2話 リスポーン
“バッドエンド”──それは、物語の世界が最後に幸せになれなかった時に用意られるエンディング。
そしてバッドエンドの物語は、バッドエンドを迎えた瞬間、終わる。
だから私たちには、その世界がその後どのような運命を辿ったのか、知ることができない。
けれど……物語の中では、バッドエンドを迎えた後も物語は続く────
◆◆◆
その日は、なんの前触れもなく訪れた────
◆◆◆
「ん……んん……?」
頬に当たる風を感じ、俺は目を覚ました。
いつもの癖で、無意識に目覚まし時計を探す。しかし、手は空中を切るだけだった。というか、目覚まし鳴ってないから止める必要性ないな。
視界はすぐにはっきりしないが、感覚だけが、徐々に覚醒してくる。
まず感じたのは、ベッドがちょー固いこと。……いや固すぎないか? これじゃまるで地面だぞ?
心地よい睡眠のため、俺のマイベッドはお姫様ベッドのように超ふかふかのはずなんだが……
それになんか、ベッドから毛のようなものが生えてるような……
「──って! んなわけあるかー!」
ベッドから毛が生えてるわけねーだろ! 常識だ、常識!
無意識のツッコミに身を任せるまま、俺は腹筋をする要領で勢いよく起き上がった。それと共に覚醒した脳が、今感じた感覚のおかしさに気が付く。
同時に、俺の視覚も一気に覚醒した。
「…………へっ??」
信じがたい光景のせいで、俺の口からはそんな間抜けな声が漏れ出す。
ここ……どこだ?
──俺が起き上がった、そこは……大草原の真ん中だった。
辺りの景色を見渡すが、まったくもって記憶にない場所である。
というか今更だが、なんで俺は外にいる? 寝ぼけて外に出る程、俺の寝相悪くないしなぁ……
はっ! もしかして……ここは天国なのか──?!
て、いやいやいや! 俺死んだの?! いやいつ?! 原因何?!
信じがたい光景のせいで、脳が大混乱の錯乱状態である(それは自覚してる)
とりま深呼吸を一つし、少し冷静に考えた……いや、どう考えてもここの光景、天国とは言い難いな(←そこかい)
普通の大草原なら、ここが天国と言われても信じるかもしれない。しかし──
空を見上げる。天気は間違いなく晴れだ。だが──濁っている。大気汚染とかそういう類いか?
手に触れている芝の色も、俺のイメージにある鮮やかな緑色ではない。何て言うか……灰色に近い色。冷静に考えてヤバイくね?
ということなら……ここは地獄──?!
……てーなわてないか。今度は結構あっさり否定する。
俺、地獄に落ちる程、別に悪いことしてないし。……多分。
もしかして小学生の頃、クラスメイトのポテチ勝手に1枚食べたのが原因か──? それとも中学の時、一回ゴミをポイ捨てしてしまったから──?
いやないないないないない。
確かに悪いことだけど、そんなので地獄送りにされてたら、天国すっからかんになるわ!
閻魔様のお仕事も増えちまう。
スーハー……とりま、お、落ち着くんだ俺……それよりも今この状況を、現実的に、論理的に考えようではないか。慌てても仕方がないし。
危機的状況の時、最大の敵は自分自身なんだって、なんかの本にも書いたあったもんな。
俺はきちんと起き上がって体勢を整え、座る。そして腕を組み、知識すっからかん頭を捻った。
こういう非現実的な出来事が起こる時、考えられる可能性は…………
夢だ! そうだこれは、脳が睡眠中に記憶を整理していてその過程を脳で再生しているのだと、神経生理学で考えられている夢だ!(こういう無断な知識だけは持っている)
ということで、夢かどうかを確かめられる、一番手っ取り早い方法をとることにしようではないか。
俺は躊躇なく、自分の頬を両手で思いっきりつねった──というか引っ張った。
「痛い!」
秒で痛みが頬にくる。こんなに強く引っ張る必要性なかったな……と後悔しながら、ジーンと痛む頬を擦る。
で、痛いということで肝心の答えは──現実なのか。
…………は? 現実? いつもどおりにベッドで寝て、起きたらまったく知らない場所(しかも外)にいるっていう現状が──現実?
