8話 初めての朝
朝は、皆平等に訪れる。例えそれが、地球じゃなく異世界だったとしても────
「ん……ぎゃやああーー! あ……あぁ?」
巨大な猫に猫パンチで吹っ飛ばされる寸前で、俺は夢から覚めた。どんな夢だよとツッコミたくなるかもしれんが……俺もだ。
しかし、途中までの成り行き部分は綺麗さっぱり忘れてしまった。まあ、それが夢というものである。
開けた目が徐々に覚醒していき──視界には、見覚えのない木製の天井があった。
ああ……そうか俺、昨日異世界に転生したんだったな(この場合転生と言っていいのか不明だけど)
何度も確認したことだけど、や~ぱり現実なのね。
どうやら、いつの間にか寝ていたらしい。昼寝したのに苦しむことなく夜寝られるって、それほど俺疲れてたんだなぁ。
掛け時計を見ると、時刻は8時。いつもなら、まだ8時かと考えて二度寝するところだが……俺はベッドから起きて、靴を履き立ち上がった。
しかし──
「うぎゃ!」
筋肉痛ですかぁ……
まぁ当たり前だよなぁ……ニートが、たった1日で1か月分に相当する運動をしたんだから。
あ~ででで……
壁を伝い、緑牙お爺ちゃん状態で、俺はよぼよぼとラウンジに出た。
少し歩いたことで、痛みも少し引いた──気がする。
ラウンジには既に、キッチンに立つルアの姿があった。
……昨日のルアの言葉が、頭にフラッシュバックする。
『僕は……あなたを信用していません、リョーガ──』
…………だがここは男、俺は意を決し、ルアに自ら話しかけた。とりあえず、朝の挨拶だ。
「お、おはようルア」
「…………」
一瞬反応なしかと冷や汗が伝ったが、玉子焼きを焼いていたルアは火を止め、こちらを向いてくれた。
「おはようございます、リョーガ」
軽くお辞儀もしてくれる。
その様子からはまるで、昨日の言葉など忘れてしまったかのように思えた。
「丁度そろそろ、フライパンとお玉を持って部屋まで起こしに行こうとしていたところです」
そう言い、玉子焼きを焼くフライパンを持ち上げる。
「おお……それは危なかった……」
あの起こし方、真面目に寿命が縮まるんだよな。
「これから何時に起きればいい?」
「そうですね……朝食はいつも辰の刻なので、それまでに起きていただければいいです」
「待って、辰の刻って?」
「……午前8時のことです。それぐらいの常識は知っておいてください」
「す、すみません……ところでイアは? 姿が見えないけど」
辺りを見回すが、特徴的な水色髪は見当たらない。イアに限って、まだ寝てるってことはなさそうだし……
「サファイアなら、毎朝恒例の剣の稽古中です。ですがそろそろ朝食にするので、よければリョーガ、サファイアを呼びに行ってもらえませんか? 森の広場にいると思うので」
「OK、お安いご用だ!」
なんか頼りにしてもらえて嬉しい!
というわけで、俺は早速向かう。
具竜荘の外へ出るには、二つのルートがあるらしく、一つは、昨日俺が通ったように宝魔具店の中を通っていくルート。もう一つは、ラウンジの奥にある階段を降りて、裏口から出るルートだ。
今回は裏口ルートから出る。ランビリスさんが宝具店で仕事中らしいし、邪魔しちゃ悪いからな。
裏口の階段を下り、非常扉っぽい扉を開けた。結構な重みがあって、筋肉痛の腕と足と腰と──全身が震える。
外に出ると早速、太陽の光が俺を直撃した。眩しくて、手で顔を覆い思わず目を細める。
「わあぁ…………」
そして俺は、目の前に広がる光景を見て息を飲んだ。
鮮やかな緑が生い茂った森の木々が、風にによってザワザワと靡いて、その間から漏れる太陽光がキラキラと輝いている。まるでエメラルドグリーンだ。
なんというか、じめじめしていた心がスッと浄化されるような気分。大げさかもしれないが、本当にそう感じるのだ。
──おっとヤバイ、本来の目的を忘れるところだった。イアを呼びにいかなくては。
なんか木々が植えられていないそれっぽい道があったので、そこに沿って歩く。
そういえば、なんの疑いもなくこの光が太陽だって思ってたけど、ここが異世界ってことは太陽は存在しない可能性もワンチャン……。つまり、地球でいう太陽と同じ役割をする何かがあるって──こと?
……ムズカシー話は苦手だ!
