24話 眠る少年
ベッドで眠る金髪の少女──その子は、生気がまったく感じられない程に白い肌をし、先程から死んだようにぴくりとも動かない。
……そしてなにより、その顔が──イアとルアと瓜二つだった。
俺は驚きのあまりその場で硬直し、間抜けにも口をポカーンと開けたままとなる。
……待って、え、これ夢? 現実だよね?
震える手で頬をつねるが──痛い。つまり、これは現実だ。イアとルアと瓜二つの容姿をした少女が、今俺の視線の先にあるベッドで、死んだように眠っている。……えっこれ生きてるよな。
ちょっと俺のスペックを持ってしても、現実の情報に脳みそが追いつけていない。
この子は誰?
どうして具竜荘にいる?
イア達は知っていた?
──これが大切な話?
俺は助け船を求め、イアの方を見た。
その視線で、俺の思いを察したイアが口を開く。
「驚かせたわね。──今回あなたを呼び出したのは、この子について話すためよ」
やっぱりそうなのか……
「……この眠ってる子は──?」
「──名前はトパーズ。私とルビーの──三つ子の弟よ」
……ミ・ツ・ゴ・ノ・オ・ト・ウ・ト?
………………
「三つ子の弟ぉ?!?!」
その突然のビッグな告白に、俺は驚きのあまり、声量とかそんなもの一切気にせず、思いっっきり叫んでしまった。
え? あれこの子女の子じゃなかったの??(違うそこじゃない)
「はぁ……叫ぶなら叫ぶって言ってください……耳を塞ぐのが遅れたせいで、鼓膜が破れるかと思いました……」
耳を塞いでいた手を離しながら、ルアが不満げな表情でこちらを向いてきた。
「わ、悪い、つい……」
俺は突然叫んだ件について謝る。
でも叫ぶ前に「今から叫ぶから耳塞いで!」とは言えないからな?
「で……えっと待って? 尋ねたいことが山程あるんだけど」
「──全部答えるから、一旦その尋ねたいことを整理しなさい。──ルビー、話してもいいわね?」
「──もうトパーズの存在を伝えたんです……今更隠すことはありません……。説明は全て、サファイアにお任せします」
「分かったわ、ありがとう」
「…………」
ドッキリ……とかではないよな、これ。
いきなり俺の中の認識がひっくり返されて、疑問が次から次へと溢れ出てくる。
……ごちゃごちゃ考えるのは止めだ! 現実を受け止めよう、うん!
とりあえずまずは、疑問を整理して──
「────よし、まとまった。早速聞いてもいいか?」
「どうぞ」
「……イアとルアは、双子じゃなかったのか?」
最初にぶつける質問は、これぐらいが良いのではないだろうか。
俺の中では未だに、イア達は二人姉妹の双子っていう先入観が、どうしても抜けきれない。
三つ子というのは確定事項であるだろうが、どうしてもイアの口からきちんと説明を受けたかった。
「そうよ、私たちは双子ではない、三つ子なの。最初はリョーガに、トパーズの存在は伏せておきたかったから、双子と名乗ったの。私が姉で、ルビーが妹という立場は変わらず──トパーズはルビーの下、つまり私たち三つ子の末っ子よ」
「……どうして俺に──トパーズの存在を伏せたかったんだ? ……俺は赤の他人で、信用に値するかどうか、見極めたかったから?」
「ご名答、そのとおり。……今トパーズはこんな状態だもの。無闇に存在を明かすのは、色々と危険でしょ」
「つまり、今回俺にトパーズのことを話してくれたのは、俺のことを信用に値すると、そう認めてくれたのか?」
だとしたらめっちゃ嬉しいんだけど。
「ええ……私とおじさんはね」
……イアとランビリスさんは……てことは……
