13話 小さな宇宙
「ここがアステリ洞窟か。草原のど真ん中にあって、存在感が半端ないな」
マジで何もない草原に、家一件分くらいの敷地に洞窟だか洞穴だかがある。異様な光景だ。
普通洞窟って、山の斜面とかに横穴が空いているもんだろ? でもこのアステリ洞窟は、どちらかというと、草原に後から洞窟を造ったみたいに思える。原理がまったく分からねぇ。
そしてこの洞窟は、横ではなく地中へ続いているようで、入り口付近から既に真っ暗だ。モンスターとかが住んでそう。
このままずっと見つめていると、この暗闇から手が伸びてきて、洞窟の中へ引きずり込まれそうだという錯覚に陥る。
「暗いけどこれ、大丈夫か?」
「中に入れば案外明るいから、問題ないわ。はぐれたら面倒だから、ちゃんとついてきてよね」
「アステリ洞窟に置き去りにされたくなければ、きちんとついてきてください」
「俺そんなに信用ない?」
俺が、二人についていくことさえできない幼稚園児にでも見えるのだろうか。
万が一はぐれても、イアは探してくれそうだが、ルアはマジで置き去りにして帰りそうだから、ちょー怖い。
言われずとも、全神経を集中させてついていく。
気が付けばイアは、どこから取り出したのか、火の付いたランタンを持っていた。ほんとにどこから取り出したのだろう。
「じゃっ、入るわよ」
そんな軽い掛け声の後、イア、ルア、俺の順番で、俺たちはアステリ洞窟内部へ足を踏み入れた。
気持ち階段のようになっている下り坂を下り続けると、ようやく洞窟らしい大きな空洞がお目見えとなった。
やはり地下というだけあって、肌寒い。
風も入り込んでいるようで、化け物の鳴き声のような音が、洞窟の中で木霊していた。
そしてイアの言っていたとおり、普通に周りを目視できる程、不思議と洞窟内は明るい。ランタンは、あれば尚良しといった感じだ。
しかし、露出しているのはただの岩肌だけであり、とても魔石のような、鉱石があるとは思えなかった。
ギルドでルアが言っていた言葉に、納得する。
イアは、何を思ってここへ来たのだろう。
そう思いイアの方を見ると、何やら不思議な行動にでていた。
イアは宝魔具のナイフで、洞窟の壁をの至る部分を叩き歩いているのだ。
「何をしているのですかサファイア?」
俺の心を代弁するように、ルアがイアへ問う。
しかしイアはこれには答えず、黙々と壁を叩いて歩いた。何かをぶつぶつと呟いているのか、口元が動いている。
──そしてイアは、ある一点で立ち止まった。
「……ここね」
するとイアは指を鳴らし、持っていたナイフをつるはしへとチェンジさせた。オルタンシアって、つるはしにもなれるのかよ……万能過ぎやしませんかね。
そして今度は自分の手で持たず、指先を動かしながら宙で宝魔具を操る。
目でその様子を追っていると、唐突にイアは腕を挙げ、それを洞窟の壁へ振りかざすように勢いよく下ろした。
それに連動するように、つるはしは勢いよく岩肌へ刃先を当てる。
その途端、刃先が当てられた岩肌一帯が、まるで砂のお城のように呆気なく、地響きのような音を立てて崩れ落ちた。その砂埃が、少し離れた位置にいる俺とルアにまでかかる。
砂が目に入らないよう、閉じていた目を恐る恐る開けた。
──するとそこには、先程まであった石の壁は一切なく、その奥へと洞窟の道が続いていたのだ。
「んなあ?!」
もちろん、驚かずにはいられないだろう。俺は素直だから、この驚きの感情を、そのまま声として表に出した。
ルアも少し目を見開き、驚いたような感情を見せている。
一方、その驚きを作り出した張本人は、何でもないかのような表情で、こちらへと戻ってきた。その余裕の態度はなんなんだ!(←張本人だからじゃないかな?)
