19話 実力派兄弟からのお誘い
戦闘の終わった5分後、俺とルアは、グロスィヤ内にある3軒の飲食店が並ぶフードコート的な場所の椅子に座り、受付カウンターから賞金を受け取ったイアと合流した。
フードコートの席はお昼時ということもあり、ほぼ満席だ。
アニメとかで見たことのある木樽ジョッキで、昼にも関わらず酒を飲む奴らが結構な人数、目に入る。
そんなわけで、辺りの空気が酒臭い……まるで宴会場だ。
そんなてんやわんやな空間なため、先程ゴリマッチョをぶっ飛ばした張本人であるイアがいても、あまり注目はされない。
注目の視線から解放され、ようやく訪れた、心休まる時間だ。
合流したイアは、毎度ながらルアの隣に座った。俺から見れば、並んで座る双子が正面にいる感じ。ちなみに俺の両隣には誰もおらず、当然ながら一人と。
目の前に座ったイアを見るに、あの戦いで怪我を負った様子はまったくないようだな。
「お疲れ様でした」
「お疲れ様。凄いなイア! あんなでかぶつを蹴り一つで吹っ飛ばすなんて!」
いきなりだが、俺は興奮気味に、イアへ先程の戦闘に対する感想を述べた。
俺の勢いに引き気味になりながらも、イアは薄く笑みを浮かべ
「ありがと」
と、口にした。
なんとなく、初めて出会った頃よりも、イアの性格が丸くなった気がする。
「だけど、そこまで凄いことでもないわよ。相手が弱かっただけ。リョーガだって木刀を使えば、勝率50%くらいあったんじゃないかしら」
「マジで?! 俺でも勝てるの?! だけど勝率、めっちゃ微妙だな……」
「リョーガで50%もあるとは、あの煽りクズ、相当な雑魚ですね」
ルアのやつ、俺のゴリマッチョ呼びよりも悪意ある呼び方してるな。
あ、ルアの俺の扱いに関しては今回突っ込まんぞ。事実だから。
「そうね、あれは見かけ倒しよ。大男総身に知恵が回りかね」
「にしてもイア、素手であんな強かったんだな。武器使ってるところしか見たことなかったから、てっきり木刀を使うもんかと思ってびっくりした」
まさかの蹴り一撃だもんな。
「そういえば確かに、リョーガの前ではいつも武器を使ってたわね」
思い出すように、イアが手を顎に当て、少し上の宙を見る。
「というかその台詞、あの傲慢野郎からも同じこと言われたわ」
なぬ!? あれと同じこと言ったって、なんか嫌だ……
「なんと答えたんですか?」
「拳で向かってくる相手には、拳で答えるのが礼儀でしょ、って」
「なにそれかっけ~~」
「礼儀だから、素手で?」
「まぁそれは建前だけどね。単純に、木刀を使う程の相手でもないって思ったから。それに、仮に木刀を使って勝ってたら、武器を使ったからたまたま勝てたんだって、言いがかりをつけられそうじゃない」
「成る程、同感ですね」
「確かに確かに。そういえば、あのヘンテコ集団4人は結局どこ行ったんだ?」
辺りを軽く見回してみるが、あの特徴的なゴリマッチョとモヒカン、鼻ピアス、出っ歯の姿は見当たらなかった。
視界に入るのは変わらず、酒を飲みまくる大男たちだけ。関係ないが、美味しそうな焼き鳥の香ばしい匂いが、俺の鼻腔を擽る。
「ああ、あいつらなら、ぶっ倒れた傲慢野郎を子分たちが担いで、そのまま大慌てでグロスィヤから出ていったわよ。私はそれを横目で見ていただけだったけど、なかなか滑稽な光景だったわね」
「それは是非とも、僕も見たかったです」
「イアさんルアさん、性格悪くなってますよ」
「リョーガがそれを言うかしら」
「どういう意味じゃこら」
ヘンテコ集団の末路も分かり、そんな楽しい(?)会話をしていると、そこへ──
「ねえねえそこの水色髪のお嬢ちゃん。もしかして、さっきそこのバトルフィールドでウェンドをぶっ飛ばした子かい?」
男の声は、俺の後方から聞こえてきた。
それは、明らかにイアへ向けて発せられたものだ。俺は右に首を捻り、後ろを振り返った。
そこにいたのは、なんかチャラい感じの若い茶髪男二人。アクセサリーをジャラジャラに身に付けている。天井から注ぐ蛍光灯みたいなやつの光を、アクセサリーが反射していて眩しい。
──誰?