鋭い視線をこちらへキッと向け、ルアは言った。
「…………僕はまだ、リョーガを信用していません。トパーズの存在を明かすのだって、僕は最後まで反対でした。……最終的に、サファイアに押しきられただけです」
「……そっか」
やはり、ルアから信用を得るには、まだまだ時間が掛かりそうだ。
まぁ確かに、信用されていなくてもおかしくないくらいの期間しか、まだ出会ってから過ごしていないもんな。実際2週間も経っていない。
「──話を戻す。これが一番聞きたいんだが──どうしてトパーズは、眠っているんだ?」
この生気の感じられない真っ白な肌、眠っているというよりは、死んでいるという表現の方が正しいのではないかと思うくらいだ。
「そうね……順を追って説明しましょうか。トパーズがこんな状態になったのは、私たちが具竜荘に来るよりも前──昔にいた村での出来事が原因よ」
「元々は、こんな状態じゃなかったってことか」
「そうよ」
「具竜荘に来るよりも前……てことは、ランビリスさんも、トパーズが元気な姿を見たことはないんですか?」
ずっと口を開いていなかったランビリスさんに、俺は問う。
「ああ、残念ながらね……私が初めてサファイアちゃんと出会った時から、トパーズくんはこの眠った状態だったよ」
……そうか。
「さて……まあ、そこまで昔に遡ることはないわね。──8年前、私たちが当時暮らしていた村で、謎の現象が起こったの。──村の人たちのうち数人が、気の狂った狂人のようになる現象」
「気の狂った……狂人?」
何故か斧を振り回すホッケーマスクが思い浮かんだのは、内緒。
「ええ、理性の欠片もなくなり、うなり声を上げながら他の人間を殺そうとする──そんな状態。原因は今となっても分からないけど、これに──トパーズもなってしまったわ」
「な!?」
えっでもじゃあ、なんで今は大人しく眠っている? 治ったってことか?
「恐らく、一度狂人になってしまえば、本来ならもう元には戻らないのよ。でも──何故かトパーズは突然、狂いが収まった。そしてそのまま、倒れてしまったの。──それからずっと、トパーズは目を覚ましていない……」
「……8年間、ずっと?」
イアは小さく頷いた。
「トパーズは倒れてしまい、村は狂人となった人間がさ迷い、殺戮を犯している。……そんな状況だから、私たちは村を出たの。眠ったトパーズを背負って、私とルビーで何日か歩いたわ。そして──運良く、おじさんと出会えて、ここに住まわせてもらえるのことになったというわけ。……私からの説明は以上よ」
「……なんというか、壮絶だな……」
まさか裏に、これ程壮絶なストーリーがあったとは思わなかったわ。
それに、原因不明なことが多い。
何故イアたちの村の人々は、突然狂人になったのか。トパーズだけ狂いが収まったのは何故か。そして……そのまま何故、8年間も目覚めないのか。
俺が思案するだけ無駄だが、どうしても考えずにはいられない。
その村ももう、今となっては廃村となっているんだろうな。
「その狂人ってさ、武器を持って襲ってくるのか?」
「ええっと……中にはそういう人もいたわね。でもほとんどはゾンビみたいに、噛みついて襲ってきたわ。噛みつかれても、死んでから狂人として起き上がることはなかったけど」
「その狂人になった人は、トパーズ以外に何人くらいだ?」
「私が見たのだと5、6人……はいたわね。──こんなことを聞いてどうするの?」
「っああ、悪い。原因不明って部分がつい気になって」
好奇心旺盛なお年頃なんですよ!
