10話 スパルタコーチ・イア
──それから3日間、イアコーチのちょー過酷スパルタトレーニングが始まった。
え? どんなトレーニングだったのかって? ……そりゃあ、言葉にするのも文字にするのも恐ろしい程ですよ、ええ……おっと鳥肌が。
しかもガチで血反吐吐いたし……
まあその甲斐あって、俺の体力は数日前と比べて驚く程に上昇した。
今の俺なら、フルマラソンなんてお茶の子さいさいだろう。これマジだからね?
イアのあのトレーニングに比べりゃあ、なんてことないさ……はは……
人間、死の淵に立たされれば何でもできるようになるもんなんだな。もう宗教開けそうだよ。
そんなこんなで、今日も────
◇◇◇
『カンッカンッカンッ!』
剣と剣がぶつかり合う音が響く。
場所は具竜荘の裏にある森の広場だ。イアはいつもここで、稽古をしているらしい。
木々の隙間から差し込む日光が、スポットライトのようになっていて、幻想的だ。
『ガンッ!』
「いっってぇ……」
俺は今、イアと剣を交えている。
剣同士がぶつかったことによる衝撃が、俺の体を駆け巡った。ぶつかる度に毎回この衝撃がくるから、本当に結構痛い。
こうやって実戦をするのは初めてだったが、使っている剣はいきなり本物だ。
今は、俺がイアに向かって振りかざした剣を、イアが受け止め続けるということをやっている。
剣の振り方に慣れるのと、攻撃の形を定着させるためだとか。言われても、俺には?でしかなかったけど。
「なあ、なんで最初から本物の剣を使うんだ? 木刀とかじゃだめなのか?」
剣を振ってる途中だが、俺は少し大きめの声で尋ねた。
するとイアは剣を止め、下ろした。
俺も、剣を持っていた右腕をぷらんとさせる。ずっと両手で剣を支えていたため、いきなり片腕だけに剣の重みが集中し、危うく落としそうになった。
「簡単な理由よ。剣というのは、実際に持たないとその重みが分からないから。あなたも感じたでしょ、本物の剣は、木刀なんかとは比べ物にならない程重い。その分、勢いよく何かに当たった時の衝撃も比じゃないわ。早いうちから、それに慣れておくためよ」
「成る程ねぇ」
流石はスパルタコーチ、そこら辺にもちゃんとした考えがあるわけね。
「剣を振るう基本の形は、昨日でみっちり叩き込んだから、なかなかいいできよ。読み込みも早いわ」
「いや~才能かな!」
実は昔、RPGゲームの勇者に憧れておもちゃの剣を振りながら、勇者と同じ動きを真似したことがあるんだよな。はいそうです黒歴史です。
しかもこれが結構な期間やっててな。勇者の動きをマスターした頃に、俺は何をやってたんだと我にに返って超恥ずかしくなったよ。
このエピソードは、俺の墓まで持っていくとしよう。
「褒めるとこれだから……。さて、じゃあ続きよ。ビシバシいくから覚悟しなさい」
「お手柔らかにお願いしますマジで……」
◇◇◇
30分経過────
「全然お手柔らかじゃねぇ……!」
体力作りトレーニングでも感じたけど、イアの剣術稽古もやっぱスパルタだわ。
本物の剣だから直接切りつけられることはないんだけど、足で引っかけられて転ばされたり、蹴りを入れられたりとして、体ぼろぼろです……
「これでもお手柔らかな方なんだけど。そうねぇ……じゃあ反撃無しのナメプでいくわ」
「ふぇぇえ?」
俺が情けない声を上げていると、イアは指をパチンと鳴らした。するとイアの持ってた宝魔具が、剣からナイフへ姿を変えた。
ほんとに色々な武器になるんだな。鏡は武器と呼んでいいのか分からんが。
「私はこの小さなナイフだけで、リョーガの攻撃をかわすか受け止めるから、思う存分剣をこちらへ向けなさい。こういう、相手がナメプでいる方が、リョーガの心にも火がつくでしょ?」
「マ、マジでナメプだな……ほんとに、本気で剣を向けても大丈夫なのか……?」
「リョーガが私のことを心配するなんて、1000年早いわ。こっちは毎日稽古してるの。初心者ごときの攻撃を受けるわけないでしょ?」
