31話 狂った犯人
俺は、犯人の魔族へ尋ねた。
……ずっと、気になってたこと──
「なあ、なんでお前は、人間を支配しようなんて考えるんだ?」
突然の俺の介入に驚いた様子の魔族。
──しかしすぐに相手は、先程までの慌てふためいていた様子とは打って変わった、腹黒い不吉な笑みを浮かべた。
そのあまりの豹変っぷりと邪心な雰囲気に、思わず背筋がゾクッとする……
「へぇ~、面白いことを聞くな。そんなこと、分かりきっているだろう。人間が憎いからだ。憎くて憎くてたまらない。弱いくせに、一人じゃ何もできないくせに、ちょっと何かがうまくいくとすぐに調子に乗る。だから、誰かに頼らずとも強者であるオレ様が、教えてやるんだ。貴様らはただの魔族の奴隷、弱者でしかないってことをな。オレ様が一番だってことを、思い知らせてやるんだ」
ギラギラとした目でそう述べると、魔族は一瞬下を向いた後顔を上げ、高笑いをした。その笑い声は、この路地一帯に木霊する。
ゼンマイの狂った人形のように体を震わせ、魔族は笑い続ける。
あまりの狂気さに、俺もイアもルアも、魔族から少し距離をとった。
魔族自身からは、そこまでの強さは感じられない。知性もない。
今俺とイアが剣を抜けば、すぐにでも倒せてしまうような相手。
それなのに、体は動かなかった。
理性をなくし、狂気に飲まれている相手は、その純粋なまでの憎悪が強すぎた。
本当にこれが、先程まで訳の分からない独り言を吐き捨てていた魔族と同一人物なのだろうか……?
それほどまでに、一瞬で雰囲気が変わっていた。
「……じゃあお前は、一人で何でもできるんだな」
「はっ、当たり前だ。オレ様は強者だからな」
「でも、それって寂しくないか?」
「は?」
狂気を纏ったまま、魔族は首を傾げる。
「別に、一人が悪いってことじゃないが、だからといって一人で全てを成し遂げてしまうっていうのは、友達も仲間もいらないってことだろ? ……そんなの勿体ない。友達や仲間がいるだけでもどれだけ幸せなことが、お前には分からないのか?」
これは、俺自身に向けて言った言葉でもある。
俺だってずっと、一人の方が気楽でいいと思っていた。
信頼していた友達、けれどその下に隠れた醜い本性を一度でも垣間見てしまうと、それは悪夢となってもう一生癒えない傷になる。
俺はそれがずっと怖かった。
だから、ルアになかなか信頼されないことも、全然気にしていない。
でもパラミシアでイア達と出会って、それは違ったんだなって思い始めた。
ムカつくこともあるし、辛辣な物言いを受けることもある。めっちゃある。
それでも、一人でいたあの頃よりよっぽど今の方が楽しい。
知らないことは教えてもらって、できないことは手伝ってもらって、知ってることは共有して、できることは力を貸して──人間は弱い種族からこそ、そういうことがさっとできる。
もしもまた、醜い部分を知ってしまったとしても、それまでに築き上げてきた楽しい思い出の方が、よっぽど価値があって、よっぽど大切なもの。
だって、汚れた部分のない人間なんて、いないんだもんな。
うん、今俺いいこと言った!(←それを言わなければ完璧だったよ……)
「──? 分からないな。強者は一人でいい。仲間なんて、邪魔なだけだろ」
あっダメだ。こいつには俺の感動的な心の声が聞こえてないんだった!
