14話 おやつタイムの昼休憩
魔石発掘作業を始め、早2時間経過。
30分で脳みその整理を終えた俺は、更に30分が経つ頃には、地面に見当たる魔塊全てを集め終えていた。自分でも意識してない内に、驚くほどせっせと拾っていたらしい。
そして今、俺が何をしているかというと──ひたすら石を削ってますはい。
経緯を説明すると、魔塊の回収を終えた俺は、それをイアへ報告した。すると役割が魔塊集めから、魔鉱石の削り出しへランクアップしたのだ。
しかし、これが結構な重労働で……
石壁から直接削り出すのではなく、イアが大まかに採掘してきた魔鉱石だか魔水晶から、余分な部分を削っている。ひたすら、ひたすらと。
使っている道具は、イアから渡されたものだ。なんか、先っぽがとてつもなく鋭利な棒状のもの。名称は知らない。
なぜこれが重労働かというと、神経をめちゃくちゃ使うから。これでもかってくらい集中してやらないと、直ぐに失敗して、その魔石がお蔵入りになってしまう。
そんなのもったいないし、後からくる二人の視線が怖いからな……
これよりも更に精密な作業を、数時間黙々とこなすルアがほんとスゲーよ。マジで。
俺はそれほど不器用でもないけど、器用とも言い難い。だが、流石に針の穴に糸を通すぐらいのことはできるぜ?
と、やってるうちに、また一つ削り終わった。
所々に石が残ってるのも許されないそうだから、俺の作品は本当にギリギリのラインだ。
まあこういうちまちました作業、わりかし好きだからいいけど。でもやっぱ疲れるなぁ。
ええっと? ひーふーみー……1時間近くやって、やっと5個かぁ……
削り終わった魔石を左側へと置き、ちらりと反対の右側を見る。
……はぁ…………思わずため息が出た。
そこには、まだ削り出しを行っていない魔石が、ざっと数十個は山積みになっている。いや、百くらいあるかもしれん。
仮にこれ全部を削るとしたら、一体何日……いや、何週間かかることか。
流石に二人が、そこまで鬼畜でないことを祈ろう。
倦怠感を抱きつつ、山積みの魔石の中から俺は新たな魔石を手に取り、それをまた綺麗に削るのだった。
◇◇◇
「──ガ……リョーガ!」
「……ふえあっっはい!」
不意に後ろからイアに呼ばれ、反射的に背筋を伸ばして返事をする。
集中し過ぎて、ずっと呼ばれていたことに気付かなかったようだ。
我に返って魔石を見ると、あれから更に4個の魔石を削り終わっていた。なんだかんだ言いながらも、夢中になっていたみたいで。
そして今、俺の手中には半分程の作業を終えた魔石がある。アメジストのような、紫色の魔石だ。
「で~……えっと何?」
俺は後ろに立つイアの方へ首を回し、尋ねる。
「さっきからず~っと呼んでいたんだけどね……まあいいわ。そろそろ休憩にしましょうってこと。作業を始めてからもう3時間は経過しているわよ」
「マジそんなに?」
そう意識した途端、猛烈にお腹が空いてきた。朝9時に家を出たから……今は14時過ぎくらいか? ほぼおやつの時間じゃん!
「遅いけど昼食にしましょう。ルビーにももう声をかけたから」
「てことは、この作業一旦中断していいのか?」
「休憩って言ってるでしょ。当たり前」
よっしゃー!
