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バッドエンドを迎えた世界  作者: ぱれつと
チャプターⅠ 異世界生活スタート
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34話 待ち望んだ瞬間

 何故宝魔を使う時って、こう体が温かくなるのだろう? 日向のような温もりに、身体中が包まれるような……そんな感覚。

 俺の場合は、特に手のひらが熱くなる。触って火傷をする程じゃないが、40℃くらいはありそうだ。ようは丁度いいお風呂だな。


 そしてその温もりを、対象の相手に流し込むような、そんな感覚が俺の宝魔だ。


 今、現在進行形で、俺を包んでいる温い何かが凄い勢いでトパーズへと流れ込んでいる。それが明らかに感じられた。


 大丈夫かな? どうかな? とつい考えてしまう不安は一先ず置いておいて、今は大丈夫! できる! と自分に言い聞かせることにした。期待するのは、思い込みによるプラシーボ効果である。


 ────そして──終わった。


 全エネルギーを使いきったと感じた俺は、トパーズへの力の供給を止めて床にへたり込む。疲れた。


 まだ何とも言えないが──成功した、と俺は思った。

 もう終わったはずなのに、また心臓の鼓動の動きが速くなる。体が火照って暑かった。


 後ろに下がっていたイア、ルア、ランビリスさんも前に来て、トパーズの目元を伺う。イアとルアの手は、小刻みに震えていた。


 そして遂に、待ち望んでいたその瞬間はやってきた──


 ────ゆっくりと、ゆっくりと……トパーズが、瞳を開けた。


 それを見て、俺は今日一番心臓が高鳴る。嬉しさとか驚きとか安心感とか……そんな色々な感情が、ごちゃ混ぜになったせいだろう。


 誰も、声を上げない。恐らく、俺と同じように気持ちがごちゃ混ぜになり、声が上げられないのだ。


 焦点の定まっていなかったトパーズの瞳が、徐々に外の景色に慣れてくる。そしてゆっくりと起き上がった。

 多分……いや絶対、今一番驚いているのはトパーズ本人だ。だって、そんな表情なんだもん。「え?」っていう表情をしていた。


「トパーズ!」


 一番最初に声を上げたのはイアだった。

 目から涙を溢して、トパーズに抱きつく。


 それを見て、これが現実であることをようよく認めたように、ルアも二人に駆け寄りトパーズの手を握る。


「温かい……」


 目を見開きながら、そう、呟いた。


 8年ぶりの──姉弟の再会だ。


 ランビリスさんは、近くからニコニコと微笑みながら、3人のことを見守っている。今は、自分がその輪の中に入るべきではないと思っているのだろう。

 薄く開いた瞳が少し、潤んでいる。


 一方の俺はというと──こういう時、俺はどうするのが正解なのかと、脳みそをフル回転させて考えていた。

 感動的な雰囲気ぶち壊しとかは思わないでくれ。


 だって未だに、実感が湧かない。自分が、トパーズを助けられたという現実に。というか、トパーズが起きたという現実に。

 そう、俺は、そんな凄い人じゃない。強いて凄いところを言うなら、ここ一番の集中力が凄まじいことだけだ(主にゲームをしている時)


 俺がやった? これを? 夢じゃなくて──?

 この世界にやって来た初日、草原でやったように、俺は頬をつねった。──痛い。

 夢じゃなかった。この1ヶ月の努力も約束も、全部──夢じゃなかった……


 自分のことは自分が一番よく分かっているというが、自分のことを一番分かっていないのもまた、自分なのかもしれない。


 胸の奥が熱くなった。苦しい熱さじゃなく、心地よい熱さ。……でも同時に、涙を溢して喜ぶイア達を見て、俺は胸がきゅっと締め付けられたように感じた。


 ──俺がもし、今元の世界に帰って、両親と再会できたとしても……こんな風に泣いてはくれない。こんな風に喜んではくれない。こんな風に…………


 3人の感動の再会を邪魔しないよう、俺はゆっくり立ち上がり、部屋から出ようとした。

 ──いや、違うな。本当は……


 ドアノブに手をかけ、扉を開けた。


 その時


「リョーガ」


 誰かに呼び止められた。

 振り返ると、イアがこちらを向いていた。呼び止めたのは、イアらしい。そして


「──ありがとう、トパーズを……“私たち”を助けてくれて」


 イアから零れ落ちる滴が、きらりとまるで宝石のように光った。こちらに向けるイアの笑顔が、俺にはとても眩しかった。


「……ああ、良かった」


 俺はそう言い笑い、今度こそ部屋から出ようと背を向けようとする。

 しかし、ルアがこちらを振り向いたことで、俺はその動作を止めた。


「リョ、リョーガ……そ、その……」


 ルアは視線をこちらへは向けず、少ししどろもどろする。そして意を決したようにすると、ルアは俺を真っ直ぐに見て、口を動かした。


「──本当に、ありがとうございました」


 ──笑った。ルアが笑ったあ!?


 申し訳ないが、俺はそれに今日一番驚いた。


「ルッルルッルアが笑った?! あのクールofクールてわ無表情な笑わない女ルアがあ!?」


 本当に申し訳ない。しかし、そう口に出さずにはいられなかった。

 だって──ルアの笑った表情、初めて見た……


 俺に向かって、ルアは怪訝そうに眉をひそめる。


「失礼ですね……人間なんですから、僕だって笑うことぐらいできますよ……」


「あ、ああ悪い……。その……トパーズを助けられて、良かったよ」


 ルアに非礼を詫び、俺は精一杯の笑顔を向けた。


 そして俺は今度こそ、部屋を後にした。この幸せを見ているのが……辛かった────

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