5話 出立
と、言うわけで二日が経ちました。
……飛ばしてしまったことは分かっている。しかし特筆する点がなかったのだ。
部屋を用意してもらって食事も運び込まれて部屋を出る理由もなかった。付け加えるなら『勝手に歩き回るなオーラ』が出まくっていたからな。
それはさておき、出発の日になりその前に王女との挨拶のため謁見の間にいる。
「お待たせしました勇者様。短い間でしたが不自由な身に置かせてしまい申し訳ございません。約束していた武器と少しばかりではありますが金銭を用意しましたのでお受け取りください」
「ありがとうございます」
簡単に礼を言うと王女の近くにいた文官が剣を、メイドが硬貨の入った袋を盆に乗せ俺に差し出してくる。
それを受け取り剣を腰に下げ、袋を懐に入れたあたりで王女が声を掛けてくる。
「本当は勇者様の滞在中に少しでもお話してみたかったのですが、召喚関係やワルダック侯爵の尋問などでどうしても忙しく…。もう少し長くこちらに居て欲しいところでもありますが、ご迷惑を掛けるわけにもいけません」
「いえ、もったいないお言葉です」
本当に気を使ってくれるなぁ王女。周りの人間に対して、召喚した勇者に名残惜しさを見せることで国への献身をアピールすることが出来て、なおかつ直ぐに本人が否定することで勇者を敵に回さないこともアピールしている。
おそらく幼い頃からの王女を知っている家臣が成長を喜んで顔を綻ばせている。まぁ本人にはその自覚は無いんだろうが。
「あまり引き止めてしまうのも申し訳ないですのでそろそろお見送りしたいと思います。我が国に属する領主達にもお伝えし、勇者様の旅の行く先々でご活躍の報告を聞けることを楽しみにしております」
◆
そして城を出て王都にやって来た。
これから勇者として旅に出るのだが正直な話、今のところ魔王を倒すつもりはない。魔王を倒すと言うこと自体が俺の自由を奪ってしまうような感じがして気分が乗らないのだ。そして一番の理由としては、魔王を倒してしまうと元の世界に返還されるか、今回みたいに再度この時間に戻ってしまう可能性があるのではないのかと思ってしまう。
それならば前回出来なかったこの世界を楽しむために色々見て回りたい。ただいつまでも魔王を倒すことなくのうのうと過ごしていたら王国から文句を言われるだろうから早いうちに何か案を考えておく必要がある。
しばらくは大丈夫だろうから貰った金が尽きるまでに金策をどうにかしておくか。
と言うことでまずやって来たのは冒険者ギルド。
……定番なことをしているのは分かっている。しかし仕方ないんだ。元の世界ではただの高校生で、前回この世界でおよそ五年間過ごしていたとはいえずっと旅をしていたんだ。野営のために食料の確保などはしていたが生産職に就けるような特技は持っていない。どのみち強くなる必要があるため魔物を倒すことで報酬が貰える冒険者になっておくことは一石二鳥でとても都合がいい。
ギルド内に入ると強面のガタイのいい冒険者に絡まれる……なんてこともなくスムーズに受付まで辿り着く。まぁ今は昼ごろだからな。すでに依頼を受け仕事に出ているんだろう。冒険者登録は初めてだが前に何人もの冒険者の知り合いがいたから仕事内容も軽く聞いているから基本的なことは大丈夫なはずだ。
「ようこそ冒険者ギルドへ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「冒険者登録をしたくて来ました」
冒険者ギルドの受付は美人揃いだと聞いていたが、王都のギルドなだけあってかなりの美人だな。二十歳を超えたばかりであろう若さであることを活かした主張しすぎない自然なメイクに、綺麗に透くような良く手入れのされた金の髪を背中の半ばまで伸ばし、決して大きくはないが服の上からでも分かるくらいの胸が丁度良い。…何を考えているんだ俺は。
「登録ですね、それではこちらの紙に必要事項を記入するのですが、代筆も可能ですが文字の読み書きは出来ますか?」
これは馬鹿にしている訳ではなくこの世界の識字率は高くなく、主に農作業や狩りを行う平民は文字を使う必要がなく読み書きが出来ない人が多い。ただ俺の場合はそういった不都合を回避するためか最初から文字が日本語として変換されている。それは日本語として書いても相手にはこの世界の文字で伝わっているらしい。だから俺はこの世界の文字がどんな形をしているのか全く分からない。
「はい、自分で書けます」
「かしこまりました」
ただ記入欄は多くなく、一つどころに留まる冒険者もいるがあちこちを渡り歩く冒険者もいるため住所の記入などなく基本的には名前と性別、年齢を書いておけば大丈夫だ。
あ、名前どうしよう。王城では本名を名乗ってしまったしそのまま登録したら魔王討伐に行ってないことが直ぐにバレてしまう。……ま、いいか。
「ご記入ありがとうございます。ユウジ様ですね。それでは冒険者ギルドの制度を説明させていただきますので、分からないことがあればその都度にご質問をお願いします」
苗字を入れないだけでもどうにかなるといいな~。