているところをさっと助けるシチュエーションを妄想をしてたわけじゃないのさ!
フッハハハハー!
しかも長袖だから、腕の怪我の心配なし! いや~長袖って万能ですわあ。
そして当然のことながら、水色髪の少女と桃色髪の少女が、第三者である俺の登場に酷く驚いた様子だ。
あっ……これ俺はどうするのが正解?
「ギャアーーオ!」
しかしそんな悩みは、鼓膜が破れるのではないかという程のドラゴンの雄叫びで、綺麗さっぱり消え去った。
俺たち3人は、我に返る。
すると水色髪の少女が、不規則に右手を動かした。
そしてそれに連動したように、先程見た槍が空中で動く。
水色髪のこの子が操ってたのか! やっぱり凄い世界だ……まるで本物のRPGみたい。
そして少女の操った槍は、ドラゴンの胸へと刺さった。
倒れた体勢のままだった俺と桃色髪の少女は、その様子を見守りながら立ち上がる。
というか、勢いあまってドラゴンの目の前に出てきちゃったけど、ろくな体術も知らない俺からすればこの状況、絶対絶命の大ピンチだよなぁ……
今ここで能力覚醒して、ドラゴンをスパパパパーーって倒せたりしませんかね?! ねー神様!
刺さった槍が痛いのか、ドラゴンが叫びもがく。
このまま飛び去ってくれればありがたかったのだが、ドラゴンにも意地というものがあるのだろうか。
ドラゴンは口に光線の力をチャージする。先程と同じ攻撃だった。
そしてその反撃の光線は、水色髪の少女に向けて放射された!
流石に距離がありすぎて、今回は俺も動けない。
しかしそこからが凄かった。なんと水色髪の少女は、ドラゴンの光線をギリギリで体を捻って避けたのだ! どういう原理であんな動きができるんだって感じのかわし方。
だがドラゴンの光線の威力は、俺の想像以上だった。
「きゃっ!」
なんと、衝撃で水色髪の少女が吹き飛んだ!
見たことあるか? 光線から数mは離れた位置にいた人が、衝撃波で数十m吹っ飛ぶ様子なんて!
「“サファイア”!」
俺が庇っていた桃色髪の少女が、悲鳴にも似た声で叫ぶ。
ほらきた最悪の展開ぃ! 急展開すぎて全然脳みそついていけてないけどぉ!
──と、その時だった。突然現れた白い弾幕のようなものが、ドラゴンの顔に命中したのだ。
……ふぁ?!
何かが、ドラゴンを見ていた俺の視界を遮った。それは──真赭色髪の女性の後ろ姿だった。
無数の小さな白い剣が、女性の周りを回る。女性が手のひらをドラゴンに向かって出すと、周りを回っていた剣が、ドラゴンめがけて一気に飛んでいった。
そしてその剣は、ドラゴンの胸元へと刺さった。
えっこれもしかして──救世主きた感じ?
ドラゴンはもがきに似た叫び声を発しながら、空の彼方へと、飛び去っていった。
そして俺たち3人とも、突如現れドラゴンを圧倒した女性に唖然とする。
待って、本気で脳みそが追いつかない……
そして目の前女性は、俺の方を向いた。初めて見たその顔は──とんでもない美少女だったのです──!
17歳くらいに見えるその女性は、真赭色のロング髪を下ろしていて、下の方がふわってしてる(語彙力NO)そしてピンク色の瞳・白い服の上にピンクのワンピースを着ていて黒ベルトを締めている。あと生足! そして美少女! 美少女!(大切なことなので2回目言いました)
見とれる俺をよそに、目の前の美少女はこちらへ笑顔を向けた。
「危なかったね」
声もやっぱり綺麗だ。
女性とろくに会話したことのなかった俺は、人見知りMAX状態になってしまい、喉に詰まった声をなんと振り絞るので精一杯だった。
と、とととりあえず、お礼、お礼を言うんだ俺!
「あ、ああっありがとう!」
ヤバイ声めっちゃひっくり返った!
「いえいえ♪ それじゃあね」
しかし女性は、そんなこと気にしなかったようだ。
片手を挙げながら、ドラゴンの飛び去ったのと同じ方角へ走っていくと、翼を生やして女性は飛び去っていった。
あっ今更だけど、どうやら言葉は通じるようだな。良かった良かった。
ってしまったーー!! 全然良くない! あんなちょー美少女の子だったのに、名前聞きそびれちまった~!
