表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バッドエンドを迎えた世界  作者: ぱれつと
チャプターⅠ 異世界生活スタート
3/42

1話 平凡なニート生活

 ここは、日本のとある市内にある一軒家の部屋────


『テッテレーテーテーテッテテー♪』


 いよっしゃあ! レベル500突破ー!


 俺は、レベルアップ音が鳴ったパソコン画面の前で一人、声を出さず思いっきりガッツポーズをきめる。


 このRPGゲームを極め始めて、早1か月。既に総プレイ時間は150時間を越えていた。


 この1か月は、ろくに外に出ないでずっとゲームしてたからな。当然だよなぁ。


 んまあつまり、俺は部屋に引きこもってたわけで。というか、年がら年中そうだったわ。


 さて自己紹介。俺の名前は“(すい)() (りょく)()”。

 名前のとおり、好きな色は緑色。特技は脳内シュミレーション(という名の現実逃避)といったところか。

 唯一の自慢ポイントは、手相が両手ますかけ線だということ。強運・天下取りの手相ですぜ皆さん!


 ブルーライトが放射される画面を見続けて、疲れが蓄積した目を休めるため、俺は愛用の回転椅子に座ったまま、ぐっと背伸びをする。


 その勢いで、首だけ逆さまにしながら後ろを見た。視界の中央に入ってきたのは、車屋さんの人がくれた、少し大きめのカレンダー。

 1月7日火曜日の部分まで、赤ペンでバツ印が入っている。しかし、それ以降は日付だけの空白だ。


 ──そういや今日、何日だっけ……

 ずっと部屋にいたせいで、日付感覚が麻痺していたようだ。長い休みに入るとなる、あれと同じ。

 きちんとゲームデータをセーブし、パソコンのホーム画面を表示させる。そうすると左下に、でかでかと今日の日付が現れた。

 ──1月15日水曜日か。


 どうやら8日間も、カレンダーのチェックを忘れてたらしい。

 別にそれが義務というわけじゃないが、俺は毎日カレンダーをチェックするタイプの人間だ。まあ、ずぼらな性格が影響して、今回みたく何日も忘れることがざらにあるが。


 俺は、パソコン横に置かれた緑色のペン立てから赤ペンを手に取り、立ち上がった。

 そして1月8日から順に、バツ印を付けていく。


 なぜチェックが、1月7日で止まっていたのか──それは、その日が俺の誕生日だったからだ。

 俺は今年でめでたく20歳、大人の仲間入りを果たした。酒はまだ飲んだことないけど。


 しかし、大人になろうがならまいが、俺の生活リズムは何も変わらない。

 大体10時に起床→パン食べるかそのままゲーム→お腹空くまでゲーム→13時~14時くらいに昼食→お腹空くまでゲーム→19時~21時くらいに夕食→眠くなったら寝る

 これの繰り返しだ。まさにニートの象徴のような生活リズム! あっ、俺ニートです。高校卒業してから、就職活動とかしてないからなぁ……めんどい☆


 恐らく他の同級生たちは、俺と違って就職活動に明け暮れたり、大学生活をさぞエンジョイしていることだろう。

 なぜ恐らくかって? それは高卒以来、同級生とは誰とも会っていないからだ。


 なんか一昨日に、この市でも成人式があったらしいんだけど、俺は面倒くさくて行かなかった。

 特別会いたいと思える、友達もいなかったし。


 まあそんで、ニートの俺にmy貯金があるわけもなく、未だに俺は実家暮らしだ。

 本音は、こんな家さっさと出て、一人暮らししたいんだけどなぁ。

 じゃあアルバイトしろよ、と思われるかもだが、俺としちゃあ、面倒なアルバイトにいくぐらいなら、ここでニートしてる方がずっといい。


 両親は、昔から自分勝手で、育児放棄して家にいないことがほとんどだった。今もそうだけど。

 だから、俺はいつも独りぼっち。

 虐待とか、金の心配がなかっただけ、ましだったのかもしれないがな。


 最後、15日水曜日の空白にバツ印を付け、俺はまた回転椅子にどしんと座った。少しだけ、椅子が下がった気がする。


 両目を擦った後、俺はマウスを操作して、もう一度さっきのRPGゲームを起動させた。


 経験値クエスト周回の途中だったため、いきなり画面いっぱいにゴブリンの群れが表示される。


 そんなゴブリンの群れに立ち向かう俺のアバターは、ガッチガチの鎧装備だ。

 冷静に考えると、RPGの鎧って絶対重いよなぁ。俺だったら一歩歩いただけで転けそうだわ。……カッコ悪。


 レア度☆5のマスター剣で、俺の分身(アバター)はゴブリンの群れを、一方的に無双していく。弱いものいじめなんてサイテー! という現実の正義は、ここにない。まさに弱肉強食である。


 俺はカチカチとキーボードを叩きながら、無意識にぽやんと思った。


 こういうのって普通、ネット友達とかとそーゆーのと一緒にやるもんなんだろーな……って。

 しかし、俺にそんな人はいない。現実世界でもゲーム世界でも、俺は独りぼっちなわけだ。──あれ、悲しっ!?