あとこいつ、相当性根が腐ってるとみた。
「…………邪魔なわけ、ないじゃないですか……」
「えっ──?」
今の反論──それを口にしたのは、なんと“ルア”だった。
一番、仲間とかを必要としてなさそうな感じなのに。
ルア自身も咄嗟に出た言葉だったのか、はっと口を押さえると、それ以上は何も言葉を紡がなかった。
俺がルアの意外な一面に驚いていると、今度はイアが行動を起こす。
腰に差していた剣を抜き、魔族に向かって突きつけた。
「これ以上の会話は無意味でしょ? 悪いけど、私はこいつの話にはまったく興味はないの。リョーガの目的は何? 怨念の宝具を浄化することでしょ」
どうやら、俺が魔族に対して色々話しかけたことに、疑問を抱いたらしい。
「……争わなくても、話し合いで解決できたらそれが一番いいなって思ったから」
「そんなことができたら、パラミシアはこんな風にはなってないわ」
「……ああ、そうだな」
あとは、イアに任せることにしよう。
俺は一歩後ずさった。
「さっさと怨念の宝具を出しなさい」
キッと、イアは魔族を睨み付ける。
痺れを切らしたらしい。
「は? そんな素直に従うと思うか? 自己中が。大体、その距離から剣を向けたところで、なんの脅しにもならないんだよ」
そう言った瞬間だった。
魔族の首元に、後ろから別の剣が現れる。
誰かが握っているわけではない。剣が独立して宙に浮き、首へ刃を当てていた。
考えるまでもない、イアの宝魔具であるオルタンシアだ。
「近づく必要なんてないわ。さあ、早くその怨念のお香とやらを渡して貰おうかしら?」
「なっ、貴様のようなガキの言うことを、このオレ様が聞くわけ──」
「いいの? でなければあなたの首が、数秒後にはポンッと飛ぶわよ」
オルタンシアが僅かに動き、刃が首に少しだけ食い込む。うっすらと、血が滲んだ。
「ひっ……!」
恐怖に青ざめ、今にも泣き出しそうな表情の魔族は、観念したのか懐から出したお香を、イアへ向かって差し出した。
「懸命な判断ね」
お香を受けとると、イアはオルタンシアを操作し、魔族の首から離す。
緊張と恐怖から解放された魔族は、その場にへなっと膝から崩れ落ちた。
さっきまでの威勢はどこぞへ……あっちゅーまに、お香はイアの手元に。
「ほらリョーガ来て、ささっと浄化しちゃって」
左腕にお香を抱え、イアが俺を手招きする。
駆け足に、俺はイアの元へ来た。
「はい」
軽いノリで、イアが宝具をこちらへ差し出してくる。
「待って、そのまま持っておいてくれないか。両手でやった方が早いから」
「あ~、分かったわ」
イアが持つお香へ、俺は両手の手のひらを向けた。
へたり込む魔族は、もう止めようともしてこない。
俺はそんな魔族を視界の外へやり、手のひらにぐっと力を込める。
すると──
お香が一瞬だけほわっと光った。
「ふい~~浄化完了!」
今の淡い光は、そういうことだ。
気が抜け、俺もその場にへたり込む。
なんやかんやあったが、ようやく最終目標達成だ。あーー無駄に神経使ったー!
「これで、感染症は治まったでしょうか」
少し不安げな様子で、ルアが尋ねる。
たったこれだけで解決したのが信じられないのか、はたまた俺が情けないがために本気でそうと思えないのか。
「だと思うわよ。なんならルビー、今から確認しにいったら?」
お香を足元へ置き、イアが言った。
ルアが少々目を見開く。
「いいんですか?」
「ええ。この腰抜け魔族は、私たちがなんとかしておくから」
未だに立ち上がる気配すらない魔族を横目に見つつ、イアはルアへ向き直る。
魔族は俯いており、表情がまったく見えない。恐怖で涙目になっているのか、はたまた、笑っているのか……
律儀にぺこりとお辞儀をした後、ルアは駆け足に路地を後にした。
残ったのは、俺とイアと、名も知らない魔族。
全員が無言を決め込んでおり、かな~り気まずい空気だ。俺はこういう時、誰かが口を開くまで絶対に喋らない質である。
「────が」
「ん?」
そんな空気の中、ハエの飛ぶようなか細い声が、俺の耳へ届いた。声が小さすぎるせいで、すぐには誰の声か判別できない。
それからまた沈黙が続き、またもや
「……ク──が」
今度は先程よりもはっきりと、その声が聞こえた。しかしまだ、イアか魔族らどちらの声かは判別できない。
……だが、恐らく、声の主は魔族の方だ。
俺は今度こそ聞き逃すまいと、魔族の口元に集中して耳を傾ける。
「クソが!!」
「!?」
おうっ、どうしたいきなり?!