肩をぐるぐると回す。あ~肩痛い、ついで下向いてたから首が痛い。ずっと地べたに座ってたから、立ち上がると足も痛い。つまり全身が痛い。
ルアは、石の地面に引いたレジャーシートの上に座り、俺たちを待っていた。作業は一区切りついたらしい。
俺とイアもそのレジャーシートの上に座る。
シートの下にある小石が当たって……痛い。
「そちらの作業状況はいかがですか?」
ルアが、いつもの無機質な声音で尋ねてきた。
「ルアさんマジでリスペクトです」
「は?」
俺の純粋な尊敬の言葉に、とんちんかんな声を上げるルア。
「いやさ、魔石の削り出し作業が、あそこまで神経を使うとは思わなかったから。それを3時間黙々と続けられる、ルアに尊敬の意を表したというか」
「大げさですね。慣れればどうってことないですよ」
俺の褒め言葉は、呆気なく砕かれたのだった。
そのルアの隣では、イアが無限袋から弁当箱を3つ取り出し、俺たちの前に並べていた。
レジャーシートを引いて弁当を食べるって、学生時代の校外学習を思い出すなぁ。……まあ、中学上がってからは、親が弁当作ってくれないから、俺はいつもコンビニのおにぎりだったけど……それはそれで美味しかったけどさあ!
「サファイア、お弁当を魔石と同じ無限袋の中に入れないでと、何度言えば分かるんですか……。蓋があるにしても、隙間から魔石の石粒が入り込んでいたら、衛生的に問題なんですから」
呆れ顔で言うルア。どうやら、今回のようなことが今まで何度もあるらしい。
一方、ルアに矛先を向けられている張本人のイアは、あっけらかんとしていた。
「あっ、そうだったわね。ごめんごめん」
手を合わせ、ルアへ謝る。……全然反省してなさそうに見えるのは、俺だけだろうか?
「はぁ……次からは本っ当に気を付けてください。お弁当箱にも傷が付いてしまうので」
「りょーかいりょーかい」
もはや視線は、ルアの方を向いていなかった。お茶を汲んでいる。
ルアは既に諦め顔だ。
その表情は、イアがルアに対して干支で時刻を言うのを止めてほしいと言っていた時の表情と、瓜二つだった。流石双子だな。
なにはともあれ、今は遅い昼食の時間だ。
「いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
弁当の蓋を開けると、中には色彩豊かな具材の数々が、隙間なく詰められていた。その配置も見事で、一言で表せばめちゃくちゃ旨そう。
思わずよだれが出そうだった。
「この弁当はルアが?」
「はい、僕が作りました。冷めても美味しいはずです」
それを聞きながら、最初の一口目、玉子焼きを頬張った。
「ほんとに旨いわ~」
味付けのバランスがお見事。しょっぱいか甘いかと聞かれれば甘い方、けれども甘過ぎず、程よい塩加減もある。
飲食店とかで出てきてもおかしくないレベルだ。いやマジで。
俺よりも少し先に黙々と食べ始めていたイアは、既に弁当の中身の半分程を食べ終えていた。
相変わらず早いな?! と、心で恒例のツッコミをいれる。しかもイアの弁当だけ、俺たちのと比べて倍は大きい。
こんな小柄な体型から、誰が想像できますか。
「──ん何? 私の顔に何か付いてるかしら?」
俺が見ていたことに気付き、イアが小首を傾げた。
良からぬ誤解を招かないよう、慌てて首を振る。
「ごめんごめん大丈夫、イアが食べるの早いな~って思ってさ」
「ああそんなこと? 食べてる時間がもったいないって思うと、自然と早食いになっちゃうのよね」
そう言いながらも、手を止めずに弁当を食べるイア。
「成る程。その気持ち、なんか分かるわ」
「健康面を考えると、僕としてはゆっくり食べていただきたいのですがね」
「10回は噛んでるから大丈夫よ」
「大丈夫じゃなく、最低でも30回は噛んでください。リョーガもですよ?」
「えっ俺も?」
かく言う俺の方も、もう3分の1は食べ終わっちゃったんだけど。
しかも30回って、なかなか面倒なんだが。
「やってください」
「うっ……はい……」
これは逆らわない方がいいな、うん。俺の本能がそう言ってる。
大人しく俺は、きちんと30回噛むことにした。まぁ味がよく分かって、これはこれでいいかもしれない。
「おっ、これロールキャベツか? 意外と作るの難しいのに、弁当に入ってるなんて珍し」
弁当の中には、一口サイズのロールキャベツが2個入っていた。
食べてみるが、ルアの言うとおり冷めても美味しい。
「おや、リョーガのくせして分かりますか」
「俺のくせしてとは失礼な」
「リョーガは料理するの?」
イアからの質問。
「人並み程度にはするな。親が料理作ってくれることがなかったから、自分で作ることよくあったし」
まあほぼインスタントで済ませてたけど。それでも週1くらいは自炊してたぜ! ドヤぁ☆
「人並み程度にできることは普通ですからね」
「おいおい一言多いって。ところで、イアは料理するのか?」
思い返せば、キッチンに立っているのはいつもルアで、イアが料理をしているところは見たことがない。
ルアがこれだけ料理上手だから、イアが料理をするまでもないのかもしれないが。
「あ~、私は…………」
イアは気まずそうに、視線を若干背けた。
変わりに続きを言ったのはルアだ。
「全くもって駄目です。サファイアに料理なんてさせたら、家が爆発します」
「爆発?!」
予想外の言葉に、俺は思わず叫んでしまった。
えっこれ、料理という主題から広がった会話だよね?
