遭遇
「0」
「それでどうなの、あの子は?」
カーンが俺に聞いた。俺は自分のコップに入った酒を飲み干してから答える。
「まだ分からない。訓練し出したばかりだし、まだ何とも。だが能力はかなりのものだな。使いこなせれば、高い戦闘力を身につけられると思う。」
酒の回ったカーンは自分で聞いておきながらもう聞いていなかった。溜息をつく俺を嗜める様にカイルが酒を注ぐ。
「それで。タイプは運命だったかな。」
「ああ。能力の詳細は予知、厳密には未来を見る事だって言ってた。能力も使えはしてる。武術との噛み合いもいいんだが。」
「いいんだが、何?」
「まだ、妹の事を引きずっている。無理もないんだけどな。それに優し過ぎる。命の危機じゃないと人を斬れない。だから訓練でも俺に本気で攻撃出来てない。」
俺の言葉にカイルは納得した。俺もカイルも、それこそカーンも初めから人を殺せた訳じゃない。
そして、その事に慣れている訳でもない。俺はまだ、本気で人を殺す時に別の人格を頼っている。
「俺」じゃない「オレ」に。
「こればっかりは自分と折り合い付けるしかないしなぁ。でも頑張って面倒みてあげろよ。お前が1番彼女の事を知っているんだから。」
「24時間の差だろ。そこまで変わらない。」
「変わるさ。バルサ、お前はディアの本当の顔を知ってるんだ。妹が死に、暗く変わってしまう前の。だけど、俺とカーンは今の暗いディア・ヘルンしか知らない。それは大きな差だ。」
そう言ってカイルはまた、少し自分の口に酒を運んだ。それをみて俺も酒を口に運ぶ。
その頃カーンは他のチームの奴らに絡みに行っていた。いつもは険悪な雰囲気なのに酒の席ではカーンは誰とでも仲良くなる。そう様子をみて俺とカイルは苦笑した。
「でも、実際問題さ、能力がそのまま戦いに直結しない、正確に言うなら、能力が攻撃手段にならないのは、このチームでお前だけなんだし教育係り兼相棒はお前で決まりだろう。誰ともチーム組んでないしな。」
「それはそうだが、カイルもカーンも武器は使うだろ?」
「使うは使うがお守り程度でしか使わないよ。バルサのように完全にナイフや銃に頼ってないし、どちらかと言うと、俺達2人は能力に頼り切った戦い方だな。」
「まぁ納得してる。これからこの事について文句は言わない。」
「それで、この対策局の飲み会にディアは来ないのかい?未成年じゃないだろう。」
「そんな気分にはなれないって言っていた。まあ、騒ぐ気分にはなれないだろうな。」
今度はカイルが俺の言葉に納得する。また、少し自分の口に酒を運ぼうとするカイルだが、自分のコップに酒が入ってない事に気づく。
「もうビンには、入ってないぞ。俺に入れてくれていたので最後だ。」
「そうか。ならいい。俺は明日も仕事だから帰るよ。バルサ、お前はどうする?」
「俺も帰る。明日もディアの訓練だから。」
「そうか、じゃあお休み」
「ああ」
そう言って俺とカイルは別れた。カイルはいつもの様にカーンに羽目を外しすぎるなと忠告してから店を出て行く。俺も自分の酒の代金を払い店を出た。
その頃、亀裂対策局社宅のディアの部屋では、カイルの妹、シェルとディアが2人で酒を飲んでいた。
「それで、相談って何?」
シェルは冷たく言った。テーブルの上に置かれた缶ビールをあけ、一気に飲み干した。その様子に驚いたディアは目を丸くした。
「強いんですね。」
「そう?兄さんが強いから私は強いと思ってなかったけど。バルサも強いよ、カーンと室長は弱いけど。でも、そんな事を相談したいんじゃないでしよ?」
「実は・・・・」
「1」
亀裂対策局の飲み会の次の日、バルサとディアは地下演習場で訓練をしている。
「反応が遅すぎる。君の能力は未来を見る事だろう。なのに俺の動きを見てから、動いてどうするんだ。俺の動きを予知を見て、その裏を欠かなくてどうする?」
俺は訓練用の模擬ナイフでディアを滅多切りにしている。俺はあえて動きを変則ではなく規則的にしている。ディアの運命の能力を使わずとも、ある程度戦いに慣れていたら気づき対応できる程の動きだった。だがディアはその事に気づかず、先回りする筈の能力で遅れを取っている。
「君の能力は俺と同じで攻撃に直結しないんだ。もし並行世界で歪みの原因が能力者で攻撃系の能力なら、今の君は即死だ。先を読み、裏を欠く。それが君の能力の戦い方だろう。並行世界の君はそうしていた。」
俺は同じ動きでディアの背中を取って足を刈り取り転ばせる。
「それが出来ないから、こうなる。」
