16話 平和主義者は闘技場へ
~4月29日水曜日~
今、俺とイアとルアは、コスミマのグロスィヤにいる。
グロスィヤとは、拳と拳で語り合う闘技場──というよりは、魔王の支配によるストレスを発散したい人たちのたまり場だ。勝てば賞金も稼げる。ギャンブルとはちょっと違うが、似たようなもんじゃないかな。
グロスィヤの外観は、東京ドームをイメージすれば分かりやすい。
まぁ、中から漏れだしてくる血気盛んな声援(というか怒号)は、東京ドームとは全然違うんだけど。
例えこの施設が何なのためのものか知らなくても、中から漏れだしてくるその声を外から聞くだけで、誰であろうが本能的に理解できるだろう。──ここはめちゃくちゃ物騒な、絶対に関わっちゃ駄目な場所なんだって!
約2週間前、イア達から初めてグロスィヤについて聞いた時、俺も外観しかみていなかったが、それでも、なんて物騒な場所だよ……と身震いしたからな。
そしてそれは、事実だったのだ。物騒さ7割くらい増し増しで……
辺りを見渡すが、血が滾っている、という言葉がこれ程似合う場所は、なかなかないのではなかろうか。
グロスィヤに来ていて、細身な体格をしているのは俺たちくらいなもんで、他の者たちは皆、ボディービルかよってくらい筋肉ムキムキの屈強な大男たちだ。
獰猛なライオンの群れに、間違えて子猫が迷いこんじゃったようなものだよこれ!
同じ食肉目ネコ科同士でも、同じホモ・サピエンス・サピエンス同士でも、圧倒的に色々違うし絶対分かり合えない! 仲良くできないぃ!
そんな、仮にも同じホモ・サピエ──(以下略)である屈強な男たちからは、近くにいるだけでも、その威圧感が肌へ直接ビリビリ伝わってくる。
帰りたい…………
そうだ、なぜ宇宙一の平和主義者である俺が、こんな平和とはまったく縁遠いグロスィヤにいるのか、説明をしておこう。
それは、今から約2時間前の出来事────
◇◇◇
今朝、俺たちは円形の机を囲み、優雅に朝食を取っていた。
ルアの作ってくれた今朝のメニューは、こんがり焼けたトースト・塩のかかった目玉焼き・ソーセージ・レタス・トマト・ホットミルクだ。The洋食。もちろん超美味しい。
特に目玉焼きの、あの絶妙な塩加減の効いた味付けときたら……目玉焼きに、俺の中で新たな可能性が見出せたような気がするわ。
そう、呑気に朝食を楽しむこの時の俺は、この後イアの口から発せられる地獄の提案など、知る由もなかったのだ──
それは、丁度朝食が一段落した頃
「今日はグロスィヤに行って、リョーガも実戦を経験しましょう」
「ごふっ──! げっほ何つった今?!」
丁度ホットミルクを口に含んでいた俺は、イアの言葉に思わずそれを吹き出しかける。
「今日はグロスィヤへ行く」
「き、聞き間違えじゃなかったのかぁ……」
俺の淡い期待は、ものの数秒で打ち砕かれた。
グロスィヤ──俺がこのコスミマにある施設の中で、一番行きたくないと、初め知った時から今まさに現在進行形で願っている場所だ。
だってだって……そんなとこ行ったら、俺がボコボコにされる未来しか見えないんだもん! 痛いの嫌い! 暴力反対!(RPGでゴブリンを無双してた人が何言ってんだか)
「なあ? それを、またの機会に先延ばしすることは──」
「無理よ」
「んな即答しなくてもぉ……」
俺はがっくりと項垂れる。第二の淡い期待もまた、空しくチリとなって消えた。
嫌だ~! 行ぎだぐないよ~~!
「イアがこう言うのには、きちんとした理由が存在するんですよ」
「ふえぇぇ?」
横から、ルアが口を挟んでくる。
俺の口からは、自分でも自覚できる程情けない声が漏れだした。
いきなり今日、グロスィヤへ行くことに理由があるとは……どういうことじゃい??
「僕の宝魔で確認する限り、このままいけば、リョーガにルーンが完全に宿るのは明後日ぐらいになると思われます」
「ええっマジ!? 俺にも遂に、人知を超えた力が手に入る時が──!?」
待ってましたーー!!