あれか? 間違えて水と油を混ぜちゃったのかな? 俺もそれやっちゃったことあるけど。いやそれでも、キッチンは大惨事になるが、家は爆発しないか……
「さ、流石にそれはないわよ…………多分……」
「あはは、そうだよなぁ……って、多分?!」
イアの口からスッゴい弱気な発言が聞こえたのは、俺の気のせいではなかったはず……だよね? いやこれは気のせいであってほしい!
「リョーガ、サファイアの料理音痴を、舐めてはいけません。現に昔、サファイアがカレーを作っていたはずの鍋が大爆発して、大破しましたから。あの時は、後始末が大変でした」
「鍋って爆発するものだっけ?」
「普通は絶対にあり得ません。サファイアの料理音痴は、もはや一種の才能なのかも……」
これには流石に、苦笑いを浮かべるしかなかった。
こういう会話でも、無駄に真剣なのがルアである。多分、今言ったことはマジでそう思っているのだろう。
「はは……まったく嬉しくない才能ねぇ……」
こればかりはイアも、魂が抜けたようなような苦笑いを浮かべるのみだった。
しかし、イアがそこまで料理が苦手だったとは……爆発とか、ほんと何したらそうなるのだろう。
これは迷宮入りの予感。
「そ、それよりも! リョーガ、そのペンダントはどうしたの?」
あっ、話題変えた。逃げたな。
優しい俺は、それに対しては突っ込まず、その話に乗る。
で、話の主題が俺に向いたわけだ。
イアの指すペンダントは、言葉の意味そのままペンダント。俺が今、首から下げている物だ。シャツの中へ入れていたため、外からは紐の部分しか見えない。
「これか? なんか、この俺のベルトバッグの中に、いつの間にか入ってたんだ」
そう言い、俺はペンダントの水晶を胸元から取り出し、右指で掴みながら二人に見せた。
辺りの魔石の光が映り込み、七色に光っているように見える。
「へぇ、綺麗な物ね」
いつの間にか食べ終え、空になっていた弁当箱をイアは置き、俺の持つ水晶をまじまじと見た。
ルアの方も箸を止め、吸い込まれるようにこの水晶に見入っている。
「だろだろ? でもこれ、俺自身本当に身に覚えがなくってさぁ。それでランビリスさんに、この水晶について聞いてみたんだ。そしたら──」
~先日の出来事~
俺はランビリスさんに、ベルトバッグに入っていた水晶を見せた。
これが何かしらの宝具なら、ランビリスさんの宝魔で何か分かると思ったからだ。
しかし反応は乏しく、ランビリスさんは水晶を手にとっても、首を捻るだけだった。
「う~む……私の宝魔でも、この水晶が何かは分からないなぁ」
「そうですか……」
そこまで落胆はしなかった。それも可能性の一つとして、十分に考えていたことだったからだ。
「それじゃあこの水晶は、宝具ではないということですね」
「そうなるね。しかし、私もこの水晶について知っていることは何もないなぁ……リョクガくんの力になれず、すまないね」
「いえ、そんな。宝具じゃないと分かっただけでも十分です。それにこれが何の不思議もない、ただのビー玉って可能性もあるんですから」
寧ろそっちの可能性の方が高いぐらいだし。
「……そうかい? ならせめて──少し待っていてくれ」
「?」
ランビリスさんは、一旦俺に水晶を返すと、そのまま店の奥へと消えてしまった。
俺は首を傾げつつ、その背中を見送り、再び手にした水晶を見た。
「ん……あれ?」
俺は、少しの違和感を覚える。
なんか……水晶が少しだけ濁っているような……?