萃田 緑牙、一生の不覚! オーマイガー!
(※感嘆符が異常に多いのは、緑牙の心の乱れを表しています)
「サファイア」
心の中で荒れ狂う俺をよそに、桃色髪の少女が冷静に水色髪の少女の元へ駆け寄る。
「大丈夫よ、ルビー。心配しないで」
桃色髪の少女に、水色髪の少女は安心させるような笑顔を向けた。
……そうだよな。今はこの二人が大切だ。心頭滅却で心を落ち着かせ、俺も二人の元へ駆け寄った。
さっきの会話だと、どうやら水色髪の子はサファイア、桃色髪の子はルビーというようだな。
「あの……大丈夫だったか?」
「ええ。──妹を助けてくれてありがとう」
「い、いやいや、当然のことをしたまでさ」
ちょっとかっこつけてみる。こういうのって、一度やってみたかったんだよな☆
────とっ、そんなことより、優先すべきことがあるんだった。
「あの~、そのついでに聞きたいんだけど、俺、目が覚めたら全然知らない場所にいたんだ。だからここがどこなのか、まったく分からなくて。ここってそもそも地球──じゃないよな?」
「地球? そんな地名、聞いたことないわ。それに、目が覚めたら知らない場所にいた?」
「あっ、ああ……信じてもらえないかもしれないけど。それでその……ここがどこなのか、教えてくれないか?」
「……お兄さん、パラミシアって知ってますか?」
「えっ“パラミシア”?」
今までずっと口を開いていなかった、桃色髪の少女が尋ねてきた。見た目どおりで、可愛らしい声だ。
……いや、そうじゃなくて────
「パラミシアって、何だ?」
もしかして、この世界の名前とか?
なんにしても、やはり知らない言葉だ。
「……ルビー、この人、嘘は言ってないのかしら?」
「──脈拍数、心拍数、共に正常です。嘘を言ってるようではありません」
「えっ、脈拍? 心拍数?」
「……分かったわ。ルビーを助けてもらった恩もあるし、あなたの願いを聞き入れることにする。それに、こうして言葉を交わした相手が、次の日には死んでいるなんて、こちらとしても胸くそ悪いもの」
「あっあぁ、ありがとう」
えっ俺、このままこの草原さ迷ってたら、明日死んでるの?
んまぁ確かに、またもし、今みたいなドラゴンに遭遇したら、次は確実に死ぬからな……俺戦えないし……
「あなたの素性と事情も詳しく聞きたいし、一先ずは町まで行きましょ。ここにいたら危ないわ。私たちが暮らす町まで、ここから徒歩で20分程度だから」
20分、結構すぐ近くにあって、俺は安堵する。
「よ、良かった~。歩いても歩いても景色が変わらないから、町がないのかと思った……」
胸を撫で下ろしながら、俺がサファイアの後をついていこうと、一歩を踏み出した。その刹那
「待ってください」
右から、そうはっきりとした制止の声が聞こえた。
この声は──ルビーかな。
「その前に、二人とも怪我をしていますね。サファイアは腕に切り傷、お兄さんは足に擦り傷があります。先に手当てをしてしましょう」
足に擦り傷?
ズボンの裾を少し捲って確認する。
あっ、ほんとだ。痛みとかあんまりなかったから、気付かなかった。
「大丈夫よこれぐらい。手当てするほど、大した怪我じゃないわ」
特に気にしないといった様子で、サファイアがそのまま歩き出そうとする。
しかしそれを、ルビーが腕を掴んで制止した。
「大した怪我じゃなくても、手当てしなければなりません。町では、最近感染症も流行っていますし、傷口から細菌が入り込んで、感染したら大変です」
おっおぉ……
ハキハキとしっかりしたその声には、相手に有無を言わせない迫力があった。
サファイアもまた、ぐうの音もでないらしく
「……ルビーには負けるわね。確かにそのとおりだわ。それじゃあ、手当てをよろしく」
「はい」
サファイアが腕捲りをし、両腕をルビーに差し出す。
確かにそこには、痛々しい無数の傷があった。先程ドラゴンの攻撃で吹き飛ばされた時についた傷なのだろう。
ていうかこれ、サファイアはああ言ってたけど、絶対大した傷だろ。
俺なら速攻で病院へ行くレベルだ。
──てん? そこで俺は、一つの疑問を抱いた。
そうえばルビー、どうしてサファイアが怪我をしているって分かったんだ?