ディアは体中に訓練用ナイフのペイントが付着している。息を完全に切らし、額はおろか体中汗だらけだった。
「1時間休憩だ。」
俺がそう言って地下訓練場の出口に向かうと
「まだ、出来ます!」
とディアは叫ぶ。俺は振り返り、そこにいろとだけ言って訓練場を出て、外に置いておいた水とタオルを2つずつ持って訓練場に戻る。
「これで汗拭いて、水飲むんだ。」
そう言ってディアにタオルと水を渡す。ディアはあっという間に水を全て飲み干した。上がった息を落ち着かせようとただひたすら深呼吸をする。
対する俺はタオルで額の汗を拭き、すでに息を整えた。
「これも飲むか?」
「いいえ、大丈夫です。」
「・・・前にも言ったが俺に敬語は必要ない。君とは入った時期が違うだけで同僚だ。」
「・・・違うんです。妹がミィアが死んでから敬語以外で話せないんです。これでは、ダメだと思って前みたいに明るく振る舞おうと思っても、その方法すらわからないんです。」
「能力の使い方も?」
俺の問いにディアは首を横に振った。
以前に能力の詳細を聞いた時、ディアの能力は常に発動している訳ではない。能力発動時には、瞳が茶色から青くなり、自分の使いたい時に自由に使えるそうだ。対象は自由自在で視界に入る人物、そして自分の未来。だが工夫は必要で俺が隠者の能力を発動し透明になった場合、襲われる人物の未来を見る必要がある。そのため工夫こそ必要なものの、自分の未来は見続ける事が可能なため、理論的には自分にこれから起こる攻撃が全てわかる事になる。
「ならいい。たがこれはまだ訓練のワンステップだ。俺の攻撃を避けるか俺に攻撃を当てれば、次のステップだ。次は俺も能力で姿を消す。その状態の俺に攻撃を当てるか避ければ訓練終了で後は実践で頑張るだけだ。」
「分かってます。」
こちらの勝手な都合で悲しみに打ちひしがれているディアをこの組織に引き抜いた。そしてディアはそれを承諾し、この組織に入っている。
正直な話、俺は何故ディアがこの組織に入ったのか分からなかった。守りたい誰かもこの人の為に頑張りたいと思えるような誰かもディアには存在しないばすだ。スカウトに行く時に調べたディアの経歴、家族構成などの書類に残るものには一切その様な人は居なかった。
とても不思議だった。
不可解だった。
だがそれ以上に怖かった。俺がディアにしている訓練は自分で考えておきながら、かなり鬼畜な内容だと分かっていた。それでもディアはこの訓練についてきている。逃げ出す事もなく、ひたむきに頑張っている。何故こうも頑張れるのか、理由がわからないものを近くに置いておくのが怖かった。
気付かないうちに1時間が経ち、体力が万全の状態で訓練を再開した。1時間前に比べ、動きのキレは良くなったものの、訓練用のナイフを振る事にまだ、躊躇が見られる。
「気にせずナイフを振れ。そのナイフじゃ万が一でも大怪我はしない。」
「はい。」
「動きが馬鹿正直なままだ。ナイフ以外にも攻撃手段を用意するんだ、君の手の速さでは、圧倒的に手数が不足している。」
ディアのナイフをかわしながら、俺はまた背中を取るべく後ろに回り込んだ。だが今度はディアも動きを読み、足を刈り取る攻撃をかわし、ナイフを俺に振る。それを直前で避けて俺はディアから距離をとるべく後退するが、ディアも俺との距離を詰め、もう一度ナイフを振り、今度は見事俺に直撃した。
大きく息を切らすディアと全く呼吸が乱れていない俺。実力の差は大きいがディアは俺にナイフを当てた。これは訓練を始めて2週間経った頃だった。
「よく頑張ったな。今日はもう終わりでいい。この感覚を忘れない様にな。」
「ありがとうございます。」
その訓練から1ヶ月が経つと、能力を使い透明になった俺の攻撃をかわせるようにもなり、室長であるロイドもディアを仕事に行かせる事を認めた。
「2」
「君達2人に行ってもらう並行世界はガリランド東部にある。ディアにとっては初の実戦任務だけどこの並行世界は一筋縄ではいかなさそうだね。」
室長ロイドは穏やかに言った。いつも俺に命令を下す時と全く違う雰囲気に困惑したが、ディアの緊張の様子は俺から見ても少しは治ったようなので、この問題は一先ず置いておく。
「何故、一筋縄ではいかないと分かるんですか?先に歪みの原因を見たんですか?」
「そうじゃないよディア。この組織の探知機では、我々の世界と近い並行世界しか探知出来ないはずなんだけどね。何故か今回は、遠い世界を探知出来たんだ。このイレギュラーに新人を送り込むのは申し訳ないんだが、何が起こるか分からないその世界でディア、君の力がきっと頼りになると思うんだ。」