──まぁ、明後日なんだけど……
「その報告は凄く嬉しいけど、なら尚更、グロスィヤへ行くのはルーンが宿る明後日以降でよくないか? 宝魔の力の練習にもなるし、何よりワンチャン、俺がグロスィヤで無双できる可能性も!」
無双するのは好きなんだよ。無双するのは。
だって無双できるなら、俺がボッコボコにやられる心配がないんだもん。
自分が強者になりたい!
「グロスィヤでは基本、宝魔は使っちゃいけないわよ。相手のほとんどは、宝魔を持たない生身の人間なんだから」
「ああそっか。仮にもし俺が炎の魔法が使えるようになったとして、その炎に対抗する術が相手にはないもんな」
「私に対してその炎が向けられたとしても、対抗できる術はないんだけど……まぁそういうこと。あ~あと言ってなかったけど、ルーンを宿す人というのは、普通の人と比べて身体能力が少し高いのよ」
「それめっちゃ重要な情報じゃん!?」
なぜ今まで教えてくれなかったし!
つまりそれって、俺も普通の人より身体能力が高いってことだよな。まだ水晶にしても、一応はルーンが宿ってるわけだし。
──すんでんのところではあるが、俺が今までイアの稽古についていけてたのは、元の俺よりも身体能力が進化してたからってことか。
体だけでなく、運動神経も高2の頃に戻ってるにしても、確かにここまで身軽ではなかった。体育の成績も4くらいだったし。
「で、突然今日にグロスィヤへ行く理由は──」
イアが話を戻す。
そうだ、その理由をまだ聞いていなかった。
「宝魔の力を身につけたばかりの頃は、力のコントロールや制御をすること、逆に力を出さないようにする方が、とても難しいからよ。もしもリョーガに、さっき言ってた炎の魔法が使える宝魔が定着したとしたら、力のコントロールができない場合どうなるか、容易に想像できるでしょう?」
こちらを真っ直ぐに見据えるイア。
イアに問いを投げかけられた俺は、静かに目を瞑り、お得意の脳内シュミレーションを始めた。
──俺は炎の魔法使い。
目の前には、金髪に青い目をした男がい。仮にジョニーとでもしておこう(なぜバリバリの外国人なのかは置いておく)
相手は敵意剥き出しに、こちらへ向かってパンチを飛ばしてきた。俺はそれに応戦するため、手のひらを相手へ向け、そこから炎を出す。
しかし、初めて使う炎。どのくらい力を入れればどれくらいの炎が出るかなど、まったく分からない。
勢い任せに出た、相手よりも大きな炎のは、まるで霧のようにジョニーへ纏わり付く。
そして炎は燃え続け、真っ黒になったジョニーだけが──
「……」
俺はゆっくりと目を開ける。
すると、腕を組みこちらを見ているイアの姿があった。
「どうだった? やたら真剣に想像を働かせていたようだけど」
「人型火炎放射機になった……」
「は?」
「ジョニーが俺のせいで火だるまに~!!」
「ジョニーって誰よ」
イアからパンチではなく、的確なツッコミが飛んでくる。
「はぁ……まぁいいわ。そう、自分の意思関係なく、罪のない相手を傷つけてしまうかもしれない。リョーガだって、それは嫌でしょ?」
「絶対に嫌だ! もうジョニーのような被害者を出してはならない!」
「だからジョニーって誰よ」
「リョーガごときに殺られるなんて、ジョニーも運がなかったですね。架空の人物でしょうが、リョーガは罪を償わないと」
「ジョニー! 特に思い出も思い入れもないけどごめんー!」
「駄目だわ、もう空想と現実の区別さえできなくなってる」
「リョーガは元から底辺の人間ですが、それがこれ以上おかしくなって地に落ちれば、もう存在意義さえないのでは」
「俺にだって存在意義くらい流石にあるわ多分!」
「自分で多分って言っちゃってるわね」
「サファイアも、よく多分という保険を掛けた言い回しを使いますけどね」
「あら、そうかしら?」
「はい。自覚はないかもしれませんが、聞き手側としては、サファイアの口からしょっちゅう聞いています」
「待って、俺を蚊帳の外へ追いやらないで!」
「しつこい男は嫌われますよ」
「ぐふっ!?」
(緑牙に1000のダメージ)
ヤバイ胸が~心が心臓が~!