……本当のことだけど、それを挑発的に言ってくる。ほんと、コーチの才能あるよイア。
俺みたいな単純な性格の奴は、こういう分かりきった挑発にも乗ってしまう。
「おお──やってやんよ! せめて一発は当ててやるぅ!」
「そーそーその意気。何年かかるか知らないけど、頑張りなさい」
俺は剣を握り直し、ナメプ体勢のイアへ刃先を向けた。
真面目に構えている俺に対し、イアは体の力を抜き楽な構えでいる。これはマジでナメプだわ……
そして俺は、ただひたすらに剣をイアへ向けて振った。
しかし……イアの言うとおり、素人の剣はイアの小さなナイフにことごとく防がれる。
なんか有名海賊漫画で、こういうのと同じ名シーンあったよね。
そして時間も溶けるように過ぎ、10分経過──結果は、一度も当たらなかった……
完敗ですはい。
俺があまりにも弱かったのか、イアコーチなんて途中からよそ見してたし。それが更に俺のハートに火をつけたのだが、やはりかわされるか受け止められた。
こんなので、もし次あのドラゴンみたいな奴に襲われたら、俺生きていられるかな……?
戦意喪失を見せる、俺の様子に気が付いたイアは
「……一旦ナメプは終わりましょう。米粒くらいに動きは良くなったけど、やっぱりあまり進歩は感じられないわ」
「ぐふっ……はっきり言うな……」
別の意味でダメージを受けた胸を押さえ、俺は剣を止めた。イアもラフに構えていたナイフを下ろす。
ずっと腕を振ってたから、結構両腕に疲労が溜まっている。
「そうね、じゃあ気分転換に面白いものを見せてあげる」
「ん、面白いもの?」
俺は怪訝に思い、首を傾げる。
直感だが、あんまりいい予感はしない……
イアは武器を、宝魔具じゃない普通の剣に持ち変えた。
それで何かが違うというのか?
「これでまた対戦よ。さっきと同じ調子で、リョーガは私に剣を向ければいいわ」
「あ、ああ分かった」
イアの意図がまったく読み取れないままだが、俺はイアとの対戦を決行した。
変わらず、俺の剣は相殺され続ける。
──すると後ろから、俺の首元に剣が出現した。
「?!」
めちゃくちゃ不意をつかれ、驚き俺は動きが止まる。このまま首をはねられるかとも思って、ほんとビビった……
「どう? なかなかヒヤッとしたでしょ」
つい今まで対戦相手だったイアは、剣を下ろし、悪戯っぽく口元を押さえて笑う。
「ヒヤッとどころか、心臓止まりかけましたわ……」
それに俺は率直な感想を述べた。
「ふふ、じゃあこの攻撃はなかなか有効ってことね。最近、普通の剣で戦いながら、別で宝魔具を操る練習をしてるの。相手の考えの不意をつけて、いい攻撃でしょ?」
「ああ……ほんと、意地の悪い良い攻撃だよ……」
「一言余計よ。まぁそろそろ休憩にしましょうか」
「やっったーーーー!!」
体力アップした俺も、流石にそろそろ体力限界がきていたため、ちょーありがたい!
神業とも言える速業で、俺は木陰に座った。呆れ顔なイアも、その隣に座る。
疲れて火照った体に、そよ風が当たってとても気持ち良かった。あ~このまま寝たい。
空を仰ぐ俺の隣では、イアが指をパチンと鳴らし、宝魔具をしまっていた。
「そーだ、イアの宝魔はどういう原理で宝魔具を召還してるんだ?」
今の様子を見て、少し気になったんだよな。
これにイアは目をぱちくりとさせ、頭を捻った。
「う~ん……実は私もよく分かっていないのよね。宝魔の力って、本当に不思議なものだから。単なる推測でいいなら話すわよ?」
「ご本人でも分からないのか……ああ、推測でも聞きたいな」
「そう。じゃあ話すわね。初日に話したとおり、魔力はとても細かいの。だからその細かい魔力が、宝魔具の本当に僅かな隙間に入り込んで、恐らくその魔力と召還する場所の魔力を空間移動させて宝魔具を召還している──と、私は思ってるわ」
へぇ~、なるほど。推測だって言ってたけど、結構納得できる。
……あっ! 天才な俺は、今とんでもないアイディアを思いついてしまった!
