18話 イアの実力
色々あって、イアはゴリマッチョな化け物大男とタイマンをすることになった(何があったかは前回参照)
そして今、主役の二人が、俺たちが視線を向けるバトルフィールドへと、姿を現したのだ。
互いに向き合う二人からは、バチバチに強い闘争心──殺気と言ってもいいそれが溢れ出ていて、離れた観客席に座る俺たちにまで、それははっきりと伝わってくる。
きっと今あの二人の近くまで行ったら、俺は威圧だけ倒されるだろうな。
この試合の注目度は、他のバトルフィールドでも戦闘がされているにも関わらず、めちゃくちゃ高い。現に、観客席はほぼ満席だ。
理由は、まぁ……さっきのあれだろうな……
ゴリマッチョ率いるヘンテコ集団に俺たちが絡まれ、それに対してルアやイアが物怖じせずズバズバと言い返したやつ。……あ~俺情けない……
その時の野次馬が、大勢集まっているのだろう。
「嬢ちゃ~ん、今のうちに降参しておいた方がいいんじゃな~い♪」
「「「ぎゃはははは!」」」
……俺らの座る席から左に7番目、その席に、ゴリマッチョの子分たちが座り、イアに煽りをかけている。その声量は爆音で、多分バトルフィールドを挟んで真反対に座る人にも、余裕で聞こえてるんじゃないだろうか。
ほ~んと、な~んでこいつらに対してこんなに腹が立ってしまうんだろう。
相手を苛立たせる天才──この表現、やっぱめっちゃ合ってるかも。
でも確かイアって、結構強いはずだよな? 何せ、こんな物騒なグロスィヤの常連なわけだし。
常連ってことは、イアのことを覚えている人もいるはず。ただでさえ幼い風貌の女の子、強さとか関係なく、一度こんな場所で姿を見られれば、早々忘れられることはないだろう。
つまりこの観客の中には、イアの強さを知っている人もいるんじゃね? 普通に考えてそうだよな。
……その人たちは、一体どちらが勝つと思ってるんだろ。
で、ヘンテコ集団は全員、イアをか弱いただの女の子だと思っている。つまり、グロスィヤでイアを見たのは初めてってこと?
イアとは初対面って感じの振る舞い方だったし。
あまりグロスィヤを訪れていないのか、それとも、毎回イアとグロスィヤへ来るタイミングが入れ違いになっていただけで、同じく常連なのか。
……いずれにせよ、あいつらはイアの強さを知らない。
俺も稽古を受けている身ではあるが、イアの本気というか、こういうガチで戦う姿を見たのは初めて出会った日、ドラゴンと対峙していた時以来だ。
稽古ではいっつも手加減されてるからな。
そしてあの時、イアはオルタンシアという武器を使っていた。
でも今、イアはなんと木刀すらも持っていないのだ。つまり、あのゴリマッチョに素手で挑むということ。
……どうしても、イアが負けてしまうのではないかという不安が、頭をちらつく。
──まぁいい、ごちゃごちゃ考えるのはもう止めよう。俺もルアと一緒に、イアを信じる。
だってイアは強いもん! 武器を持っていようがいまいが関係ない! うん!