そんなわちゃわちゃな俺たちを、隣でランビリスさんはにこやかに見守ってくれていた。
これぞまさに仏様! 人間国宝!
できるなら、俺の心のダメージもこの仏様に回復していただきたい。というか、俺そこまでしつこくないからね!
「──で、話を戻すけど──ルーンが宿ったばかりだと、宝魔を制御できない。罪のない人を、最悪殺してしまうかもしれない。だから、ルーンの宿っていない今、つまり今日、グロスィヤで戦闘を経験するのよ。習うより慣れよってやつ」
気を取り直し、イアが話をまとめ、締めた。
俺も、その話についていく。
「オッケイ理解把握。……本音は、やっぱりまだ行きたくないけど……それだと、何も変わらないもんな。ええい! ボコボコにやられる覚悟はもうできた!」
「ボコボコにやられない、という選択肢はないんですね」
「逆に俺がサンドバッグにならない未来が見えるか?」
「見えないわね」
「見えませんね」
自分で蒔いた種だったが、二人同時にはっきりと言われ、結構しゅんとする。
こうして俺たち3人は、グロスィヤへ行くことになったのだ。
正直、乗り気はまったくしていなかった。が──
──体力ならば、毎日10㎞くらい走ったりしていれば、自ずのうちに上がってくれる。
しかし、戦闘での体の動かし方や相手の動きを読む技術──これらは、どれだけ模擬、模倣で行っても、結局はイミテーション。本物と比べれば、そこから得られる力や技術は少ない。
だからイアが、グロスィヤで本気の実戦を積ませて、少しでも俺の技術力を上げさせようと考えてくれていることは理解してるし、そこまで考えてくれているとことはとてもありがたく思う。
だが、俺は稽古を始めて1週間。もう一度言おう、1週間だ。
興味本意でボクシングを始めたばかりの人が、いきなり世界チャンピオンと拳を交えるようなものである。これは、決して大袈裟な比喩ではない。
想像してみてくれ。対人しているアマチュアボクサー(とも言えないかもしれないが)の心情は言わずもがな、それ見ている観客さえもが、見るに絶えず恐怖で心が覆い尽くされることだろう……あ~恐ろし!
そして俺は今日まさに、そのアマチュアボクサーと同じ運命に立とうとしているのだ。
……そりゃあ、自らそんな運命をたどりたいなんて思う人、誰もいませんよ。
今も、痛いのが嫌だという私情と、それだと何も成長しないという周知の事実で、感情と思考がごちゃごちゃだ。
──だが男リョーガは、デメリットよりもメリットを大切にし、ボコボコにやられる覚悟を決めた!
No pain、No gainつまり、痛み無くして得るもの無しっていう格言もあることだし。
どこからでもかぁかってこいやおら~!?
(※彼は自暴自棄になっております)
そして午前10時、半ば自棄糞の俺とイア達は拳と怒号が飛び交う場所、グロスィヤへ到着したのだった────
◇◇◇
グロスィヤ全体を照らすギラギラとした照明は、外の太陽よりも眩しかった。例えるなら、ライブ会場の照明だ。行ったことないけど。
ずっと見ていると、あまりの明るさに立ちくらみがしてくる。
俺は早々に上の照明から視線を外し、何度か瞬きをしてから、ある一点へと視線を向けた。
それは、グロスィヤにあるバトルフィールドの一つだ。
グロスィヤには戦いの場所、バトルフィールドが4つ存在する。
どれも造りはまったく同じで、単純に乱闘を一遍に行うためだろう。1組ずつしか行えないよりも、よっぽど効率的だ。
しかし俺としては、バトルフィールドは1つで十分だった。
だって数が少ないなら、俺の順番が回ってくるまでに時間が掛かるもん!
そう、いざ現地にたどり着いても、チキンな俺はずっと心臓バックバクで、足もガクブル。
帰りたい!
