22話 どうして信用するんですか
「あああ~~~!! 死ぬかと思っった~!」
「第一声がそれってどうなのよ」
「死んでもよかったのに……」
「おいルアなんつった今?!」
奇跡的な神回避の連続で、地獄の試合から無事生還した俺は、バトルフィールドの待機場を出た所で双子と合流した。
試合終わった瞬間、緊張から解放されたからかなんか一瞬意識飛んでたみたいなんだけど……俺は覚えていません! 気付いたら天井見て倒れててびっくりしたよ!
……体が軋む──足元がおぼつく──視界がぼける──頭が痛い──
あはは、もうこの体限界かもしんない! 17歳の体が一気に老けて、80歳くらいになった気分……
ああもうやっべぇよ……
「改めて、お疲れ。あの防御術を咄嗟に実践できたのは、なかなかだったわよ。今回の評価は上々ね」
「ありがと。あれってそんなに凄いことだったのか?」
もう早く降参したいので必死で、俺結構無意識だったんだよな。
あれ? もしかしてあの時の歓声って、俺に向けられてた?
「素人にしては、相当凄いと思うわよ。必死さがよく伝わっていたわ」
「おう、まぁこちとら命懸かってたからな!」
「グロスィヤはそういう場所ではありませんが」
「そういう心がけでってこと! そして見ろよこの勲章の傷を!」
俺は腕捲りをして、二人に両腕を見せた。そこにあるのは、真っ赤な腫れ。
あの相手からパンチを受けた箇所が、一目で分かる程腫れ上がっていた。これ自分が最初に見た時、めっちゃ怖かったよ! 骨が折れてないのも奇跡かも。奇跡が起こりすぎてやっぱり怖い。
「功績も栄誉もなくて、勲章とは言えないと思うけど。……まぁ、これだけの傷で済んだのは良かったわね」
「骨が折れてたらよかったのに……」
「うっお~~いルア?!」
お前は俺の身をなんだと思ってんだ!
「で、どうだった? 本気の実践を経験して。私との模擬対戦よりも、得られるものは多かったでしょ?」
「ん? ああ、そうだな。でも今回できたこと、ほとんどが奇跡だったんだよなぁ。俺の実力かと聞かれると……微妙……」
「別にいいわよ。全ては結果、結果が全てなんだから。その過程がどうであろうと、それが実力でのものでなくても、あなたがそれでいいと思えるなら、何かを得られたと思えるなら、それは何も無駄じゃないわ」
出ましたイアの名言!
「──そうだな!」
「結果は負けですけどね」
「お前さっきから、俺のこと否定しかしてないぞ?」
「リョーガの存在事態が、僕にとって否定すべきものなので」
「どういうことだよ?!」
──あとさ、なんかさっきからやたら視線を感じるんだよな。しかもその視線を受けているのが、イアでもルアでもなく俺一人。
ふええぇ……地獄が終わらないぃ……
「どうしたのよ、項垂れて」
俺の様子を見て、イアが訊ねてきた。
「いいや~? なんでもねぇけどよぉ、早く帰りたい……」
「なんでもあるじゃないですか」
「ん~そうねぇ、じゃあ帰る? 本当はあと1試合くらい、してもらおう思ってたんだけど」
「!? 無理無理無理! 死ぬ! 死ぬ! 今度こそあの世行き! 俺の魂が天に召される!」
俺は全力でイアの提案を否定した。
あんな恐怖経験を、それも連続でやるとか考えられない! ストレスで、俺の日本人特有の黒髪が真っ白になるわ!
「そ、そこまで言うならやめましょうか……」
俺の気迫に気圧された様子で、イアも帰ることを承諾してくれた。
今回ばかりは、プライドがなんだの言ってられない。
ルアから白い視線を感じた気がするが、気のせいってことにしよう!
