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バッドエンドを迎えた世界  作者: ぱれつと
チャプターⅠ 異世界生活スタート
23/42

21話 一方観客席では

【イア&ルアside】


 チキンなリョーガが、待機場で一人ガクガクしていた頃、観客席にてイアとルアは────


 二人はプラスチック製の固い椅子に並んで座り、まだ審判員のみしか出てきていないバトルフィールドへと視線を向けていた。


 先程のイアの試合とは異なり、今度の試合を観戦する人は、観客席数の4分の1程度と少ない。

 いや、4分の1程度でも、普通に比べれば多い方なのだが。ただ、イアの試合の観戦者の数が、異常であっただけ……


 二人の座る席の周りには、同じく観戦している人はいない。人が集まっているのは、二人から見て反対側の客席だ。

 二人が意図して、そういった状況の場所を選んだ。周りに人がいない方が気が散らず、集中して試合を見ることができる。

 歓声や叫び声は、耳がキーンとなり鬱陶しくて仕方がない。


 ──まだ、リョーガが出てくる気配はないようだ。


「……リョーガの野郎、本当に大丈夫でしょうか」


 バトルフィールドを見つめ、ルアが独り言のように呟く。


「あら珍しい。ルビー、リョーガのこと心配しているの?」


 ルアの声を聞き驚いた声音で、イアはルアの顔を見て尋ねた。


「違います。ただ論理的に、これからの状況を分析しただけです」


 一方ルアは、表情も声音も一切変えることなく、ただ淡々と答えた。

 リョーガ身に関しては、本当にこれっぽっちも心配などしていないようだ。


 そのちょっと辛辣ともいえるルアの返しに、イアはルアらしいと思い、笑みを溢した。それと同時に、素直じゃないなとも思う。


「ふふ、そう。まぁリョーガのことだし、大丈夫じゃな~い? 多分」


「多分、ですか。……それ、大丈夫じゃなくないですか?」


「まっ死にはしないし、最悪死にかけたら私が救出に行くから、心配しなくっても平気よ」


 からかい半分に、イアが言う。


「ですからリョーガの心配なんて、これっぽっちもしていません。それよりも、帰り道で雨が降って濡れないかの方が心配です」


「あはは、リョーガよりも天気ね。ん~、なかなかルビーもリョーガに心開かないわねぇ」


「当然です。たった10日で信用しろっていう方が無茶振りですよ」


 ルアは表情をしかめ、首を振った。

 一方のイアは、ちょこんと首を傾げる。


「私からすれば、10日も経ったんだからって感じだけど?」


「──今、その話はいいです。それよりも聞きたかったのですが、サファイアはどうして急にリョーガを、グロスィヤへ連れてこよう思ったのですか? ルーンが定着する前にっというのは理解できますが、流石にグロスィヤは、剣を握り始めて1週間ちょっとの人間が来るような場所じゃありません。それなら、ギルドでDランクくらいの討伐クエストを受けた方が良かったのではと思うのですが」