「ウェンドって、あの傲慢野郎のこと?」
イアが答えた。
「あはは! 傲慢野郎ね。そうそうそいつのこと。君がウェンドを倒したお嬢ちゃんだよね?」
「ええ、そうだけど」
イアは明らかに警戒心をピリつかせながら、男たちに鋭い視線を送る。
「まあまあそう怖い顔しないで。可愛い顔がもったいないよ?」
出た、俺が一生言えないであろうチャラい言葉No.3!
俺なら、言った瞬間に恥ずかしくなって、赤面しながら猛ダッシュで逃げるね! 確実に!
「で、要件は何?」
更に冷たく突き放すように、イアは話を本題に移そうとする。
「急かすねぇ」
そう言い、男は苦笑いを浮かべると、こう言った。
「──お嬢ちゃん、俺たちのギルドパーティーに入らない?」
ギルドパーティー? ……ああ、ギルドのクエストを協力してクリアするために組む、チームみたいなやつかな。RPGの十八番。
「ごめんなさい。悪いけど、私はパーティーを組まないの」
この誘いを、イアは速攻で断った。考える間もなく、まさしく秒。最初から、答えは決まっていたようだ。
この即決に返事に、男二人は分かりやすく驚きの表情を見せた。
まさかこんなに一瞬で断られるとは、思ってもみなかったのだろう。
「お、お嬢ちゃん、本気で言ってるのかい? もしかして、俺たちが誰か知らない?」
? どいうことだ?
俺は部外者だが、話にまったくついていけない。
「一応、噂でだけなら知ってるわよ。ギルドランク・マスターの、実力派兄弟コンビって。確か今月だけで、クリアした討伐クエスト数は、ギルド1の14件だったかしら」
そのイアの言葉に、俺は目を見開いた。
えっこの人ら、そんなに凄い人だったの?!
……失礼だが、このチャラい態度のせいでなんか、全然実力者に見えない。
「おお、知ってくれてるじゃん。そうそう実力派兄弟ゲンとベンとは、この俺たちのことだ。ちなみにお兄さんと、桃髪のお嬢ちゃんは、俺たちのこと知ってるかな?」
完全に油断してたところで、俺にも話題が振られる。
待って待て待て、こういう質問、俺一番苦手なんだよ!
どうする? 正直に知らないと答えるか、それとも相手の機嫌を考えて、知ってると嘘をつくか──あ~でも俺、嘘つくのめっちゃ下手なんだよなあ!
俺の脳内では、一瞬にして緊急会議が開かれた。
そんな内心大慌ての俺をよそに、ルアはさっと答える。
「その通り名だけは、僕も聞いたことがあります。そしてその実力が、本物だということも」
──俺も緊急会議を終え、実力派兄弟に答えた。
「悪い、俺ギルドはあんまり利用しないから、そっち方面の情報に弱いんだ。だけど二人がそんなに凄い人だったなんて、会えて光栄だよ」
俺は正直に答えることにした。
ギルドはこれから活用していく予定だが、今のところ利用した回数はたった1回だからな。この返答は嘘じゃない。
俺の脳内緊急会議で出た決議、これは完璧だな!
返答一つでここまで神経使う人、俺以外あんまりいないんじゃないか?
