〈いのち だいじに〉 これ大切。
(握りしめないように…)
それだけを念頭に置きながら、相手を攻略していく。
なるべくリズミカルに、ゆっくりと左手のものを回していく。
それは、ぎこちなくではあったけれど、持ち主の言うことに従ってくれた。
時折、ヘソを曲げたかのように行く手を阻むが、それでも、たいていは従順だった。
少しづつ、少しづつ…。
相手を攻略するまであと一歩…。
「ねえ、てまり。目が歌舞伎みたいになってるよ」
うるさい。話しかけるな。
集中力が途切れるとロクなことがない。
誰よりも上手に寄り目を作りながら、格闘を続けていく。
ジャガイモの皮むき。
それは、刃物嫌いの私にとって、最大の試練。
調理という人生最大の難関を課せられる授業、〈家庭科〉。女子力の高さを競わされるこの科目は、私にとって最悪の教科だった。女子力がない、わけではない(と思う)。お菓子作りとか包丁を使わないくて済むものなら得意だし、マフラーだって編める。ただ、調理の一工程である、〈切る〉と〈火を点ける〉が苦手なだけで、それさえ済めば、なんとかなるのだ(多分)。
〈皮むき〉というより、もはや〈彫刻〉かもしれないほど、ザックザクの粗い皮むきかもしれないけれど、それでも皮さえなくなれば問題ない。
ひとまわり以上原形より小さくなったジャガイモは、その身をどうにか私の手のなかに晒してくれた。
「できたーっ!!」
うれしくて、思わず向かい側にいた友だちに、努力の成果を見せびらかす。
「てまり、皮、分厚すぎ」
「まだ、一個目なの!?」
友だちの回答は容赦なかった。
彼女たちの手元、ボールのなかには、キレイに皮をむかれたジャガイモと、蔓のように長いらせん状の皮の山。
私の切り刻んだ彫刻屑とは大違いの現状に、軽く劣等感が襲う。
「ピーラーがあれば、もう少し速くなるもんっ!!」
ピーラーなら、そこまでの緊張はない。
「はいはい。ないものを言ってもどうしようもないでしょうが」
家庭科室に〈ピーラー〉などという、チート道具は存在しない。〈フードプロセッサー〉ナニソレ状態。切る、剥くは包丁で、コンロは必ずツマミを回すガスコンロ。火もあまり得意ではない私は、この昭和でストップしたままの家庭科室が好きじゃなかった。
(ホント、前世がスライムってロクなことないなあ)
火が怖い、刃物が怖い。
それって、女子としてイロイロ致命傷。
カレシのためにおいしい料理を作ってあげる…なんて未来は、私の上に訪れるのだろうか。想像も出来ないカレシと、予想も出来ない未来にため息をつきたくなる。
「それより、ちゃんとジャガイモの芽を取ってよ」
「残ってないかもしれないけどね」
二人が、私の散らかしたジャガイモの残骸を眺めて言った。
そう。ジャガイモは皮を剥いたら終わり、ではない。
芽をとって、茹でやすいように切る作業が待っている。
(よっしゃあっ!!)
気合いを入れ直して、再びジャガイモに向き合う。
それでなくとも、芽を取るには、包丁の刃元の部分を使う。鋭い刃先も怖いが、芽をえぐる刃元もじゅうぶんに恐ろしい。
ジャガイモが小さくなりすぎた分、まるで握った手のなかをえぐるように包丁を動かすハメになる。
ハッキリ言って怖い。
だからといって、友だちに「代わりにやって」とお願いするのは避けたい。
女子力ナシと思われたくない。乙女の意地でもある。
メキョッ!!
力をこめすぎたのか。
芽を取るはずだったジャガイモが、手の中で真っ二つに割れた。
「―――――――っ!!」
と同時に、ジャガイモまき割りをしでかした包丁が、左の親指根元に突き刺さる。
「てまりっ!!」
友だちが叫ぶ。
みるみるうちに血があふれ、乳白色のジャガイモが鮮血に染まる。
(あ、ダメだ…)
包丁が苦手な最大の理由を自分でしでかしてしまい、気が遠くなる。
意識を失う直前、友だちと先生の慌てた声を聞いた気がした。
(あ、れ…)
次に意識を取り戻したのは、清潔なベッドの上だった。
ズキンと軽く痛む左手に、少し顔をしかめる。
(ケガ…、したんだっけ)
見れば、左手に大きな絆創膏が貼られていた。
手を動かすと、それ全体がかすかにひきつる。
(情けないなあ…もう)
起き上がって、体育座りをする。
ジャガイモ一つ、満足に調理できない。それどころか、ケガして気を失って。
(また、保健室送りだ…)
こんなことは、一度や二度ではなかった。
血を見るたび、包丁を見るたび、何度もくり返していた。小学生の時も、中学生の時も。女子力とかそういう騒ぎじゃい。人として情けない。
(もう、ヤダなこんなの…)
前世が影響しているのはわかる。斬られるのが怖くて、切ることが出来ないのだと理解している。
でも、理解しているからって、納得はしていない。
これでは、いつまでたっても成長できない。
ゴリッと膝におでこをぶつける。
(私も、陽彩みたいな前世だったらよかったのに…)
そうしたら、ここまで情けないこともなかっただろう。
転生しても、勇者として立派に活躍している陽彩を、うらやましくも思う。
(魔法使いとか、そういうのだったらよかったのに)
それか、女戦士とか。それなら刃物も怖くないし、炎だって平気だっただろう。
それに。
(陽彩を怖がらなくてすんだのに…)
堂々と、「仲間です」って宣言して、彼のピンチを自分の力で助けてあげて。
前世のことも隠さず話して、現世のこともちょっとした冒険のように楽しめたのに。
(スライムなんて、ロクなことないや)
イヤな自分を忘れたくて、ギュッと目を閉じた。




