あるある展開、間に合ってます。
ガラッ…‼
やや乱暴に開けられた入り口ドアの音に、顔を上げる。
「あれ⁉ 先生いないのか⁉」
困ったような声に、のそりと動き出す。
「陽彩…⁉」
ベッドの周りを仕切っているカーテンを動かし、声の主を確認する。
「てまり!? どうしたんだ、お前」
顔をのぞかせた私に、相手も驚いている。
「うん、まあ、ちょっと…」
言葉を濁らせ、陽彩を見る。
体育の授業だったのだろう。半袖のシャツにハーフパンツという出で立ち。少しぎこちなく何かをかばうような歩き方で、保健室に入ってくるが…。
「ケガしてるっ!!」
その様子に、飛び跳ねるように、ベッドから降りた。
陽彩の右脛の辺りから血が流れ、赤黒い筋になっている。
「ああ、ちょっとサッカーでやっちまった」
バツが悪いのか、私から傷を隠すように、陽彩が少し背を向けた。
「手当てしてもらおうと思ったんだが、まいったな…」
先生が不在で、困っているのだろう。
脛だから自分で処置できるかもしれないが、クスリの場所が陽彩にはわからない。
「…私、手伝おうか⁉」
意を決して、陽彩に提案する。
「いいのか⁉ お前…」
血とか苦手だろ!? 陽彩の消えた語尾がそう告げていた。
「大丈夫だよ。私だって成長したんだよ⁉」
嘘だった。けど、成長したいとは思っている。
いつまでも弱いスライムではいたくない。
彼を椅子に座らせると、手早くクスリを捜し出す。
倒れることの多い私にとって、保健室はよくなじんだ場所だった。高校に入ったばかりでも、クスリのありかなどは、なんとなく察しがつく。
消毒薬と、脱脂綿、それとピンセット、大きめの絆創膏。
それらを用意してから、陽彩の傷に向き合う。
ゴクリ…。
そのケガの激しさに思わず唾を飲み込む。
「ホント、大丈夫か⁉ 無理なら、自分でやるけど」
「だっ、大丈夫っ!!」
完全に虚勢。でもやらないわけにはいかない。
「傷口は洗ってあるの⁉」
「ああ。とりあえず、水道で流してきた」
なるほど。だから靴下が濡れているのか。砂がついてる様子もない。
それを確認してから、脱脂綿に消毒薬を含ませる。
傷は、面積こそ大きいものの、深さはほとんどない。
擦り傷と分類されるレベルだ。
「イッ…‼」
ピンセットで脱脂綿を傷にあてると、陽彩が軽く声を上げた。
浅くても傷は傷だ。消毒薬がしみるのだろう。少しだけ顔をしかめている。
脱脂綿を動かすたび、身体が軽く痙攣したように、引きつっている。
(魔王さま、これも勇者に攻撃したってことになるのでしょうか)
血を見るのは怖いけど、陽彩をいたぶってるような感覚に、不思議な気持ちになってくる。
もっと痛めつけて泣かせてやりたい――。
それは、モンスターの持つ攻撃性が、そう感じさせているのかもしれない。
声を殺して痛みに耐える陽彩の姿は、それだけ珍しくもあった。
消毒をすませ、一番大きな絆創膏を貼ってあげると、陽彩が軽く息を吐き出した。
「サンキュ。助かった」
私の思惑など気づかなかったように、陽彩が笑いかける。
「自分じゃ、少しやりにくかったからな」
ううううう…。
その言葉と、笑顔に罪悪感を覚える。
珍しいとか、もっとイジメてやりたいなんて思ってゴメンナサイ。
「それより、てまりは!? 大丈夫なのか、それ」
陽彩に指さされ、自分の左手を見る。
「ああ、うん。もう大丈夫」
「何したんだ⁉」
「あー、ちょっとね。包丁でサクッと…」
ジャガイモを木っ端みじんに粉砕して、手を切ったとは言いにくい。
「大丈夫かっ!!」
焦ったような声と同時に、グイっと左腕を掴まれた。
「ちょっ…‼ 陽彩っ⁉」
力強く腕を握られ、絆創膏の貼られた手を見つめられる。
「血は…、止まってるな!?」
「え!? あ、うん」
「痛みは!?」
「それも、平気」
「そっか…」
そこまで聞かれてから、ようやく手を離してもらえた。
けど、私の心臓のほうは、ちっとも大丈夫じゃない。驚きと戸惑いで、バクバク無駄に連打している。
(なんなの、いったいっ!!)
人のケガ一つに驚いたり、安心したり。
自分のほうが、もっとひどいケガでしょうがっ!!
(ヒロインのケガを心配するヒーロー!?)
いやいやいやいや。
それは、妄想突っ走りすぎ。
「もしかして、それで倒れたのか⁉」
私が保健室にいた理由を陽彩がなんとなく察した。私あるあるだから、陽彩にも簡単に推察出来るらしい。
「うん、まあ。そういうことだけど…」
「もう少し気をつけろよ、お前は」
そそっかしいんだからな。
そう笑ってから、クシャっと髪をいじられた。
ホント、その行動って…。なんか誤解しそうですよ⁉ 陽彩さん。
「私よりひどいケガの人に言われたくないんだけど…」
「ああ、これか⁉」
陽彩が、右足を動かしてみせた。
「ついサッカーに夢中になっていただけだ。久しぶりだったしな。こんなのケガのうちに入らねぇよ」
まあ、サッカーをしていたらケガなど日常茶飯事だろう。
ケガの手当てだって、クスリの場所がわからなかっただけで、陽彩なら自分でチョイチョイッと、慣れた手つきで手当てをしてしまったかもしれない。
「どうした!? てまり」
黙りこくってしまった私に、陽彩が声をかけた。
「ううん。なんでもないよ。ただ、陽彩でも夢中になることがあるんだなって思っただけ」
「なんだそりゃ」
「だって、陽彩、モンスター退治だって、淡々とこなすじゃん」
だから、てっきりなんにでもクールなのかと。
中学の時、サッカーをしていたのは知っているけど、それだって、強制的に部活としてやらされていただけで。(中学の部活動は、半ば強制的に入部させられるから)だから、なんの未練もなく高校ではやらないのかと思っていたのだ。
「あのなあ…」
陽彩が軽くため息を吐きだして、髪をかき上げた。
「オレだって好きなことぐらいあるし、夢中になることだってあるぞ!?」
「そうなの!?」
「モンスター退治は好きじゃないし、サッカーは今、それどころじゃないからやらないだけで」
陽彩が、私から視線をそらした。
「本当は、前世なんかに縛られずにいたいんだがな」
窓の外、少し騒がしくなった校庭を眺める。休み時間になったのか、外から誰かの笑い声が聞こえた。その声を聞きながら、陽彩が目をすがめた。
元勇者としての生活は、陽彩にとって、うれしくないものなのかもしれない。
普通の高校生活をおくりたい。
同じ感傷に浸りたくなった私は、「そうだね」と心の中で呟いた。