「そうか。まぁ、なら今回知ってもらえてよかったよ。ありがとな。それでお嬢ちゃん、サファイアだったかな。サファイアは俺らの実力を知っていて、本当にパーティーを組む気はないのか?」
やはりどうしても信じられないのか、ゲンかベンのどっちかが、しつこくイアに問う。
「そうだぜ、俺らみたいな実力者からスカウトされるなんて、もう一生こないかもしれないんだぞ。今ここで俺らのパーティーに入ってくれれば、君だって有名人、しかもすぐにマスターランクになれるかもしれない」
……この二人、ゴリマッチョとはまた違った傲慢さがあるな。
でも恐らく、ゴリマッチョとは違い、ゲンとベンは自分たちでこう言える程、本当に実力があるのだろう。本当のことだから、誰も反論できないみたいな。
「ええ、私は有名になるとか、そういうのに興味はないのよ。それに、お誘いは嬉しいけど、私は自分のやり方でクエストを遂行したいの。人と戦い方を合わせるのは苦手でね」
それでもやはり、イアの答えは変わらなかった。
有名になることに興味はないか、か。イアらしいな。人と戦い方を合わせるのが苦手って部分も。
「……そっか。──分かった。しつこく聞いて悪かったな。小さなお嬢ちゃんが、あのゴリラのようなウェンドを一瞬で倒したちゃったから、どうしても仲間として戦いたいって思って。でも、一瞬で振られちゃったな」
そう言い、無邪気な笑顔を見せた。
その笑顔から、今の言葉がすべて本当のことなんだろうなって分かる。ヘンテコ集団と違って、悪い人じゃないってことも。
──やっぱり人間、実際に話してみないと分からないもんだな。
「振られちゃったのは残念だが、いつか機会があったら一度くらい、一緒に討伐クエスト受けようぜ。サファイア、君は強い。敵として戦うのは勘弁な」
「ええ、機会があったらね。それと、あなた達程の実力者なら、私よりも強い人をパーティーに誘うことだってできるわよ。強いと言ってくれたことは嬉しいけど……私はあなた達が思う程、強くないから」
「……分かった。それじゃあな、団欒の時間を邪魔して悪かった。そうだ、お兄さんと桃髪のお嬢ちゃんの名前は?」
「俺はリョクガ」
「──僕はルビーです」
「リョクガにルビーか。いい名前だな!」
「それじゃ、アディオス」
そうちょっとカッコつけながら、ゲンとベンの実力派兄弟コンビは、俺たちに背を向け立ち去っていった。
その背中を見送ってから、俺は視線をイア達に戻す。
「……まるで竜巻のような人たちでしたね」
ルアがため息混じりに言う。
急に現れ、すぐにいなくなったと言いたいのだろう。
「だな。でも、悪い奴らには見えなかった。あのヘンテコ集団と出会った後だから尚更」
「そうね。ちょっと傲慢だったけど、嫌味な感じはあまりしなかったわ」
「にしても、マスターランクのパーティーに誘われるなんて、イア凄いな」
「さあ、どうかしらね」
「始めは、また面倒なのに絡まれたかと思いましたよ。……こっちもある意味面倒でしたが」
「分かるよそれ! あのチャラい感じが、どうしても怪しい感じに見えてきて」
「まっ、こうも立て続けに声をかけられることも、普通滅多にないわよ。今回は運がなかっただけ」
「リョーガが一緒のせいですね」
「人を疫病神のように言うな!」
と、その時
『グーーーー』
お腹の鳴る音。犯人は──俺です……
「あ~腹減ったーー! なんか食べようぜぇ」
「気の抜ける、間抜けな音でしたね……。空気感ぶち壊しです」
「なんか悪かったなぁ。でも空腹には勝てないんだよぉ」
空腹を自覚したら、余計に腹が減ってきた。お腹と背中がくっつきそう。
「いきなりね……じゃ、丁度お昼だし何か食べましょうか。私が全員分買ってくるけど、二人は何がいい?」
「俺焼き鳥~!」
もうさっきから、焼き鳥の香ばしい匂いが運ばれてきて、口が焼き鳥を求めてる!
この匂いは反則だってぇ。
「ルビーは?」
「僕も焼き鳥を2本」
「俺は3本!」
「了解。リョーガ、ひもじいからって、他人の料理は取らないようにね。ルビー、見張っておいて」
「分かりました」
「ちょーい! 俺そこまで落ちてないから! 空腹でも、犯罪に手は染めないから!」
「冗談冗談。じゃっ待っててちょうだい」
イアは立ち上がり、人混みの中へと姿を消した。
俺は空腹に堪え兼ね、机に突っ伏す。
あ~、早く焼き鳥を食べたいぃ! 精神的な疲労のせいで、もうお腹ペコペコよ。
あっでも……これ、お昼食べ終わったら、俺本当にランダムマッチで戦闘しないといけないのか。
えぇ、なら焼き鳥もう少し待ってもいいかも……
う~でもやっぱ、口が焼き鳥を早く早くと待ち望んでいる!
あ~でもまだボコボコにやられたくないし~!
そんな複雑な心境になりながらも、俺は焼き鳥を持って戻ってくるイアを、なんだかんだ待つのだった────
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