23話 打ち明ける時
最後が重要です。
4月30日木曜日の、朝7時30分丁度──俺は、痛みで目を覚ました。
……なんとも嫌な起き方である。できるなら、太陽の光で気持ちよく目を覚ましたかった。いや、あれが太陽かどうかも分からないのか。
とまあそんなことは置いといて…………痛い!!
俺は、全身からの警報とも言える痛みに、悶絶していた。
この痛みの原因ははっきりしている。間違いない、昨日訪れた闘技場、グロスィヤだ。
痛みのレベルは、筋肉痛の痛みを1.5倍に引き上げた感じ。
特に痛いのが両腕で、あの坊主頭からパンチを貰った箇所が、見ると全体的に青アザになっていた。はは……これは怖い……
青アザが広がっている範囲の広さに我ながら引きつつ、ベッドから立ち上がろうとした。すると、体の関節がギシギシと、まるで錆びたブリキのロボットのような音を立てた。
あー……これはヤバイ、絶対ヤバイやつだ確信。
とりあえず肩を回し、軋んだ関節をほぐす。足や首、腰なんかも、回したりぶらぶらさせて、十分にほぐした。
お陰か、次に立ち上がろうとした時には、思いの外すんなり立ち上がれる。
……よし、まだ全身がジンジンガンガンいって、動く度に悶絶するレベルの痛みがくるが、日常的なことはできそうだ。大丈夫だな!(大丈夫といっていいのかそれは)
しかし、着替えはかなりの難関だった。途中、痛みでバランスを崩してずっこけながらも、なんとかいつもの服装に着替え終わる。
頭痛も感じ頭を押さえながら、俺はラウンジへと出た。
早速、ジューっとフライパンで何かを焼く、食欲をそそる音が聞こえてくる。そこにあるのは、いつもどおりの光景だ。
ルアがただ一人、キッチンで朝食の準備をしていた。
「おはよ、ルア」
痛む腰を押させながら、俺はルアの後ろ姿に声をかける。するとルアがこちらを向いた。
「おはようございます。──どうやら、体全体が相当ボロボロのようですね。よくそんな状態で、歩けているものです」
ルアが俺を方を向くなり、言ってきた。宝魔の力で、俺以上に俺の体の状態がよく分かっているのだろう。
──俺、歩けないレベルの不調だったの?
「そこはまあ、あれだ……イアの稽古の賜物? ってやつ。結果オーライさ」
「サファイアの稽古、どれだけ鬼畜なんですか……」
「そりゃあ、軽く三途の川がチラ見えするくらいには」
「何回生と死をさ迷ったんですか。それならグロスィヤなんて、あれだけガクガクいう程のレベルの場所じゃないですよ」
「いやほんとそれな」
「リョーガのことですが」
と、冷静に返される。
だって俺自身、なんであんなに怯えてたのか、今となってはよく分からないんだもん。
ん~恐らくだが、多分痛いのが嫌なんじゃなくて──いやそれも超嫌だけど、それよりも、大人数から一気に注目を向けられていたことが、俺が震えていた原因なのではないだろうか。
とまあ自己分析はしてみたが、結局怖かったんだな、グロスィヤの全てが。
「兎に角、その間抜け面をとっととどっかへやってください。僕の視界が濁ります」
ルアはぷいっと逆を向くと、また朝食作りを再開した。
あとさらっと間抜け面って言われた?! 濁るってどういうことだよ!
「ふぅ……いい汗かいた」
すると、ランビリスさんの宝具店へ続く階段入り口から、タオルで汗を拭うイアが姿を現した。いつもの稽古から帰ってきたのだろう。
「お……よっす、おはよイア」
「おはよう。──どうしたの、そんな猫背になって腰を押さえて。寝ている間に、体の機能だけ老けたのかしら?」
「んなわけねぇだろ! 筋肉痛だよ多分」
「なんで?」
「なんでっておま……十中八九、昨日のグロスィヤが原因だと思う。つかそれ以外考えられん」
「でもリョーガ、1分ちょっとしか戦ってなかったじゃない。そもそも逃げてるだけだったし──筋肉痛になる要素ある?」
「うっそれは……」
言われてみりゃあ確かに……
でも体の痛みは本物なんだよ!