──はぁ?! はあ?! はあああ?!?!
いや待てまてマテ! えっ現実? 現実?(2回目)
確かにこういう非現実的なことにはずっと憧れてたよ? でもいざこういう状況に陥ると……頭が痛い……
いや、ポジティブに考えよう。
まだ、自分が何者かとかを覚えてるだけマシだ。2次元でよくあるような記憶喪失になってたら、このミッションは更に過酷になっていたからな。──ミッションって何?
気持ちを落ち着かせるため、とりあえず俺は深く深呼吸をした。
「スー……ハー……スー……ハー……」
ふぅ……クールダウン、クールダウン。
……そうだよな。こういう時は慌てず──とりあえず歩いて探索をしよう!(なぜそうなった)
RPGゲームで鍛えた非現実への適応能力、舐めるなよ!
んで~重要なのは、どの方角へ進むかってことだよな。まぁ、どっちが北か南かなんて分かんないけど。太陽を参考にしようにも、今の時間すら分かんないし。
……こういう時は
俺は最終手段を使うことにした。声を出すため、もう一度深呼吸をして、俺は言う。
「どちらにしようかな天の神様の言うとおり! こっちだな!」
そう、必殺技神任せ!
こんな適当でいいのかって誰かに思われるかもしれんが、今はこれ以外の手段が思いつかんのだ。
ということで有言実行。早速俺は神様に言われた方角へ、歩みを進める。
すると頬を、生暖かいそよ風が撫でていった。
あれ、春? 日本って今は北風ぴゅーぴゅーの冬じゃないのか? 流石に、暖冬の影響っていうのには無理がある暖かさだったけど。
……気象情報に詳しいわけでもないし、気にしないでおこう!
そういえば……俺は早々だが立ち止まり、自分の格好を見た。
めっちゃ今更だけど、俺の服装がパジャマじゃない。ベッドで寝てたはずだから、俺はパジャマを着ていた……はずだ(自信なさげなのは、普段服装などまったく気にしていないからである)
今の俺の服装は──白のポロシャツ・緑のぶかっとパーカー・ジーンズ・ベルト鞄・スニーカーのようだ。
服装が変わるって……誰かに脱がされた?! お、俺のナイスボディーを無断で見るとは……(そうとは決まってない。というかナイスボディーじゃない)
まあ? 俺は優しさの塊ですしお寿司、今回は許してやろう(だから脱がされたと決まったらわけではない)
よくよく確認してみると、驚くことにベルト鞄以外は全部俺の私物だった。は~いなぜ?
ちょっと待って、さっきから疑問符が浮かびすぎて、もう俺の頭じゃ抱えきれないぞ? 疑問符が落っこちそうですよ。
だがまあ、疑問符が増えるであろうと分かっていながら、俺は鞄の中身を確認した。なぜって? そこに謎があるからだよ!
ゲームならガサゴソという効果音が鳴りそうな感じで、俺は中身を探る。
またまたゲームで例えるなら、こういう最初に身につけてる鞄の中って、結構重要アイテムが入ってたりするんだよな。
…………ん? 何かが手に当たったな。
取り出して、見てみるとそれは、無色透明の小さい水晶だった。
……なんだこれ? はい早速疑問符が増えましたー!
これも俺の私物だったりしちゃったりする?
水晶の大きさはビー玉程で、中に紋章があったりオーラを放っていたり、そんな特徴はなんもない。一見、ただのビー玉……じゃなくて水晶だ。
俺はその水晶をジーーーーと観察したが──身に覚えなし! よししまおう!(決断までに要した時間、僅か1秒)
増えすぎた疑問符を落としながら、俺は気を取り直して歩く。
……あっ、また疑問符が増えた。
なんか体が軽いんだよね。
マジで死んでないよな……歩いてるように感じてただけで、実は少し浮いてました! みたいなオチないよな?!
