勇者とスライムの、非凡な日常。
ドビシュゥゥッ…。
公園に、ありえないようなSE音が響き渡る(気がする)。
グハアッ…!!
そして。
ドシャアアアッッ…‼
音響監督、がんばりましたねって音。
いやいやいやいや。
そうじゃないでしょ。
「…お、終わったの⁉」
おそるおそる、茂みから顔を出す。
「ああ。もう大丈夫だぞ」
軽く息を吐き出してから、陽彩が教えてくれた。
その言葉を合図に、私はまるでサワガニのようにソロソロと出ていく。
(うわあ…)
公園の真ん中で倒れていたのは、土建屋っぽい兄ちゃん。二十歳ぐらいの茶髪の人。元ヤンとか言われても納得しそうな風貌。
(これだけ見たら、ケンカを売られた陽彩が、返り討ちにした…、って言えるよね)
実際、モンスターは陽彩に対して、有無を言わさず襲ってるわけだし。その行動は、イチャモンつけて、ケンカふっかけてるのと変わらない…か⁉
(あ…)
倒れた兄ちゃんから、陽炎のようなものが揺らめいた。
(あれって…)
「ゴブリンだ」
茶色の、お世辞にもカワイイとは言えない容貌。それが、煙のようにわき立ち、かすみ、空気に溶けるように消えていった。
(って、この顔、この体格でゴブリンなの!?)
大の字でひっくり返っている兄ちゃんを見下ろす。
スライムと同じ、最初にやられるモンスター筆頭。それが、このメッチャ元ヤンキーっぽい兄ちゃんの前世とは…。
(うーん。前世でどうだったかってのは、現世にはあまり関係ないのかなあ)
自分も元スライムで女子高生だしなあ。もしかすると、この先、幼稚園児なのにレッドドラゴンとか、和服美人なのにクラーケンとかいうのが現れても、おかしくないのかもしれない。
「てまり、手伝ってくれ」
「う、うん」
陽彩の呼びかけにあわせて、土建屋兄ちゃんの足を持つ。なるべく、そぉっと、そぉっと…。本人が気を失っているあいだに、その身体をベンチに下ろす。
二人でもヨタヨタと運んだその身体は、まあ、見たかんじ、〈昼間、仕事で疲れた土建屋兄ちゃんが、だらしなくベンチで眠りこけてた〉ってふうに取り繕うことが出来た。
「これで、よし」
少し腰をそらして、陽彩が言った。気を失ってる人間を運ぶのは、二人がかりでも重労働だ。私も、大きく息を吐き出した。
「これなら、目が覚めても問題ないな」
前の高校生とは違って、ベンチに寝かせてあげられたことに陽彩としても満足しているようだった。いくらなんでも、地面にゴロンッとさせておくのは後ろめたかったのだろう。事情を知ってる私は、いつの間にか、陽彩の倒した相手の事後処理につき合わされることになっていた。
「さて、退散するか」
「…うん」
ホントは、兄ちゃんが無事なのか、確認したいところだけど、下手に公園にいてイロイロ聞かれてもやっかいなので、その場を離れることにした。
「それにしても…」
公園からの帰り道、思い切って陽彩に訊ねてみた。
「その剣、変わってるよね」
「そうか⁉」
「うん。だってモンスターは倒すのに、身体は、一切傷ついてないんだもん」
剣は、その人にとりつくように潜む前世部分、モンスターだけを斬る。斬られた人は意識を失うものの、服一枚斬られていないのだ。
「お前の攻撃は、私の薄皮一枚を傷つけたにすぎん」
いや。薄皮も何も。某アニメもセリフを一人思い出してしまう。
「ねえ、その剣、普通の人を斬れちゃったりするの⁉」
「いーや。ホント、あっちの世界に関わるものしか斬れない。オレが転生するとき、女神がそう言ってた」
なるほど。
「ただ、さ」
陽彩がニヤリと笑う。
「試したことはないんだよな。なあ、てまり。お前で一度試させてくれないか⁉」
…………へ!?
「ちょっとだけ。指先を、ちょっぴり、…な!?」
陽彩が、ブンッと鈍い音を立てて、剣を取り出した。その手に握られる、長大な剣が怪しく光る。
「なっ、ムリムリムリムリムリムリッ!!」
その言葉に、剣に、思いっきり後ずさる。
そんな剣、たとえ指先であっても、チョンッと突かれただけで、私、昇天だよ⁉
「ははっ。冗談だって」
真っ青になった私を見て、陽彩が笑った。
「てまり、昔っから包丁とか尖ったもの、苦手だったよな」
「う…、うんっ。そうだ、そうだよっ」
尖ったものが嫌い。尖端恐怖症とでもいうのかな。針とか包丁とかが大の苦手だった。
おそらく、そういうのでつつかれたら、弾けるしかないスライムの前世が関係しているのだろう。プシッと刺されたら、水風船みたいに弾けちゃう。
「注射でも気絶するぐらいだもんなあ」
ちょっと陽彩、アンタそんなことまで知ってて頼もうとしたわけ!?
実際、私は、予防接種とかでも気を失うほど針が苦手だ。予防接種だってなんだって、病気になったほうがマシだと思うぐらい受けたくない。
「…ってか、どうしてその話を知ってるのよ⁉」
注射で気絶したって、恥ずかしいから誰にも言ってなかったのに。
「ああ。母さんが言ってた。お前ん家のオバサンに聞いたらしいぞ。受験前、インフルエンザの予防接種で倒れたって」
うう~。お母さんめぇ。なんでもかんでも話してくれちゃってぇっ!! 真実だけに、反論が出来ない。
ちなみに、予防接種自体は、気を失ってるあいだに、サッサと済まされた。(気がついてから、針の跡にもう一度気が遠くなりかけたことはナイショ)
一度出したからには、簡単にしまう気はないのだろう。
ブンブンと音を立てて、陽彩が剣を振り回す。
一見、カッコいい剣舞。でもそれは、私にとっては死の舞踏。
見ているだけで、全身から汗が噴き出す。
「ほら、こうして斬っても切れてない…」
ギャアアアアアッ…‼
陽彩が剣で街路樹を試し切りすると、樹が、ありえない声を上げた。
「「えっ⁉」」
陽彩と二人、驚きの声を上げる。
なんの木か知らないけど、その木から分離するように、陽炎のようなものが苦し気にわき上がる。
さっきの土建屋兄ちゃんと同じ状態だけど…。
「ドリアード…」
それって、樹木系のモンスターだよね。
まさか、こんな道の樹にモンスターが潜んでいたとは思ってもみなくって。
二人して目を真ん丸にして驚くしかなかった。
モンスターは、人間に転生しているものばかりではないらしい。