いきなり大声を上げたのは魔族だ。
そしてそこから
「クソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソが」
うわっこいつ壊れた!?
これでもかってくらいに“クソが”を連呼する。良い子の皆は、クソが、なんて言っちゃ駄目だからな!
その狂気の気迫に俺もイアも近づくことができず、ただじっと魔族を困惑の表情で見ることしかできなかった。
「あっあはは……あははハハハハハハハハハ!」
上を向き、そして笑い狂う。
思わず耳を塞ぎたくなった。この狂った笑いを、これ以上聞きたくない、聞いているこっちがおかしくなりそうで──
「あーもーなんなのよ気味悪い……」
イアは臆する様子なく、ただ若干表情がひきつったものだった。
もちろん俺はイアのように肝が座っていないため、そんなものでは済まされず……恐怖で体が動かなくなる。さあぁっと、全身の血の気が引くのを感じた。
────これはフィクションじゃない、現実なんだ。
まだ笑い続ける魔族は、おもむろに懐から今度は手のひらサイズの水晶を取り出した。
そして笑いを止め、何かを呟く。その声は聞き取れない。
不意にイアが、何かに気が付いたようだ。
槍の形状をしたオルタンシアを、勢いよく魔族へ向かって飛ばす。
それを見て俺は驚いた。
(えっ待て殺す気か?!)
てっきりイアは、殺しは行わないと思い込んでいた。そのため俺は心底驚き、オルタンシアだけを凝視する。
魔族とオルタンシアの刃先の間が残り数㎝となった途端──
………………魔族は姿を消した。
唐突の出来事に、俺は一瞬、オルタンシアが原因で魔族が木っ端微塵になり消えたのではないかと、そんなあり得ないようなことを本気で思った。
まぁしかし、冷静になってその考えは違うと振り払う。
では一体、魔族はどうして消えた?
「ああぁ……あとちょっとだったのに、逃げられた。さっさと首を跳ねとけば良かった……」
自分の行動の遅さに後悔している様子のイア。
「……まさかお前、最初からあの魔族を殺すつもりだったのか?」
震える口調で尋ねる俺に、イアはあっけらかんとした口調で答えた。
「当然じゃない」
「──当、然……なのか?」
確かに、あの魔族はコスミマに感染症をばらまくという、許されない愚行を犯した。俺は話しか聞いていないし被害に遭っていないが、感染した人は相当苦しい思いをしたのだろう。
だが、だからといって犯人を殺すというのは、本当に正しいことなのか……?
今の考えが顔に出ていたのだろうか。
イアはちいさくため息をつくと、冷たい目で俺に言った。
「そんな優しい綺麗事を言っているだけじゃ、生き残れないわよ? ──この世界は、生きるか、殺されるかなんだから」
「…………そう、か」
俺はもう、それ以上のことを考えるのは放棄した。
……俺は、受け入れなきゃいけない方だ。日本での常識を、捨てなくてはいけない。
まあなんにしても、結果オーライだな。
無事に浄化も成功し、感染症は治まった。これで、賑わいのある普通のコスミマを見られることだろう。
あの魔族がどうなったかは分からないが、取りあえず死んではいないと思う。恐らくあの水晶は転移放置的な物で、どっかに逃げたと考えるのが妥当か。
……魔族って、全員あんな狂った奴しかいないのかな。
まだ、魔族の狂った笑いが耳に残っている。耳を塞いでも、内側から響いてくるのだ。
──生きるか、殺されるか、か……
あーー考えるのは後だ後!! 俺はそういうムズカシー話は苦手なんだよ!
それに俺には、まだやるべきことが残ってるからな。
本当の意味で喜ぶには、まだ早い。
今の俺なら、トパーズを救えるかもしれないのだから────
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