「──グロスィヤから帰ってきた後に、いつもどおりの稽古をしたからではないですか?」
すると朝食を作りながら、ルアが背を向けたままで話に入ってきた。
「それだあ!?」
俺はルアをビシッと指差し、思わず大声を上げる。
説明しよう。
昨日、俺の頼みで早めにグロスィヤから帰ってきた後、俺は実践での感覚を忘れる前にと、イアに無理矢理引っ張られ、夕食時間までみっちりしごかれていたのだ。
グロスィヤでの恐怖でガッチガチに固まった体を、直後に長時間酷使し続けたら、そりゃあこんな警報とも言えるレベルの筋肉痛になるわけだわ。
普段のイアの稽古でも、しょっちゅう翌日筋肉痛になってたし、考えてみれば当たり前のことだった。
「ああ、成る程。それはなんだか悪かったわね」
謝るイアだが、悪びれた様子が微塵も感じられないんですけど……
「まぁ……別にいいって。結局俺のスペックの問題だし」
「それもそうね」
「おい!」
流石に責任転嫁早すぎませんかね?! 秒だったよ秒!
別にいいって言ったのは俺だけどさぁ、できれば肯定ではなく否定をしてほしかった……
「まぁしょうがないから、今日は稽古なしでいいわ。そんな体じゃ、返って体の調子を悪化させるだけだし。大人しくベッドに入って、今日は安静にしておきなさい」
「えっ──? 俺、イアのことだからてっきり、それぐらいでへこたれるなって無理矢理稽古につれてかれると思ってた……」
「あなた、私をなんだと思ってるのよ……そんなちくしょーな真似はしないわ」
「イアのこと勘違いしてた、ごめん!」
「ただし、明日の稽古メニューは倍だからね」
「前言撤回やっぱお前鬼畜だわ! 勘違いなんてしてなかった!」
この筋肉痛が明日で綺麗さっぱり消えるわけがないし、こりゃあ俺詰んだな……
あっ、てか──
「なぁルア、俺のルーンが宿るのって明日だったよな?」
「──はい。今の様子を見るに、どうやらそれも確定のようです」
今回もまたこちらを振り向かず、手元で卵を溶きながら、ルアが答えてくれた。
「てことは、明日は体術やらの稽古よりも、宝魔の力に慣れることを優先すべきでは──?」
俺は提案する。しかもこれなら、イアの鬼畜2倍稽古からも逃れられる──! なんという名案! やっぱ俺って天才っ!
「──ほんと、変なところで頭が回るわね」
「変なとことはなんじゃい!」
イアは呆れ顔でため息をついた。
「まっ、それもそうね。良かったわね、私の2倍稽古から逃れられて」
自覚あったのかよ。
「──はいはい、お喋りは終わりです。朝食ができました。リョーガ、暇そうなのでとっとと運んでいただけますか」
「あっは~い。……落としても怒るなよ? 俺、腕も痛いから可能性あるし……」
そう言うと、ルアはキッと鋭い眼光で、俺の方を睨み付けてきた。何めっちゃ怖い……!