「はぁ。」
気の抜けた返事をディアはした。話のどれくらいディアが理解できてるのか、そんな事をお構いなしにロイドは更に話を続ける。
「君達2人に行ってもらうと言ったんだけど、正確には先に、という意味でね。局長はこのチームのことを高く評価してくれているんだ。だから、上層部の指示でこのイレギュラーにチーム全員で取り組む。2人の後にカイルとカーンを送り込む予定だ。」
「何故俺達が先にその並行世界に入る?普通、経験豊富なあいつらから入るべきだろう。何が起こるか分からないなら。」
俺の言葉に室長のロイドは答えなかった。その後も俺は何度もその事について質問したが上手くはぐらかされ続け、結局その答えは聞けないまま並行世界のあるガリランド東部の国境付近行きの列車に乗り込む事になった。
作戦室を出る時に普段何も言わないシェルから意味深に「お気をつけて、無事を祈ります」と言われた事が引っかかるが、今はそれより列車で隣に座る初任務で緊張しすぎている同僚を何とかする方が急務だった。だが俺はカイルの様に口は上手くなく、相手の望んでいる言葉を返すのが上手ではない。カーンの様な明るさやロイドの様な雰囲気と言葉で落ち着かせられる様なカリスマ性も持ち合わせていなかった。
ディアは駅で買った弁当を開けずに自分の膝にのせ、割り箸をただ持っていた。1、2分なら何も思わないし言おうとも思わないが、その状態で10分経とうとしてる人間に何と声を掛けていいか分からなかった。だから俺は今思ってる事を素直に言葉にする事にする。
「食べないのか?それ、あの駅じゃかなり美味いと有名な弁当らしいぞ。」
「・・・はい。ただこれから並行世界に入って歪みを消す。任務の内容は言葉にするとただそれだけなんですが、その過程で歪みの原因が人なら殺害、物なら破壊。そしてその結果世界が壊れればその世界に住む全ての人を殺す事になる。そう考えると食べる気がしなくて。今から自分が大量殺人犯になると思うと。」
「そうだな、その責任からはどうやったって逃れられない。だが、その責任は俺たち全員が背負う。もしかしたら何も知らずにこの世界に住む全員が背負わなければならないのかもな。自分達が生きる為に壊した世界があり、その世界の数だけ命が犠牲になった。それを知っていて実行する俺達が1番責任を持つべきだろうが俺達だけが持つべき物でもないと思う。」
「そうかもしれませんね。」
そう言い、ディアは弁当の箱を開けると、ゆっくりと弁当を口に運び始める。俺もそれ見て自分の残りの弁当を食べ始める。隣から小さく聞こえる美味しいの声で安心する。
弁当を食べ終わると静かな時間が続いた。俺は無意味に色々と話す様なタイプでも沈黙が気不味いタイプでもないから、何も考えずに窓の外を眺めているが、隣で気不味そうにソワソワしながら俺の方を見たり見なかったりをディアは繰り返している。無視してもよかったがそこまで意地悪になれなかった。
「何?」
俺の言葉を待っていたかの様にすぐにディアは食い気味に口を開ける。
「質問してもいいですか?」
「いいけど。」
「室長が言っていたこの世界と近いとか遠いとかってどういう意味なんですか?その、実際に物理的に近いとか何でしょうか?」
俺が作戦室で思っていた事はあながち間違っていなかったらしく、やっぱりディアはロイドの話を理解出来ていなかった。俺も訓練期間中に説明してやらなかったし、そもそもとして俺達が現役でやってる間に遠い並行世界に行けると俺は思ってなかったから説明もしなかった。
「分かった。俺達の言う"遠い"とか"近い"この世界とのズレの距離の事だ。そして、その実際の距離の事でもある。」
「すみません、全然分かりません。」
「だろうな。説明はこれからで今のが導入だからな。」
「すみません。」
「別にいい、説明に戻るぞ。俺達の住む世界を仮に1つの川だとしよう。過去は勿論変えられないし、残念だが未来も変えられない。君と言う例外を除けばな。」
「でも、未来を変えようと努力して成果が出たのなら、それは変わった事になりませんか?」
「ならないんだ。それはその人が未来を変えようと努力する事が決まっていて、決まった事をただなぞっているだけだ。だから未来を知ってそれを意図的に変えようと行動しない限り未来は変わらない。俺が最初に言った川と言うのはこう言う事で、過去が上流で未来が下流に続いてる。1つの流れに沿って流れている。」