「以前に訪れた時に、壁に当たったつるはしの音に違和感を感じてね。思ったとおり、その壁の向こうに未開の空間が続いていたというわけ」
俺たちが問いただすよりも先に、イアが事柄を説明してくれた。
ナイフで壁を叩いていたのは、その空洞を探す為だったのね。普通はスプーンとかを使うと思うんだけど。
「かなり大胆なことをしましたね……まさか洞窟の壁を壊すとは……。衝撃で、この洞窟が崩れたりてしたら、どうするつもりだったんですか……?」
「あっ」
「考えていなかったようですね……」
これでもかって程に、呆れた様子のルア。
イアには多少、脳筋な部分があるようだ。
「まあ……結果オーライよ」
イアは誤魔化すように苦笑いを浮かべると、そのまま視線を泳がせた。
なんとなく、他人事とは思えない案件だったな。
「それで、えっと……このイアが発見した空間で、魔石の採掘をするってことか?」
「ええ、そういうこと。アステリ洞窟は、品質の良い魔石が採掘できることで有名だから、奥の方まで行かないともう残ってないんだけど──ここは未開の地だから、面白いように採掘が捗るわよ」
そう言いイアは、一足先にその壁の向こうにあった空間へと、足を踏み入れた。
俺とルアもその後に続き、壊れた岩肌を潜る。屈まなくても、余裕で通れる程に、岩肌は崩れていた。つるはし一発でこれって、どんな威力してたんだよ……
そうして、つい先程まで誰にも知られずに閉ざされていた、目の前に広がる光景は──息を呑む程、美しかった。
一言で言い表せば、それはまさに宝石箱の中だ。
辺り一面に、色とりどりの鉱石たちが顔を出し、お互いの輝きを反射し合って、虹色のオーラを作り出している。
洞窟の壁から鉱石が見えているだけでなく、なんと地面にもそこらじゅうに、赤や青、緑、黄色、ピンク、オレンジ──多種多様な色の鉱石が落ちていた。……いや、鉱石というよりかは、宝石と言う方が正しいかもしれない。
まるで、小さな宇宙を見ているようだ。
今なら、詩の一つや二つ、余裕で書けそうな気がする。
そして人間、あまりにも感動すると、声が出せずに無口になるということも分かった。
俺のこの説は正しかったらしく、イアとルアも、先程から口を動かさず、この光景を食い入るように見つめている。余程見とれているのだろう。
美的センスに疎い俺でさえ、この景色だけでご飯5杯は食べれると思えたのだから。
するとイアは両手で自分の頬を叩き、首をフルフルと振った。
「いけないいけない、見とれてる場合じゃなかった。早く、クエストの条件を満たさないと」
そして自分に活を入れるように、もう一度頬を叩いた。
ルアもそれで現実に引き戻されたのか、先程のイアと同じように、フルフルと首を振る。
俺も深呼吸をし、興奮していた気持ちを落ち着かせた。
イアは俺とルアを一瞥し、指揮を口にした。
「役割分担よ。まずはリョーガ」
「はい!」
反射的に、名前を呼ばれたため返事を返す。
「リョーガは魔石の採掘なんて初めてでしょうから、今回はこの──」
そう言い、地面に落ちた鉱石──元い魔石を拾った。
「こういう、落ちている魔石をとにかく集めてもらうわ。魔石に関する説明は、作業中に私がするから」
「はい質問!」
「何?」
「その拾った魔石は、どこに集めればいいんだ? 地面に落ちてる魔石って、見た感じめちゃくちゃ量あるし、途中から抱えきれなくなると思うんだが」
「あ~そっちの説明もしないとね。けどちょっと待って、先にルビーの役割を言うから。これが一番時間がかかるし、一番重要な役目なのよ」
「──僕はレアリティの高い魔石の採掘、繊細で細かい作業の担当ですよね」
イアが言う前に、ルアが自らの役割の推測を述べた。
それに対して、イアは頷く。つまり肯定した。
「ええ、そのとおり。いつもと同じだけど、ルビーにはそれをお願いするわ。私もリョーガも、あんな繊細な作業は絶対にできないから」
さらっと俺も混ぜられている模様。繊細な作業ができないことについて、まあ否定はしないけど……