ちなみにヘンテコ集団は、まだ大口を叩いて笑っている。
観戦態度も、足を伸ばして前の座席に置いたりと、めちゃくちゃ悪い。はっきり言って害悪だ。
「あいつら、イアの強さを知らないのかな?」
この傲慢さを見てつい、俺はルアに尋ねる。
返答はすぐに返ってきた。
「そうでしょう。でなければ、サファイアにタイマンを挑むなんていう馬鹿な真似は、誰でもしません」
「そっか……イアってそんなに強いんだな」
「はい、そりゃあもう──分かりやすく言えば、グロスィヤで10本の指に余裕で入るくらいには強いです」
「そんなに?!」
信じるとはつい数秒前決意したが、流石に驚かずにはいられない。
俺は辺りを見渡す。
……この厳ついマッチョな兄さん達を含めた中で、トップ10に余裕で君臨できる程の実力──比喩かと思ったが、ルアの目を見る限り、比喩ではないらしい。マジかよ……
フィクションじゃあ、幼い子が大人を圧倒するなんてよくある話だが……本当にいるんだ、そういう子って……。しかもこんな身近に。まぁ年齢的には、イアもルアも幼いとは言えないんだけど。
すると、ルアはまた口を開いた。
「──あの日、ドラゴンに追い詰められていたのだって、それは僕を守ってくれていたからです。……サファイア一人でなら、あんなドラゴン、時間は掛かっても、確実に討伐できていたでしょう……」
「え──?」
あんなドラゴン、確実に討伐できていた──? えええええーーーー?!
あのどっからどう見てもワールドのボス的立場にいそうなあのドラゴンを討伐ぅ?!
え待って怖い、イア怖い。そんなに強いなんて聞いてないです俺。
グロスィヤのトップ10とか、ドラゴン討伐とか、徐々にイアの実力が理解できてきた。
まだ話を聞いただけなのに、これほんとにイアがゴリマッチョをボッコボコにするんじゃね? と一瞬で考えが改まってくる。
その時だ。どこからか鳴るゴングの音が、グロスィヤ全体に響き渡った。直感的に、試合前の合図だなと察する。
──今、勝ち負けを頭で考えるだけ無駄か。
どうせ今から、イアの実力を嫌でも目にすることになるんだから。
そう気持ちを一瞬で切り替え、俺はバトルフィールドにいるイアへと、視線と神経を集中させる。
俺もこの後、ランダムマッチで誰かと戦闘することになっている。
その前に、このイアとゴリマッチョの戦闘から、どういう立ち回りをすればいいかなどを、目で見て吸収しよう。……まぁ二つの意味で、どちらもできる気がしないけど……(目で吸収することと、実際にそれを実践すること)
そして────
「両者、位置につけ。──これより、戦闘を開始する」
そう言い合図を出すのは、審判員と思われる男性。
細身な体格だが、イアとゴリマッチョを凌ぐ程に出る強者のオーラが、素人目にも分かった。
考えてみれば、そりゃあそうだ。
これから大乱闘が起こるバトルフィールドで、冷静に選手の動きを見極めてジャッジをするなど、普通の人間にはできない。それこそ、審判員が普通の人間なら、戦闘によって生じる風圧やなんやらで倒れてしまうだろう。
そして、鋭い目付きの審判員は、右腕を真っ直ぐ上に伸ばす。
「フィスト/フィスト。レディー……ファイト!」
挙げられた右腕が勢いよく下ろされた瞬間、戦闘は始まった────
まずは電光石火のような、相手の右ストレート。まるで丸太が飛んでいくようだ。これを、イアは左手で払いながら余裕そうに避けた。
けれども間髪入れず、次は右手側から相手の横蹴りが向かってくる。
しかしイアは、それを何事でもないように軽やかなバッグステップで避けると、右足を軸に体を捻らせ、その勢いを使って目にも止まらぬ速さで相手の背後を取った。
その素早い動きからの行動があまりに一瞬のことで、相手も、観戦者の俺たちでさえも、驚きで体が動かず、声すら上げられない。
その隙を逃さないのがイアだ。
イアは相手の横腹へと、綺麗な回し蹴りを入れた。そして、動けず防御をしていなかったゴリマッチョは、この蹴りを横腹に諸に受け、まるで流れ星のような速さで、バトルフィールドを囲む石の壁へと吹っ飛んだ。……いや、突っ込んだ。
地鳴りのような激しい音と、まるで岩が崩れるような音がする。その衝撃で、ゴリマッチョの辺りには土煙のようなものが漂った。
体格差が2倍はあるであろう大男を、華奢で小さなイアがたった一回の蹴り、しかも片足で吹っ飛ばしたのだ。
そして、土煙が晴れていきゴリマッチョの姿が黙視できるようになると、更に驚きの光景が俺の目に入った。
なんとゴリマッチョが突っ込んだその壁には、大きな大きなクレーターが出来ていたのだ──
「──ウェンド戦闘不能。よって勝者、サファイア!」
勝負は、一瞬で決着がついた。
審判員の冷静なジャッジが、グロスィヤ全体に響く。
このジャッジから数秒後──観客席からは大勢の歓声と拍手が、まるで地響きのごとく上がった。スタンディングオベーション状態だ。
俺は呆然と口を開け、目を見開く。瞬きもせず、イアの戦いに見入っていた。
「すっっご…………」
俺はそう呟くことしかできない。
一瞬の戦闘。
その勝負は、決着がつくのに10秒と掛からなかった。もはや勝負と言ってよいのかすら分からない。
イアの圧勝だ。
イア、疑ったりしてごめん! お前は超超超強いよ!