ここで1度話を切り、ディアが理解しているかを確認した。まだギリギリ伝わっている様な気がしたのでまた話を続ける。
「でも何かの原因で川が大きく流れを外れる事があるだろう。それが並行世界だ。でもそんな事はしょっちゅう起こる。川でも1度流れを外れてもまた元の川の流れに戻る事もあるし、途中で川が途絶える事もある。世界でも同じ事が起きてる。例を挙げれば、君の戦闘訓練をした時に能力を使い、俺が未来にどんな攻撃をするかを見て、それをかわす。それだけでも並行世界はできる。でも世界にも歪みを自分で正そうとする力があって、それによって小さな歪みは消えるんだ。でも歴史的に大きな力を持った人間が起こす歪みは大きく修正ができない。だから並行世界になって、俺達が壊すまで存在し続けるんだ。例えの川で言えば、最初は1本の川でも枝分かれして新しい川ができるだろう。それと同じだ。」
「では、何故世界を壊す必要があるんです?今の説明だと別に壊す必要はないと思うんですけど。」
「じゃあ、川が枝分かれして川が何本にも増えたら元の川はどうなる?元の川に流れる水が減るだろう。それと同じ事が世界でも起きてる。減っているのは水ではなく人の魂、命の数だ。だから並行世界は壊す必要がある。例え、大量殺人犯になってもね。」
ここまでな話にディアの頭はパンク寸前だった。俺も長らくこんなに話した事はなく、かなり話疲れていた。
「まだ、続けるか?次は世界の近い、遠いの話だが。」
「はい。・・・教えてください。」
「分かった。このズレの話は複雑な話じゃない。歪みを作った時からどれだけ離れたか、つまり時間が経ったかということが距離の話だ。余り時間が経っていなかったら近いし、逆に時間が経てば遠い。ただそれだけだよ。」
「なら、今回行く並行世界は遠いと室長が言っていたという事はですよ、歪みから時間が経った世界だということですか?」
「そういう事だ、だから今回の任務は一筋縄じゃいかないんだ。そもそも時間が経っているという事は歪みの直接の原因はもうないかもしれない。しかも並行世界全体が、この世界と全く違っているかもしれない。今までの勝手と違うから、かなり時間がかかるだろうし、世界を破壊する方法も下手をすれば考え直す必要がありそうだ。」
その後目的地な着くまで俺とディアの間に会話はなかった。俺は窓の外を、ディアは列車に染み付いた汚れを着くまでの間眺め続けた。
目的地であるガンランド東部の国境付近の街に着き、ここが初めて貿易都市として有名なヴィーンである事を知った。駅を出れば、大量の人と出店で駅周辺を覆っている。ヴィーンでは店を出すのにかかる税がガリランドで1番安いらしく、各国至る所からこの街に商売をしに来るらしい。その為、見た事ないものの方が多く、逆に見た事のあるものを探す方が大変なくらい、中央部では手に入らない、お目にかからないものが溢れている。道を歩けば、客引きの声や手で賑やかだった。何度も何度もディアは客引きに捕まり、その度に俺が助けに入る事を繰り返し、人気のない場所を探す。どこもかしこ人がいて、街は至って平和だった。
街を歩き回り、見つけた路地裏で俺は亀裂を開ける。並行世界に入る入り口を見てディアからまた少し緊張を感じるが、先程の極度の緊張ではなく適度な緊張だ。街の活気ある雰囲気に飲まれず、きちんと備えられている。
「それじゃあ入るぞ。」
ディアが頷いたのを確認してから、亀裂の中に飛び込み、並行世界に突入した。
俺は入ってすぐ現れた光景を見て、目を疑った。そして今まで破壊してきた並行世界がどれだけ近かったのかを思い知らされた。今までの経験との差を見せつけられ、俺は驚きを隠せなかった。対するディアは初めて見る並行世界の風景に驚きつつも、これが並行世界なのかと案外早く受け止められていた。
つい先ほどまで見えていたガリランド東部の街ヴィーンの風景と賑わいは消え、辺りには店はおろか人すらいなかった。あるのは、人であったであろう物、弾丸やナイフの替え刃、血痕、そして大量の産業廃棄物だった。
「武器を持っておけ、いつ戦いになっても大丈夫な様に。体力的に問題がないなら、能力も使っておくといい。」
ディアは頷くと右手の袖に隠し持っていた小剣を握りしめ、瞳の色を青くして能力を発動させる。そこら中にある産業廃棄物の山で死角が多く、いつ不意打ちが来てもおかしくないこの状況で、何処に向かえばいいのか、何をすれば良いのかわからない。