「ありがとうございます!」
そうして俺たちは、呆気なく帰路についた。
マイホームである具竜荘へ戻った瞬間、俺が自室のベッドへゴートゥーinしたことは、言うまでもない話────
◆◆◆
『カチ……コチ……カチ……コチ』
明かりの付いていない、無音の具竜荘ラウンジでは、時間を刻む時計の秒針の音だけが響いていた。
『カチッ』
長針が動く。針は真夜中の11時46分を指している。
小窓から入り込む月明かりは、ラウンジに佇む二人の少女たちを照らしていた。
月明かりを纏う少女たちの姿は、見る者が息を呑む程美しいものだ。
まぁ、今この少女たちを見ているのもまた、この少女たち自身だけなのだが。
キッチンに背を向け立つ少女は、言葉を発する。
「珍しいわね。こんな時間にどうしたの、ルビー?」
その少女を真正面から見据えるもう一人の少女もまた、口を開いた。
「……それはこちらの台詞ですよ、サファイア」
ラウンジでお互いを見つめ合っているのは、この具竜荘に住む姉妹──サファイアとルビーだった。
この二人、普段は仲の良い姉妹。互いに信頼し、信用し、自分と同じかそれ以上に相手を大切に思いやる存在。
だが……今この瞬間の二人の間には、そのような和やかな空気は流れておらず、何処と無く……互いを警戒するような空気があった。
今の時間、起きているのはこの二人だけ。
リョーガもランビリスも、今はベッドの中で眠っている。
「それで、私を呼び止めた理由は?」
キッチンで喉を潤し、自室へ戻ろうといていたサファイアを呼び止めたのはルビーだった。
ルビーも、元々はサファイアと同じ目的でラウンジへ来たのだが、サファイアを目にした瞬間、そんな目的は吹き飛んだ。
ここ最近は、リョーガを抜き二人だけで話ができる機会がなかなか無かった。だからサファイアに、ずっと聞きたかったことが、ルビーにはある。
「──サファイアに、尋ねたいことがあります。リョーガに、関することです」
「リョーガ? 何かしら?」
いつもの調子のまま小首を傾げる姉のサファイアへ、ルビーは少しの間を空け、疑問を投げかけた。
「サファイアは、どうして最初から、リョーガを具竜荘に住まわせるとか、そういう大切なことをぽんぽん決めたんですか……? その時、相手はまだ未知数。確かにドラゴンの攻撃から助けてはいただきましたが、敵か味方かなんて分からなかったじゃないですか。現に今もまだ、リョーガが信用に値する人物かどうか、まだ分かりません」
これが、ルビーがサファイアに対して尋ねたかったことの一つ。
初対面に男に対して警戒もせず、優しく色々なことを教える程、サファイアはお人好しではない。
それは、産まれた時からずっと一緒にいたルビーだからこそ、断言できる。
仮に好意という感情があるのならば、話は別なのかもしれないが──心拍の状態を見るに、サファイアがリョーガに対してそのような感情を持っている様子はない。
そもそも到底思えないし、思いたくもない。
ならば、何か別の思惑があると考えるのが妥当であろう。
「う~ん、相変わらずルビーの信用レベルは、要塞レベルねぇ。ただ、リョーガは悪人じゃないって、ルビーを助けてくれた瞬間に思っただけよ。あの地球から来たって話だって、地球というものを知らない私たちに答え合わせはできないけど、嘘を言っている様子はなかったんでしょ?」
「……はい。心拍に異常は見られませんでした。更に言えば、この10日間だって一度も……でも、言い換えればまだ10日です。今は嘘をついていないにしても、今後とも僕たちを裏切らないとは限らない」
ルビーの意見に、サファイアは困ったような表情を浮かべた。
「裏切るって……リョーガに何の得があって裏切るっていうのよ。この数日稽古をつけて分かったけど、リョーガの身体能力は、本当に元は一般人レベルよ。それが仮に演技だったとしても、流石にどこかボロがでるわ。それに私が気付かないわけがない。魔王や魔族の手下だって言う? 魔王が人間を信用して手下にするわけないし、他の魔族がリョーガを手下にしたとしても、何のメリットがあるの?」
この反論に、ルビーは一瞬言葉が詰まる。
「…………リョーガが異世界人で、ここまで僕たちへ言った言葉に嘘がないこと、演技をしていないこと、それらは認めています。でも……それしても、サファイアはすぐにリョーガを信用し過ぎでした。どうしてサファイアは、リョーガにそこまで親切にしようと思ったんですか? どうしてサファイアは、そうリョーガの全てを真実だと、何の根拠があって考えるんですか?」
珍しく感情が荒ぶり、多少熱っぽい口調で捲し立てるルビー。
しかしサファイアは、そんな様子のルビーに対しても、冷静に言葉を選び答えた。やはりサファイアは、ルビーの姉と言える。
「──ルビーは大切な大切な、私の家族よ。リョーガに色々手解きをするのは、そんなルビーを助けてくれたお礼。リョーガにも、この前そう話したわ」
──まただ。サファイアは嘘をついている。
ルビーのことを大切な家族だと思っているのは真実のようだが、いつもいつもいつも──サファイアの心拍には、多少だが乱れがあるのだ。
サファイアはいつも、誰に対しても何か、嘘をついている。何かを、隠している──
「サファイアは、どうして僕に──いえ、僕たちに、いつも嘘をつくんですか……?」
ルビーにとって、サファイアがいつも嘘をついていることは、悲しくて悲しくて仕方がないことなのだ。
誰であろうと100%の信用はしない。ランビリスに対してさえ、まだ完全には信用していないルビーだが、血の繋がった家族に対しては、100%の信用・信頼を寄せている。
けれども自分は、サファイアに信用されていないのだろうか……?