俺、こんなに強いお前に稽古つけてもらえているなんて幸せ者だよ!
──そういえば思い出した。
この前、イアに怪力がいかほどのものか見せてとお願いしたら、イアの奴、片手で木の幹をへし折ってたな。一応言っておく──木の枝じゃなくて木の幹だからね?!
流石にあの時は、ちょっとばかし俺も命の危険を感じた。
そうだそうだ、なんで忘れてたんだろ。
あんな怪力持ってるイアが、たかが筋肉ムキムキなだけのゴリマッチョに負けるわけないじゃん!
両手の拳を握り締め、一人興奮する俺の隣、ルアは当たり前のように無表情で、バトルフィールドに毅然と立つイアを見ていた。
無表情だけど、イアの勝利を喜ぶ感情がルアの中にあることは、俺にもなんとなく分かる。
にしてもスカッとしたわ!
あのムカつくヘンテコ集団の頭を懲らしめてくれて、イアの強さが分かったかこんちくしょー! 散々イアを煽っていた光景が、思い出すとあまりに滑稽に思え、笑いが込み上げてくる。
あっヤバイ、俺の性格が悪くなってる。んん……相手を煽ったり馬鹿にすることは止めましょうね? 皆仲良くね? ねぇ?
よしオッケイ!(何が?)
観客全員が立ち上がって拍手を送る中、3人だけ、ヘンテコ集団の奴らだけは、自分たちの頭が負けたことに動揺を隠せないのだろう。俺とは違う意味で呆然とし、虚ろな目を見開いていた。それから何度か瞬きをし、目を擦ってまたバトルフィールドを見るが、もちろん現実は変わらない。
結局最後は、黙って足早に観客席を後にしていった。周りからの視線に、耐えられなくなったのだろう。
まぁあんだけイキリ散らしてたからな、自業自得だろ。
──俺も強くなりたいな。
そしてその力を威張るために使うのではなく、誰かを守るために使いたい。
……ありがちでクサイ台詞ではあるが、俺はこの言葉が好きだ。力は正しく使わないと、相手……そして自分自身を傷付ける、濁った刃にしかならない。
──って、なんで急にこんなこと考えてるんだろ。自分のことながら、ちょっと恥ずかしいぞ……
……でも、本心ではあるからな。
あーじゃー強くなるために、あとでボコボコにやられにいきますか!
とりあえず今は、自分の命を守れるだけの力をつけることからだ。それもできないんじゃぁ、誰かを守るなんて偉そうなことは言えない。それは強者になってからの台詞だ。
俺はバトルフィールドへと視線を戻す。
「あらら、何発も噛ますつもりが、つい一発で吹っ飛ばしちゃった。──まっいっか」
何か口を動かしてるようだが、俺にまでその声は届かない。
イアは踵を返しバトルフィールドを離れ、俺たちの視界から姿を消した。
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