 やべー……自分で、自分の首絞めちまってた。泣きそー俺泣きそー。


 涙を流す前に、俺は一区切りついたゴブリン無双を終え、セーブをし、パソコンの電源を切った。


 壁掛け時計を見る。時刻は20時だ。

 今日は11時起きだったから──9時間ずっとゲームしたというわけか。我ながらやべーな俺。


 その時、ぎゅ~っとお腹から間抜けな音が鳴った。


「……腹減った~」


 これが今日、開口一番に出た言葉である。20時に発した言葉が、開口一番って……

 心の中では俺、お喋りなんだけどなぁ。話し相手がいないから、仕方ないか。……お喋りロボットでも買おうかな。


 そんなことを真剣に検討しつつ、俺は部屋を出て、1階のリビングへ階段を降りて向かった。

 部屋の外は肌寒い。俺は身震いする。


 リビングは電気もエアコンも付いておらず、薄暗い、不気味な雰囲気があった。


 もちろん、今家に親はいない。またどっかのキャバクラだかホストクラブにでも行って、遊んでいるのだろう。


 俺はキッチンに入り、引き出しからやかんを取り出して中に水を入れる。そして、お湯を沸かし始めた。

 俺以外まともに使っていないやかんには、傷がなく無駄にピカピカしている。


 ──うちの家系は、父方の祖父母が結構凄い人だったらしく、祖父母が死んだ後の遺産が、山ほど残っている……らしい。

 だから、親がどんなに遊びに金を捨てようと、俺の生活費は困らないのだ。そのくらい、遺産は残っている。


 ……俺も、金目当てでここに居座っているのだから、あのクズ両親と同類なのだろうか。

 認めたくないが……事実だよな。


 きゅっと、胸が苦しくなる。思い出すのは、両親から面倒を見てもらえなかった俺と、いつも遊んでくるた祖父母の顔。

 遺産以前に、俺は二人に死んでほしくなかった。俺にとって、唯一無二の、心許せる存在だったから。


 祖父母が生きていた頃、両親はいつも祖父母のことを気にかけていた。いつも緑牙をありがとうとか、体には気をつけてね、とか。


 ──しかし、祖父母が“事故”で亡くなった途端


「よっしゃ! 気遣ってる“フリ”してポイントも稼いだし、兄弟もいないし、莫大な遺産は全部俺たちのものだ!」


「やったわね♪ これで毎日遊び放題よ♪」


 と、顔色を変えて喜んだ。あの醜い人間の姿を、俺は未だ鮮明に覚えている。

 金が絡むと、人間はこうなに醜くなるのか……と、幼いながらに悟ったことも。


 ──後から知ったことだが、祖父母の遺書には本来、こう書かれていたらしい。


『遺産は全て、緑牙の将来の為に使ってください』


 それを知った時、俺はもう高校卒業を控えていた。遅いよ……と、膝から崩れ落ちて泣いた。


 ……天国で祖父母は、今どんな気持ちで俺たち家族を見ているのだろう。

 あんなに可愛がってくれた俺のことも、両親と同類の外道野郎だと、思っているのだろうか。


「……ごめん」


 聞こえるはずもない、謝罪を、俺はする。


 痛い程自覚はしているのだ。ちゃんと就職して、金稼いで、自分の力で生きなければならないっと。

 でも……無理なんだよ。ずっと独りだったせいで、もう、()()()()()()()()()()()()()()()()

 この“現実世界”の人間は皆、醜い部分を隠して生活している。それの隠しているものを垣間見た時の絶望感……もう、知りたくない。


 ピーー! っと、やかんからお湯の沸いた音が聞こえた。はっと我に返ると、やかんの口からは蒸気機関車のように、白い湯気が勢いよく出ていた。


 慌てて火を止めると、俺は棚からカップラーメンを取り出して、用意をする。

 テレビも付いていない、無音だった空間に、付属の袋を開ける静かな音だけが、無駄に響き渡った。


 下準備を終え、俺はやかんを手にお湯を注ぐ。そういや、ここ数週間はずっと、食事をカップ麺で済ませてたな。ん~、たまには自炊するか。──明日から!


