38話 占い師からの忠告
歩くこと20分。俺たちがたどり着いたのは、海外の市場を連想させる、一本の広い通りだった。
地面はコンクリートじゃなく学校のグラウンドのようで、少し辺りに砂埃が舞っている。食品は、衛生的に大丈夫なのだろうか。
道の両端にテントを張った店が並び、果物や魚が籠いっぱいに詰められ並べられている。果実の表面が宝石のようにキラキラと光り、美味しそうだ。
他にも、イアが言っていたように骨董品を売る店もある。こちらはブルーシートを敷き、フリーマーケットのような感じだ。俺には目利きの才がないため、残念ながらどの物も不良品にしか見えない。ランビリスさんなら分かるのだろうか。
けれど定期市というわりには、人が少ない。大都市コスミマの異常な人口密度に、俺が慣れてしまっただけだろうか。
それに、あまり活気があるとも言い難い。全体的に空気がドヨーンとしている。
それについて歩きながら尋ねると、イアが答えてくれた。
「コスミマと一緒。パラミシアが魔王に支配されているからよ」
「でも支配されてるっつっても、今のコスミマは、ここナプト程ドヨーンとはしてないだろ?」
「それは、コスミマは防衛がしっかりしてるから、住民も少し安心しているのよ。でもナプトは、コスミマ程防衛がしっかりしていないの。だから魔族に入られることもしょっちゅう」
「ああ、成る程。コスミマより命の危険が高いと」
「そういうこと」
と、その時、誰かと肩がぶつかった。
「うわっ!」
思わず倒れそうになるが、その場で踏み止まる。
「悪い」
耳元でそう声が聞こえた。向くと、紺色の髪に紫色の瞳をした、俺と同じくらいの背丈のイケメンがいた。髪色と同じくらいの色をした、全身を覆い隠すフードを被っている。
「あっいや……大丈夫だ」
俺が呆然とそう答えると、男は軽く頷きそのまま去っていった。俺はその背中を、ただ呆然と見届ける。
うまく説明できないが……不思議な雰囲気の男だったな……
「──どうしましたかリョーガ。あの人に惚れましたか?」
「イケメンだったものね~」
「いやそんなんじゃねーし! つか俺はホモじゃない!」
「じゃあどうしたの? そんな上の空で突っ立って」
「──いや、なんかこう……さっきの人、不思議な人だったなって……」
「そうかしら? 私は特になんとも思わなかったけど?」
「ん~…………やっぱ、俺の勘違いだったかも」
「それならさっさと気持ちを改めてください。僕とサファイアは、ここの市場でしばらく買い物しますが、リョーガはどうしますか?」
首を傾げ、ルアが尋ねてくる。
「俺は、噂の幽霊を探してみるよ。トアも気になってたみたいだし、土産話には丁度いいだろ?」
それに、本当に幽霊がいるなら、俺も会ってみたい気がする。幽霊って昼間でもいるのかな?
「そうですか……なら、呪い殺されないよう気を付けて」
「えっ? 呪い殺され……?」
「では行きましょう、サファイア」
「オッケー」
そうしてイアとルアは、俺を置いて市場の先へと進んで行った。
「えっ、ちょ、待てまてマテー! とんでもない爆弾を置いて去るなー!?」
そう叫ぶが、もう時既に遅し。
「は、はは……呪い殺すって、もうそれ幽霊というより怨霊じゃねーか……」
ん……いや、待てよ? 相手が怨霊なら、ワンチャン俺の“浄化する宝魔”でなんとかなるかも……
(宝魔とは→ルーンを宿す人だけが持つ特別な能力のこと(5話参照))
よし! ちょっとだけ大丈夫な気がしてきた! しゃー待ってろよ怨霊ー!(まだ怨霊と決まったわけではない)
「あー……でも、幽霊を探すっつっても、どこをどう探せばいいのやら……」
俺この町来たの初めてだし、ナプトにどんな所があるかも全然分からない。将棋でいう、ルール知らなくて初手すら打てない状況だ。困り果て、その場に立ち尽くす。
「……そこのお兄さん、何かお困りですか──?」
「え?」
そこのお兄さんって……俺のこと?
声がした方を向くと、そこにいたのはthe・占い師といった格好をした、一人の女性だった。……女性、だよな? 顔をベールで隠してるせいで、占い師の性別に自信を持てない。
道端にたまにいる、手相占いをしている人のようだ。しかしこの占い師は、多分手相占いじゃなく、前に置かれてある水晶を使って占うのだろう。
「えっと……俺、ですか?」
間違ってたら恥ずかしいため、自分を指差し一応尋ねる。占い師は頷いた。
「ええ、あなたです、迷える子羊さん。私があなたを、この水晶で導いて差し上げましょう……」
…………う、胡散臭い……。デタラメ言われて、後から高額請求されるやつじゃないのこれ……
「──ご安心ください。私は、迷える子羊を導くという自らの使命に則りこれを行っているのみ。お代は一切いただきません……」
俺の心を読み取ったように、占い師が言う。
……ますます怪しいが、まぁ……お代がいらないならいいか……
俺は占い師の前に立った。
「じゃあえっと……お願いします」
水晶の前の椅子に座る。
「はい……では、あなたは何をお悩みですか?」
「えっと……最近、この町で幽霊が出るって噂があるじゃないですか。俺今、その幽霊を探しているんですが、そもそもどこを探せばいいか分からなくて……」
言ってから思った。幽霊の居場所を占うなんて、そもそもそんなことできるのだろうか。
「……分かりました。それでは、水晶に聞いてみましょう……」
占い師が、水晶を撫でるように手を動かした。
──すると、水晶が光だした。
「うおっ?!」
「……あなたも宝魔の力をお持ちなのですね。実は、これが私の宝魔なのです」
「えっ、あなたもですか?! というか、なんで俺が宝魔の力を持ってるって……」
「……水晶が教えてくれました。この水晶が、私の宝魔具“マディア”。“その人の運命を教えてくれます”……」
「へ、へぇ……」
なんか凄い宝魔具だな……
しばらくして、水晶から光が消えた。占い師が手を引っ込める。
「……南。南へ行きなさい。さすれば、あなたが探し求める者に出会えるでしょう……」
「──え、えっとぉ……南ってどちらですか?」
「……」
占い師が俺の方を指差す。
「あちらの方角が南です……」
「あ、ありがとうございます」
俺はお礼を言い立ち上がる。
占いの結果を信用したわけではないが、他のプランもない。言われたとおり、南へ行ってみることにしよう。
「じゃっ、じゃあ俺はこれで……ありがとうございました」
背を向け立ち去ろうとすると──占い師が俺に言った。
「……悪しきものがいます。お気を付けて……」
その目は、とても真剣な眼差しだった。
「わ、分かりました。肝に命じておきます」
そして今度こそ、俺はその場を後にする。もう占い師は引き留めてこなかった。
……悪しきもの、か……
言われると、俺の心にも少し嫌な予感が駆け巡る。……いや、少しじゃない。それはまるで、黒い霧。一瞬で俺の心の中を覆い尽くし、警報のようなものが鳴り響く。
……悪しきものが、魔族じゃなきゃいいけど。
そう願いながら俺は、南へと進んでいった────
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