「いつもなら、この後どうするんですか?」
「いつもなら現実世界で起きている事実と反する事を探すが、見ての通り反する物だらけで困っているところだ。何なら同じ物探した方がこの任務に限り難しいだろうな。」
「そんな。なら、この状況はいつもと違うって事ですか?」
「・・・・・」
答えない俺の態度を肯定と取ったのかディアは瞬時に顔が絶望に変わる。正直言って俺も今すぐ絶望して帰りたいところだ。だが、初任務の新人を更に絶望させたくなかった。何とか気分を明るくしてやりたがったが、何も思いつかない。
「バルサさん。私の未来を見たんですけど、あと1日はここに居ても襲われなさそうです。」
「分かった。なら君は過去で待機だ。俺は作戦室のシェルと話す。」
「了解しました。」
ディアから少し離れた場所に行き、持っていた電話から作戦室にかける。
「作戦室です。」
「俺だ。遠い並行世界に到着した。だが非常事態だ。現実世界と何もかも違っていて探索の手が足りない。カイルとカーンを早く送ってくれると助かる。」
「了解しました。直ちに彼らを並行世界に向かわせます。連絡は以上ですか?現在電波が悪い様で長い通信は不可能かと。」
「まだある。カイルに俺の鞄を持って来る様に伝えてくれ。カイルに言えば分かる。以上だ。」
作戦室とバルサの連絡は終了した。シェルの後ろで聞いていた、カイル、カーン、ロイドの3人は暫く沈黙したままだった。バルサの早期連絡といつもと違う雰囲気に驚きを隠せなかった。
「あいつがここまで早くに応援をよこせと連絡して来るとはね。どう思う、カイル。」
「ただ事ではないでしょう。久しぶりです、バルサのあんな切羽詰まった声を聞いたのは。」
「やはりか、カイル、カーン今すぐに2人の向かった並行世界に行け。」
「了解」
「3」
「確かに俺達が今まで壊してきた世界とは違うな、何をすれば良いのかも分からない。」
カイルとカーンが到着したのは日が暮れた後だった。夜の月光で多少は周りの景色を見ることが出来るような状態だった。都市部に設置されている様な外灯はない。
「で、どうするんだ?」
カーンが尋ねる。それは4人全員の疑問だった。そしてカーン以外誰も口にしなかった言葉でもある。
「お前達が来る前にこの周りを捜索したが、かなり行けば駅があるらしい。列車に乗れば、ガリランド中央部にも行けるかもしれないが、何処に行けるかもわからない。」
「なら、二手に分かれるか?どちらかがこのヴィーン周辺を捜索し、もう片方が列車に乗って違う場所に行く。」
「それで構わないよ。あとは、どちらが何処に行くかだけど。どっちが危険が少ないんだろう。新人のディアさんを危険な方に送り込む訳にもいかないし。」
「だとさ、カイルはディアちゃんに危険な事して欲しくないらしい。バルサはどう思う?どっちが危険だ?」
「何処に行けるか分からない列車に乗るのも危険だし、この付近には死体も新しめの血痕もある。戦いの危険があるのはここだ。どちらも大差ないだろう。それなら、ディアに決めさせればいいだろう。」
ここで初めて意見を言う機会を与えられディアは困惑した。今まで男3人が議論しているのを聞いていて、ディアもバルサと同じ意見だった。どちらも危険な度合いは大差がないと。
「どちらも危険は変わらないなら、どちらでもいいです。」
「なら、戦いの危険が少ない列車の方にすれば?戦いなら俺達得意だし、な、カイル。」
「確かに俺達はカーンもいるし戦いの方が得意だろうけど、バルサはそれでいいか?」
「ああ。」
「なら、決まりだ。バルサ達は今から駅に向かえよ。いつ列車が来るのか分からないんだから。」
「分かった。行くぞ、ディア。」
「はい。」
カイルに持ってきてもらった俺の鞄を背負い、俺とディアは駅に向けて歩き出した。
「4」
列車の来る音で目が覚めた。朝日が上り始めているような早い時間だった。俺とディアは念のため、列車の出入口から死角のところに身を隠す。
この駅にはヴィーンの駅のような整備された駅ではなく、ただ列車から人が降りれるように地面を高くしてあるだけで、駅員が居るなどの近代的な駅ではない。それだけで異質だった。駅員が居ないのにどうやって列車の代金を払うのか。それが疑問だった。
「嫌な予感がする。戦える準備だけはしておいてくれ。最悪戦いになる。」
そう言うと、ディアはすぐに能力を使い俺の未来を見始める。列車が止まる音が聞こえると同時にディアは頷く。俺は手で合図し、身を隠しながら列車へと近づいて行く。