「──嘘なんて、何もついていないわ」
少し目線を逸らしながら、サファイアは答えた。
……これも嘘。
「……ならば尋ね方を変えます。サファイアは僕たちに、何を隠してるんですか? 僕にはそれが、とても重要なことで、サファイアを苦しめているように思えてならないんです」
その問いに対して、サファイアは俯き加減に答える。
「──隠し事がないとは流石に言えないけど、ルビー達に関わるような重要なことは、何も隠してないわよ」
それから目線を上げ
「なら私からも尋ねるけど、ルビーはどうしてそこまで他人を信用しようとしないの? 警戒心を持つのは良いことだけど、流石に限度というものがあるわ。私にはそれが、ルビーは信用しないのではなく、信用することができないんじゃないかと思うんだけど」
「それは…………」
ここまでの多弁とはよそに、ルビーはぎゅっと口を紡ぐ。
それにサファイアはため息をつき
「──仮に私が、ルビーたちに対して偽りを口にしていたとしても、それはルビーが私たちに何を隠しているのか、それを話してくれないと、結局こちらも話すことはできないわ。片方だけが秘密を明かすなんて、フェアじゃないもの」
「……偽りを口にしていると、認めるんですか?」
「例えばの話よ。さっき言ったとおり、私はあなたたちに何も嘘をついていない。心拍数に異常があると感じるなら、それはルビーの勘違いよ」
それは絶対にない。
でも──それを今口にしたところで、サファイアが諦めて真実を教えてくれるとは、到底思えなかった。
ルビーの宝魔は、相手の心拍数や脈拍数を知ることができる。それは宝魔の力の一部にすぎないのだが、そこから相手が嘘を口にしているかを知ることもできる。
けれどそれだけ。心を読むことができるわけではない。それがルビーには、とてももどかしく感じた。
ここまで否定されれば、この話題を継続させることもできない。
「……話を戻します。サファイアは、どうしてリョーガを信用できるんですか?」
「100%信用しているわけじゃないわよ。“あの子”のことを話していないのだって、まだリョーガが完全に信用するに値するかの判断がついていないからだし。でも……そろそろ話してもいいかもね」
「もうですか?! ……それは流石に、問題大ありです」
これには、多少声を荒げて反論するルビー。
だが今回もまた、サファイアは自らのペースを乱すことはない。
「部屋から出てくるところ、見られたんしょ?」
うっ、と言葉を詰まらせる。ルビーにとってそれは、少し痛い部分だった。
「それは……はい。部屋の掃除をしていたと説明しましたが。リョーガは馬鹿なので、少しも疑わずに信じました」
悲報、流れるように馬鹿にされるリョーガ。
「そう。でも気付かれるのだって、ずっとここにいれば時間の問題よ。いつかは明かさなければいけない」
「いつまでもリョーガを具竜荘に住まわせるつもりですか? ……僕としては、今すぐに出ていってもらっても構わないのですが」
「それは流石に辛辣過ぎるわよ……くあぁぁ…………眠い……ごめん、そろそろ部屋で寝てきてもいいかしら……?」
サファイアはそう言い、再度欠伸を漏らした。
時刻は、そろそろ日付が変わろうとしている。確かに眠くなってくるのは、当たり前だ。
ルビーも、これ以上の詮索は無駄と判断し、引き下がることにした。
「……どうぞ。引き止めてしまい、すみませんでした」
「ふぁは~い……それじゃあおやすみねぇ~…………」
そして、サファイアは自室へと戻って行った。
……うまいこと逃げられたようにも感じたが、これ異常の追及が時間の無駄であることは、やはり容易に想像できる。
人気がないラウンジで、ルビーは気持ちを整理させるように、小さく独り言を呟いた。
「──どうして逆に、サファイアはリョーガをそこまで信用できると思えるんですか。……人間、魔族、いくら言葉と行動で親しくしていても、結局は全て演技かもしれない。偽りかもしれない。最後は──裏切るかもしれないんですよ…………」
この呟きを聞く者は、誰もいはしなかった。具竜荘の暗闇が広がる空間へと、空しくも静かに、吸い込まれるだけ……
一人残されたルビーは暫く、雲により月明かりが入ってこなくなったラウンジで、儚げに佇むのだった────
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
よろしければブックマーク、評価の方をしていただければ、とてもとても励みになります。
誤字・脱字の方も、あれば指摘をよろしくお願いします。
次回でようやく“チャプターⅠ”の本題へと入ります!長かったです……
次話も読んでいただければ嬉しいです♪