「は? 何を甘えたこと言ってるんですか。僕が手間をかけて作った料理を落としておいて、怒られないわけがないでしょう。落とす可能性があるなら、きっちり両手で持って、細心の注意を払いながら運んでください」
ルアも、イアに負けず劣らずのスパルタっぷりだわ! まあルアの言い分は全くそのとおりで、凄く正しいんだけど……
「はい、気を付けます……」
「理解したなら、口を動かす前にまず手足を動かしてください。ほら早く。イアは、おじさんを呼びに行っていただけますか」
「了~解」
するとイアは、上ってきた階段を再び下り、ランビリスさんを呼びに向かった。
そういえば、イアが稽古帰りにランビリスさんの宝具店の方から上がってくるなんて、珍しいな。
いつもは仕事の邪魔をしちゃ悪いって、裏口の階段から上ってくるのに。
「何間抜けにぼーっと突っ立ってるんです。その手足は飾りですか? ほら、食事を作ってもらっている身は、こういう時にちゃんと働いてください」
イアの後ろ姿を見届けた俺の後ろからくる、ルアの超正論毒舌。
正論だから、何も言い返せないんだよなぁ。
俺は素直に頷き、料理を落とさないよう細心の注意を払いながら運ぶのだった。
……3回くらい落としそうになったけど……
◇◇◇
「……あ~~~~暇!」
俺は叫んだ。
今何をしてるのかって? ──寝てる。
く・そ・ヒ・マ!
朝食は食べ終わった。……めちゃうまでした。
で、イアに言われたとおり、稽古は休みにして今はベッドで安静にしているわけだ。
しかし暇! ちょー暇! やることがねえー!
最初はさ? よっしゃー自由だー! って嬉しかったよ。でも自由といっても、今の俺にできるのはベッドで寝るだけ。しかも全然眠くない。
それは暇だろ? 暇!
やることがあるって幸せなんだな~って、なんか悟っちゃったよ。
……どうするかな~
ゴロゴロと、小さなベッドの上で寝返りを打つ。
そうしていると、ふと、視界の中に、本が一冊だけ置かれた机が目に入った。
俺は起き上がり、その本を手に取る。
表紙を見ると『暗黙の掟』とあった。──これ、確かコスミマを案内してもらった日に、暇だからってイアから借りた小説だ。(9話参照)
なんだかんだあれから稽古稽古って、暇じゃなくなっちまって読めずじまいだったっけ。
ベッドの上に戻り、本のページをめくった。やはり小説、活字ばっかだわ。
小説っていつも書籍じゃなくて、小説投稿サイトとかにアップされてるやつしか読んでなかったな。
たまに読んでてこれ誰? ってなって、そのキャラが前に出てきた回を戻って探してたっけ。あれ結構めんどいんだよなぁ。
書籍ならページめくって戻るだけだけど、ネットだとわざわざ毎回目次に戻る必要があるからね。
で、この『暗黙の掟』はミステリーだったな。
目次部分を見るに、どうやら3章構成で各章完結型のようだ。
暇だし、この機会に全部読むか。
冒頭部分には、次のような作者の前置きがあった。
『この書を手に取ってくれてありがとう。
早速だが、この世界、パラミシアには皆が意識せずに守っている“暗黙の掟”が存在する。私は、それを大まかにまとめると、この“3つ”になると考えている。
一.人間と魔族が共存してはならない
一.人間と魔族のハーフを殺せば災いが起こる
一.禁忌術を使ってはならない
どうだろう、この書を読んでくれている君も、無意識のうちにこれらを守ってるのではなかろうか。
ではなぜ守っているか? それは、駄目だと教えられているから。駄目だと分かっている約束を破る人間は、早々いない。だからこれらは、私たち人間にとっての“暗黙の掟”となってしまっている。
本書では、これらの“暗黙の掟”を題材としたミステリーが描かれている。どうか読了してほしい』
──へぇ、パラミシアってこんなルールがあるのか。
禁術は、まあ確かに名前からして使っちゃ駄目そうだよな……
あとの二つはどちらも魔族関連か。
“人間と魔族は共存してはいけない”。──なんでそうなるんだ? 魔族が人間を襲っているのは、紛れもない事実らしいけど、本当にそんな魔族しかパラミシアにはいないのかな?