 お湯を注ぎ終わり、あとは待つだけ。

 箸を用意して、右手にカップラーメンを持って俺は、部屋に戻った。リビングにはまた、静寂が訪れる。


 部屋の扉を開けると、すぐに暖房からの温風を感じた。

 カップラーメンを机の上に置き、何気なく左手で右手を触る。カップラーメンを持っていた手のひらだけが、異常に熱く感じた。


 さ~て、3分待ちますか。


 俺のカップラーメンは醤油味だ。

 カップラーメン、マジで神だよな。こんな手軽に美味しいラーメンがいただけてよいのだろうか。


 することもないため、俺はぼーっと部屋を一瞥した。

 ごみ箱は、もう少しで中身が溢れそうだ。明日ぐらいが替え時だろうか。

 パソコンとベッド以外、部屋にある物をろくに使っていないため、特に散らかった様子はない。ただ、使っていない道具に積もった埃は、きちんと掃除しないとな。


 そんなことを考えてるうちに、気付けば3分が経過していたようだ。


 箸を重りにして閉めていた蓋を開ける。すると、食欲をそそる香りと共に、密封空間から開放された湯気が一気に俺の顔を直撃した。


 俺は良い子だから、律儀に手を合わせていただきますをする。

 食べ物にはきちんと、感謝しないとな。

 昔見た、家畜の心情を表した映画で、それを思い知った。

 んまあこのカップラーメンに、肉は入ってないんだけど。


 俺は、感動の一口目を啜った。少し固い。だかそれがいいのだ。


 は~……体の芯から温まるわ~。


 そういや高2の頃、豚骨派のクラスメイトと、軽く論争になったことあったな。醤油と豚骨、どっちが旨いかで。

 結局、豚骨醤油最強ってゆ結論に至ったわけだったが。

 しょーもないことで、熱くなってたもんだなぁ。いや~若いっていいね~(と、20歳の若者が申しています)


 自覚はなかったが、結構空腹だったらしく、俺はものの5分でカップラーメンを完食した。スープだって、一滴たりとも残していない。えっへん!


 食べ終えたカップラーメンのごみは、ちゃんとキッチンのごみ箱に捨て、箸も洗剤を使って洗った。洗い物が少なくて済むというのも、カップ麺の素晴らしいところだ。


 水仕事を終え、俺はそのまま直行で部屋に戻ろうとした。

 ──が、ふと、無駄に大きさのあるテレビが、俺の視界に入る。

 そういえば最近、ろくにニュースを見てなかった。

 世間の今の話題は、一体なんなのだろうか? 


 俺は暗いリビングの机に置かれたリモコンへ、手を伸ばす。電源ボタンを押すと、しばらく使っていなかったテレビからは一瞬で光が放たれた。眩しすぎて、少し目を細める。


 久しぶりに見るテレビ画面に映ったのは、夜の情報番組だった。綺麗なニュースキャスターのお姉さんが、流暢な日本語で話している。

 正確無比なその喋りは、仕事を黙々とこなすロボットを連想させた。


「──デパートで発生した爆発テロ事件から、早くも2か月が経過します。失われた多くの尊い命。重傷を負い、未だ意識が朦朧としている方々。遺族を亡くし、絶望の淵に立たされた家族──大勢の人間が、この事件により心を、体を、痛めました。政府は、今回亡くなられた方々への冥福の場を明日撤去することを発表し『祈りの場がなくなっても、心で祈ることはできる。今回の爆発テロ事件という痛ましい出来事を、日本は絶対に忘れてはならない』と、コメントを発しました」


 ──そういや、そんな事件あったなぁ。もう2か月か。某有名デパートで、“大爆発事件”が起こったという出来事から。


 テレビ画面の向こうでは、コメンテーターの男性女性が、今回の事件に対しての悲しみを語っている。

 ……正直、俺は爆発テロに対して、あまり関心がない。それらのコメントは、右から左へと聞き流した。

 最後、『被害者の方々に心から、ご冥福をお祈り申し上げます』というありきたりな挨拶で、この話題は終わった。


 次に始まったのは、消息不明とされていた元有名企業の社長が、数ヶ月前に一家無理心中を行い亡くなったというニュース。

 次に、11歳になる自分の子供を虐待の末に殺した両親の初公判。

 次に、トラックに轢かれそうになった子供を庇った女性が亡くなったニュース。


 いずれも、俺にとっては始めて知る事件だった。よくもまあ、こうも毎日新たな事件が起こるものだ。


 しばらくぼーーっとして、ニュースの内容はもう入ってこなかった。そろそろ集中力も切れてきて、俺はリモコンに手を伸ばす。


「────尚、この連続放火事件の犯人は、未だ発見されておらず、警察は捜索範囲を広げ、犯人の──」


 そこで俺は、テレビの電源を切った。リビングにはまたまた、静寂が訪れる。


 俺はリモコンを置き、リビングを後にした。


 部屋に戻り、もう一度暖房の暖かさを感じたあと、俺は催眠術にかかったように、ベッドの中へinをした。


 布団の中は、冷たかった。

 猫とか飼ってたら、俺が寝るまでベッドに入って、布団を暖めといてくれるのかねぇ。


 瞳を閉じる。

 11時まで寝ていたというのに、睡魔はすぐにやってきた。

 意識が次第に、深く暗い海の底へ沈んでいく、この感覚が好きだ。何も考えなくて済む。嫌なことも、全て忘れられる。


 ただ落ちていくだけの俺の意識は、深海に住まう鯨に食べられた────

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