ちょっと怖くなったため、俺はそっと自分の足元を確認する。……ほっ。足は両足共、しっかり地面についていた。幽霊緑牙にならなくて良かった~
あっ……優秀な俺は、またまた違和感に気付いてしまった。
視線も、少しいつもと違う感じがするのだ。いつもより低い? 普段座ってばっかだから、気のせいかもしれないけど。
今周りに水溜まりとかないから、自分の姿を確認できないんだよなぁ。
────と、ここまでどうでもいいようなことしか考えていなかったが、そろそろ真剣な問題について、歩きながら考えてみるか。ここはどこなのかという問題を。
俺の中で行われた総選挙の中で、一番可能性が高いという結果になったのは、“異世界”説だ。
ここが地球だとは、どうしても思えないんだよ。本能的な意味で。
しかしう~む、なぜ俺が異世界にいるのかは、今は絶対分からないからまあ置いとくとして、仮にここがマジで異世界なら、アニメとかではお約束である、神様からのチート級能力ギフテッドがあったりして? それって激暑展開じゃん!
──って、仮に俺に力があるとしても、現状その力がなんなのか知らないから使えないじゃんか……
頭の中に直接神様の言葉が響いたり、能力の使い方が流れ込んできたりしないしよぉ……
この世界に、凶悪モンスターがいないことを願おうか。……フラグじゃないよ?
◇◇◇
~10分経過~
探索を始めて早多分10分。俺の心は、既に挫折感で溢れていた。えっなぜかって? それは──
「しぃ────視界に変化がなーーい!!」
誰もいない大草原の真ん中で、俺は雄叫びを上げた。
そう、歩き続けたこの10分、一向に視界が変化しないのだ。無限ループの罠にでも嵌まったんじゃないかと、不安になる。
ここまで俺の視界に入った色は、灰! 灰! 灰色! 空も芝も全部灰色!
なんでやねん! と、ツッコミたくなる。
色彩のある景色なら、まだ周りの様子が変わらなくても心にゆとりはあるだろう。けど……灰色だよ?! 色という色の中でも一番地味な、は・い・い・ろ!
もう嫌だーーーー!!
せめて、せめてさぁ……もうそろそろ誰かとの出会いが会ってもいいんじゃないのぉ?
できれば可愛い美少女で……
この願いが神に届いたのか、俺はこの後、異世界で今日初の生命体と出会う────
◇◇◇
~更に10分経過~
未だ俺の視界に、目ぼしい変化はなかった。──そう、思われた。
しかし! 物語は、突然動き出すものなのだ!
遂にようやくやっと! 俺の視界に色が、色が(2回目)入ってきたのだあ!!
感動! 視界の変化、色というのがこれ程大切なものだったとは~!
萃田 緑牙、時には諦め、時には挫折し、時には引き返したこともあった……でも!
ここまで頑張ってよがっだ~~!
(※たかが20分の出来事です)
俺はとっても幸せそうな表情で、それはそれはもう、この世で一番の幸せ者かのような表情で、その色の変化が見られた場所へとスキップで向かう。絵文字で表すと(*T∀T*)こんな感じ(泣いてるね)
「やっだーーーー! ……あれれぇ?」
しかし俺の感動と男涙は、一瞬で蒸発することになった。
確かに色の変化はあったのだ。だが──
なんということでしょう。それはバッファロー(?)の大群だったのです。わ~~♪
瞬間、俺は悟った。
ああ……バッファローこそ、俺の“運命の相手”だったんだな……と。
しかし俺は、折角出会えた運命の相手たちに背を向ける。ここにいれば、確実に宇宙までふっ飛ばされると、本能が囁いたのだ。
さらば運命の相手。
俺は全速力で逃げた! 恐らくバッファローは、俺の存在に気付いていなかったはず! 気付かれる前に逃げるんだよ~!