ちなみにチキンとは、主にアメリカ合衆国で用いられる臆病者のことを蔑んで言うスラングのことだ。って、なんでこんな解説してんだ俺は。つまり俺が臆病者ってことじゃん!(実際そうだけど)
……んまぁそんな俺の愚痴はいいとして、だ──
俺がその1つのバトルフィールドへ視線を向けるには、ある理由がある。
俺たちは今、そのバトルフィールドを観覧するための観客席にいた。俺の隣に座るルアは、変わらずいつもの無表情だ。しかしその近くに、イアの姿はない。
グロスィヤのバトルフィールドは、アンフィテアトルムの造りになっている。分かりやすく言えばどんぶり状、その底がバトルフィールドだ。
現在、観客席の半分程が埋まっている。
バトルフィールドの地面はコンクリート造り。なんの変哲もなく、本当にシンプルな造りだ。
よくあるフィクションの闘技場の地面には、砂が敷かれていて、それで砂埃をたてて相手を目眩まし、みたいな戦法もできるが──どうやらグロスィヤは、本当に自分の純粋な実力だけで戦うみたいだな。
ちなみに闘技場なんて聞くと、武器は使わず丸腰同士で戦うんだと思うだろう。
しかしグロスィヤでは、何も拳同士のみで戦うだけではない。
グロスィヤでは木刀のみ、武器の使用が許可されているのだ。
なぜ木刀なのかというと、単純に殺傷能力がはいから。闘技場といえど、相手を殺すことは許されない。
対戦人数は1対1、2対2でも、同数同士ならば何人でもよく、時たま大乱戦が起きることもあるとかないとか。そんな場面に出会さないことを祈ろう。
で対戦は、もちろん拳同士でもよく、そして木刀同士、拳対木刀でも行える。
相手を先に降参、あるいは戦闘不能にした方が勝ちだ。大抵は相手を降参させる前に、戦闘不能にしてしまう人がほとんどだとか。あ~恐ろし!
はい今日何度目か分からない恐ろしでま~した~!
え~おほん、話を戻して、俺がバトルフィールドに注目する理由な。
それは──おっと出てきた。
俺が見ていたバトルフィールドの一角から出てきたのは、青系統の服装に、肩下程にまである見慣れた水色髪の小さな少女──
「サファイアが出てきましたね」
これまで気まずい程に無言だったルアが、バトルフィールドへ姿を現した少女──イアを見て言う。
イアは武器を持っていない。どうやら、体術で勝負するようだ。
俺としては、それがかなり意外なことだった。
俺、武器持って戦うイアの姿しか、見たことないもん。
「……そんで、イアの相手は────」
俺は、イアが出てきた入り口とは反対の位置にあるもう一つの入り口、そちらへ視線を移した。
そこから、イアの対戦相手が出てくるのだ。
……そして、やはり絶句する──
そこから出てきたのは……まぁ大雑把に言えば、化け物大男。
さっき間近で見たけど、やっぱりあの外見の厳つさは慣れない。
一つ一つ特徴を、俺の頭の整理も兼ねて説明しよう。
まず身長。イアよりも頭2つ分くらいでかい。高いじゃなくてでかい。
体格に関しては、言わずもがな。関係あるのか分からんが、屈強過ぎて服がはち切れそうになっている。
腕なんて、ありゃ丸太だろ! うん。この例え、結構いい表現方法だと思う。
そんでもって顔。厳つい! 怖いとか濃いとかじゃなくて、厳ついんだ。肌も焼けてるしもうさ、戦闘のために生まれてきた人って感じだよこれ。顔にある無数の傷が、より一層その印象を強くする。
手もでかい。俺なんかが頭を握られたら、一瞬で頭蓋骨握り潰されそう……
「ヤッバ~~…………」
もう、これしか言えねよ……
イア……さっき自分で大丈夫だって言ってたが、本当に大丈夫なのか……?
俺には、これから一方的な殺戮が始まるようにしか見えねぇ……
俺のこの不安を察したように、タイミングばっちり、ルアが口を開く。
「サファイアなら大丈夫ですよ。僕たちが心配するだけ馬鹿馬鹿しいです」
妙に熱のこもった言い方に、俺は少し面を食らう。
「その溢れ出る信頼と自信の根拠は、一体どこから……」
「サファイアですから」
「あぁ……イアだからか……」
もう、イアのことを一番よく知ってるルアがそう言ってるんだし、俺が心配するだけ無駄だな……という結論に至った。
俺もイアを信じて、見守るとするか。
俺だって、イアに稽古を受けている身。イアの強さに関してはよく分かってるもんな。
「テメーに、目上の相手に対する態度ってやつを教えてやるよ。泣いて降参するなら今のうちだぜ?」
「それはこちらの台詞よ。あんたこそ、その溢れ出る傲慢さ、私が止めてあげるわ」
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