27話 近くに潜む影
回復系統の宝魔の特訓を始め、早4時間が経過した。
そのうち、木っ端微塵となった元木の枝との格闘に費やした時間、実に3時間弱!
いや~……疲れた!
あっでも格闘の末、ちゃんと成功しましたぜ? 木っ端微塵の状態から、木の枝に修復するの!
3時間の格闘の末だったからな、成功した時の喜びといったらそりゃあもう……ガッツポーズして叫んだよ!
イアからは“無表情”の拍手ももらった。……無表情だったけどね?
でもそのわりに、これをたった3時間で成功させるのは凄いってめっちゃ褒めてもらえた。素直に嬉しかった!
俺的には、3時間もかかったって、感じだったから、凄いことなのかと驚いけど。
ちなみにイア曰く、普通なら1週間かかってもおかしくないレベルの技術だとか。……そりゃ確かに凄いわ俺。
で、今俺が何をしているかというと、木陰に座って休憩している。4時間ぶっ続けは、流石に疲れた。
風が、ざわざわと辺りの木々を靡かせ、俺の頬も撫でる。森を覆うように伸びる木々の葉っぱの間からは、僅かに太陽の光りが溢れ落ちていた。……寝たい。
急激な睡魔が襲いかかり、首をかくんかくんさせていると
「こら寝ない」
頭をこつんと叩かれる。
驚きで目が冴え、顔を上げると、近くを少し散歩しに行っていたイアが、いつの間にやら戻ってきていた。
イアも俺の隣の木陰にすとんと座る。
「まあ、寝たくなる気持ちも分かるけど」
「だろ? 気持ちいい風が吹いていて、太陽の木漏れ日があって……あっ、そうだ。あの空で光ってるのって太陽……なのか?」
「そうよ。何故疑問系?」
「ほら、俺は地球という異世界から来たわけだろ? で、地球……というか日本では、地球に暑さと光りをもたらしてくれる恒星の存在を太陽と呼んでいたんだ。でも、それはこことは違う世界の話。普通に考えたら、パラミシアに太陽があるのはおかし──いやあれ待って、あれってパラミシアでも太陽って呼んでるの?」
「ええ。暑さと光りをもたらしてくれるのも、同じ。──つまり今リョーガは、地球とパラミシアは別世界にも関わらず、太陽という共通の恒星の存在があることに頭を悩ませている、と」
「……ああ、まったくそのとおりだ」
似たような恒星を、パラミシアでも太陽って呼んでるだけか? 木を木って呼んだり、休憩を休憩と言ったり、パラミシアの言語は日本とまったく同じわけだし、それが一番の可能性だよな。パラミシアが地球、なんてことはあり得ないし。
「ところでリョーガ、話は変わるけれど、一つ聞いてもいいかしら」
「うん? どうした」
するとイアは、少しだけ顔を俯かせ
「……ずっと気になっていたのよ。──どうして、殆んど面識もないトパーズのことを、リョーガは宝魔が分かった途端すぐ、助けようと言ってくれたの?」
イアの疑問を聞き、俺は頭に?を浮かべる。
「え? そんなの──俺だって、イアたちの弟、トパーズに元気になってもらいたいからだよ。殆んど面識がないなんて、関係ない。自分が、誰かを助けられる可能性を持っているなら、それを使うのは当然だろ?」
それにイアは、俯かせていた顔を上げると、少し驚いた表情を見せた。
「……そういうもの?」
「少なくとも俺はそういう考え方だぜ。それを言うならイアだって、信用できるかどうかも分からない見ず知らずの俺を、あの時助けてくれたじゃないか。今だってこうして、助けてくれてる。それと同じだ」
「……ありがとう」
けれど一瞬、イアの瞳は光を失った。
「……でも私のしていることは、リョーガのような純粋な善意とは違うのよ…………」
「ん? 今なんか言ったか?」
口が動いてるのは見えたが、声までは小さすぎて聞き取れなかった。
「いいえ、独り言よ。気にしないで。……にしても、もう1時近いわよね。昼食はまだなのかしら」
「確かに。いつもは遅くても12時半には、昼食ができたってルアが呼びに来てくれるのにな」
時間厳守ってタイプのルアが、普段の予定を大きく狂わせるなんて珍しい……と思う。少なくとも、俺がルア達と出会ってからで、そういうことは一度もなかった。
「買い物に出ていたとしても遅いわね。何かあったのかしら……」
と、イアが不安を滲ませる表情になっていた、その時
「──昼食の準備ができました」
「ルア!」
「ルビー!」
噂をすればなんとやら、そこに姿を現したのはルアだった。
「……どうしたのですか、二人とも」
揃ってルアの名前を発した俺とイアに、ルアが訳の分からないという表情を向けてくる。
「昼食の時間が遅かったから、ルビーに何かあったのかと思って不安だったのよ」
「それは……すみません。買い物に出た際、少し色々ありまして……」
「色々?」
「はい。……昼食が遅くなりすみません。説明は食事の際にしますので、とりあえず戻りましょう」
くるっと後ろを向き、去るルア。その背中を、俺とイアも揃って追いかけるのだった。
◇◇◇
「「感染症の犯人が分かった?!」」
昼食途中、ルアの口から発せられた言葉に、俺とイアは揃って大声を上げた。
共に聞いていたランビリスさんも、目を見張る。ルアの言葉に驚いたのか、はたまた俺たちの声に驚いたのかは、分からないが。
ルアは買い物に出た際、現在コスミマで流行している感染症の、犯人と思わしき人物を見たと言う。
「えっていうか、そもそも感染症に犯人なんているのか?」