「てことで、はい。いつもの採掘用のセット一式。頼りにしてるわ」
イアがルアに手渡したのは、手のひらに乗るくらいのサイズの、小さな袋だった。デザインは、赤チェック。
採掘用のセットってなんだ? あの小さな袋の中に、つるはしが入るとは到底思えんが。
「承りました。では、そちらの区切りがついた頃に声をかけてください。そこからこっちの区切りがつくまで、採掘は続けていますので」
「分かった、よろしくね」
「はい。……ここら辺から始めましょうか」
そうしてルアは、俺たちに背を向けて壁を見、座り込んで手元を動かし始めた。
その背中だけで、めっちゃ集中しているのが分かる。
「さて、私たちも作業に取りかかりましょう」
「ラジャー! イアは何するんだ?」
「私は鉱石を、大まかに採掘していくわ。最終作業は、ルビーにお願いするけど」
「もしかしなくとも、イアって結構不器用なのか?」
「ええ、そうね……針の穴に糸を通せた試しはないわ」
「そ、そうか」
「あっ、さっきのリョーガの質問に答えないとね。集めた魔石は──はい」
「うわっとと!」
イアの手から突然投げられた物を、俺は反射的にキャッチする。ギリギリセーフ……
キャッチしたそれは、先程イアがルアに手渡していた袋と、同じ物だった。ただ、デザインは緑色のチェックになっている。
「それは“無限袋”。宝具の一種で、その名のとおり、物を無限にしまうことができる優れものよ」
青い狸の四次元ポケットじゃん!
「無限って、マジで無限?」
「マジマジ。ついでに言えば、どんなにサイズの大きな物だって入るわ」
「わ~お、ほんとに、これ以上ない優れものだなぁ。これに魔石を入れればいいんだな?」
「ええ、いい働きを期待してるからね」
俺は胸をドンッと叩く。
「任せなさい!」
「オーケーオーケー。さてじゃあ、手元も動かしながら、次は魔石の説明をするわよ」
イアは宝魔具のつるはしを操作し、魔石の覗く石壁を砕いた。
俺も腰を屈め、そこらじゅうに落ちている魔石を拾う。一つ一つ色が違い、見ていて全然飽きそうにない。
イアの説明が始まった。
「魔石というのは、“空気中の魔力が集まり、鉱石となった物。魔石自体が帯びる魔力は、ルーンと同じで宝魔と呼ばれているわ。魔力が魔石になるには、数百年の年月がかかるの”」
数百年か……鉱石にしては意外と短いんだな。
「そして魔石は、その魔力の純度によって5種類に分けられるの。一番純度が低いのが、今リョーガに淡々と拾ってもらっているその“魔塊”。“石ころの、魔力の塊バージョンってレベルで、価値は低いわ。まあ1つにつき、銅貨1枚分くらいの値段にはなるけど。一つ一つの色が一色で単調だから、様々な色の物がある”の。
で、その次が“魔鉱石”。細かい説明は、魔塊とほぼ同じだから省略。“魔力で出来た鉱石”と捉えとけばいいわ。
その次が“魔水晶”。こっちも説明は省略。“魔力で出来た水晶”よ。
次が“魔宝石”。これが、今回3種集める魔石。こっちも名前そのまま、“魔力で出来た宝石ね。ただ、レアリティが魔水晶と比べて、桁違いに高いわ”。
……理解は追いついている?」
「えっはは……! モッ、モチロンダトモ」
魔塊回収に集中して、話が右から左へ流れていってたなんて口が裂けても言えない。
「……これは、帰ったら再度説明ね。まっ、今は説明を続けるわ。
残る一つ、最高レアリティの魔石は“魔純宝石”。捉え方は、“純度の高い魔宝石”ってとこね。ちなみに、今から言うのはとても大切なこと、“私たちの目にあるこのルーンも、実は魔純宝石と同じものに当たる”の」
「んなっ?! つまりルーンは魔石だった?!」
「アバウトに言えばそうね」
「魔石が目に入ってるって、やっぱ問題大有りじゃね?! ──あっ、ルーンは実在するけど実体はない、魔力の塊だったな」
「あら覚えてたのね。じゃあこの際、ついでに前省いていたルーンの詳しい説明もしておきましょうか。今までリョーガに詰め込んできた知識で、大方完璧に説できるし」