何度か瞬きをして、再び確認する。────やっぱ俺の気のせいか。
そうしていると、早くも店の奥からランビリスさんが、手に何かを持って戻ってきた。
俺の疑問は、更に深まる。
「ごめんね、お待たせ」
「あっいえ……それは?」
俺はランビリスさんが手に持つ、不思議な金具が付いた紐を見て尋ねた。
「これは宝具の一種でねぇ。リョクガくん、もう一度その水晶を貸してくれないか?」
「分かりました。はい、どうぞ」
俺から水晶を丁寧に受けとると、ランビリスさんは先程の宝具と水晶を使い、手元で何やら作業を始めた。
そして10秒程で──
「できた。こんなのはどうかな?」
そう言いランビリスさんが手渡してくれたのは、さっきの宝具と水晶が合わさった、ペンダントのような物だった。
美的センスは皆無の俺だが、オシャレなペンダントだと思う。
「力になれない代わりだ。こんなにも綺麗な水晶なのに、それをずっとバッグに閉まっておくのは、些かもったいないように思ってね。宝具だから、金具部分と水晶が勝手に外れる心配もない。もちろん、水晶に穴を開けたりもしていないよ。……気に入ってもらえたかな?」
心配そうに表情を曇らせるランビリスさんに、俺は笑顔で答えた。
「はい! めちゃくちゃ嬉しいです! ありがとうございます!」
もちろん全部本心だ。
俺も、この綺麗な水晶を閉まったままにしておくのは、超もったいないと思ってたし。
「そうか……それだけ喜んでもらえて、私もとても嬉しいよ」
~現在~
「──と、いうわけだ」
「成る程。おじさんは優しいわねぇ」
「だよな~、もう人間国宝級だわ」
俺はペンダントと水晶をぎゅっと握る。なんか、こうしていると安心するんだよな……
「その水晶が宝具じゃないなら、本当にただのビー玉なんじゃありませんか?」
感動も気遣いもありゃしない、厳しく飛んで来る、ルアの言葉の矢。
だがしかし、今回ばかりは
「その意見に、俺も賛成。そして可能性大」
と、答えた。
俺があまりにもあっさり同意したことに、少々驚いた様子のルア。
「でも、何もこれが特別な物じゃなくてもいいんだ。別にこれがただのビー玉だろうと──持っているだけで安心する。──それだけで、いいんだ」
「へぇ……随分とそれ、お気に召したのね」
「リョーガにしては、珍しく良いことを言った気がします」
「おいおい珍しくとは失敬な!」
「ごちそうさまでした」
俺の反論を華麗に無視して、ルアは食べ終えた弁当の後片付けを始めた。
「そういえば言ってなかった。──ごちそうさま」
とっくに食べ終えていたイアも、思い出したように手を合わせ、ルアと共に片付ける。
慌てて俺も最後にミートボールを口に入れ、その美味しさを十分に噛み締めた後
「ごちそうさま」
そう言い、手を合わせた。
そしてそこから更に2時間、過酷な魔石の削り出し作業が待っていたことを、能天気に二人と後片付けをするこの時の俺は、まだ気付いていないのだった────
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