 ルアの指摘は最もであり、的を射ていた。


 グロスィヤとは、金と戦闘に飢えたいわば戦闘狂ばかりが集まる場所だ。もちろんイアは、そんな金にも戦闘にも飢えているわけじゃないが。


 ここにいる彼らは、戦闘狂とはいってもただ相手をボコボコにし、ストレスを発散したいわけではない。

 強い相手を見つけ、自分を磨くこと。そして、自分の強さを他者へと見せつけることが、真の目的だ。


 だから当然、ここに来る者たちは、ほとんどが皆、戦闘経験の濃い上級者である。長年ギルドのクエストなどで自らの腕を上げ、そしてここで誰かにその強さを見てもらう。


 ボディービルダーなどが、ただ自分の為に一人で筋肉をつけ続けるのでは飽き足らず、ボディービルのコンテストへと出場するようなものだ。

 ただ凄いと思われるだけではなく、実際にその凄さを見せつけてやりたい。そういった心境なのだろう。


 そしてそんな上級者たちの集まる巣の中に、イアは戦闘経験皆無、剣を握って1週間ちょっとリョーガを放り込んだのだ。

 これには、一体どういった魂胆があるのか、双子ながら、ルアには今のイアの考えがまったく読めない。


 これにイアは、いつものペースを乱さないまま答えた。


「あっギルド、その手があったわね」


「……まさか忘れていたのですか?」


 流石にこの返答には呆れた。

 もし、ギルドの存在を忘れていたから、消去法的な感じで深い意味もなくリョーガをここへ連れてきたのだとしたら、それは姉の将来やらなんやらが心配になる。


「い、いやいやまさか。──それに、どちらにしてもやっぱり、リョーガにはグロスィヤの方が良い経験になるわ。確かに、普通ならまだ来るべき場所じゃないけどね」


「リョーガは普通じゃないと?」


「ええ。体術や剣術の技術は、まだまだ素人のそれだけど、まぁ日が浅いんだから、それも当然。でも、たった1週間で今のレベルまで剣術を身につけたと考えれば、それは紛れもなく()()()()()()()。普通なら、今のリョーガレベルに達するにも、私の稽古方法で2週間は必要ね」


 このイアのリョーガに対する評価に、ルアは誰が見ても分かる程に目を見開いた。


「……つまりリョーガは、剣術の理解が普通の人と比べて2倍?」


「そういうこと。このままの調子がずっと続くかは分からないけど、もしもこのままいけば、あと5年も毎日稽古に励めば、私を余裕で超える実力者になるでしょうね」


 ルアはまたもや分かりやすく目を見開き、イアを凝視した。


「そこまでなんですか?」


 ずっとイアの血の滲むような努力と、その本気さ真剣さを目の当たりにしてきていたルアにとって、それは驚くなどというレベルの話ではなかった。


 それにリョーガからは、そのような才能があるように到底感じられない。強者よりも弱者と言われた方が、間違いなく似合っている。


「なんていうかねぇ……武術や剣術の、特筆した才があるわけではないのよ。例えるなら……そう、天才的なセンスと器用さ? まぁリョーガ本人には、まったくその自覚はないようだけど。多分、やる気さえあればなんでもそつなくこなせるタイプよ。でもそのトリガーとなるやる気を、滅多に出さないというか……いわば宝の持ち腐れ。つまり単純に、飲み込みや学習能力が人一倍早いって感じ。だから、実力者揃いのグロスィヤでの方が、リョーガの早い成長が見込めるってわけ。まぁ今の段階で、このグロスィヤで誰かに勝つことは、絶対に無理でしょうけどね」


「──そう、ですか」


 イアがここまで言うのであれば、その才能は間違いないのだろう。

 ただイアの言うとおり、リョーガが自らの才能に気付くことも、未来永劫ないだろうけど。──だって馬鹿だし。


 その時


『カーンカーン』


「ゴルグが鳴ったわね」


「いよいよですか。……まともに見れる戦いになるといいですが」


「う~ん……それは私も保証しかねるわ……」


「別に、リョーガがボコボコにやられるだけなら、無様で普通に見ものだからいいんです。ですが、泣きわめいたりされれば、流石にこちらも恥ずかしくなります。ですからそれだけはやめていただきたい」


「ルビー、相変わらずリョーガに対して辛辣ね」


 クスクスと気楽に笑い、イアはルアと同じように、視線をバトルフィールドへと移した。


 今の会話をリョーガが聞いていれば、「見ものとか言うな! こっちは命懸けなんだぞちったー心配しろ! てかしてくれぇ!」とでも間違いなく言っていただろう。


 最初にバトルフィールドへと姿を現したのは、リョーガではなく対戦相手だった。まぁそこは予想どおり。


 特徴的なのはツルツルの坊主頭で、照明の光を神々しく反射しいる。

 筋肉の密度は、日本のボディービルの選手権にでも出場すれば、優勝を狙えるかもしれない程のものだ。しかし、グロスィヤ(ここ)では精々良くても中位の実力だろう。イアが対峙したゴリマッチョと比べれば、間違いなくこちらの坊主の方が弱い。