筋肉痛により、いつもよりスローペースになりながらも、数分で木々のない開けた場所に出られた。
そしてその中央にいたのが──イアだ。
イアは宝魔具の剣で空気を斬り、時々アクロバティックな動きもみせた。
その表情は、真剣そのものだ。
邪魔しちゃ悪いかと、一瞬声をかけるのを躊躇ったが──ルアから任された任務があるため、俺は声をかけた。
「よっす、おはようイア」
横から、手を挙げて歩み寄る。
するとイアも手を止め、こちらを向いた。
「あらリョーガ、おはよう」
汗を拭いながら言う。
「稽古のことは昨日聞いてたが、こんな朝早くからやってるなんて偉いな」
「もう日はかなり昇ってると思うけど?」
「俺にとって10時までは、立派な朝なんだよ」
「リョーガの朝は長いわね。それはそうと、私に何か用?」
「あっそうだった。もう朝食にするから戻ってきてと、ルアが言ってたぜ。俺はその伝言役」
「あら、もうそんな時間? なら急いで向かわないと。ルビーって、ご飯の時間には厳しいのよ」
「料理人魂的な?」
「そうかもね」
イアがパチンと指を鳴らす。するとイアの手元にあった剣は、跡形もなく消えた。
昨日きちんと説明を受けたため、もう驚かないぞ!
俺とイアは揃って具竜荘まで戻る。
その道中で、俺はイアに聞いてみた。
「なあ、イアの宝魔の力って宝魔具を操れるんだろ? 言っちゃ悪いかもしれんが、それならわざわざ剣術を練習しなくても……」
だがこれに対してイアは、すました顔で
「確かにそうね。でも、だからといってまったくの無意味ということじゃないわ。剣術もマスターできていたら、戦いの時にフェイントがかけやすいの」
「フェイント?」
「そう。剣術でそれなりに敵を相手にして、隙をついて宝魔具を召還して後ろからグサッと……素晴らしい戦い方でしょう?」
「ほ、ほんとに素晴らしいな……イアの宝魔を知らなかったら、即お陀仏だわ」
「流石に殺しはしないわよ」
そんな会話をしてるうち、あっちゅー間に具竜荘まで帰ってきた。
筋肉痛で、階段の上りはマジでキツかった……
◇◇◇
~朝食~
ルア特製の、少し甘い玉子焼きを食べていた時、ランビリスさんからこんな提案が──
「この後、リョクガくんにコスミマを案内してきてはどうだい?」
それを聞き、お茶漬けを啜っていたイアは
「何もこんな危険な時じゃなくてもいいんじゃないかしら?」
と、あまり乗り気そうではなかった。
「確かに危険な時だが、町の重要な施設については、早めに知っておいた方がいいと思うがねぇ」
「ん~……まぁ確かに一理あるわね」
「そうですね。それに、ルーンを宿す人は“普通の人と比べて免疫力が高い”ですし、馬鹿は風邪を引かないとも言いますから、リョーガは問題ないかと」
「うおい!」
何が危ない時なのかとか、全っ然話についていけてないが、今ルアに馬鹿にされたことは分かる。
少し話し合った結果、コスミマへは昼飯の後に出かけることが決定した。
ランビリスさんは仕事へ行ってしまったが、朝食が一段落した頃、俺は気になって聞いてみた。
「なあ、何がそんな危ないんだ?」
それにイアは軽く頷いて
「そういえば、リョーガは知らなかったのね。……危ないっていうのは、今コスミマで感染症が流行しているからよ」
「感染症──? あっ! 昨日ルアが怪我したイアに言ってたことか」
「覚えてたんですね。それです」
「そんな危ない感染症なのか? 具体的な症状とかは?」
「私も聞いただけの話だけど……まず最初に軽い熱が出て、そこから目眩や吐き気、頭痛などの症状がプラスされていく。そして熱がどんどん上がっていき、最終的には数秒で氷が溶けるほどにまで熱が上がり……死んでしまうの」
「なんっ怖っ! 一体いつからそんな、おっそろしい病気が流行ってるんだ?」
軽く鳥肌立ったわ!
