39話 悪しきもの
────やあ……ご機嫌よう……読者の皆様……
たまに出てくる、正体不明の誰かさんだよ……
……さて、今回のお喋りは……ん……? 私のテンションが低いって……?
……あはは、当たり。私は今とてつもなく……憂鬱な気持ちなんだ……気分がまるで鉛のように重いよ……
……どうして私がこんなにブルーなのかは、今回の物語を最後まで読んでくれれば、鋭い人には分かるかもしれないね……
あ~も~、やっぱり数回で慣れる代物じゃなかったなぁ……
……おっと、口が滑った滑った。思わず本音が漏れ出ちゃったよ……
……まあ、私から一つ言えることがあるとすれば──“時として、無知であることは一番の幸せなのかもね”。
“私は全てを知っている。だからこそ、今こんなに憂鬱なんだ”。
……だからといって、無知になりたいとは思わないけど。
全てを知っているからこそ、無知である者を幸せまで導くことができる。私には、導く方があっているからね。
……すまない、こんなこと言っても、今の君たちには意味不明だろうに。これはただの、私の愚痴だと思ってくれたらいいよ。
──無駄話をし過ぎたようだ。早速本題へ──あれ? 何を話すつもりでいたかな? ……忘れちゃった☆ テヘ☆
まあこいうこともあるよね。しょうがないしょうがない。忘れるくらいだから、きっと大した話題じゃないだろうし。
少し話したお陰で、私の憂鬱さも大分晴れたよ、ありがと。
さてさて、短いが、では今回はこれでお別れだ。
次に読者の皆様と話せる機会を、楽しみにしているよ────
◆◆◆
占い師に言われたとおり、俺は幽霊を探すため南へ、南へと進んでいた。だんだんと周りの人気が少なくなり、ちょっと怖い。
あーもー! あの占い師が“悪しきものがいる”とか言うからー! 俺今すっげー怖いよ!
……まぁそれでも、南へ行こうとするのを止めない俺も俺だけど。最早、幽霊を見たいというこの好奇心を止められずにいる。
そうしているうちに、辺りから人の気配が一切なくなった。周りを囲むのも、家や店じゃなくただの壁だ。どうやらいつの間にか、路地に入り込んでしまったらしい。
「流石にもう引き返すか……」
これ以上先に進んで、帰れなくなっても困る。それに、こんな所で誰かに襲われたら、俺の逃げ道がない。
回れ右をし、来た道をUターンする。
……結局いなかったな、幽霊。やっぱあの占い師、デタラメだったんじゃ……
──すると、目の前に4人の人影が現れた。
俺は驚き、一歩後ずさる。最悪だ。こんな所で柄の悪い奴らに絡まれたら、俺は逃げられない。
「おうおう、お前、あん時のチキンにーちゃんじゃねーか」
「……ん?」
どっかで聞いたことのあるムカつく声に、俺は首を傾げる。
見えてきた4人組の特徴は、左から順に鼻ピアス、モヒカン、ゴリマッチョ、出っ歯。……ん? この特徴、前にどっかで……
────ああーーー!?!? 思い出した!!
この4人、前に俺たちが闘技場グロスィヤで絡まれた、あのヘンテコ集団だ!(17話・18話参照)
そうそう! それでイアに後でボッコボコにやられた奴!
なんでそのヘンテコ集団がここに? タイミング最悪! いや、それよりもこれ、俺今色々ピンチなんじゃ……
ここは路地だから、恐らくこれ以上先は行き止まりだ。逃げるにも入り口の方は、ヘンテコ集団が無駄にでかい図体で塞いじゃってるし、道幅が狭いから隙間を通って抜けることもできない。
この4人だ、平穏に事が済むとも思えないし……
「あの水色髪と桃髪のチビはいねーみたいだな。あん時の落とし前、お前でつけさせてもらおうか」
ゴリマッチョが言う。
えぇ……あの時はお前らの方がイアにタイマン申し込んで負けたんだろ……迷惑な逆恨みにも程がある……
「お前めちゃくちゃ弱そうだもんな。キャッキャッキャッ! いいサンドバッグになりそうだぜ!」
笑い方変わってる~……キャッキャッキャッなんて笑う人、漫画かキャピキャピの女子高生からしか聞いたことないぞ……
とまぁ他にもツッコミたいとこは色々あるが、まずはこの局面をどう打開するかを考えなくては……あ、占い師が言ってた悪しきものって、もしかしてこいつら? 悪しきものっつーよりは、迷惑な者だけど……
ヘンテコ集団4人組が、俺との距離をジリジリと詰めてくる。
手に汗を滲ませながら、俺はまた一歩後ずさった。
今の俺には、イアの稽古で身につけた技術と剣がある。だから、こんな油断しきってる奴ら、その気になれば倒せるっちゃ倒せる。けど……あぁ……後から逆恨みでバイク乗って、仲間引き連れて倍返しとかに来たら嫌だしなぁ……
あるじゃん? そういうヤンキードラマ。……えっ古い?
……ああ~! もうあれこれ先のこと考えるのは止めだ止め!
俺は、今痛い思いをしたくないんだよー!
覚悟を決め、俺が腰に差した剣を抜き取ろうとした──その時だった──
『ピシャッッ』
……水が吹き出すような音が聞こえた。
…………俺の目の前に、ソーセージのような物が転がる。
………………さっきまで、俺の目の前に立っていたヘンテコ集団が、まるで糸が切れた操り人形のように、力なく地面に倒れこんだ。
「────え?」
予想していなかった現実味のない光景に、頭の中が真っ白になる。
──そこにあったのは、死体だった。
「うっ…………お、おぇぇぇ…………!」
吐き出しそうになるのを、なんとか堪える。
……内臓は出ているのに、死体から血が出ていない。けれど確かにさっき、血が飛ぶような音がしたはずだ。誰かに何かで斬られたんだ。
……え、待て。
──じゃあ、誰がこいつらを殺した……?