「それなら、人の体を貫通するように宝魔具を召還すれば最強なんじゃね!?」
そうすればどんな強い敵であろうと、防げないだろう。
俺のこの天才意見に、イアはポカーンとした表情を見せ
「よ、よくもまあ、そんなえげつない発想ができるわね……。でも残念ながら、それは無理よ。なんせ、パラミシアの生物は皆、“魔反膜”を持っているからね」
「魔反膜?」
俺の天才アイディアは、新たに出てきた新用語によりあっさり否定された。
「全ての生物が、生まれつき纏っているものよ。内側に魔力を通さない、物凄く薄いバリアだと思えばいいわ。内側に魔力を通さないから、あなたの言うように宝魔具を召還することはできないの」
「……ほぇ~、世界ってうまいこと成り立ってるものだな。じゃあルアの宝魔はどういう原理なんだ?」
「ああ……それは私もよく分からないわね。ルビー本人でも、まったく分かっていないらしいし」
「あっ、そーなんすか」
確かにルアは、そういう細かいところをいちいち気にしてなさそうだもんな。
そんなことを気にして何になるんですか、って反論してくるルアの様子が、容易に想像できる。
「そうだ。昨日聞いて気になってたんだが、この世界に魔法ってあるのか?」
昨日聞きそびれたし、今は脳みそにも余裕があるから聞いておこう。
「もちろんあるわよ。それこそ、昨日言ってたでしょ」
「もちろん!? じゃあイアとルアも魔法使えたり?」
「それはできないわ。リョーガの想像している魔法がどんなのかは知らないけど、魔法が使えるのは、ルーンを宿す人の中でもそういう系統の宝魔を持つ人だけなの。この世界でいう魔法の定義は、“魔力を別のものに変化させること”。ざっくり言うと、“魔力はなんにでもなれる”の。例えを出すと、炎、水、電気、風、氷、土、毒────」
「ん? なあ、魔法は魔力を変化させたものなら、魔法では魔反膜に遮られて攻撃できないってことか?」
「……ほんと、変なところで頭が回るわね」
変なところとはなんじゃい。
「それは大丈夫。魔反膜が通さないのは、あくまでも“純粋な魔力”であって、“魔力から変化したものはもう魔力じゃない”の。だから、魔反膜を通り抜けるわ。言い換えれば、“一度魔力を別の物質に置き換えてしまえば、もうそれを魔力に戻すことはできない”の」
「魔法って、呪文を使ったりはしないのか?」
「呪文? ああ、それは魔法じゃなくて魔術よ」
「おっ魔術もあるのか。呪術に魔法に魔術。しかし、魔法と魔術の違いってよく分からないな」
「私にそれを説明しろと? 無理よ。私だって、改めて聞かれるとどう答えていいのか……」
「ん~じゃあ少し質問を変える。魔術が使えるのも、そういう宝魔を持った人だけなのか?」
「そうよ。魔術が使える人は魔術師、なんて呼ばれていて、かなり希少な存在ではあるわ」
かっこいいな魔術師!
俺の宝魔も魔術系統だったらいいな~♪
あーでも、相手の技をコピーできる能力とか、相手の攻撃がすり抜けるとか、そういう系統のやつなら更に大歓迎!
平和主義な俺ではあるが、せめて自分や仲間の身を守れるくらいの力は欲しい。
男は、誰かに守られるのではなく、誰かを守る生き物なのだ!