「マジか。お願いしま~す」
今度は魔塊集めよりも、イアの話へ神経を集中させる。
「ルーンとは、“目の中にある魔純宝石。魔反膜の、本当に僅かな隙間から体内に入ってきた魔力が、目に宿ったものなの。魔力濃度の高い場所でしか宿ることがないのは、一般的なの空気中の魔力量では、魔純宝石元いルーンが生成される程の魔力がないから。目に宿る理由は、目は魔反膜の効果が一番弱いから。そして、生成されるのに数百年もかかるはずの魔純宝石が、たった15年で魔純宝石となれるのは、周りに、魔力が固まるのを邪魔をする物質が一切ないから。
実体がないのは、まあこれが普通なのよね。魔力は元々、酸素なんかと同じで見えない、触れないんだから。一応酸素は、-218℃になれば個体となって触れるようだけど、普通に生きていれば、パラミシアがそんな気温になることはまずない。常温の場所で、酸素をどんなに集めても触れないように、魔力も本来なら、どんなに集めても触れないの。ルーンと同じでね。じゃあなぜ、魔力の塊であるはずの魔石は触れるのか? それは簡単。魔石は、100%が魔力で出来ているわけじゃないから。魔力以外に含まれている物が何かは、私も詳しくは知らないけど、魔力からすれば不純物よね。その不純物が原因で、どういう原理か、魔力が実体のあるものになった。それが魔石。それならなぜ色があるのか。無色透明のガラスを何枚か重ねたら、色が付いて見えるでしょ? あれと同じ原理よ。……多分。
逆言えば、ルーンは不純物の一切ない、100%魔力で出来た物。ルーンの宿主が、宝魔により人によって異なる不思議な力を持てるのは、100%の魔力の力が、それだけ強大なものってことね。
魔石説明の時にも言ったけど、魔石だって魔力の塊だから、その魔力は宝魔。けれどルーンのように、100%の魔力ではないから、魔純宝石でさえ、ルーンと同じように宝魔による特別な力は持ち合わせていない”わ。
……話の方向性が少しずれた気がするけど、これでルーンの説明は終わり。…………大丈夫?」
話が終わり、イアが心配の声をかける理由──それは、俺が今のちょーちょー複雑な話のせいで、目と脳みそがぐるんぐるんになっていたから。
長かった……実に長かった……そして、話が難しい過ぎて途中から、集中させていた神経は全てやる気をなくしましたよええ。
待って情報量は初日程じゃないけど、一気に難しい情報を詰め込み過ぎたから、脳みその理解が40%くらいしか追いついてない。
何気に、学生時代の定期テストよりも頭を使った気がする。
「……まあ、一回で理解しろって方が無理難題よね。整理がつくまで、精々頭を抱えるがいいわ」
「……なんかイア、ルアみたいなこと言い始めたな」
「私たちは双子だもの。そりゃあ、似た部分はあるわ」
「んあ~そっか。……ちょっとしばらく、一人で整理させて……」
「だからそうしなさいって言ってるじゃない。ただ、手を動かすことは忘れないでよね」
イアのその声は聞こえていたが、爆発寸前の俺の脳みそは、その意味を理解するはできなかった。
あーー! なんか色々情報がぐっちゃぐちゃ~!
下手すりゃあ、パラミシアの知識を覚えることは、日本に住んでいた頃で言えば一からフランス語を覚えるということに匹敵するぐらい、難しいことなんじゃあ?
そして、なんだかんだ手だけが無自覚に動き続ける中、俺が情報の整理を終えたのは、かれこれ30分が経過した頃だったのであった────
皆さんはルーンの説明、一度で理解できましたか?
オリジナル単語の意味を忘れて理解できないという方は、『チャプターⅠ登場人物&用語〈まとめ〉』をご覧ください。そちらにルーンの説明も記載しております。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!
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次話も読んでいただければ嬉しいですm(_ _)m