「早く出てこい!」
男の怒鳴り声が聞こえるが、それは俺達に向けられたものではなかった。駅の段差の陰から覗くように見てみると、1人の男が鎖と手錠で繋がれた男、女、子供を列車から出していた。鎖で繋がれている人間に共通点はなく、痩せて今にも倒れそうな人もいれば、体を筋肉の鎧で守っている人もいる。男が鎖を引き、駅から亀裂がある俺達がきた方向へと向かって行く。
「あの人達何なんですかね?」
「分からない。だがあの人達はカイルとカーンに任せよう。俺達はあの列車に乗り込む。」
言って俺とディアは身を低くしたまま前進し、怒鳴っていた男が出てきた出口から列車へと入った。乗り込んだ車両には、あの男が引いている人達が乗っていただけらしく、誰もいなかった。この乗り込んだ車両は運転室から見て最後列の車両で前には幾つもの車両がある。この列車は駅に収まりきらないほど、長く車両を連結しているため、どれだけの人が乗っているのか分からない。
車両内は特段変わったものはなく、俺の知っている普通の列車だった。
「出発しませんね。誰か乗るのを待っているんでしょうか?それともあの男が乗って来るのを待ってるんでしょうか?」
「恐らく後者だろう。穏便に済ませたいが戦いになるだろう。体勢を低くして窓からあの男が戻って来るか見張っていてくれ。」
「分かりました。バルサさんは何を?」
「俺はこの鞄の準備をする。」
背負っていた鞄を下ろして客席にのせ、自分でセットしていた鍵を外し鞄を開ける。鞄にはナイフの予備2つに、大量の弾丸、爆薬、銃が2丁、長さ1メートルのワイヤーなど、あらゆる殺人の道具が入っていて、ナイフは両手首にナイフを隠し持ち、予備の弾丸をズボンの前ポケットに、銃は後ろポケットにしまった。ワイヤーを右の手首から関節にかけて巻き付けた。
「戻ってきました。」
「分かった。あの男に情報を聞き出す。殺さず拘束したい。君は待機だ。この鞄を見ててくれ。」
ディアはその場所のまま椅子の下に身を隠し、俺は列車の車両の連結部分に隠れた。そこから見た前の車両には1人の男がいるが、連れて行かれた人達よように鎖で繋がれた人は居ない。
「銃は使えないな。静かに確実に殺していかないと。」
俺とディアが隠れる車両にあの男が戻って来ると列車は出発した。男は出入口入ってすぐの席に座る。それを確認し俺は隠れていた連結部分から静かに出で男の背後につき、首にナイフをあてる。
「声をあけだら殺す。質問に答えろ、分かったなら頷け。」
男は頷く。怯えた様子で呼吸が浅くなっている。
「よし。まず、お前の仕事は何だ?あの鎖で繋がれた人間は何者で何故ここに連れて来た。」
「俺はただの看守だ。ガリランドに住む異国人をここに運んでる。あいつら不法入国した異国人や犯罪を犯した異国人だ。」
「ここは何だ?」
「楽園だよ、犯罪者達の。お前そんな事も知らないって異国のエージェントか?」
「黙れ、質問に答えろ。楽園とはどう言う意味だ?」
「異国人に話すことはない。」
男は怯えながらそう言う。俺は更にナイフを力強く首に当て、更に低いトーンで言う。
「質問に答えろ。楽園とは何だ?」
男は質問に答えない。俺がどれだけナイフを首に強く当てようとも、首を少し斬っても話さなかった。
「最後だ。楽園とは何だ?」
「・・・・・敵襲だ!てきしゅ」
男は泣きながら叫び出し、俺は瞬時に首を斬り殺し、車両連結部分の出口の陰に隠れる。ディアには、手でそこに居ろと指示を出した。男の叫び声を前の車両に居た男が走って来る音がする。連結部分の出口が開く音がすると同時にナイフを振り下ろすがそれが避けられ、今度は男が鎌を振り回す。俺は後ろに大きく後退すると、鎌を俺に投げ男は座席を飛び越え俺の後ろに周り、俺が避けた鎌を取る。もう1度振り回そうと張り上げた腕を掴み列車の座席の角に叩きつけ鎌を落とされると、男も俺の顔目掛けて蹴りをする。それを避けざまにナイフで足を浅く斬り、その男と距離を取るが男も俺に目掛けて突進する。今度は俺が座席を飛び越えて男の突進をかわし、ナイフを投げた。男がギリギリで避け、体勢が崩れたところを俺が突進し右手首に隠していたナイフで男の頸動脈を切り裂いた。男の血で列車の天井は一瞬で赤く染まり男は動かなくなった。
「ディア、プラン変更だ。この列車を占拠する。この列車の乗車員は戦闘訓練を受けているようだ、戦闘はなるべく俺がするから、君は自分の身を守ることだけ考えろ。」