「そう、まぁいいけど」
俺は狂人ではなく、トパーズに関係する質問をすることにした。
「眠ったままなのは、今コスミマで流行している感染症とは関係ないのか?」
「それとこれとは別物よ。症状が全然違うもの」
「もし目覚めた時に、また狂いだす可能性は?」
「それはないわ。ルビーの宝魔で見た限り、精神状態は正常のようだから」
「なら良かった。──今、トパーズに意識は?」
この質問にイアは、少し目を見開いた後、俯いた。そして、暗い声音で言う。
「意識は……あるわ。この会話も、今トパーズが起きているなら、聞こえているはずよ。……だから今、ここで話をしているの」
今の会話も、聞こえているのか……
意識があるのに動けないって、そんなの、生き地獄だよな。想像するだけでも、底知れない恐怖が襲ってくる。
……この無の表情の奥で、トパーズは今、何を思っているんだろう。
でも、声が届くなら──
「──よし! じゃあトパーズに自己紹介するか。まだできてなかったもんな!」
俺の言葉に、驚きで目を見張るイアとルアは置いておき、俺はトパーズの側まで近づいて、顔の高さを合わせ膝をついた。確実に、声が届くように。
「はじめまして、俺の名前は萃田 緑牙。地球っていう、トパーズにとっては異世界である場所から、丁度10日前にやってきた。ちなみに原因は一切不明な。そして運良く、トパーズの姉であるサファイアとルビーと出会えて、今はこの具竜荘に、ランビリスさんの善意で住まわせてもらっている。毎日サファイアのスパルタ稽古でしごかれてるよ。よろしくな!」
簡単な自己紹介を終え、俺は真っ白なトパーズの左手を握った。握手握手☆
……その手にはまだ、僅かに温もりがあった。
「イア──届いたかな、トパーズに」
見開いた目をゆっくり閉じ、そして小さく、口元に笑みを浮かべるイア。そして
「ええ、届いてるわよ、きっと」
優しい声で、そう──言った。
「──そっか!」
「でも、私に毎日しごかれてるっていう自己紹介は、必要だったのかしら?」
「何を言ってんだ、そこが一番大事なところだろうがよ!」
「なら言葉を改めなさい。毎日真摯になって、丁寧に稽古をつけていただいてますって」
「真摯に丁寧に~なら、とりあえず10㎞走ってこいとは言わねーよ!」
“とりあえず10㎞”って、陸上選手なら兎も角、俺にとっては“とりあえず”の距離ではあんましないからな! 今では楽勝で完走するけど!
「あっそうだ。触れてなかったけど、体が成長していないってことは、トパーズもルーン持ちなのか?」
ぱっと見はトパーズも、イア達と同じく12歳くらいに見える。
「ああ、そうよ。トパーズのルーンは、名前そのまま“トパーズ”。宝魔の力は“身体強化”ってところね。あまり使ったところを見たことはないけど」
「身体強化か……王道でありながら、結構強い能力だよな。……ん? 待って、話変わるけどさ、この前ルア、夜眠れないからこの部屋を掃除してたって言ってたよな? ……あれ嘘?」
「──当然嘘ですよ。逆にこの流れで、どうしてそれが真だと思うんですか」
「じゃあ一体何してたんだ?」
「別に……ただ、様子を見に行ったんです。ギルドへ行っていたせいで、半日近くトパーズをほったらかしにしてしまったので……」
あぁ、あの日ルアがやけに不機嫌そうに見えたのは、俺にトパーズの部屋から出てくる姿を見られたからってことか。あ~納得納得!
俺の生活費稼ぎにルアを付き合わせて、やっぱ悪かったな……
「ルアは妹っていうイメージしかなかったけど、トパーズの姉って部分もしっかりあったんだな」
「──なんですか、リョーガの言葉の意味がまっったく理解できないのですが……」
「んあ~えっとつまり……ルアもお姉ちゃんだなってこと!」
「……何を当然のことを」
そこ! 分かりやすくため息吐かない!
「俺にとっては、ついさっきまで当然じゃなかったんですぅ!」
「はいはいそうですかそうですか」
俺との会話がめんどくさいって感じを、存分に出してくるの止めない? 泣くよ? 俺泣くよ?