「────ふふふふふ♪」
「?!」
歌うような透明な笑い声が、俺の後ろから聞こえてきた。
心臓が痛い程にドクドクと鳴る。
全身の震えが止まらないまま、俺はその声の方へ振り返る。
──そこにいたのは、黒いドレスを着た一人の少女だった。
金髪のロングヘアーをお団子に結い、血のような赤い瞳をしている。
彼女は指についた血をペロッと舐めた。
彼女に、返り血は一切見られない。
そして彼女は右手に、大きな斧を持っていた。その斧にも、血は一切ついていない。
状況と直感的に、俺は思った。
この少女が、ヘンテコ集団を殺した犯人だ。
「うふふふふふ♪」
殺人鬼少女が笑う。可愛らしい笑い声のはずなのに、全身がゾクリとする狂気を感じた。
「はじめましてぇ、人間のお兄さん。あたしは魔王様の部下、四天王が一人、“エリス”ですわぁ。うふふ、よろしくぅ♪」
「なっっ……?!」
まさかの魔族?! しかも四天王?! あれだろ? 確か四天王って、仏門でいう守護神の総称で、特定の分野における実力者の4人組のことも表す言葉。
……俺は確信した。勝負になれば勝てるわけがない! と。
「うふふ♪ ねぇお兄さん、あなた、コスミマでぇ感染症を治めた人よねぇ?」
「!? なんでそれを……」
ありきたりな台詞だが、聞かずにはいられない。
あの現場にいたのは、俺とイアとルア、そして犯人の魔族だけだった。他に見ている人も魔族も、いなかったはずだ。
「気になるぅ~? ……ふふ、教えな~い♪」
「……もしかして、お前があの魔族に命令して、やらせたのか?」
「んもぉ~、お堅いわねぇ。そんなのじゃぁ女の子にモテないわよぉ」
グハッ! い、痛いとこ突いてきやがって(泣)
「あたし達は誰も命令してないわよぉ。彼が勝手にやっただけぇ。それにぃ、あの子は魔族の中でも下っ端中の下っ端~。そんな重大な命令が下りるとも思えないわぁ」
「……そうか」
ジリッと、少しだけ後ずさる。
相手がいるのは路地の奥側だ。このままゆっくり下がっていけば、この路地から出られる。
だがしかし、四天王ともあろう者が、それに気付かないわけもなく
「逃げるつもりぃ? 人間風情が、あたしから逃げ切れると思ってぇ?」
片手で持った斧をこちらへ向けてくる。目を細め、光のない眼光は、冷酷そのものだった。
「……俺、お前に殺される筋合ないと思うんだけど」
何がおかしいのか、エリスが笑う。
「理由なんてないわぁ。──強いて言えば、あなたがあたしと出会ってしまったからぁ。ふふ、運も実力のうち、あなたにはその運がなかったようねぇ」
「り、理不尽極まりないな……さっきのヘンテコ集団以上だ……」
……だけど、そのヘンテコ集団も、もうこの世にはいない。
逃げるのは不可能と判断し、俺は応戦するため腰の剣に手をかけた──
「!?」
目を見開く。
目の前にいたはずのエリスが、姿を消した。──そして次の瞬間、俺は背後に、死神が見えたような気がした。
体が咄嗟に反応し、地面を蹴ってその場から奥の方へ離れる。
──俺がいた場所は、エリスの斧が地面にめり込んでいた。
ぞっと、全身の身の毛がよだつ。恐怖を感じないわけがない。さっき、あの瞬間、少しでも反応が遅れていたら……俺は死んでいた。
今まで生きてきた人生の中で、出会ったことのない脅威と、感じたことがない程の命の危機。
……恐怖で、髪の毛が真っ白になりそうだ。
「あらぁ、避けたのぉ……貧弱な人間にしてはやるわねぇ」
「は、はは……どうも……」
恐怖のあまり、乾いた笑みが溢れる。
……グロスィヤであの時感じた恐怖と、今感じている恐怖では、到底比べられる物じゃなかった。
「──でも」
またエリスの姿が消える。今度は先程と違い、どこからも気配がまったく感じられない。
「あはははは♪」
エリスの笑い声が、あらゆる方向で反響し、俺の耳に届く。この狂気じみた笑い声──コスミマの魔族と、そっくりだ……
「──!?」
俺の眼前に斧を構えたエリスが現れる。叫ぶ暇もない。
俺は反射的にバックステップで後方へ下がる。しかしそれでは遅く、エリスの振りかざした斧の刃が、俺の腹を掠めた。
「っつ!? あ、あぁ……!」
服に赤い花の模様が映る。出血していた。
電流のように腹から体へ流れる激痛に、俺は腹を押さえその場にしゃがみこむ。
痛みと緊張で意識が朦朧とし、傷を回復する余裕もなかった。
頭を誰かに押され、俺は背中から地面に倒れこむ。起き上がろうとすると、その前にエリスが俺の上半身の上に乗ってきた。
子供の体重だ。大して重くはない。だが、今の俺には、子供一人を押し退ける程の力すら、残っていなかった。
「うふふ♪ 少しは楽しめたわぁ。それじゃあ……バイバイ──♪」
俺の上で、エリスによって斧が振り上げられる。
恐怖も何も、感じなかった。
もうとっくに、諦めていた……
斧が見えなくなると、左肩にさっきの数十倍の激痛が走った。
悲鳴を上げたが、もう自分の声すら聞こえない。
そして俺の意識は、途絶えた────