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人はそれをチートと呼ぶ。

 陽彩(ひいろ)の手伝いをする以外に、特に私の生活に変化らしいものは訪れなかった。

 フツーに女子高生として暮らすし、スライムらしく人を襲うなんてことはしない。

 というか、今回、魔王さまに転生させられたモンスターたちは、特に誰かを襲うことはしなかった。陽彩(ひいろ)に出会うことで魔王さまからの命令を実行することに目覚めるんだけど、それまでは、普通に平凡な暮らしを送っている。

 それも襲うのは、勇者だった陽彩だけ。

 他の人まで襲いだしたら、それこそ戦隊ヒーローに倒されちゃうよ。それとも、正義の宇宙人が飛んできて、ナントカ光線でズビビビビッと。

 …って、そのモンスターたちは、いつ襲ってくるのかわからず、私はピリピリ、ソワソワして生活していたけど、陽彩(ひいろ)はさほどのことと考えていないらしい。

 襲ってくれば、返り討ち。だけど、ワザワザ自分からモンスター探しをすることはしない。

 勇者として、陽彩(ひいろ)がガッツいたヤツじゃなくってよかったと思う。「一狩り行こうぜ!!」とかなんとか言って、モンスター捜しでもされた日には…。即アウトだよな、私。

 「まあ、『モンスターを全員倒してこい』とか、『こっちの世界の平和を守ってこい』とか言われてないしな」

 陽彩(ひいろ)は、そう言って、モンスターが襲ってこない限りは手を出さない。

 ホント、そういう意味ではすごく助かってる。


 「走れっ!!」


 その日の放課後。

 例によってモンスターに襲われた私と陽彩(ひいろ)は歩道を抜け、狭い路地裏に逃げ込む。

 「まっ、またなの~っ!!」

 毎度のことに驚きはしない。けれど、いい加減にしてくれって気にはなる。

 路地裏は、狭く、エアコンの室外機なんかが建物から張り出していて、正直走りにくい。ロクに運動なんてしたことない私は、それをよけながら走るだけで精一杯だ。

 「がんばれっ、てまりっ!!」

 私の手を掴んだままの陽彩(ひいろ)が叱咤した。

 「止まれば、お前も襲われるぞっ!!」

 そんなことない!!って言いきれる自信はない。

 だって、だって…。

 「うっひゃあああぁっ!!」

 空中から飛んできたものに、思わず飛びすさる。

 ベチョっとイヤ~な音を立てて、粘液状のものが、地面に叩きつけられる。

 間一髪、足を上げてそれを避けた私は、上を見上げる。

 そう――。

 モンスターは上にいたのだ。

 狭い路地、両脇にそびえるように立つビルの壁。

 両手両足を無機質な壁にはりつけて、四本足でバランスをとっている。

 (お前は、蜘蛛男かーーっ!!)

 心のなかで、ツッコんでおく。

 それぐらい、ビッタリと手のひらを張り付けてヤツラはいたのだ。

 ヤツラ…。三体もの壁にベッタリのモンスターがいっせいに鳴き声を上げた。

 ゲーロゲロゲロゲロ…。

 ゲロゲロゲーロ…。

 ゲッゲッゲッゲッゲッ…。

 ここは田舎の田んぼか⁉と言いたくなるほどうるさいが、ノドを鳴らしているのはカエルではない。スカートの裾も気にせず四つん這いポーズの女子高生なのだ。

 (うわー。あの制服、セントアンナじゃん…)

 超お嬢さま女子高。

 そこの生徒らしい彼女たちが、パンツも丸出しで壁に…。見なかったことにしてあげよう。マジで。

 「ポイズンフロッグだ」

 「ポイズン(毒)フロッグ(カエル)…⁉」

 確かに、彼女たちのポーズは、壁に張り付くカエルそのものだった。

 「毒系のモンスターだ。ちょっとやっかいだぞ」

 忌々しそうに、彼女たちを見上げながら陽彩が呟いた。

 すでにその手には、剣が握られている。(超コワい) しかし、この距離で陽彩の攻撃が届くことはない。彼女たちも、陽彩の攻撃が危険だとわかっているのだろう。ビルの三階近い壁から、こちらの様子を窺っている。

 「ゲローッ!!」

 一匹のポイズンフロッグが、大きく口を開けて、再び粘液を飛ばしてきた。

 くぱあっと開けた口から、再び粘ついた塊が吐き出される。(JKの口から…。うわあ…)

 「……………くっ!!」

 陽彩が、私の手を引っ張ってごみ箱の影に身を隠した。塊は、ごみ箱にベチョリとヤな音を立ててへばりつく。

 

 ジュウウウウッ…。


 薄汚れた水色のプラスチックが、異臭を放ちながら溶けていく。こぼれ落ちた中身もまた、粘液に溶かされていった。

 「なっ…‼」

 なんちゅーもんを吐き出すのよっ!!

 こんなの受けたら、ひとたまりもないわっ!!

 さすがはポイズンフロッグと、感心したいところだけど、今は状況が違う。

 私、陽彩と一緒にいるせいか、彼女たちから敵認定されてるっ!!

 どうしよう。私、スライムです、仲間ですって言って見逃してもらう!? いやいや、そんなことしたら、今度は、サクッと陽彩にやられちゃうよ⁉

 剣を構え、私をかばいながら陽彩がジリジリと後ずさる。

 私も、彼女たちから視線を外さずに、ゆっくりと後退する。

 剣で戦うにしても、なんにしても、この場所は陽彩にとって不利すぎる。もっと、広い場所にでなければ、剣を振るいにくいし、彼女たちの張り付ける壁が多くて厄介だ。

 路地を走り出るには、タイミングが難しい。

 ジリジリ…、ジリジリジリ…。

 

 「ゲコーッ!!」


 かけ声と同時に、一匹が大ジャンプをした。続いて二匹目、三匹目。

 さっきまでの距離はどうした!?と聞きたいけど、それどころじゃない。

 飛びながら、彼女たちは大きく口を開けてる。

 またあの粘液を吐き出すつもりだ。それも三体同時に。

 「―――――――っ!!」

 スライムが粘液に溶かされるなんて、なんかの冗談みたいだけど。

 その時を覚悟して、腕で身をかばう。


 ボウッ!!


 ギャオオオオッ…‼


 (え――――!?)

 身をかがめかけた私が見たのは…。

 「炎…」

 弾丸のように吐き出された炎が、彼女たちをまとめて炎上させる姿だった。

 ボタボタッと、炎に包まれた彼女たちが地面に落ちる。

 「炎……魔法!?」

 炎は、彼女たちの身体から這い出るように浮かび上がった、毒々しい色のカエルだけを焼き尽くすと、勝手に消えてしまった。

 残ったのは、ケガ一つせずに倒れる女子高生たちと…。

 左腕を宙に突き出したままの姿勢で立つ、陽彩の姿だった。

 「…ふう。大丈夫か⁉ てまり」

 何事もなかったかのように、陽彩がふり返る。彼の手にも、火傷の跡はない。辺りだって燃えた様子も焦げた物もない。

 ねえ、今の、今のって…。

 「ああ。オレ、魔法も使えるみたいなんだ」

 初歩のやつだけだけどな。陽彩は笑ってそう言うけど…。

 最強っぽい剣を持ってる上に、魔法まで…。

 (そんなのスキなさ過ぎて、チートすぎっ!!)

 …魔王さま。こんな勇者に、スライムごときが敵うとでも思ったんですか⁉

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