地球でいうところのSARSみたいなやつか? SARSが流行った時、俺はまだちびっ子だったから全然記憶にないけど。
「確か……1か月程前からだったかしら」
「僕もそのくらいからだったと記憶しています」
「結構最近じゃん……感染経路とかは空気感染? それとも飛沫感染とか?」
「恐らく飛沫感染が主な原因じゃないかしら。最初は本当に軽い熱しか出ないから、あまり気にしないで出かける人たちから広がったんだと思うわ。死者が出てないだけ、まだマシね」
「二人は大丈夫なのか?」
「今のところはね」
すると難しい表情で、ルアが
「──それにしても……一体どこからこの感染症は広がったんでしょうか。初期の感染源が、まだ判明していないのは怖いところです」
「えっ、分かってないのか? それっとほんとに怖いな……感染するのは人間だけか? 動物もかかったりは」
「恐らく人間だけね。動物や魔族が感染したって話は聞いてないわ」
「それってより一層怖いじゃん」
人間だけを狙ったウイルスみたいで。
「まっ、私たちも詳しいことはあまり知らないわ。マスクさえしておけば大丈夫だと思うし、深くは考えないでおきましょう」
そ、そんなテキトーでいいのか……?
まぁ部外者の俺は、これ以上散策しないでおこう。
「で、とりあえずリョーガはお風呂にでも入ってきたら? 昨日すぐに寝ちゃって入ってないでしょ」
「あっ、そういえばそうだった。でも変えの服がないんだよなぁ……」
途端に臭いとかが気になってきた……
「服なら、“洗濯箱”に入れておけば、リョーガがお風呂上がってくる頃には洗濯・脱水・乾燥が全て終わっているので安心してください」
「洗濯箱?」
何その洗濯機の上位互換みたいなやつ!
「宝具の一種です。大抵どの家庭にもあるかと」
「へぇそうなのか」
地球の家電製品=パラミシアの宝具、的な?
「じゃあお言葉に甘えて入らせてもらうよ」
そう礼を言ってから、俺は洗面所兼脱衣所に向かった。
思えば朝風呂って初めてかも。ちょっとワクワク♪
洗面所も、主に木製の造りで温もりがあった。木材と白で統一された、シンプルisベストって感じ。
衣服は脱いだ後、洗濯箱と思われる箱に入れておいた。ボタンとかはなかったが、蓋をしたらガタガタいい始めたため、多分これでいいのだろう。
お風呂場は特に特筆すべき特徴もなく、俺の家と同じような造りだった。
シャワーは少し強めだった。置かれていたシャンプーやボディーソープを使わせてもらって、髪やら体やらを洗う。
「……ん?」
腕を泡でごしごししていた時に気が付いた。俺の右腕の二の腕部分に、『С』という文字が黒く浮かんでいるのだ。もちろん俺に生まれつき、こんな痣はない。今初めて気付いた。
Cって……英語のやつ? いやそれぐらいしか思い浮かばん。だが意味が分からない。異世界に転生した印だったり?
悩みながら、シャワーのお湯で泡を落とし湯船に浸かった。
風呂に入ってる間ずっと思考を巡らせたが、やはり脳みそすっからかんの俺に、この謎を解けるはずがなく──
「……頭の片隅にでも置いておくか」
結局、出た結論はそれだけだった。
風呂から上がり洗面所に出る。事前に手渡されていたバスタオルで体の水滴を拭き、少しドキドキしながら洗濯箱の蓋を開けた。
すると中には、見事に洗われ乾燥した、シワのない服があった。
洗濯箱スゲー! こりゃあ一家に一台洗濯箱だわな。一体どういう原理なんだか……
服を着ても、違和感は特になかった。縮んだりもしていない。
風呂ってやっぱ、ちょーさっぱりするわ!
あっ、でもこの後俺何しよ……
やることがないぞ? 流石にまた寝るのはあれだし……
悩みながらラウンジへ出ると、切り株の椅子にルアが一人で座っていた。イアとランビリスさんの姿は見当たらない。
「風呂入らせてもらったよ、ありがとう」
ルアの小さな背中に、俺は声をかける。
するとルアも、こちらを向いた。
「上がられましたか。それは良かったです。次にサファイアがシャワーを浴びたいと言ってたので、呼びに行かないと……」
「それなら俺が呼びに行くよ。この後暇だからなにか本も借りたいし」
「そうですか。それならお願いします」
「ああ。ところでルアはここで何してたんだ?」
「特に何かをしていたわけでもありません。ただぼーっと考え事を」
「そうか。あんま無理はするなよ」
「リョーガに言われるまでもありません。イアの部屋は、階段を上って一番手前の部屋なので、よろしくお願いします」
「了解」
そして俺は、イアを呼びに部屋へと向かった────
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
よければブックマーク、評価の方をしていただければ、とてもとても励みになります♪
次話も読んでいただければ嬉しいですm(_ _)m