それに“共存できない”ならまだしも、“共存してはならない”だからなぁ……
──俺が思っていた以上に、パラミシアでの人間と魔族の間にある溝は深いらしい。
そしてこれ、これが一番気になった。“人間と魔族のハーフを殺せば災いが起こる”。──どういうこと?
掟の一、“人間と魔族が共存してはならない”にハーフは反するから? いいことだと思うんだけどなぁ。世界の掟を乗り越えた、人間と魔族の愛の形。
あっでも、殺せば災いが起こるってことは、ハーフをの子は殺されないってことか? ……それでも、周りからはいいようには扱われないだろうな……
次のページをめくると、もうそこは第1章の始まりだった。
そしてそこからは、自分でも驚く程集中して、小説を読みふけった。
途中昼飯を挟みつつ、3時間くらいで、『暗黙の掟』は読破した。
流石はオミクロンで大人気と言われる小説、期待どおりの内容、面白さだった!
ミステリーって、今まで漫画の探偵ものくらいしか読んだことなかったけど、小説も案外いけるな。二十歳にして、読書に目覚めそう。
『コンコン』
とその時、外から、俺の部屋のドアをノックする音が聞こえた。──誰だ?
「どうぞ~」
本を机の上に戻し、そう声をかける。
すると部屋へ入ってきたのは、イアだった。
以前に、イアが俺のとこに本を持ってきてくれた時のことを思い出す。
「どうしたイア、稽古はないんだろ? ──は! まさかやっぱり稽古再開するとか──」
「しないわよ。一度した約束は破らないわ」
良かった~。
それからイアは深呼吸をし、一拍を置いてから、告げた。
「────リョーガ、あなたに大切な話があるの。ちょっとついてきてもらえるかしら」
「? 別にいいけど……」
イアは何やら神妙な面持ちで、俺を手招きする。俺はその後を追い、部屋から出た。
な、何がなんだか分からないんだが……
大事な話があるって言ったよな……。筋肉痛でまともに動けないこの俺を連れ出してまで、話したいことってなんだよ!
「……リョーガには、誰にも言えない秘密とかある?」
「ん? どうしたよ急に。……まぁ、ないと思うぞ。そもそも、秘密にしたい程の出来事とか過去とか、そういうのが俺にはないから」
あ~でも、言いたくない黒歴史なら山程あるね! 絶対秘密って程でもないけど。
「……そう。──少し気になっただけ」
「なんか、別にいいけどイア、そういうの多くないか?」
「そうかもしれないわね」
今回はやけにあっさり認めたな。
するとある部屋の前で、イアは立ち止まった。いつの間にやら階段を上り、上の階にやって来ていた。
……この部屋って──この前の深夜、ルアが掃除してたって話してた部屋だ。
イアが、ドアに二回ノックをする。
「──どうぞ」
中から返事があった。この声はルアだ。一体今から俺に、何の話があるというのだろう。
「どうぞ、入って」
「あ、ああ」
俺は少しだけ警戒しながら、イアに促され扉の開いた部屋の中へと、足を踏み入れた。
見ると部屋の中にはルアの他に、なんとランビリスさんもいた。
余計に、イアの話したいことが何なのか、分からなくなる。
部屋の様子は、具竜荘の住民全員が集まっているという点を除けば、特に特筆すべき点は見当たらない。
──しかし部屋の備え付けベッドへ、視線をやった途端、その俺の考えは崩れ落ちる。
俺は驚きのあまり、息を吸うのも忘れ、そのベッドを凝視した。その驚きは、声にもならない。
イアやルア、ランビリスさんも、静かに、神妙な面持ちで、そのベッドに眠る子供を見つめていた。
シワも汚れも何一つない、手入れされきった清潔なベッドには──雪のような真っ白い肌をした見知らぬ、けれども見知った顔をした……一人の、金髪の少女が目を瞑り、横たわっていた────
『暗黙の掟』はもちろん伏線ですよ!3つの掟、どうか覚えておいてほしいです。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
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