俺が言うと隠れていたディアは座席の間から顔を出し頷く。俺の鞄をディアに持って貰い、俺が前でその後ろにディアが続く。右手にナイフを持ち
能力で敵が居ないかを探ってくれている。戦闘を行った車両から2車両進むと、ディアが前に敵が居て、かつ俺達が潜入している事にも気付いている事も教えてくれる。
「ここに居るんだ。」
俺はそう言い、列車の窓から外に出て、走る列車の上から敵のいる前の車両に進む。車両の上で俺は能力を発動させ天井をすり抜け、車両を見張る男の真後ろに着地するとそのまま右手のナイフで後ろから男の首を斬り裂き、左手のナイフで心臓を突き刺した。男は無言で倒れ、脈がない事を確認してから心臓に刺したナイフを抜いた。
「クリアだ。先に進む。」
車両連結部分の出口を開け、ディアに言う。隠れていた座席から姿を現し、また俺の後ろに黙ってついて来る。ディアは何も言わなかったが、俺が最初に殺した2人の男、そして今殺した男の死体を見る時に震えていて、何か口にしてしまいそうになった時には、自分の手で口を塞いでいる。それを俺に悟らせないように努めているが、俺は気づいていた。
誰もいない、それし死体もない車両で俺は1度立ち止まった。俺は前の車両にも誰もいない事を確認してからディアの方を向く。
「ここで、待っているか?まだ、これを見るのは辛いだろう。」
「いいえ、大丈夫です。私にもこれを見届ける責任がありますから。」
「そうか、分かった。余計な気を回して済まなかった。先に進もう。」
それから前の車両には武器こそ持っているものの訓練は受けていない、明らかに戦闘慣れしていない男ばかりで、いざ俺を前に銃を発砲出来ずに俺に殺された。
戦場では躊躇していたら死ぬ。だが、この男達はそもそもここが戦場になるとは夢にも思っていなかったのかもしれない。
この列車で男を7人殺したところで運転車両についた。
「俺が運転車両の中にいる奴をころ」
俺がそう言っている間に運転車両の扉が開き、中から出て来た奴が俺のことを蹴り飛ばした。何とか受け身を取り、体勢を立て直し、蹴った奴に銃を発砲する。今までは気づかれないようにと躊躇してきたが、こいつが最後だと分かった今、何の躊躇もなく発砲出来た。そいつは座席を壁にして俺の銃をかわしながら前進してくる。弾を打ち尽くしリロードしようとしたとき、そいつは俺にナイフを突き立てながら突進して来る。俺も銃を捨て両手首に隠していたナイフを持ち、そいつのナイフを受け止める。そいつのナイフ一本が力強く2本のナイフで押し返すが押し返さなかった。そいつは俺の手首をナイフを持っていない手で掴むと俺を背負い投げ、列車の天井に打ち付ける。俺はナイフをそいつに投げ、後ろポケットに入れていた銃を2丁とも引き抜き発砲する。俺にトドメを刺そうと俺に向かって突進したのをやめ、ナイフを打ち払い座席に身を隠し弾を避ける。
「待機だ。そこを動かな、ディア。守りながらでは戦えない。運転室にいろ。」
言うと、後ろから物音がし、やがてなくなった。恐らくディアが運転室に行った音だろう。俺は銃の弾を入れ替えてからポケットにしまい、元々腰に着けていたナイフを両手に持った。
「いい腕だ。お前がそれ程優秀で嬉しいぞ。暫く戦っていなかったからな。復帰戦がこれまで燃える殺し合いとはな。」
発せられた声は男にしては高く、女にしては低かった。隠れていた座席から出て来た人はフードを被っていて、ここからでは顔は確認できなかった。だがその人はすぐにフードを取り顔を晒す。見えた顔は女性で俺とそう年齢は変わらないくらいの美人だった。
「お前は女は殺さないとか言う男か?」
「いや、敵であれば、誰であろうと殺す。例え女でもな。」
「お前がそう言う男で嬉しいぞ。やはり私の目に狂いは無かった。」
今度は女が俺に向かって銃を発砲し、俺は座席の陰に隠れて、能力を発動し窓をすり抜け列車の上に出て、発砲音がする少し後ろの場所から降り女に奇襲する。
「何!」
後ろから現れた俺に女は動揺したが、すぐに持ち直し俺のナイフを受け止めて、片方の手で俺に銃を向ける。発砲される直前で女の手を叩き、銃口が俺に向かないようにしてから俺は能力で姿を消し、女の首を目掛けてナイフを振った。