 ワンパンで倒せるなと、イアは心の中で思った。


 これでも一応、リョーガとレベルの近い対戦相手が選ばれていたようだ。そもそもリョーガの戦闘レベルが低く過ぎて、誰であろうと相手にはならないのだが。

 受付カウンターに立つ女性とリョーガが対峙しても、負けるのは間違いなくリョーガだ。グロスィヤ(ここ)は、そういうレベルの場所である。


 と、坊主頭の入場から遅れること約10秒、反対側の入り口から小さな人影が、バトルフィールドへと姿を現し出てきた。

 ──リョーガだ。


 その入場姿を見て、イアもルアも呆れた。


 リョーガ本人に自覚はなかったが、上から見るとよく分かる。リョーガの足はガックガクに震えていたのだ。

 よく真っ直ぐ歩けたな、と思えるレベルの震え方である。


 これには、対戦相手側も反応に困った様子だ。


「無様……早くも見るに耐えないです……」


「あはは……流石にこれには同意見ね……」


 反対側の客席でも、あんな怯えてる奴が戦うなんて大丈夫か? という雰囲気が流れていた。

 中には面白がりながら、野次をを飛ばすも者もいる。まぁ、極限の緊張状態にあるリョーガに耳に、その声は一切届いていないのだが。


「両者、位置につけ。──これより、戦闘を開始する」


 審判員の声が響く。


 リョーガは相手を見、木刀を構えた。……手の震えも尋常ではない。


「フィスト/ソード。レディー……ファイト!」


 そして──戦闘が始まった瞬間、驚きの出来事が起こった。


 なんとあのリョーガが、相手の先制攻撃を避けたのだ!


 これには客席にも、どよめきが起こる。


 誰が予想できただろうか。生れたての小鹿のようにガクガク足を震えさせていた男が、音速ともいえる程のスピードがあるパンチを、的確に避けるなんて。


 相手も驚いた様子だったが、続いて攻撃を仕掛けたのは、またもや坊主頭の方。今度は左回し蹴りだ。

 これもリョーガは間一髪で、バックステップをし避ける。


 その次にきた、坊主頭の右パンチも、リョーガはしゃがんで避け、しゃがみ身動きがとれないだろうと踏まれ上から振り下ろされた拳も、また木刀を器用に使い、ギリギリ回避した。


 ついさっきまで、怯えるリョーガに笑いながら野次を飛ばしていた者も、今ではリョーガの動きを何も言わずに見つめている。


 イアとルアも、まさかここでリョーガが攻撃を避け続けられるとは思っていなかったため、素直に驚いていた。


 攻撃を避け続けられていたことの真実は、本人すらも驚く紛れの連続だったのだが、リョーガの実力を知らない者たちは、あいつ実はただ者じゃないのでは……という勘違いをしていた。


 そのように、自分の評価が勝手に上がっていることも露知らず、その頃リョーガは、イラついている様子の相手に一人、心の中で怯えていた。

 どんどんどんどん、観客が思っているリョーガの図と、現実のリョーガがかけ離れていく。


「逃げ足だけは一丁前ですね」


 ここまでの数秒の試合を見て、ルアはリョーガをそう評価した。褒めてはいるのだろうが、8割は馬鹿にしているのだろう。


「それだけ、相手の攻撃に当たりたくないようね。こういう時の執念が凄いわ……」


 呆れつつ、イアも苦笑しながら答える。


「やっぱり、嫌われるしつこい男ですね」


 そんな会話が双子の間で行われていると、10秒程動きのなかった試合に変化が訪れた。


 先程まで坊主頭は、驚くことに自分の攻撃を全て(かわ)すリョーガへ、強い苛立ちと警戒心を持っていた。そのため、少しの間自分はなにもせず、リョーガがどう出るか伺っていたのだ。