逃げている最中、気になって俺は少し後ろを向いてバッファローを確認した。……それが駄目だったのだろうか? 全てのバッファローが、こちらを向いた。
そして────
「追いかけてきたーー!?」
俺は逃げた。無我夢中で逃げた! それはもう、走れメロスのメロスと同じくらいに。太陽と同じ速さのつもりで。
凶悪モンスターではないだろうけど、俺は見事にフラグを回収したのだった。
◇◇◇
~5分後~
「ぜーぜーぜーぜーぜーぜー────」
俺は肩で激しく息をする。
命懸けだったとはいえ、ニートが5分も全速力で走ることは、普通の人がフルマラソンを完走することよりも大変なのだ。
しかしその苦行を乗り越え、俺は逃げ切った。マジでよく逃げられたわ俺……奇跡、一生に一度あるかないかの奇跡!
全っ然息が整わないが、でも、いつもに比べてそんな疲れてないような?
……そんな錯覚まで感じるって、俺は限界を越えてしまったようだな。
一先ず、今の俺のミッションは、この疲れた体を休めることだ。いざという時、体力が空っぽじゃあ何にもできないからね。
そしてそのいざというのは、結構すぐにやってきて────
◇◇◇
3分くらい休憩をした、その時
「グオオオーーー!!」
「◎△$●♪×¥○&%#──?!」
び、びびびびっくりしたあ!
不意打ちは卑怯だわぁ。びっくりしすぎて、思わず変な声がでちまったよ。
えってか何今の、雄叫び?! 雷が落ちたかのような音だったんですけど。
何事なのか──気になってしまった俺は、少し躊躇いながらも、その雄叫びのした方角へと、足を進めた。
さっきあんな酷い目にあったのに、まだ懲りないのかって? しょうがないじゃん! 好奇心が勝っちゃったんだから!
そうして歩いた俺が見たのは────
「ド、ドドドッドドラゴンーーン?!」
驚きのあまり唇を震わせ、今自分が見ている現実が、嘘か真かの判断さえ危うくなる。
強固そうな鱗・神々しくも見える漆黒の肌・口から覗く鋭利な長い牙・木も伐採できそうな尖った爪────いたわ明らか凶悪モンスター……
やっぱり日本──というか、ここは元いた世界じゃないんだな……
あり得ない光景を見ているはずなのに、俺の心は驚く程落ち着いていた。
夢のような事柄が連続で起こりすぎて、脳の感覚が麻痺していたのかもしれない。
俺はその場に立ち尽くした。
距離的には100mくらい離れているため、ちっぽけな俺はまず気付かれないだろう。
行動をよく見てみると、ドラゴンは何かと戦っているように見えた。
俺はドラゴンの足元へと、視線を向けてみる。パソコンばっか触ってるのに、なぜか視力がいい俺は、そこにいる少女二人を捉えた。
に──人間だーーーー!!
バッファローでもドラゴンでもない、人間!
あ~男緑牙、泣きそうです……
ドラゴンと交戦中なのは、水色髪の少女と桃色髪の少女だ。
別にロリが好きというわけではないけど、思わず惚れてしまいそうになるくらいの可愛い少女たち。
そうだよ! 俺はこういう子たちとの出会いを求めてたんだ! 別にバッファローなんて会いたくもなかったわ!
視線をまたまたドラゴンへと戻すと──槍が空中に浮き、変幻自在な動きをしていた。
これは、中二病心がくすぐられますよ……ということで俺は、心の中で叫んだ。
なんじゃありゃーー!? かっけー! 生きてる剣か? それともあの子たちのどっちかが操ってる? ここがドラゴンのいる世界なら、それぐらいあり得そうだな!(←そこに興奮してる場合か)
しかし若干、少女たちが押されているような……ハラハラ。
そして事態は、更に深刻な方へと加速する。
なんとドラゴンの口から放射されたビーム攻撃が、桃色髪の少女に向かっていったのだ!
「“ルビー”!!」
水色髪の少女が叫んだ。
俺は回復した体力で走り出す。そして、桃色髪の少女にタックルして、間一髪でその子を助けたのだ。もちろん、少女の頭もしっかり守って────