「……ねぇリョーガ」
「ん、なんだ?」
声のトーンが下がった、先程までとは違う落ち着いた口調で、イアが口を開いた。
少し空気に緊張が走る。
「あなたは、パラミシアのことをどう思う?」
「と……唐突だな。話の順序はどうした?」
このいきなりの空気の変わりよう、これには流石にツッコミを入れたい。
「魔法と魔術に関しての説明は以上だし、ここ最近はずっと稽古関連のことしか話していなかったから。──少し気になったの」
一方、イアの表情は真剣そのものだ。
……深く考えるのは止めて、俺はその問いに答える。
「そうだなぁ……思ったのは、面白い世界だなってこと」
「面白い?」
イアは怪訝そうな表情を見せた。そりゃあそうなるか。
「ああ。魔王に支配されてるっていうのは、まったく穏やかじゃないけどさ。俺からしてパラミシアは、地球では幻想の世界とされていたことが本当になってる世界なんだ。俺はずっと、その幻想の世界が大好きだった。嫌な現実を忘れられるから。だからパラミシアは、俺にとって夢の世界みたいなもんなんだ」
思ったことをそのまま言ったため、言葉の順序はバラバラかもしれないが、これが俺のパラミシアに対して思うことだ。まだパラミシアにきてたった6日だし、知らないことなんて山程ある。だけど──
「俺は地球よりも、パラミシアの方が好きだな」
そう、これだけは確実だ。
ずっと独りぼっちだった地球よりも、こうやってイアやルア、ランビリスさんと出会えたパラミシアでの6日間の方が、地球で過ごした20年よりもずっと楽しい。
……まぁ、地球で俺が独りぼっちだったのは、俺が人と関わろうとする努力をしてなかったのも原因だろうけど……
「──そう」
イアの返答は、それだけだった。短く頷いただけ。
「なあ、なんでこんなことを聞くんだ? いや別にいいんだど、少し気になっただけってのが、な~んか釈然としないというか……」
直感というかなんというか、イアには何か別の考えがあるように思えて、心がもやもやするんだよな。
「……別に、本当にただ少し気になっただけ。そういう時があっても、たまにはいいでしょ?」
こちらを向いて首を傾げるイア。その瞳は暗く、奥の宝石は見えなかった。
……そんな目で言われてもなぁ。説得力ねぇわ。
ただ、それを追及したところできっと何も意味はない。人に言いたくないことなんて、人間生きていれば山程あるのだ。
「……そうだな。なら次はこっちから質問だ」
「あら何かしら?」
「──今更だけど、どうして見ず知らずの俺に、こんなよくしてくれるんだ? この世界について教えてくれたり、住む場所を提供してくれたり、今回みたく剣術を教えてくれたり」
お人好し過ぎやしないかと、ずっと思ってたんだよな。いやまあ、めっちゃありがたかったし、命の恩人と言っても過言じゃないレベルなんだけど。
イアは視線を遠くの空へ向け、ゆっくり口を動かした。
「……あなたが悪い人じゃないってことは、最初ルビーを助けてくれた時点で確信していたわ。あなたは夢中で気が付いてなかったでしょうけど、ルビーを庇ってくれた瞬間、ドラゴンの攻撃とあなたとの距離は、ほんの数㎝だった。下手したら命にも関わっていたわ。……いいえ、助かったことの方が奇跡のようなものよ。……そんな危険なことだったにも関わらず、あなたはルビーを助けてくれた」
イアは一旦俯くと、また言葉を紡ぐ。
「あの時ルビーが危険になったのは、単純に私の実力不足……リョーガがあの場にいてくれなかったら、本当にどうなっていたことか……。だから、これは私からのお礼なの。大切な家族を守ってくれた、リョーガ、あなたへのね」
そう言い、こちらを向いた。その瞳はさっきまでの暗いものではなく、日向の暖かさのようにぽかぽかしたものだ。
「──そっか、こちらこそありがとうな! いやーまさかそこまでイアに感謝されていたとは」
「言い方を変えれば、命知らずの特攻馬鹿だけどね」
「その言い換えは嫌だな!」
「ふふ──ほら立って、稽古を再開するわよ」
イアは俺よりも先に立ち上がった。
そして、誰が見ても安心するような笑顔で、俺に手を差し伸べてくれた────
リョーガからスパルタコーチと呼ばれているイアの稽古は、ご想像にお任せします(;^―^)
ただ一つ言えるのは、リョーガ君よく生きてるなってことです。
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