「……はい、いたんです。好意的に感染症をばらまいていた、魔族が──」
「魔族……ね……」
重苦しい雰囲気が流れる。
「……経緯を説明します」
ルアの話によると──買い物を終え帰宅途中、挙動不審な見知らぬ少年を目撃。宝魔で見ると、なんとその少年は人型の上級魔族だった。魔族は辺りを確認するような仕草を見せると、そのまま路地へと姿を消した。嫌な予感を覚えたルアは、その魔族の後を追い、路地へ入っていったという。
……凄い行動力だな。
そして相手に気付かれないよう尾行を続けると、魔族はおもむろに一つの水晶を取り出した。「これさえあれば、俺はコスミマを支配できる」確かに、そう言ったという。
そんな独り言を呟くなんて、なんとも間抜けな魔族だと、ルアは愚痴を溢した。
そして次の瞬間には、もうその魔族の姿は、どこにもなかったらしい。
「魔族がこんな人間の大集落にいるなんて、普通おかしいです。飛躍した発想かもしれませんが、僕にはその水晶こそが、感染症の原因としか思えません」
「その魔族の宝魔って可能性はないのか? 疫病を流行らせる力というか」
「彼自身に、宝魔はありませんでした。恐らく、持っていた水晶は、怨念が取りついていた物のだと思います」
「怨念?」
「そう、時々あるのよ。そういう、“人間や魔族の恨みの執念が集まり、取りついた宝具に悪質な力を与えること”が。今、魔族が人間を殺しているのと同じように、人間も今まで、魔族を目の敵にして殺してきたからね。お互いに強い恨みを持っているのよ、人間と魔族は。だから怨念なんて、すぐに集まれてしまう」
……複雑だな、人間と魔族って。お互いを敵視し殺し合った結果が、今のパラミシアというわけか。
つか、人間も昔は、魔族を殺してたんだな……
「で、その水晶に怨念が取りついていたとすれば、確かに感染症の原因は、その魔族と水晶かもしれないわね。そもそも、感染症の発生源が不明っていうのもおかしな話だったし。これならそれに説明がつくわ」
「はい。──おじさんはこの話、あり得ると思いますか?」
終始無言で話を聞いていたランビリスさんに、ルアが意見を求める。宝具といえば、やっぱりランビリスさんだからな。
「ああ、十分あり得る話だよ。過去、疫病を流行らせた怨念の宝具も、実際いくつかあった」
流石は現役の340歳、色々なことを知っていらっしゃる……
「なら、感染症の原因はルビーの推測どおりで決定ね。にしても、コスミマを支配できるってどういうことかしら。感染症でコスミマの住民が全員死んでしまえば、支配もくそもないと思うのだけど」
「きっと、リョーガと同じで馬鹿なんですよ。あの魔族」
「あっ、成る程」
「おいそこ納得すんな!」
実際俺、そこまで馬鹿ではないからね多分!
「で、それが分かってもどうするか、よね。その魔族を痛めつけたところで、感染症の根源である水晶の怨念をなんとかしないと、どうにもならないし」
「魔族を痛めつけたら、魔王に逆恨みされないか?」
「……それもそうね。やめやめ」
でも本当に、どうするかだよな。その怨念を……
「──いるじゃないですか、ここに。その、怨念を“浄化”できる力を持った馬鹿が」
──ん? ……………………
「俺?!」
そういえば、俺の宝魔って“浄化”もできたっけ。
「あら、解決策がこんな目の前に。ほんと万能ねぇ、あなたの宝魔」
「い、いやいやでも、やれるならやるけど、俺浄化なんてやったことないし」
「──確かに、浄化の練習ってできないわよね……」
「回復と同じ要領でやれば、なんとかなるでしょう」
「そんな投げ遣りな!?」
怨念の浄化をするってことは、実質まずはその魔族から水晶を奪い取らなきゃいけないわけでしょ? 失敗したら命の危機だよ!
するとランビリスさんが、パチンっと指を鳴らした。突然のことに、俺たちの視線が一斉にランビリスさんへ向く。
「浄化の練習なら、いいものがあるよ」
「えっ──?」
◆◆◆
深夜、具竜荘の自室で、リョーガは穏やかな寝息を立て、スヤスヤと眠っていた。寝付きはいい方である。逆に言えば、一度夢の中へ入れば、ちょっとやそっとの物音では全然目を覚まさない。
眠っている時のリョーガは、まさに死んだ人のようである。
────そんな、誰もが眠りについた時間──リョーガの部屋の扉が、開けられた。
暗くて誰かは分からない。真っ黒なシルエットしか見えない“影”は、リョーガへと近づく。
絶賛夢の中にいるリョーガは、もちろん目を覚まさない。
影はリョーガに手のひらを向け、唱える。
「ΩοАβμτИψη」
これはある呪術の呪文だ。発音は聞き取れない。
この発音を発することができる者が、呪術の才能がある者となる。
影の手のひらから、キラキラと淡く光る何かが溢れ出し、それはリョーガへと落ちていく。
リョーガと光が触れた途端、光はすうっとリョーガへ吸い込まれるようにして、消えた。
それ以外に、影が何かをしてくることもなく、リョーガにも特に変化はなかった。
向けていた手を下ろし、影はリョーガをじっと見つめる。
そして
「これも、神様のため──」
影は小さくそう、呟いた────
コスミマの感染症に関する詳しい説明は【8話 初めての朝】をご覧ください。
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