「──リョクガ君には、弟さんか妹さんはいたのかい?」
「……へ?」
予想外の人物からの声と質問に、俺は一瞬反応が遅れた。ずっと俺たちを仏様のように見守ってくれていた、ランビリスさんだ。
「えっあ、いえ、俺は一人っ子です。いとことかもいなかったので、年下の子と接する機会もあまりありませんでした」
「そうなのか。いや~リョクガ君と、サファイアちゃんとルビーちゃんの会話が、どうにも兄妹の会話のように見えてね。実際にリョクガ君にも妹さんとかがいたのかと思って」
「おじさん、違うわよ。兄妹じゃなくて姉弟」
「僕は含めないでください。リョーガなんかと血縁関係があるなんて、考えただけでも虫酸が走ります」
「そんなに嫌?!」
はい決定! 俺泣くから!
「──ところでリョーガ、話が大分脱線したけど、他にトパーズに関して質問はある?」
本当にいきなり話を戻すなあお前! 俺今から泣く予定だったんですけど……まぁいっか。
「んんっと、そうだな…………トパーズって、性格とかそこら辺、どんな子なんだ?」
眠った様子を見るだけじゃ、流石に性格は分からない。分かったらエスパーだよ!
「そうねぇ……」
そう呟きイアは、昔を懐かしむような暖かな眼差しで、宙を見つめた。
「兎に角明るくて元気で前向きで──一緒にいると、こっちまで笑顔になれる、そんな子よ。誰よりも純粋で、誰よりも優しい子……」
「ほぉ……イアとルアとはまた違った感じだな。めっちゃ良い子なんだなってことは分かる!」
「そのとおりよ。……でもそれって、私とルビーは良い子じゃないって言いたいのかしら?」
「い、いやいやいや! そんな、全然そんなこと思ってませんよ! ってぇ……!」
めっちゃ首振った。そのせいで、筋肉痛のこと忘れてたから、首が今のでやられた……
「アホね。そんなに勢いよく首を振るから……」
「リョーガがアホなのは周知の事実なので、今更呆れません。安心してください」
「それ安心できねぇからな……?」
あと何度も言うが、俺そこまでアホでも馬鹿でもないぞ?(と、首を振って首を痛めた者が申しております)
「でもトパーズにも、たまにそういうとこがあったわねぇ。後ろ見ずに下がっていって、そのまま後ろの切り株にぶつかって転けたり」
「ああ、ありましたね。あれはなかなかの武勇伝でした」
「あとは、木に登って降りられなくなったり」
「それも10回以上はやってましたね」
「……懐かしいわねぇ」
……なぜだろう、二人のトパーズの思い出話を聞いていると、親近感を覚えてしまう……(←小3の頃、木に登って落ちて切り株にぶつかった人。そして無傷)
「──まぁ、これで私たちからの話は終わりよ。あんまり長居してうるさくしてもトパーズに悪いし、今日は解散」
パンパンっと、イアが両手を叩いた。
それを合図に、ランビリスさんは仕事場へと戻り、ルアも夕食の買い出しへと向かった。
残ったのは、俺とイアだけだ。
「どうしたの、戻らないの?」
部屋を出ていかなかった俺に、イアが小首を傾げ聞く。
「それを言うならイアもだろ」
「……私はもう少し、トパーズとお喋りがしたくてね。リョーガは明日の宝魔練習に備えて、今日はきちんと休みなさい。無理に連れ出して悪かったわ」
「いや、大丈夫。トパーズのことを知れて、話を聞けて、すげー良かったよ。……いつかちゃんと、元気なトパーズと話をしてみたいって思った」
「……そうね、私もよ」
「じゃあ、部屋戻るな。姉弟の時間を邪魔しちゃ悪いし」
「ええ、ありがとう」
俺は部屋を出て、静かに扉を閉めた。
……扉を閉める時に見えたイアの横顔は、とても儚く……そして優しく、トパーズを見つめていた。
ポケットに手を入れ、自室へ向かいながら、ぽーっと考える。
(……俺に何か、できることってないのかな……)
この考えを抱えたまま、俺は一人自室へと姿を消した────
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
よろしければブックマーク、評価の方をしていただければ、とてもとても励みになります♪
次話は始まり方がいつもとちょっと違います。読んでいただければ嬉しいです(*^.^*)