傷は服で隠れて、見えなかったはずだ。
というか、俺の傷だってそうだ。ズボンで隠れて、見えないはず。俺自身でだって、気付かなかったのに。
──気になるが、聞くのは後にしとくか。俺の直感がそういってる。
「手当て終わりです。今は簡単な手当てしかできませんが、家に着いたらきちんと手当てしますよ?」
「ええ、分かったわ。ルビーは怪我、大丈夫なのね?」
「はい、そのお兄さんが助けてくれたお陰で。攻撃を避けるためとはいえ、タックルは少々痛かったですが」
うぐっ!
淡々とした言葉が、隣で聞いていた俺の心にグサッと突き刺さった。
素直に謝ることにしよう……
「あ、はは……その節は、大変申し訳ありませんでした……」
「いえ、助けていただいたのは事実ですので。お兄さんの怪我も手当てしますから、ズボンの裾を捲ってください」
「あっはい」
明らかに自分より年下の女の子なのに、なぜだか頭が上がらない。
言われるがまま、俺は怪我をルビーに見せた。
「消毒液と傷薬を塗ります。多少沁みると思いますが、我慢してくださいね」
沁みないという可能性はないようだ。
あのツーンとするような消毒の痛みとか、結構苦手なんだけどなぁ……覚悟を決めるか。
目を瞑り、歯を食いしばって身を固くする。
──痛い。
「そんなに沁みるの嫌いなんですか?」
恐る恐る目を開けると、ルビーが俺に向かって怪訝そうな顔をしていた。
男なんだから、そんなことで怖がるなと言わんばかりだ。
「あ~……まぁ、はい。痛いの苦手なので……」
ルビーのあまりの気迫に、怖じ気づいた俺は無意識に敬語で答える。
これは、多分一番怒らせちゃ駄目なタイプだ……。たまにいる、普段はめちゃ大人しいのに、キレるとちょー怖い奴。
「……そうですか。ですが、この傷薬の効き目は保証します。この傷から、きっと明日には治っていると思いますよ」
おっ。意外なことに、俺の男気ない発言について何も言われなかった。
しかしやはり、痛い薬はその分効果がいいんだな。次の日には治るってすげー。
ルビーが手当てをしてくれている間、待つことしかできない俺はルビーの手元を目で追いかけた。
看護師並みの手際の良さだ。最後にガーゼをテープで貼って、あっという間に手当ては終わった。
「ありがとう」
素直にお礼を述べる。あの手当てスキルは、マジで感心するレベルだ。
「いえ、当然のことをしたまでです。こちらこそ、助けていただきありがとうございました」
変わらずの淡々とした無表情で、ルビーはそう言った。
……なんだかロボットみたいだなぁ。
笑ったら絶対可愛いのに。
「それじゃあ、今度こそ町に向かいましょう」
サファイアのかけ声で、俺たちはようやく町へ向けて歩き始めた。
俺は歩きながらサファイアに聞く。
「なあ、その町ってなんて場所なんだ?」
「“コスミマ”という場所よ。聞くだけ無駄だとは思うけど、あなた、ここの大陸の名前は知ってる?」
「ご察しのとおり、まったく知らない」
「パラミシアすらも知らなかったものね」
「説明お願いします」
「パラミシアというのは、この世界の名前よ。詳しいことはコスミマについてから話すけど。で、パラミシアには名前のついた大陸が24あるわ。ここはその内の一つ、“オミクロン”よ。コスミマは、そのオミクロンの中でも一番の大都市なの」
つまり、日本でいう東京的な場所か?
「今の目的は、話をすることだから、カフェに行くわよ」
「ああ、分かった」
何も知らない俺は、そう肯定するしかなかった。
そこから俺たちに会話はない。
この二人にとって、俺は見ず知らずの怪しい人だろうし、当然か。
そう結論づけ、俺は静かに二人の後を追うのだった────