そして今度は俺が驚かされる番だった。俺のナイフを避けるとナイフを全力で振り、隙だらけとなった俺に蹴りを一発入れ、吹き飛んだ俺にナイフを投げた。俺は受け身で後ろに大きく自分を弾き、自ら壁に激突する事で体勢を立て直す事とナイフを避ける事を同時に行った。女はその隙を見逃さずに俺との距離を銃を発砲しながら詰め、俺に投げたナイフを拾い俺に斬りかかる。弾は自分の最高速度で座席に隠れてかわし、女のナイフは隠れた座席を飛び越え、壁を蹴り通路を挟んだ反対側の座席に着陸する事でナイフの乱撃をさせなかった。反対側の座席に飛ぶ事で一瞬だけ女の背中を取ったがすぐに俺との距離を詰める。俺はまた能力を発動させ、窓をすり抜け、列車の上に乗り女と出来るだけ離れた場所に降りた。
「驚いたぞ、まさか能力者だとはな。お前は何者だ?」
「驚いたのはこちらも同じだ、君も能力者だろう。」
「その通りだ。この列車に能力者が乗り込んでくるとはな。私は本当に運がいい。骨のないやつばかりだったんだ。」
「さっき聞いたよ。何故この列車にここまで訓練された奴が乗っている?」
「もう1人訓練された奴が乗っていたが会わなかったか?鎌を使う奴だが。」
「殺したよ。知り合いか?なら申し訳ない事をした。」
言うと女は少しだけ動揺した。女から少しの間狂気に満ちた笑みが消え、人間の悲しみの表情を浮かべるが、また直ぐに狂気の笑顔に戻る。
「強かっただろう。名はアベルと言うんだ。覚えておくといい。奴は覚えられるに相応しい腕を持ったエージェントだった。お前の名を教えろ。お前も覚えるに相応しい腕を持った人間だ。」
「バルサロランド。エージェントと言ったな?何者だお前。この列車の乗組員ではないのか?」
「そうか、バルサ。覚えておく。だが私の正体などお前が知っても意味のない事だ。私の名はカレン。覚えて死ね。」
カレンは肩から身長程ある剣を抜いた。
「やはり私はこちらの方が性に合っている。ナイフでちまちま斬り裂くより、まとめてこいつで滅多切るに限る。行くぞ、バルサ。死ぬ覚悟は出来たか?」
カレンは剣を構えて俺に向かって来る。俺は重心を後ろに出来る限り足に力を込め、全力で地面を蹴ると同時に能力を発動させ、突進して来るカレンをすり抜けカレンの後ろを取りナイフを心臓に突き刺すが、カレンの剣が俺の顔のすぐ前にあり慌ててナイフを引き剣も避ける。
俺は大きく息を切らした。だが、カレンは狂気の笑顔のままだ。俺の読みではカレンは俺より技術は上だった。このまま殺し合えば間違いなく俺が先に死ぬ。
そんな時に電話がなった。俺のでもディアのでもなくカレンのものだった。その瞬間、カレンは剣を床に突き刺した。
「時間切れか。この組織には次元の歪みはないらしい。別の当てに行くのか。・・・・おい、バルサ。私は行かなければならないらしい。お前と殺り合いたいところだが、無理そうだ。次回会えたら続きをするでもいいかね?」
「願ったり叶ったりだ。生憎俺は君に会いたくないがね。」
「勝負を途中で放棄する無礼に免じてお前の質問に答えよう。私は世界を破壊しに来た者だ。言ってもわからんだろうがな。因みに私はお前にもう1度会いたいぞ。ではさらばだ。」
カレンは剣を持ち、大きく後退して車両の連結部分を斬り離した。
俺はその場で倒れ込んだ。危なかった。あの場で電話がかかって来てくれなかったら俺は恐らく死んでいた。
「ディア、無事か?」
「私は大丈夫です。この列車どうしますか?」
そう言いながら、ディアは俺のところに歩いて来る。俺は深呼吸して息を整えてから立ち上がり、列車の運転室まで行ってブレーキをかけた。
列車が止まった頃には産業廃棄物の山の景色は無くなっていて、近代都市のような風景が見えていた。俺はもう1度その場で倒れ込む。その間にディアが俺が投げたナイフを回収してくれていた。
カレンは最後とんでもない事を言っていた。
「ディア、カレンの言った言葉聞いてた?」
「はい、世界を壊しに来たって言ってましたね。」
「俺達が世界を壊す理由さ、1つ言ってなかったことがあるんだ。言わなかった理由として、それは仮説の域を出なかったからなんだけどね。並行世界にある亀裂対策室が自分達の世界を通常世界だと思ってこちらの世界を壊しに来るからって言う理由。」
「でも、私達の世界に歪みはないから、その原因もないはずですよね。」
「そうだね、でもやって来る世界には歪みがあって、その世界には歪みがある。歪みは俺達の世界と違うものだから、彼らから見れば、それは歪みになるんだ。そういう仮説を内の室長が言ってたけど、本当にあったんだな。始まるのかもね世界対世界の戦いが。」
「・・・・・・・」
「2人に連絡して合流しよう。まずは話はそれからだ。」
「はい。」