 しかし、意外と冷静に状況を分析したリョーガは、自分から仕掛ければ返り討ちに遭うと理解し、何もアクションは起こさなかった。

 というか怖くて、自分から突っ込む度胸がなかっただけではあるが。


 そのため今度もまた、坊主頭の方自らがアクションを起こした。


 ゆらりゆらりとリョーガへ近づき、その距離を縮めていく。


 坊主頭が何をする気でいるのか、戦い慣れしているイアにはすぐに分かった。


 恐らく先程までの攻防で、リョーガが反応して避けるまでの最高スピードを、坊主頭は計算したのだ。相手が避けることのできるスピードの限界が分かれば、相手にとってはかなり有利である。

 今から坊主頭は、1発のパンチに全ての威力を詰め込み、リョーガの避けられないスピードでお見舞いするつもりだ。

 そうなれば、リョーガに残された道は、防御しかない。しかし、リョーガが咄嗟にその防御を行えるかも微妙だ。

 リョーガがどのような運命を歩むかまでは、流石のイアでも分からない。


 防御出来ずに戦闘不能になるか。

 防御出来なくても立ち上がるか。

 防御出来ても戦闘不能になるか。

 防御出来て余裕でいられるか。


 その結果は、すぐに分かることになる。


 リョーガと坊主頭の距離が2mにまで近づいた時──坊主頭の拳が動いた。


 そのスピードは、一番最初の先制攻撃時を超えており、試合を見る観客の半分以上は、そのスピードを目で追うことができなかった。


 次の瞬間には、リョーガは剣先を相手に向け腕をクロスした態勢で、体が宙を移動し吹っ飛んだ。

 奇跡的に着地には成功し、試合は継続となる。

 リョーガの顔は真っ青であった。


 しかし観客が注目し驚いていたのは、リョーガの顔色ではなく防御術だった。


 「おおーー!」っと、観客は皆歓声を上げる。


「へぇ、あの防御テクを実践するなんて、なかなかね」


 イアも目を見開き、リョーガの姿を凝視した。

 坊主頭の拳のスピードも余裕で目で追える程の動体視力を持つイアは、坊主頭に拳を向けられてから、リョーガが腕をクロスし防御の態勢を取る姿もばっちり見ていた。

 あの防御術を教えた張本人であるイアには、その凄さがよく分かる。


「──観客もどよめいていますが、そんなに凄いんですか?」


 戦闘の技術に疎いルアには、観客がなぜここまで沸き立っているのかが理解できない。

 眉を潜め、イアへ尋ねた。


「ええ。あの一瞬で判断をし、木刀を持ちかえるのは、素人にはかなり難しい技術よ。普通なら、冷静さと手元の安定さが求められるわ。そもそも、リョーガがあの拳のスピードに反応して防御ができるなんて──相当必死ね、リョーガ……」


 そう言い、苦笑いを浮かべるイア。


 そのとおり、リョーガは現在、三途の川を見ないため必死なのだ。

 冷静さと手元の安定さを持ち合わせていたかどうかは、残念ながら不明だが……


「……生への執着がゴキブリ並みですね。命を軽視するよりはマシですが」


 ゴキブリと同等化されたリョーガ。


 しかしなんだかんだで、ルアもリョーガの命を軽視はしていないようだ。

 だからといって、そこまで大切に思ってもいないようだが。




 その後の試合運びは、序盤のものと同じようなものだった。


 坊主頭が攻撃を仕掛け、それをリョーガがギリギリで全て回避していく。

 リョーガから攻撃を仕掛けることは、最後までなかったが、あの黒髪の奴強いんじゃね? という雰囲気が、観客席には勝手に広がっていた。


 結局、試合の決着は、リョーガが体力の限界のため降参したことで、幕を下ろした。


 戦闘時間1分20秒。


 試合が終了すると、リョーガは緊張と恐怖から解放されたためか、力なく地面へ、天井を仰ぐように倒れた────

最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!

お手数でなければブックマーク、評価などしたいただければ、とてもとても励みになります。

誤字・脱字の方も、あれば指摘をよろしくお願いします。

次話も読んでいただければ嬉しいです(*´ω`*)

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